第51話 2027年 密造工場の襲撃
大陸北部天領ラゼント
トレス砦
皇国軍残党は放棄された砦を根拠地の一つとして抵抗活動を続けていた。
大森林に囲まれたトレス砦は、地球系多国籍軍との戦いからも破壊を免れた場所だ。
大変辺鄙な場所にあったからである。
だが主力の兵員は近隣で大量発生したモンスターの退治に出撃しており、最低限の人員しか残っていない。
「ふわ~、暑さもだいぶおさまったな」
見張りの兵士が欠伸をしつつ警戒に当たるが、首に矢を射られて倒れふした。
静粛性に優れたクロスボウによる狙撃だ。
同僚が倒れたのに驚いたもう1人も複数の矢に射ぬかれて息絶える。
矢の飛んで来た方角の森林から60名ほどの軽装だが、仕立てのよい甲冑を来た騎士達が姿を現す。
「目標を探せ!!
抵抗する者は斬って棄てろ!!」
砦に突入した騎士達は抵抗する兵士達と斬り結び、実力を持って命を断っていく。
砦の中では兵士達の他に近隣の村から集められた職人や工員が無抵抗で床に伏せられている。
残党軍の兵士二人を斬り捨てたレディンは、砦の中を進んでいた。
「隊長、こちらです」
部下達に案内され、隊長であるレディンは工場で生産された品が保管された倉庫に入る。
「ふむ、これがピョートル砲か」
「はい、油断してとはいえ、日本の護衛艦に一撃与えた砲であります。
ここが皇国軍残党の武器の密造工場であることは間違いなさそうです」
帝国軍残党が造り上げた施条後装砲ピョートル砲。
射程が3キロにも及ぶ、大陸人が使える最新鋭の大砲である。
「まあ、成果は小さな穴を僅かに開けた程度らしいが」
射程がバレたのなら、さらに安全距離を広めればいいだけなので、今となっては対して意味は無い。
ただ現状の王国軍のどの砲よりも高性能なのは間違いない。
王国はここにピョートル砲の現物と生産設備とそれを造る職人や工員を手に入れたのだ。
「本隊に連絡し、ここに駐留させる部隊を入城させろ」
レディンは王都への連絡、接収した物資、人員の目録作り、近隣に配備した部隊による皇国軍残党への制圧作戦を指示して回る。
王国近衛騎士団第10大隊隊長のレディン自らが精鋭を率いての制圧任務だ。
約千名の第10大隊の隊員から選ばれた精鋭60名は、見事に犠牲者を出さずに任務を達成した満足感を得られていた。
だが部下に呼び止められて足を止める。
「隊長、よろしいでしょうか?
設計の為と思われる部屋を発見しました。
図面とおぼしき書類を多数発見しましたが、大陸の言語では無いらしく読むことが出来ません」
そのうちの何枚かを渡されて目を通してみる。
紙は大陸で流通している羊皮紙でなく、各領土で雇われた日本人の内政顧問が生産を奨励している植物紙だ。
冬の間や手の空いた時間に小銭を稼げる手仕事として、農民の間で流行している。
また、安価な紙の普及により読み書きや数の数え方などの教育も行われているらしい。
他ならぬレディンの実家の領内でも行われており、ついつい手触りを実家の領内で造られている物と比べてしまう。
そして、実家のより手触りがよい植物紙に書かれた文字に目をやり眉を潜める。
「日本語では無いな、確か英語とかいう言語だ。
残念ながら私にも読めぬ」
新京の大学で留学中に勉強したレディンだが、その際に見た書物に書かれていた文字に間違い。
「何者かが残党軍に技術を流出させていたのか?
ふむ、結果として我々が知ってしまったの仕方がないよな、不可抗力である」
だが技術流出の上前を跳ねるのは、王国にとっても都合がよい。
文字は理解できないが、図面だけでもわかることがある。
生き残った者達から尋問をし、技術流出者の情報も得ないといけない。
櫓まで移動して、駐留の為の兵士達が入城してくるのを視察する。
だが轟音とともに城壁が崩れて、隠し通路と思われる内部から肌の色が黒い大男が現れる。
迷彩柄の服装は大陸の者とは違う出で立ちた。
皮膚が黒い男は体が腐っているのか悪臭がひどい。
顔も腐り崩れて判別しずらい。
兵士達に取り囲まれるが怯む様子は見えない。
「ガ、ガア……」
声にならない声をあげた男は、体にM134 ミニガンの給弾ベルトを巻いていた。
M134 ミニガンの銃弾から毎秒百発の銃弾が発砲され、たちまち砦に入城してきた数十人の近衛騎士や近衛兵を射ち抜いていく。
通常の騎士達や兵士達よりは固い甲冑や盾を装備した彼等だが、自慢の甲冑や盾が銃弾に切り裂かれ、凪ぎ払われていく。
壁や通路に逃げ惑う近衛兵達だが、石で造られた壁ごと粉砕されて血の海を造る。
「貴様!!」
近衛騎士の一人が斬りつけて、給弾ベルトを断ち切る。
そのまま残った弾丸で蜂の巣にされるが、M134 ミニガンの弾丸が無くなり空しく回るだけになった。
続いて何人もの近衛騎士や近衛兵士が斬りつけ、刺し貫く。
「突き立てい!!」
とどめとばかりに槍を持った近衛兵5人が黒い大男の腹や胸に突き刺す。
「ガハッ!!」
全身から腐った血を噴き出しながらもM134 ミニガンの銃身で近衛兵達を殴り倒す。
「砦の守護者か?
迂闊に近づくな、槍で突いて距離を取れ!!
銃士隊と弓矢隊が狙い射て!!」
だが駐留部隊の後列にいた銃士隊や弓隊は未だに大半が砦の外だ。
近衛騎士が装備している短銃を撃つが、アンデットナイトには効果が薄く怯む様子も見せない。
「レディン隊長、あれはアンデットナイトです!!」
櫓を移動しながら現場に向かうレディンに、従軍司祭である緑の司祭服を纏った森と狩猟の司祭アルテナが進言してくる。
「そいつは普通のグールとどう違う!!」
「戦う『任務』を与えられ、武装しています!!」
「それは別にナイトと呼ばなくてもいいんじゃないか?
浄化しろ」
アルテナが祈りの言葉を唱えると、緑の光が宿った矢を階段から放つ。
M134 ミニガンの銃身は、近衛騎士の固い鎧に何度も打ち据えられて、破損して役にたっていない。
アンデットナイトは倒した兵士の剣を奪って暴れまわるが、右手に矢が刺さり、傷口から緑の発光体が右腕を包む。
浄化の光で力が弱まったのか、右手は腐り落ちて剣を落としていた。
「やったか?」
「思ったより浄化の光が消えるのが早いです。
術者はかなりの遣い手です。
ですが、もう浄化の矢を3本ばかり当てれば」
「待ってられんな。
撃ち方やめ、突っ込む!!」
レディンは動きが鈍くなったアンデットナイトを階段から飛び降り、盾で殴り飛ばす。
そのまま盾を放り投げ、両手で剣を持って、アンデットナイト首を跳ねた。
ようやく動きを止めたアンデットナイトを部下達に処理を任せ、被害を確認する。
「たった一体相手に24名死亡、69名負傷とはな」
遺体も浄化せねばアンデット化してしまう。
負傷者には従軍司祭達が治癒魔法を掛けている。
だが重傷者が多く魔力が足りなくなりそうなので、優先順位に従い身分の高い者から治癒魔法が掛けられていく。
「肌が黒かったがダークエルフの一種か?」
「小型のオーガじゃないのか?」
「地球人じゃないか?
確か、様々な肌の色を持った人種が存在するというじゃないか。
それにあの銃の威力はまさにそれだろう」
部下達が口々に敵の正体について話し合っている。
「レディン隊長、これを」
アンデットナイトの首からぶら下げられた金属製のプレートのペンダントをアルテナが持ってくる。
何やら文字が刻印されているが、英語なのでさっぱり読めない。
「機会があれば日本人に見せてみよう。
何かわかるかも知れない。
だがあのアンデットナイトに『任務』を与えた術者がいるかと思うと、迂闊にここを離れられんな」
さらに貴族の子弟で構成される近衛騎士団の近衛騎士に戦死者を出してしまったことで、責任を追及されるかもしれない。
戦死者を多数出せば、団員募集の集まりも少なくなる。
今は部隊の立て直しと、減った人員での王都へのピョートル砲の移送だけで頭が痛かった。
王都ソフィア
「と、言うわけで何て書いてるか、教えて欲しいのだが?」
レディンの邸宅に呼び出された石和黒駒一家の荒木は、豪華なテーブルで居心地が悪そうに座っていた。
レディンはバルディス子爵家の三男であり、本来は部屋住みの身であるが近衛騎士として立身出世したので王都のバルディス家屋敷を任せられていた。
広い邸宅をもて余してたが、来客を密かに呼ぶには便利だと思っていた。
レディンはトレス砦で見つけた金属板を日本人に検証させたかったが、いきなり公的機関に持ち込んでは問題が大きくなる可能性が高い。
まずは脛に傷持つ身の荒木に金属板を見せて、検証と反応を伺うことにしたのだ。
荒木は農民に紙を作る道具と初期費用の貸出しを行う仕事でレディンに知己を得ていた。
「これは認識票ですね。
将兵の遺体が原形を留めてなくてもこれがあれば認識を可能にします。
或いは遺体を持ち帰れない場合は、この認識票だけを持ち帰るとか聞いたことがあります。
私も軍属とかじゃないので詳しいことは知りませんよ」
「それは興味深い。
だが書いてある文字は判るのだろう?」
荒木はメモ帳に書きながらブツブツと呟き始める。
「ジェイコブ・M・ノートン、B型。
『US MARINE』ということは米海兵隊か。
『USMC』は何だろうな?
数字は認識番号かな?
レディン殿、この認識票はどうしたのですか。
まさか、殺ったんじゃないですよね?
米軍は自衛隊ほど、甘い連中じゃないですよ」
「ああ、それは問題無い。
持ち主はすでに死んでいた。
そこは嘘じゃない。
北部の演習中に見つけて遺体は荼毘に伏した」
元気よく動いていたが、死んでたのは間違いない。
近衛騎士団第10大隊が、多大な損害を出したのは荒木も聞いている。
詳細は知りたくもなかった。
「むしろ、大陸にはいないはずの米軍が、王国領内で何をしていたのか説明が欲しいくらいだ。
下手人も上手く捕まってくれればいいのだが」
日本側に話しても問題はなさそうだと判断し、レディンは少し気が楽になった。
トレス砦近辺
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトはトレス砦の近辺の森林に潜み、双眼鏡で様子を伺っていた。
海兵隊の脱走兵ノートン軍曹のアンデットを武装させ、砦に仕込んでいたのだが、その反応が途切れたので戻ってきたのだ。
「なかなか上手くいかないものだな」
砦は無人に思えた。
すでに王国軍が奇襲を掛けて、制圧したことはわかっている。
技術を提供して強化した皇国残党と自衛隊を戦わせて消耗を狙ったのに、王国軍と戦ったのでは本末転倒だった。
警戒をしつつ、黒いローブと黒い司祭服で砦に近付く。
皇国軍残党どころか、工員、職人の誰もいない。
生産していたピョートル砲や研究段階の図面も全て持ち去られていた。
「そして、残っていたのは刺客だけか」
猟師の格好に扮した10数人の男逹が、小銃や弓矢、剣で武装して砦の通路で囲むように現れた。
「小官を殺すには少々人数が足りないのではないか?」
祈りの言葉を唱えると、皆殺しにされて砦の外にまとめて埋められていた皇国軍残党将兵の遺体が、グール化して土の中から現れていた。
アルテナ達、従軍司祭によって清められた筈の遺体があっさりとアンデット化して、砦の中に入っていく。
チャールズはM67破片手榴弾を放り投げて、外側に通じる通路の刺客を爆発で吹き飛ばして突破すると、招き入れたグール達に刺客達の始末を命じてそのまま逃走した。
刺客達が命じられていたのは、チャールズの暗殺ではなく捕縛だった為に誰もが、発砲や矢を射るという行動を躊躇った隙を突かれたのだ。
チャールズにとってもせっかく稼働させた武器の密造工場と研究室を失うのは手痛い損失だった。
「まあ、工場はここだけじゃないからな」
すでに大陸各地で密造工場が完成している。
問題は工員の確保だがそれも目処が立ったところだった。
ひとまずは商人が運営する自由都市シュコルダ、通称『奴隷特区』に向かうことにした。
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