第191話支局長の憂鬱

 大陸東部

 ダレッシオ男爵領


 ダレッシオ男爵の先代当主は、皇国皇帝の覚えもめでたく、皇城での近衛として功績を立て男爵に叙爵した人物だ。

 寄る年波から近衛を引退しても侍従として皇城に仕えていた。

 当時の男爵領は飢饉で大いに荒れていたが、重臣よりも大小役人を多く登用し、重臣層が不満を持つようになる。

 ところが嫡男が15才の時に庭の樹木で遊んでいる最中に転落死してしまう。

 ほどなく先代も同年に亡くなり、末期養子を取る暇すらなかった。

 改易を恐れた家臣団は、先代の本家筋の甥で、嫡男と比較的年齢も近く、風貌もよく似ていた現当主を身代わりに立てる。

 現当主は不正の続いた先代に登用された大小役人の更迭し、冷遇された一族重臣家を領政復帰させた。

 重臣達は、対日国境警護による財政困窮に関わらず、窮乏家臣を救済する政策を講じる必要があった。

 必要なのは何より金であり、問題はどうやって調達するかだ。


「産業促進はいいですが、公営の色町はやりすぎです」

「飢饉時に妻子を売り渡した領民感情を逆撫でしすぎです。

 この公的工事に重税を課した結果が三回目の一揆です」


 重臣による非難に男爵は蹲るが、対応策が思い付かない。


「だがわからん。

 なぜ、領邦軍がこんなにあっさりと敗れた?

 なぜ一揆軍があんなに銃を持っている?」

「日本が支援したのでは?」

「いや、あいつらの銃をもっと高性能だ。

 一揆連中が使ってるのは前装式の滑腔銃身だぞ。

 旧式すぎて話にならん」


 一揆に荷担した領民から鹵獲した小銃は、ライフリングの無い前時代的なものだ。

 エルフ大公国やハイライン侯爵領邦軍が制式採用しているリー・エンフィールド小銃はおろか、王国軍の前装式小銃(施条銃)より性能が悪い。

 だが数は力だ。

 射手が倒されても後続の者が拾い、突撃してくる一揆勢に領都を守備していた領邦軍は押しきられて領館にまで攻撃を受けている有り様だ。

 領都の民すら彼等を引きいれて協力している。

 近隣領からの援軍がいまだに来ない。


「やむおえん、一揆勢を皆殺しにする。

 兵達に伝えろ、遠慮はいらないと」


 これまでは税を納める領民だからと最低限の抵抗に留めていたが、事ここに至っては全力で攻撃するしかない。


「領館を抜かれたら家臣や兵士達の居住区だ。

 家族を守りたかったらここで食い止めろ!!」


 兵士達も家臣達も殺気だった一揆勢が自分達を見逃してくれるとは思えなかった。

 むしろ男爵領の特権階級として蹂躙される未来しか見えない。

 家臣やその家族を含む男手は勿論、領館内のメイド達も武器を手に取り、その時に備えた。




 一連の騒動は、ドローンを駆使して日本側の監視下にあった。

 そのドローンの所属は公安調査庁であり、王国との国境線ギリギリに移動指揮車と輸送車両を展開させている。

 移動指揮車は、ウィングボディを持つ三菱ふそう製の大型トラックを改造したもので、5名のオペレーターがドローンの操縦や現地の工作班等との通信管制に携わっていた。


「凄惨な有り様だな。

 お抱え魔術師が炎の弾を放って爆発させたぞ」

「重武装の騎士団が銃士隊の援護の元に突撃、歩兵隊が後に続いてます」

「冒険者ギルドは不景気な町にはほとんどいなかった模様、他も一揆発生と同時に領外に移動したことが確認されています」


 オペレーター達の報告に波多野支局長は顔を青ざめさせていた。

 自らが誘導したこととはいえ、結果は血を血で洗う事態となった。


「領都のチームに一揆勢首謀者達を時間差で狙撃させろ。

 勝ってもらっても困るからな」


 現地統治機構の戦力を弱め、将来への立ち退きさせやすくする為に人口を減らす。

 今までも多少の工作は行ったが、政治的に転封させたり、商業的に労働者として住民達を他領に移動させたりと穏便なものだった。


「まるで冷戦期のCIAだな。

 確かに目指していたのはそれだが」


 実に後味の悪い介入だった。

 工作班を潜入させ、武器をばら撒き、一揆を煽動する。

 今度は公安調査庁が秘密裏に飼っている実働部隊に武力介入させて、紛争を調整する。

 だが目の前で起こっている惨劇に自分がやったことは正しかったのか、葛藤が起きていた。


「支局長、そろそろ移動しませんと、次に間に合いません」


 平沢主任調査官に促されてようやく俗世に意識を取り戻す。


「次?

 ああ、そうか、次がまだあるんだな」


 凄惨な映像に罪の意識が心を閉ざし掛けたが、仕事や使命感が鬱になることも許してはくれない。

 次はバディオーリ伯爵領がターゲットだ。

 家督を継げながった長男子息が一族家臣に奉り上げれて、三男である当主叔父に反旗を翻した案件である。


「現状はどこまで進んでいる?」

「重臣一名が自刃、当主妹婿が砦に立て籠り、領邦軍と交戦。

 長子子息の母方祖父も館に立て籠り、激しくやりあってます」

「妹婿にまで反旗を翻されたのか?」

「王国派当主の親日策に不満を持つ層が、日本との戦争で戦死した皇国派長男と顔に空爆で火傷を負った子息に同情的なのです。

 これに皇国軍残党が一部参戦し、領邦軍との戦いを五分に持ち込みました。

 うちの工作班情報収集を、実働部隊は第3班が入ってます」


 現状は問題なく暗躍できているが、総督府から送られてきた新たな資料が問題だ。



「次はどこだよ。

 人手不足はうちも変わらないんだ。

 工作班は新卒の教育待ちだし、実働部隊もスカウトが走り回っているが、あんな人材ポンポンいてたまるか、と言われたぞ」


 公安調査庁の実働部隊は、公的には秘密となっている部隊だ。

 さすがに班長以上は自衛隊を勇退した隊員だが、実働部隊隊員は警察や自衛隊で不祥事を起こして追い出された者達だ。

 具体的に言うと大半はセクハラやパワハラの常習者達だ。

 それだけに人の嫌がることを突くのが上手く、肉体も頑健で一般社会に復帰させたくない人材ばかりで、お偉方からは使い潰して良いとまで言われている。

 経済的問題で追放された者は隠れ蓑の武装警備会社の一般武装警備員だ。

 金銭トラブルを起こす者は裏切る可能性が高い。

 機密性の高い任務は任せられない。

 どちらにせよ社会から追放された彼等にも帰る場所はない。


「確かにポンポンいたらたまらんですな。

 しかし、現状の二個小隊では手が回りません」

「当分はその方がいいのかもしれん。

 部隊の数が増えれば我々も拠点が必要になる。

 今の警備会社を隠れ蓑にするのも限界がある」


 彼等の乗る移動指揮車には大陸警備保障と書かれたロゴが貼られている。

 公安調査庁の実働部隊の隠れ蓑の一つで、主な業務は武装警備員に寄る年貢の輸送や遺跡やダンジョンの調査護衛などだ。

 元同僚の自衛官や警察官と出くわす可能性も高く、任務中は目出し帽やブラックシールドのヘルメットバイザーを上げることは許されない。

 何しろ前職の彼等は大変に人から恨まれる立場だったから後ろから撃たれたら堪らない。


「今の総督は怖い。

 どんなブラックな現場に送られるか、わかったもんじゃない。

 ドローンを回収したら次の現場を慎重に叩いて潰されないよう連中にも言い含めておけ」

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