第89話 唐津湾攻防戦

 唐津市唐津城

 第4即応機動連隊臨時司令部


「沿岸部で散発的な駆除作業は行われましたが、九州本島へのハーピーの到達は阻止できました。

 駆除作業の際に歌を聴かされて行動不能になった隊員が48名。

 占拠された鳥島、高島は避難が終了しており、第4、12戦隊が唐津湾を塞ぐ形で展開。

 但し、護衛艦『さざなみ』は乗員並びに同乗した西即連の隊員30名が放心状態で戦闘不能と判断されて市内の病院に搬送されました。

 残ったハーピーは500足らずと想定されます」


 幕僚の木村三等陸佐の報告に、連隊長の鶴見一佐は渋い顔をする。


「接近戦はやばいか」

「王国大使館に問い合わせたところ、歌の効果範囲は概ね半径50メートル。

 夜は歌わない傾向があるようです」


 鶴見一佐は考え込む顔で夜襲を検討している。


「西即連に夜襲を要請しよう。

 うちの隊員はまだ無理だ」


 新型の装備は与えられたが、4即連の練度では夜襲を任せるには不安があった。

 自衛隊は転移後に失業対策と皇国との戦争、占領統治に合わせて増員を掛けていた。

 実戦経験のあった隊員は必然的に昇進し、アウストラリス大陸に派遣された第16師団や第17師団、西方大陸アガリアレプト派遣され、旅団化された第1空挺旅団、富士教導旅団、第1特科旅団、第1高射旅団等に配属された。

 本国の普通科隊員達の大半はその後に入隊したものだ。


「ここは我々の庭です。

 レンジャーの資格保有者を集めて参加させましょう」


 連隊の面子は何者にも代えがたい。


「それにしても歌だと?

 資料には無かったな」


 自衛隊は交戦したモンスターをライブラリー化し、日本の保有するファンタジーモンスターの知識を注釈として書き込んでいた。


「どうやらセイレーンの知識と混在化していたようです。

 もともとセイレーンも古代ギリシャでは半人半鳥だったのですが、中世ヨーロッパでは、人魚のような半人半魚の怪物として記述されています」

「ヨーロッパの連中も適当だな。

 この世界ではセイレーンとハーピーは同種と考えるべきか」


 放心状態になったことにより転倒し、負傷した乗員も多い。

 死者が出なかったのは奇跡だといえる。


「連隊からも夜襲が出来る者を中隊規模で選抜し……歌?

 しまった!!」


 それは鳥島や高島に集まったハーピー達の大合唱だった。

 夜になる前にまわりの生物を眠らせて安全を保つためだ。

 その歌は風に乗り、沿岸部で警戒にあたっていた隊員や夜襲の為に待機していた西普連。

 そして、唐津城で監視に当たっていた隊員と司令部の幕僚達が次々と倒れていく。

 鶴見一佐は咄嗟に手のひらで耳を塞ぐが、城内で無事だった隊員はほとんどいない。


「合唱か、くそ、甘く見てた」





 東京

 市ヶ谷

 統合司令部


 唐津の惨状の報告に、哀川陸将は頭を抱え込んでいた。


「それで損害は?」

「第4即応機動連隊の隊員450名。

 西部即応連隊900名が戦闘不能に陥り、夜襲は中止になりました。

 また、四名ほどの隊員が倒れた際の打ち所が悪かったり、海に転落するなどして殉職しました。

 現在も放心状態の隊員の回収作業が行われています。

 海保の巡視船も2隻とも行動不能と報告が来ています」


 ハーピーは夜になって動きを止めた。

 本来ならここで夜襲を用いて叩いておきたかった。

 神集島や姫島は島民こそ避難しているが集落もあり、民間資産の破壊を恐れた政府によって、空爆や艦砲による攻撃を禁じられたのが仇となった。


「放心状態の隊員の容態は?」

「王国大使館に問い合わせたところ、大陸の冒険者なら強い刺激を与えればすぐに目覚めたそうですが、我々のように半日も状態異常が続くことは無かったそうです」


 最近では当たり前のように受け入れられようになった『地球人は魔法に対する耐性が無い』という説がある。

 哀川陸将も半信半疑に聞いていたが認めざるを得なかった。


「規模は小さくなったが、夜襲はまだ有効な手のはずだ。

 いや、いまやらねば被害は拡大する。

 残存の隊員に回収作業が一段落したら夜襲を強行させろ」


 大分や長崎からも部隊を呼びよせているが、4即連と違い準備万端の車両移動なので間に合いそうにない。

 西即連と4即連の800名余りの隊員を両島に上陸させることが決定した。

 但し、政府から追加された要望書からは手榴弾や摘弾の使用も制限が書き加えられていた。





 佐賀県

 唐津市鳥島


 陸上自衛隊第4即応機動連隊第3中隊の隊員が、手漕ぎのキス釣りボートを徴用して、この無人島に上陸する。

 水谷三曹は三人掛かりで、ボートを海岸に引き上げる作業を行っていた。

 徴用した品なので、なるべく無事に返却しなければならない。


「疲れた」


 佐賀県ヨットハーバーから約一キロ程度の距離だが、4即連の隊員達は二人乗りや三人乗りのボートで海上を走破したのだ。

 中には慣れないカヤックで島に渡った猛者もいる。

 平時はボートやカヤックで渡る客も普通にいるそうだが、隊員達は寝不足と疲労で困憊している。

 ただでさえ昨日は、早朝に小倉から唐津に駆けつけ、昼間は唐津湾の避難誘導、警戒と散発的な駆除作業に駆り出された。

 ようやく交代して休めると思ったら、ハーピーの歌声で放心状態となった隊員の回収作業に叩き起こされた。

 鍛えぬかれた隊員と装備は本当に重かった。

 それも一段落する頃には日付が変わっていた。

 そして、そのまま徴用した手漕ぎボートで海上一キロの距離を渡り切れと命令されたのだ。

 文句の一つも言いたくなるだろう。

 すでに鳥島にはヨットの心得がある隊員によって、操作されたヨットに乗船してきた隊員が警戒にあたっている。

 小隊長の加山二等陸尉が、こちらに静かにしろというハンドサインを送ってくることには多少ムカつく。

 先行した隊員は20式小銃に着剣した銃剣やナイフ、個人購入した刀剣で、眠りについているハーピを一匹一匹、刺突して始末している。

 89式小銃の後継20式小銃は、カービン型ライフルに変更したことにより銃身の短縮並びに軽量化を達成した。

 また、想定する敵が人間だけでなく、モンスターが追加されたことによる3点バーストの廃止も盛り込まれている。

 個人購入の刀剣は大陸では自由に購入、携帯できる。

 しかし、『海洋結界』に囲まれた日本本国では緩和されたとはいえ、まだまだ厳しい条件の元でしか許されていない。

 自衛隊や警察などの武官では購入が奨励されるどころか、制式装備として採用しようかとの動きまであるくらいだ。

 この任務に刃物は最適な得物だった。

 ハーピーが眠っている間に可能な限り始末する。

 大抵のハーピーは樹木に寄り添って寝ていた。

 隊員達には疲労と寝不足に苦悶の顔を晒すが、夜の闇があるのが幸いだ。

 モンスターとはいえ、人の顔をした生き物を殺すのだ。

 そのことに想いを馳せる余裕も無く、躊躇いや罪悪感も見せずに機械的にハーピーを駆除してまわる。

 もちろんハーピーが飛び立っても、対岸の79式自走高射機関砲が唐津神社、全農唐津石油工場、唐津ヨットハーバーの駐車場に一両ずつ陣取り待ち構えている。

 高島にも島を囲うように、東の浜海水浴場、虹の松原に79式自走高射機関砲が置かれている。

 鳥島も高島も79式自走高射機関砲の射程距離内だ。

 鳥島は無人島なので、ロクに家屋も無く、地面に巣を作ろうとしていたハーピーの駆除は、思いのはか順調に進んでいった。




 唐津市

 高島


 高島は宝くじ関連の島興しに成功した島で、唐津港と陸続きの大島から西に約1.5キロ程度の距離にある。

 西部普通科連隊は本来なら夜明け前に各島に上陸して、圧倒的隊員数によって、ハーピーどもを殲滅する筈だった。

 その為に海岸で船舶を徴用したり、港や海岸で船舶が着岸するのを待機させていたのが災いした。

 ハーピーの歌の効果で半数以上の隊員が放心状態に陥るのは、とんだ失態であった。

 唯一無事だった中隊長の窪塚一等陸尉の指揮のもと、FRP製のカッター型短艇で隊員達がオールを使って島に上陸する。

 島の北部は山になっており、民家は南部の海岸沿いに集まっている。

 ハーピー達は避難が済んで無人となっていた集落の建物に巣を造りだしていた。

 人口400人程度の集落があり、ハーピーはそれらの建物の瓦屋根で眠りに付いている。

 よって西部即応科連隊の猛者達は、梯子で屋根に登ってハーピーを仕留めないといけないという難事に遭遇していた。


「参ったな、梯子が足りないぞ」


 ボートに可能な限りの隊員を乗せる為に不必要だと思われた装備はあまり持ち込んでいない。

 今なら一網打尽に出来るのだが、重火器の使用は禁じられ、小銃では狙いにくい場所だった。

 家屋を破壊するのも避けたい事態だった。

 何より銃声で起きられて、空に逃げられるのは避けたい。

 どのみち今の隊員には実戦で発砲したことがある者は少ない。

 それは精鋭足る西即連ともいえども同様だった。

 梯子を使わずに登ろうとして、物音で起きられて逃げられる事態が幾つか発生した。

 ようやく梯子がまわってきて、よじ登る隊員は屋根の上でまだ起きていたハーピーと目が合ってしまう。


「 キェェェェェェェェェ~~ 」


 猿叫のような叫び声を上げられて隊員は硬直する。

 周辺家屋にいたハーピー達は一斉に目を覚まして、目についた西即連の隊員に襲いかかる。

 梯子を昇る途中だった隊員は、梯子を倒されて地面に落ちていく。

 屋根でハーピーを刺突していた隊員も他のハーピーが飛来して体当たりを食らい屋根から叩き落とされる。

 窪塚一尉はもはやここまでと発砲を許可した。


「飛び上がったハーピーに発砲を許可する。

 負傷者は小学校に運べ!!」


 真っ先に発砲を始めたのは、やはり大陸帰りの隊員達だった。

 許可さえ下りれば彼等に躊躇いは無い。

 彼等に触発されて、初めての実戦を経験する隊員も射ち始める。

 窪塚一尉も89式小銃を撃ちながら負傷して後送される隊員を援護する。

 西部即応科連隊は第4即応機動連隊と違って、転移後の新装備はあまり配備されてない。

 しかし、使いなれた銃器の方に隊員は信頼を置いていた。

 ハーピーの数は決して多くはない。

 銃弾が使用できれば、西即連の敵ではない。







 唐津城

 第4即応機動連隊臨時司令部


「鳥島の駆除が完了との報告がありました」

「第4中隊が神集島にて、少数のハーピーを確認、交戦中!!」

「湾岸防衛の第5中隊も三ヶ所でハーピーを確認。

 追跡の上、駆除します」

「79AW、発砲開始!!」


 壊滅した第1・2中隊から無事だった者を集めて再編した司令部はどうにか機能を回復した。

 湾岸の防衛には久留米から呼び寄せた教育隊まで動員してカバーしている。

 連隊長の鶴見一佐は予備の第6中隊も動員するか考えていた。


「高島の西即連はどうか?」

「負傷者を出しつつも順調とのことです」


 島からは銃声も聞こえる。


「刃物だけではやはり片付かんかったか」


 その銃声も少なくなってくる。

 唐津における殲滅はうまくいきそうだった。


「姫島の方に福岡県警SAT一個小隊が、警備艇3隻で突入。

 あちらはしょっぱなから、銃器を使用している模様です」

「長年、暴力団相手にしてる連中は違うな。

 他のSATでもあそこまで思いきりはよくあるまい」


 福岡市や北九州市に配備されていた分隊を集めた部隊だ。

 姫島は福岡県に属するのでかき集められた。

 逆に佐賀県警SATや県警機動隊は到着出来ていない。

 他の戦闘となった3島に比べれば姫島は遠隔にあるが、そのぶんハーピーの数も少ない。

 福岡県警警備艇『げんかい』、『ほうまん』、『こうとう』の3隻に分乗する。

 エンジン音に気がついたハーピー達が殺到するが、船上から発砲しつつ排除しながら桟橋に停泊して上陸した。

 福岡県警の各警備艇も自衛隊から供与された89式小銃を銃架に設置して発砲している。

 その後は隠れ潜むハーピーの掃討にあたっている。

 歌による放心や鉤爪による負傷者は増えたが、唐津・糸島におけるハーピーの掃討は概ね夜明けまでには完了した。

 鳥目だったハーピーは夜間での行動範囲が狭かったせいもある。

 だが夜明けと同時に平戸市から救援要請が届くことになる。




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