第50話 サミットの終わり
百済市
エレンハフト城
各地から自衛隊の撤収と残党の殲滅が報告される中、昼食後に大広間で開かれていた会議室にサミット参加者達が集まっていた。
さすがに最終日の午後には討議は行われず、共同声明の発表と首脳陣の写真撮影が行われるだけの予定だった。
予定が変わったのは、最終日にも関わらず新たな参加者が現われたからだ。
「ご紹介に預かりましたアメリカ合衆国、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスです」
その挨拶に各首脳陣のほとんどが、明後日の方向に顔を向けて目を合わせようとしない。
参列している貴族や護衛の騎士からは、憎々しい視線を浴びせられている。
例外は日本国の秋月総督と、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスの二人だけだ。
「久しいな大使。
即位式から六年、姿を見せないから死んだかと思っていたぞ」
「これは陛下、遅ればせながら御即位おめでとうございます。
我々も骨を折った甲斐があったというものです。
まあ、実際昨日までは船酔いで死にかけてたのですが、ハッハハ!!」
ロプス大使以外、誰も笑っていない。
大使自身の目も笑っておらず、とても親交を温めあっている空気では無い。
言葉は続かず、沈黙が続く。
「ああ、それで大使は今回は何の御用ですかな?
一向に表舞台には出て来なかったのに」
その空気を壊すべく、秋月総督が話に割って入る。
このまま話が進まなくても困るからだ。
本来の議長役で進行しなければならない白市長が頼もしそうにこちらを見ているので舌打ちしそうになる。
さて、先の戦争で皇室、貴族、騎士団、聖職者、魔術師、一般庶民を分け隔てること無く、僅か三時間で焼き払った皇都大空襲の記憶は大陸の民の間では新しい。
皇国は解体され、王国が和平という名の降伏を受け入れたが、アメリカが大陸に拠点を持つことを許さなかった。
勝者の論理でゴリ押ししようと考えたアメリカ人達だったが、想像以上に自分達が大陸で増悪されていることに辟易して退いたくらいだ。
現在の在アウストラリス大陸アメリカ大使館ですら、新京の沖合にある離島アミティに存在するほどだ。
小規模ながら米軍基地が存在し、アウストラリス大陸に進出するアメリカ人の唯一のコミュニティとなっている。
アメリカ人達は西方大陸アガリアレプトに注力することにして、アウストラリス大陸の進出には消極的になった。
「今回はさすがに見る見かねてね。
高麗本国も酷い有様だそうじゃないか。
それといい機会だから、ちょっとパパにおねだりに来たのさ」
秋月の顔が引きつる。
現状でも日本はアメリカに燃料や弾薬、食料を都合して提供しているのだ。
共用する為に在日米軍の使用する兵器の技術も公開させたが、割に合っているかといえば微妙である。
強力過ぎて使い道が無い兵器も多い。
その支援を自分達に回して欲しいと思っている独立都市も多い。
「独立都市も増えてきて、多国籍軍も弱体化が激しいからね。
そろそろ自衛隊からの援軍が欲しいんだ」
「生憎だが、一連の海棲亜人の襲撃で長い海岸線を持つ我が国は危機感を覚えている。
これ以上兵力を派遣する余裕はない。
むしろ派遣部隊から撤収を命じたいくらいだよ。
それにそういう提案は本国政府にしてくれ。
大陸総督府の管轄外だ」
現在も西方大陸アガリアレプトには自衛隊の部隊が派遣されている。
旅団化した第一空挺旅団、富士教導旅団、第一特科旅団を含む約二万の陸自部隊。
海自の護衛艦隊に所属する半数の護衛艦。
転移後に重犯罪を犯した者達を徴用して組織された第二更正師団。
日本にいた訪日外国人達も徴用されて戦いに加わっている。
生活の基盤の無い彼等に選択肢はほぼ無かった。
彼等が独立都市の建設を求めるのも、その戦争から手を引く為だ。
独立都市が建設される度に多国籍軍から市民となる兵士が抜けていく。
そしてアメリカが主導する西方大陸アガリアレプトの戦争には、本国や独立都市でも厭戦気分が広がっていた。
「まあ、君達にそこまで期待はしていないよ。
日本の工業力の防衛は確かに大事だからね。
高麗も復興に手一杯だろうし、北サハリンも要求を聞く気は無いだろう?」
「当然だ。
我々に何もメリットは無いからな」
チカローニ市長が平然と肯定する。
確かに北サハリンは強力な軍事力とエネルギー資源の供給という強いカードを持っているので、アメリカの風下には立っていない。
しかし、他の独立都市はそうではない。
安全保障の問題から米軍は自衛隊に次ぐ、軍事力の傘を彼等に提供しているからだ。
それだけに食料や資源の提供などで、対価を支払っているが彼等に取っては負担が大きいと感じていた。
ましてや再び参戦しろなどと言われたら政権が潰れてしまう。
「ふむ、面白いな。
その援軍とやらは地球人で無くてはならないのかね?」
国王モルデールの言葉に会場がどよめき立つ。
意表を突かれた顔をしたラプス大使は顔をにやつかせて答える。
「いえいえ、我々は大変興味があります。
後日、詳細をお詰めしたいのですが、アテはあるのですか?」
「王都での謁見を許す、近いうちに来るが良い。
なあに、貴族や騎士の部屋住みの三男、四男。
皇国残党の捕虜に志願者を加えれば万の兵団くらいはすぐに集まるさ。
待遇次第ではあるがな。
日本も捕虜を養うのは負担であろう?
それに皇国亡きあと、この王国こそが、この世界の人種の唯一の国家である。
人種の守護こそが皇国並びに王国の理念であるからな。
ああ、当然代償は頂くぞ?」
どの程度を戦力として強化するつもりなのか、秋月総督は監視を強めるつもりだった。
無造作に技術を流出されても困るのだ。
そして何より、アメリカに日本は今回のような侵攻可能な地域の特定が推測出来ていることを悟られる訳にはいかなかった。
実証は出来ていないが、今回の侵攻された場所がある程度、推測を裏付ける結果となっていた。
現在、本国で危険地帯と思われる南樺太の国境警察隊や占守島の第304沿岸監視隊が哨戒を強化している。
王国とアメリカ、日本が睨み合う中、他の首脳陣達は矛先が変わって安心した反面、誰もが帰りたい気分を高らませていた。
その後、首脳一行はエレンハフト城が背景に写る場所に移動する。
首脳陣の記念撮影の為だ。
議長役である百済市長白泰英を中央に立たせ、モルデール王が右側に、秋月総督が左側に立つ。
後は建設された独立都市の順番に右、左と並んでいく。
しれっとラプス大使まで端っこに並んでいるのはご愛嬌だ。
秋月総督は次回サミット開催都市ルソン市長ニーナ・タカヤマ女史に腕を組まれて戸惑っている。
「総督、ルソンに『マラブリゴ』が到着した模様です。
日本政府に感謝の意を御伝えください」
『マラブリゴ』は日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船である。
転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。
「転移のゴタゴタで十年も遅らせてしまったことを総理が詫びてました」
「海からの侵略が現実化した現状、このタイミングでの配備に感謝こそすれ、非難するこどありえませんわよ」
カメラマンに離れるように言われて体を離す。
タカヤマ女史は残念そうにしていたが、あのまま写真を撮られても色々とまずいのでホッとしている。
ふと城壁に目をやると、ハンマーや岩球をぶつけられて所々穴が空いてたり崩壊している部分がある。
エレンハフト城も戦場となったが、敵兵を城壁で食い止めることに成功している。
国防警備隊の隊員達は、この城壁から敵の突破を許さなかった。
「意外に城の防衛拠点としての機能も馬鹿には出来ませんな」
秋月の感想に白市長も納得する。
「そうですね。
巨斉島でも、珍島でも観光用に復元した城が役に立ったようです。
要塞としても避難所としても有用でした。
日本も皇居や大阪城御所以外の城の要塞化を考えてみてもいいのでは無いのでしょうか?」
観光用に創られた復元城ばかりだが、今の時代は観光客など激減していて商売にはなっていない。
大半がコンクリート建築になっており、重火器や航空攻撃が可能な近代軍隊ならともかく、この世界の軍隊やモンスター相手なら十分に有効だ。
何より人員を大幅に増員した各地の自衛隊の駐屯地や準軍事組織の基地が手狭になっている事情もある。
「まあ、地域のランドマークになってるのも多いですから、自治体が反対するかも知れませんな。
遺構とかの保存に学会も煩いでしょうな」
アイデアとしては面白いかも知れないが問題も多い。
ようやく整列が終わり、カメラマンから視線を求められる。
「それじゃ~撮りますよ~、1+1は?」
誰も笑ってくれない重苦しい空気の中、シャッターが切られた。
次回のサミットはルソンで開かれる。
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