第87話 限界の兆し
東京市市ヶ谷
防衛省
旧東京都の住民が移動したあと、防衛省も施設の大拡充を行っていた。
寺社と警視庁第四方面本部以外の東京都新宿区市谷本村町全域にまで拡がっている。
その中には防衛大臣官邸も建築され、大臣のオフィスも官邸内に存在する。
「これが元子爵様の御要望かい?」
防衛大臣乃村利正は秘書の白戸昭美から、公安調査庁から届いたベッセンの報告書を読み漁っている。
日本政府はベッセンは有用だが危険人物と見ており、心理学者やプロファイラーなども動員して監視を怠っていない。
まだ、彼の弟子達にも後援者たる寺社を通じて紐付きにする計画も進行している。
「魔術には精通していても、我々のことを甘くみてもらっては困るな」
監視者達の報告は、ベッセンから反抗の心と能力は決して潰えていないというものだった。
こちらもいつでも府中刑務所ごと破壊できるように戦闘機やミサイルも配備済みなのだ。
刑務所内にも公安調査庁の実働部隊が配備され、警視庁も調布や立川の機動隊並びにSATの任務にベッセン排除を加えている。
神奈川県警第1機動隊とSAT1個小隊を全滅にしたベッセンの実力は決して低くは見積もっていない。
唯一の問題は、ベッセンが外部と連絡を取ることを防ぐ手段が無いことだ。
「総督府に奴の要望を聞かせよう。
なるべく裏切らない導士や司教級の新官をな。
単身赴任してくれる家族持ちが最適だ」
白戸が頷くと、関係各所に送る書類の作成に取りかかる。
その間に乃村は他の報告書にも目を通す。
防衛装備庁からは、転移後の装備更新が第6師団まで完了の報告書が来ている。
従来の第6師団の装備は老朽化されていない物が厳選されて第9師団に移管された。
今年は第8師団の装備が更新され、第7師団に余剰分が引き渡される予定だ。
「第16師団は消耗が激しいな。
高価な在日米軍の武器ではもう限界か」
「現米軍も自衛隊と同じ装備に移管しつつあります。
安価で工場が完成したロシア系とは比べられません」
大陸における日本の権益を守る主力であった第16師団の活躍の程が知れる話だ。
「あと3年持ちこたえてくれれば国産装備を回せるんだが」
そこに入室を知らせるインターホンが鳴り、白戸が受話器を手に話し出す。
「大臣、第17旅団長久田正志陸将補がおいでになりました」
「通してくれ」
久田陸将補は入室とともに敬礼をしつつ、着席を勧められて席に着く。
「久田陸将補、これは内示だが貴官が大陸に帰還後に三等陸将の辞令が総督府から発令される。
現在、訓練中の第17後方支援連隊は来年以降になるが、先行して第17師団を正式に発足させる。
今後の第17師団の展開予定を聞かせてくれ」
「はい、現在王都を中心に展開している第17即応機動連隊は来年までは駐屯させます。
現時点で福崎市に第51特科連隊。
福原市に第34普通科連隊が駐屯してます。
西陣市の駐屯地には、司令部直属部隊を駐屯させます」
南部の地球系同盟国や同盟都市に対抗する為の布陣だ。
「問題は現在建設中の新都市に駐屯させる部隊です。
第17後方支援連隊が来年ならフォローできます。
しかし、年内に新たな都市を造るなら陸自の派遣部隊では賄いきれません」
「政府も沿岸部から東部内陸側に植民都市をシフトさせる意向だ。
少しは植民の増加に歯止めが掛かるが、焼け石に水なのは変わらないよな」
抜本的対策が必要なのは間違い無い。
政府は本国の自衛隊本隊を大陸に駐屯させる決断が出来ない。
「ようやく重い腰をあげ、海自の新造艦や空自のF-35の生産の予算が降りたばかりだ。
陸自がその恩恵に預かれるのはまだ数年先だが耐えてくれ」
政府が重い腰を上げた理由はそれだけではない。
エルフ達からの情報により、今後も地球からの転移が有り得ることが否定できなくなったからだ。
しかもこの世界では一年でも地球では五年以上未來の対象が転移してくるかもしれない。
個人や小規模の転移ならいいが、国単位で未来技術を持ってくる対象が転移してきたらどうなるか?
答えは日本自身がこの世界に証明してみせてしまった。
多少はその差を補うべく、停滞させていた新兵器の開発に動き出したのだ。
久田陸将補が報告を終えて退出したあと、横田駐屯地で訓練に励んでいる第52普通科連隊の連隊長上田翔大一等陸佐が訪ねてきた。
横田駐屯地は在日米軍から返還された基地を自衛隊の駐屯地にした場所である。
「現在、我が連隊への各陸自部隊からの異動希望並びに志願者のリストです」
第52普通科連隊は、第18普通科連隊が第18即応機動連隊に改編し、二年後に大陸に進駐する後釜となる部隊だ。
移民を希望しない各部隊の隊員の為の受皿でもある。
問題は移民の速度を自衛隊が追いきれなくなっていることだ。
「予想通りだな。
年内にさいたま市の移民が開始されるから、それを見越した志願者が多い。
まあ、こちらにも都合がよいから無理の無い範囲で配慮してくれたまえ」
移民庁からの報告書によると、京都市民による西陣市民の移民は2月後半に終了する見通しだった。
そして、さいたま市民が中心となる植民都市の移民が始まることになる。
「西陣市の港も開港すれば、送り出せる移民の数も増える。
現地ではすでにインフラの工事も始まっている。
ゼネコンの連中は仕事が無くならないと左団扇だ。
羨ましい限りだ」
都市建設や街道の整備、鉄道の敷設。
材木や鉱物による資源の採掘など、日本や地球系同盟国や都市の労働力だけでは人員を賄うことが出来ない。
住民にとって何より大事なことは食料の確保だ。
都市の外での活動にはあまり積極的ではないのが現実だ。
代わりの人材として、各領地から派遣された賦役の領民が動員されている。
王国や貴族に日本に対する敗戦賠償として年貢の半分や採掘された鉱物を差し出す政策が大陸全土で行われている。
最も輸送や保存の問題もあり、辺境の領土では、現金で日本の輸送ルート沿いの領地から作物を買い取り、支払うことも認められている。
問題は現金で支払うことも出来ない貴族達で、彼等は農村や町から余剰の労働力を賦役として差し出してきた。
奴隷扱いは流石に不味いと、最低賃金で雇用したが大いに活用されることとなる。
労働力の低下は、食料の生産や鉱物の採掘に響くのではと懸念された。
しかし、農村や鉱山には日本の指導のもとに知識や技術の提供が施されて、生産量は寧ろ増加の傾向にある。
日本や華西によるインフラバブルが終われば大量の失業者が大陸に溢れることになる。
もちろん日本の支配領域からは、物理的に叩き出すのは大前提だ。
それ以前に遠方に『最後の餌』が用意されて釣りだす計画となっている。
「閣下、外務省からです。
旧南米、中南米諸国18ヵ国が、アルベルト市への合流を決定しました。
日本人等の外国籍配偶者も含めて、約二万人。
スペイン語圏でほとんどがカトリック教徒という共通点を持っています」
秘書の白戸の報告に乃村は口笛を吹いて答える。
「独立都市の建設はもう無いとみて諦めたか。
ここまで粘ってた連中にもこの風を感じてくれると助かるな」
昨年の独立都市の建設を決める調整会議の惨憺たる有り様を浮かべて、乃村は肩を竦める。
ペルー人を主体とするアルベルト市の規模ならば二万人程度含めても新たな植民都市が造られる可能性はほぼ無いと言っていい。
「もう12年も経つのに定住先を得られなかった者達への草刈りが始まったな。
まあ、我々も限界が近いのだが」
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