第90話 平戸市市街戦 前編
市ヶ谷
防衛省統合司令部
ようやく唐津、糸島のハーピー殲滅に成功したと思ったら今度は平戸からの救援要請である。
徹夜で事務処理や増援の調整を行っていた統合司令の哀川陸将は不機嫌な声を隠そうともせずに問いただす。
「どういうことだ?」
「はっ、平戸市田助町の港に夜明けとともに旧イラン船籍の大型貨物船が田助港の桟橋に激突するように停船。
船内から大量のハーピーが田助港を襲撃し、多くの住民が被害にあっています」
旧イラン船籍の船は独立の決まらないイラン人船長が、大陸に放置して逃亡したものということが判明した。
何者かがわざわざ日本まで航行してきたようだが、そこは貨物船を制圧して調べてみないとわからない。
「現地の動きですが、鏡川駐在所の警官が発砲するも数匹倒すのが限界と、近くの中学校に住民を避難させながら増援を要請。
平戸警察署は全署員に出動を命じますが、70名程度の署員ではカバーしきれないとの報告が来ています。
また、平戸城並びに城下の高校に住民が避難しています。
平戸港の防衛は平戸海上保安署と巡視艇『かいとう』があたります」
すでにハーピーの動きは平戸島全域に拡がり、下手に避難するより家屋の中で籠城した方が安全と思われた。
「長崎県警は近隣の警察署にも出動を命じました。
また、県警機動隊とSATも現地に向かっています」
残念ながら県警主力の車両では3時間以上も掛かると見られ、即戦力としては期待できそうもない。
幕僚達の報告に、哀川陸将は自衛隊各部隊に命令を下す。
「佐世保の相浦駐屯地の水陸機動中隊は動けるか?」
「駄目です。
現在は呂栄との合同演習の為に大陸にいます」
他の長崎県内の陸自部隊は何れも遠く、疲弊した唐津から送り込んだ方が早いくらいだ。
「それでも事後処理には必要になる。
大村の22普連に向かわせろ。
第4施設大隊もだ。
佐世保の特別警備隊と護衛隊も向かわせろ」
佐世保の特別警備隊は、呉にあった特別警備隊を元に転移後に創設された。
同様に横須賀、舞鶴、那覇にも創設され、規模は各々中隊規模の200名となっている。
もともとは転移により創設が見送られた水陸機動団の訓練が施された隊員達が中核になっている。
「佐世保の第4護衛隊は唐津に、第12護衛隊は五島列島にいます。
両護衛隊が平戸に向かってますが、佐世保に残った第8護衛隊は整備中で、第4ミサイル艇隊しかいません。
傭船契約を結んだ民間フェリー『かもづる』がいますので、特別警備隊の輸送を委託するのが妥当だと思います」
『かもづる』は防衛省が傭船契約を結んだ高速民間フェリーである。
民間フェリーとしては破格の30ノットの船足を有し、定員500名、トラック120両、乗用車80両と、おおすみ型輸送艦を上回る車両輸送力がある。
「よし第4ミサイル艇隊に護衛させて、平戸港に向かわせろ」
平戸市
鏡川駐在所の警察官佐藤巡査部長は、避難をさせていた住民とともに田助港の郵便局に立て籠っていた。
すでに拳銃の弾丸は尽きており、警棒でハーピーを殴り付けて奮戦している。
「お巡りさん、バリケードが限界だ。
他のお巡りさんはまだこれないのか?」
たまたま巡回中に自転車で港をまわっていた為に騒動に巻き込まれた。
突然桟橋に貨物船が激突したかと思うと、中から大量のハーピーが現れたのだ。
港の漁船は朝早くから出払っており、男手はほとんどいなかった。
「駐在所の連中は小学校の方に防衛線を張ってるらしい。
署の連中はコンビニの所まで来たらしいが、せめてパトカーで来てればなあ」
パトカーにはショットガンが積んであった。
双方から激しい銃声がしていたが今は途切れている。
平戸警察署には1200発の銃弾が保管されている。
田舎の警察署でこれだから、全国の警察署に支給された弾丸の数は計り知れない。
銃器メーカーの高笑いが聞こえるようだった。
無線機ではそこまで話して貰えなかったが、それでもハーピーがここを襲い続けてるということは、それが途切れたということだろう。
郵便局の窓を塞いでた机が弾け飛び、ハーピーが侵入してこようとする。
立て籠っていた女子供が棒切れで殴り付けるが、その後ろにいたハーピーの歌により数人が放心状態となって侵入を許した。
平戸警察署
田助町の救出に向かわせた警官隊からは、銃弾の欠乏が報告されている。
署長の田所はさすがに連絡役として婦警達と署内に残っていたが、男性警官は総出で田助町の救出に向かっている。
「江迎警察署の警官隊が平戸大橋で避難する市民と襲撃してきたハーピーと交戦状態に入って阻まれています」
「くそ、そっちもか」
平戸港でも海保の署員や巡視艇の発砲が聞こえる。
まだ、数はそんなに多くなく、消防団や青年団も斧や博物館の刀や槍を奮って町の各所で抵抗を続けている。
「まったく、いったい何匹いるんだあの化け物は!!」
北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』
ナルコフ船長は船を大陸に向けて、帰還の途に着いていた。
大陸の同志達が航行してきた貨物船は、大陸の海岸に座礁していたものを回収したものだった。
貨物船にもコンテナに大量のハーピーの卵が積載されていた。
『ナジェージダ・アリルーエワ』に積載されていた分も積載し、無人にしてから日本本土に向けて、自動操縦で解き放った。
ラジオからの情報では平戸市の港に激突したらしい。
「無人地帯ならもう少し繁殖の時間が稼げたんだかな」
唐津市では自衛隊を手こずらせたようだが、対策も研究されただろう。
もともとはスタンピードで全滅した村で、冒険者が発見した大量の卵を奪い取ったのが始まりだった。
地道に高麗まで運ぶと勝手に増殖していた。
今回の2隻で追加した卵は900にも及び、田助港に突入させた時には半数近くが孵化していた。
このまま日本を脅かすよう土着してくれれば幸いと考えられていた。
「まあ、せいぜい日本を引っ掻き回してくれれば十分だよな」
最後のコンテナにはお土産も置いてある。
そいつの奮戦に期待すこと大であった。
長崎県
平戸市田助港
轟音をあげながら海上自衛隊のミサイル艇『しらたか』が港内に侵入する。
「目標の貨物船を視認!!」
双眼鏡で確認する艇長の角田一尉は、ハーピーが溢れでてくる貨物船の甲板に積載されたコンテナや船内の扉から出てくるハーピーの姿を捉えていた。
「主砲はコンテナを狙え。
SSMは燃料タンクをだ。
この近距離で外したなら大恥だぞ」
命令通りに主砲が旋回し、発砲を開始する。
まだ、船内には無数のハーピーが残っていると思われ、その発生源だけでも叩こうという作戦だ。
「SSM発射、準備完了!!」
「一番、二番、撃て!!」
発射された2発の90式艦対艦誘導弾が貨物船の横っ腹に命中する。
すでに『しらたか』の主砲の連射を浴びて、甲板を炎上させていた貨物船は内部からの爆発により3つに割れて沈み始めた。
廃棄直前に見える貨物船には、ひとたまりも無い
まだ卵だったり、生まれたてで飛ぶのもおぼつかない幼体。
幼体に餌を持ってきていた成体が炎と海水に飲み込まれて息絶えていく。
任務を終えた『しらたか』だが、港の各所を飛ぶ回るハーピーに備え付けの12.7mm単装機銃M2 2基が火を吹いた。
「露払いは済んだと後続船団に連絡!!」
防衛フェリー『かもづる』が、海自のミサイル艇『おおたか』に先導されて、田助港に入港してくる。
どの船舶も『歌』対策にスピーカーから大音量で、景気のよい音楽を流しながらの入港である。
ハーピー達がそれらの艦艇に殺到するが、船内各所から89式小銃を発砲する佐世保基地特別警備隊の隊員に打ち払われる。
『かもづる』の両脇には巡視船『あまみ』、『ちくご』が固め、多銃身機銃を唸らせている。
田助港の桟橋に停船した『かもづる』の船体右舷のサイドランプが展開し、特別警備隊の隊員が小銃を構えながら飛び出していく。
隊員達を目敏く見つけたハーピー達は彼等に襲いかかるが、互いの死角をカバーしあった特別警備隊隊員達に返り討ちにあう。
彼等が目指すのは港からも見える小さな建物。
この漁港で唯一のハーピー達が群がる郵便局だ。
ハーピー達を追い散らし、先頭切って突入した田口一等陸曹が見たのは警察官の制服を着た無惨な遺体であった。
最後まで抵抗したであろう手には警棒が握りしめられたままだった。
鉤爪で切り裂かれ、貪り食われたのが伺い知れる。
他にも数人の局員や老人や女性の遺体が発見された。
殉職した佐藤巡査部長に手を合わせていた田口一曹は、微かな物音や声がしたのを聞き逃さなかった。
郵便局のロッカーや金庫に押し込められていた子供達だ。
「生存者発見!!」
遺体に毛布を被せ、子供達には見せないように外に連れ出していく。
「お爺ちゃんは?
お巡りさんもいないよ」
子供達の疑問に田口一曹は答えることが出来ない。
急かしながら『かもづる』から降ろされた73式中型トラックに乗せていく。
同時にすれ違っていく、73式中型トラックと軽装甲機動車、高機動車が一両ずつ、郵便局から1キロほど離れた小学校に向かう。
小学校には田助町の住民が避難しており、佐藤巡査部長の所属していた駐在所の警官達が自警団と総出で防衛に徹している。
特別警備隊一個小隊もいれば簡単に蹴散らせるはずだ。
郵便局を制圧した第1小隊は、そのまま港周辺で逃げ遅れた住民の救助やハーピーの掃討を命じられた。
その3分後には銃声が聞こえ始め、十分後には散発的にしか聞こえなくなった。
「第2小隊が小学校の救援に成功したそうだが、駐在所の警官達は小学校の正門でバリケードを張って、玉砕したそうだ。
民間人に死者はいない」
同僚の隊員から聞いた報告に田口一曹は、舌打ちを禁じ得なかった。
民間人は防火扉や頑丈な体育館の用具室等の内部に立て籠って難を逃れたらしかった。
平戸市
国道153号
供養川防衛線
一時は田助町近郊まで進出した平戸警察署の警官隊は、防衛線を供養川バス停まで下げざるを得なかった。
パトカーによる大音量のサイレン音と惜しみ無くバラ蒔かれた銃弾により、殉職者こそいないが負傷者を多数出していた。
戦えない負傷者はパトカーの後部座席に放り込まれ、後退しながら残った銃弾を叩き込んでいく。
銃弾は少なく、前進することは出来ない。
しかし、警官達の士気は高く、無線機から田助港に自衛隊が上陸したことは伝わり、奮起を促している。
ここを凌げば攻勢に出れる。
パトカーの周辺では警棒や警戒杖による白兵戦に押し込まれているが、急降下するハーピーに、平戸では盛んな心形刀流の使い手で、剣道4段の生活安全課の警部が横合いから警棒で殴り付ける。
別の年配で身体が軽い総務課の警部補が鉤爪に肩を掴まれるが、防刃チョッキにより、鉤爪が肉体に刺さることは避けられたが、そのまま空中に連れ去ろうした。
パトカーの屋根からジャンプした防犯課の若い巡査がハーピーに飛び掛かり、諸ともに地面に落ちていく。
負傷者をパトカーに放り込んだ少年課の巡査部長は、低空飛行で突入してきたハーピーをパトカーの後部座席のドアパンチで弾き飛ばした後に、弾の切れた散弾銃で殴り付ける。
負傷して地面に倒れていた交通課の巡査長が助走を付けて飛び立とうとするハーピーの足に手錠を掛けて、転ばして柔道の寝技を掛けていく。
署員達の奮戦ぶりに、指揮を執っていた副署長は頭が下がる思いだった。
副署長も折れた警戒杖を捨てて、警棒に持ち変える。
しかし、空中から様子を伺っていたハーピー達が突然の銃声と共に次々と地面に落ちていった。
「援軍だ!!」
副署長は声を張り上げるが、サイレンの音で署員達には聞こえない。
それでもみるみる減っていくハーピーの様子に歓喜の声を張り上げている。
海上自衛隊佐世保基地特別警備隊第3小隊は、ハーピーを蹴散らしながら警官隊の救助を始めた。
「衛生班をまわしてくれ、負傷者多数!!」
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