第88話 対馬海峡防空戦

 高麗国

 珍島市

 観梅島近海

 国防警備隊太平洋3号型巡視船『太平洋9号』


『海洋結界』の加護が無くなった高麗国の主要三島だが、近隣の諸島ではまだ加護は維持されていた。

 そのうちの観梅島も同様で、リゾート地で知られた島も食料確保の為に漁港が拡充されて人口が増えた。

 しかし、今年に入ってから若い男性の行方不明者が増えて問題となっていた。


「政府はブリタニカへのタイド級給油艦『タイドレース』の納入に合わせてピリピリしている。

 その矢先に行方不明者が拐われる瞬間が携帯カメラからだが撮影された。

 敵の正体がこれだ」


 ブリーフィングルームで船長がスクリーンに映った存在を指差す。

 頭と胸が人間の女性で、それ以外の部分が鳥というモンスターが、足の鉤爪で若い成人男性の胴体を掴み飛び去るところだった。


「ハルピュイア、通称ハーピーだ。

 山岳地帯や海岸に住み着き、人を拐うことがある。

 理由はほとんど雌しか産まれない種族で、牡は稀にしかいない。

 つまり生殖に他種族の男性を利用している。

『海洋結界』によるモンスターの上陸は警戒していたが、空から侵入されたことに気がついてなかったわけだ」


 集められた海兵隊員達は微妙な顔となる。


「女は拐われないので?」

「識者の話によると、雌が圧倒的に多いから間に合ってるそうだ。

 ちなみに人間との言語的コミュニケーションは現在のところ不可能。

 他の亜人のように王国との交流も無ければ、交渉出来るような文明的組織も見当たらない。

 よって地球系同盟国並びに独立都市は、ハーピーを害獣として駆除することに決定した」


 識者って誰だよ、という呟きは質問では無いので船長は無視する。


「奴等の巣は鳥島群島の加沙島と推定されている。

 住民が800名程いて、危険に晒されていると考えられる。

 念の為、他の有人島も警備隊と自警団が住民点呼と行方不明者の捜索を行っている。

 諸君らは加沙島のハーピーの駆逐後、鳥島群島の無人島を一つ一つ捜索に参加する。

 長丁場になるが、諸君等の健闘を期待する」


 鳥島群島が所属する珍島市の無人島は185に及ぶ。

 それを海兵隊一個小隊で捜索しろというのだから、隊員達はうんざりとする顔を隠そうともしない。


「そう腐るな。

 有人島の捜索が終わった警備隊もこれに加わるし、自衛隊の西部即応科連隊もこの作業に加わる。

 そう長くはかからないさ」


 先程の長丁場発言と矛盾するが、船長としてはこう言うしかない。


「ハーピーどもが大陸から遠いこの地にどうやって渡ってきたのか、日本も興味を示してる。

 それに現実問題として、国防警備隊はイカ共の攻撃から再建出来たとは言い難い。

 背に腹は代えられないってな」


 ハーピーの巣の根絶自体は問題は無い。

 加沙島の港から海兵隊が上陸すると、住民の避難活動が始まっていた。

 海兵隊達は近隣まではバスで移動し、徒歩で巣になっていると思われる南部の金鉱跡に向かう。

 夜目が効かず、眠りに入っているハーピー達に隠密行動は取らない。

 最短距離で巣になっている南部の金鉱跡に侵入した。


「臭いな」

「アレの臭いか。

 ガスマスクでも持って来るんだったな」


 壁にはペリッドで塗り固められた男達が気を失っている。

 さらに地面には悪臭が漂い、憔悴仕切った男達が複数倒れていた。

 数人はすでに事切れている。

 洞窟の中のハーピーは30匹近くいたが、色々と満足したのか多少の物音でも起きてこない。

 藁で造られた鳥の巣のような物には卵が複数入っている。


「この数が繁殖されたら溜まらんな」


 遺体の回収は諦め生存者の救出を優先し、洞窟にC4プラスチック爆弾を仕込んで脱出する。

 だが救出された男達の悪臭と物音にさすがに気がついたのか、森からも複数のハーピーが飛び上がってきた。

 海兵達は小銃による射撃で急降下してくるハーピーを迎撃しながら海岸を目指す。

 鳥目の為動きは鈍く、ハーピー達は蜂の巣になっていく。

 しかし、数が多く鉤爪に隊員や生存者が捉えられそうになるが、拳銃でハーピーを射殺して難を逃れる。

 隊員達や要救助者がバスに乗り込むと、車体をハーピーの鉤爪が激しく叩いてくる。

 バスを走らせ港まで来ると海上の『太平洋9号』による40mm連装機銃やブローニングM2重機関銃による援護射撃も始まり、上空のハーピーを餌食にしていく

 乗員や島の警官達も小銃や拳銃で応戦する。


「待て、待て、ちょっと待て!?」


 急降下してくるハーピーより、撃墜され墜落してくるハーピーの死体の方が危険となる一幕もあった。

 十分な距離が取れたと、隊員の1人が金鉱跡のC4プラスチック爆弾の起爆用の無線スイッチを押すと金鉱跡が爆破された。

 その爆発に呼応したように森や周辺の小島から無数のハーピーが空を覆った。

 ハーピーは単体ではさほど強くはない。

 危険を察知した途端に群れで安全圏まで避難し始めたのだ。


「おいおい、何匹……

 奴等どこに行く気だ?」


 ハーピーの群れは『太平洋9号』からも進路が観測された。

 進路は南。

 日本しか有り得ない。

 その数は千を越えている。







 北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』


 貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ 』は、大陸から高麗に鉱石を運ぶ仕事に携わっていた。

 と、言うのは表向きの話で、北サハリン船籍に偽装したチャールズ・L ・ホワイト元米軍中佐が強奪した船だ。

 船長のナルコフは元ロシアマフィアで密輸に携わり、主要な船員達も指名手配犯ばかりだ。

 その中には訓練を受けた皇国軍残党まで混じっている。


「高麗に密かに運んでたハーピーの卵の孵化が予想より早かったな。

 騒動を起こして、国防警備隊に嗅ぎ付けられた」

「どうしやす?

 この船も臨検を受けたら1発でバレますぜ。

 中佐の魔法で眠らせていたハーピーも目を覚まし始めてますし」


 最初のうちは卵を運んで、高麗本国に大量発生させて混乱させる気だったが、卵が見つからないのてハーピーそのものを輸送する羽目になっていた。

 船員はモンスター避けの護符を、チャールズ中佐から貰っているが、ハーピー達をコンテナに閉じ込めて使わないようにしていた。


「とにかく中佐からの連絡を待て。

 幸いハーピーの群れは日本が引き付けてくれるから、まだ時間はあるさ」





 

「走れ!!

 ハーピーどもは待ってくれないぞ!!」


 博多駅新幹線改札を抜けて、地下鉄のホームに向かっていく。

 地下鉄に乗り込み、満員電車もかくやという段階になったら順次発車していく。

 緊急の地下鉄は途中で地上に出て、ノンストップで西唐津駅に向かう。

 ここからは、民間バスが徴用されて唐津市沿岸に配備される予定である。

 緊急事態であり、唐津市並びに糸島市には戒厳令が施行された。

 沿岸部の住民は避難を、その他の住民は屋内での待機が命じられた。

 また、両市内への交通も制限される。

 海上でも海上保安庁の巡視船の『まつうら』、『いなさ』が警戒にあたり、神集島や姫島島民の避難作業に従事している。

 第4即応機動連隊連隊長の鶴見一等陸佐は、唐津城に司令部をおくことになった。


「あれだよな。

 城って階段長いからやだよなあ」


 山城の山頂まで伸びる石段にうんざりした声があげる。

 西唐津駅からは部隊の展開を優先させる為に連隊司令部の隊員は徒歩で唐津城に向かう羽目になった。


「いえ連隊長、本丸まで行く直通エレベーターがありますのでそれで」


 幕僚の1人が気まずそうに指を指している。


「こういうのは風情がどうかと思うよな。

 さて、展開を急がせろ。

 間もなく会敵予想時刻だ」


 自衛隊だけでなく、福岡県警第1・2機動隊は糸島市に、佐賀県警機動隊やパトカーに乗った警官達も唐津市に集結している。


「ここに到着する前に殲滅してくれればなあ」




 海上自衛隊

 第4護衛隊

 ひゅうが型護衛艦『いせ』


 飛行甲板に西部即応科連隊の隊員や『いせ』の立入検査隊員達が小銃を構えて待ち構えている。

『くにさき』の甲板でも同様の動きを見せている。


「来るぞ!!」


 先行している護衛艦の『あけぼの』、『さざなみ』、『ふゆつき』の艦砲の発射音が響く。

 これにCIWSの発射音もだ。

 海面にハーピーが次々と落下していく影が見える。

 だがハーピーの群れは次々と分散し、護衛艦にまとわりついて接近する。

 各艦の立入検査隊や同乗する西即連の小銃や銃架に設置されたM2重機関銃も火を吹く。

 そちらの銃弾は自由自在に飛ぶハーピーに対して、あまり効果は上げられていない。


「殲滅戦とは厄介だな」


 ブリッジから双眼鏡で覗いていた艦長の窪塚一等海佐はため息を吐く。

 人間大のモンスターが自由に飛行し、数百も同時に攻めてくると護衛艦でも対処が困難だ。

 幸いハーピーの爪では、護衛艦の装甲に傷も付けれない。

 ただひたすら鬱陶しい。


「艦を反転させ、唐津湾に誘導する。

弾薬が尽きるまではハーピーが追い付ける速度に留める」


『いせ』や『くにさき』の甲板には数百の男性隊員がその姿を見せている。

 ハーピー達はその男達の姿や臭いに魅せられて押し寄せてくる。

『いせ』と『くにさき』のCIWSの発砲が始まり、甲板の隊員達もこれに加わった。

『くにさき』の場合、現地で使う予定だった車両を甲板に駐車しており、車内や銃架から発砲している隊員もいる。

 こちらの銃弾の密度は、護衛艦の比では無く、ハーピー達が次々と海上に落下していく。

 海上に落下したハーピー達は、『海上結界』の餌食となっているのか、息のある者も暴れ狂い浮かんで来ない。


「艦長、『あけぼの』から小銃弾が尽きたと連絡が」


『いせ』や『くにさき』はともかく、通常の護衛艦に分乗しただけの西普連の隊員は、持ち込み分以上の弾薬は持っていない。

 海上で戦うなど想定してないからだ。

 それでも現在の海上自衛隊の艦艇は乗員数分の拳銃は支給されている。

 それを借り受けて抵抗は続けているが、それも時間の問題だろう。


「『さざなみ』から報告、近接を許したハーピーが歌のようなものを発し、それを聞いた隊員や乗員が放心状態で動かなくなる事態が発生!!」

「歌だと?」


『くにさき』や『いせ』では銃声が鳴りやまずに全く聞こえない。

 それでも海面スレスレから急上昇し、接近してきたハーピーの一部が同様に歌を歌い、隊員が戦闘不能になる事態が相次いだ。

 戦闘不能になった隊員や乗員は艦内に引きずり込んで保護する。

 それでも装甲が薄い区画では、歌が聞こえてしまい艦内で放心状態となる者が続出した。


「全スピーカーで何でもいいから派手な音楽を最大音量で鳴らせ!!」


『いせ』の艦内に『軍艦マーチ』が鳴り響き、『くにさき』ではメタルバンドの派手な曲が流れ始める。

 後続の『あけぼの』がアニソン、『ふゆつき』がアイドルソングを流している。

 だが『さざなみ』は何も流さないどころか、速度が低下していた。

 その『さざなみ』には無数のハーピーがまとわりつき、大合唱の形をなしている。


「『さざなみ』のブリッジ並びにCIC沈黙、『ふゆつき』が救助に残ると」


 このままでは囮の役が果たせない。

 焦燥に刈られるブリッジだが、爆音が彼等の士気を取り戻す。


「空自です!!

 第6飛行隊がハーピーに攻撃を開始しました」


第6飛行隊のF-2戦闘機6機が、『さざなみ』の周囲上空のハーピーを機銃で掃射していく。


「当艦も速度を落とし、歌の壁を『さざなみ』に張る」

「神集島を通過!!

 ハーピー達が離れていきます」


 ハーピー達も羽を休める必要があるのか、艦隊から離れていき、姫島、鳥島、神集島、高島などに集まっていく。

 海上保安庁の巡視船『まつうら』が神集島、『いなさ』が姫島近海で警戒にあたっており、両船も無数のハーピーに発砲を開始している。

 唐津湾にいた自衛官や警察官も各地で発砲している。


「九州本島に渡ろうとする奴を優先して叩け!!」

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