第91話 平戸市市街戦 後編
日本国
長崎県平戸市 田助港
佐世保基地特別警備隊の司令部小隊は、田助港に停泊していた防衛フェリー『かもづる』内部に置かれた。
「不謹慎な話ですが、ハーピー達が人間に狙いを定めてたおかげで、森の中に隠れたり、上空を迂回する行動をあまり取ってません。
おかげで集中的に掃討が可能となりました」
「それ公の場では言うなよ?
民間人にも死者が出てるんだから」
佐世保基地特別警備隊隊長の金杉三等海佐は部下の発言嗜めながら机の上の地図に目を通す。
「第2小隊は小学校を拠点に大久保町北部の掃討、第3小隊は供養川防衛線を中心に大久保町南部が担当だ。
第4小隊は平戸港に向かわせろ」
『かもづる』に運ばれてきた避難民は、負傷者も多く、特別警備隊の衛生科の隊員だけでは足りない。
市内の医療関係者の安全を確保し、動員する必要があった。
「長崎県警からです。
警備艇『ゆみはり』、『はやて』、『むらさめ』の3隻が県警SATを乗せ、間もなく平戸大橋を通過!!」
こちらと足並みを揃えて欲しかったが貴重な戦力には違いない。
海保の巡視船にはハゲ島等の近隣の島の探索にあたってもらっている。
「平戸大橋も交戦中だったな。
そちらを任せよう」
平戸大橋防衛線
平戸大橋は同市の中心市街地がある平戸島と九州本土を繋ぐ全長665mの橋である。
この大橋には避難民の放置車両が大量に駐車されており、援軍に駆けつけた江迎警察署の警官隊の行く手を阻んでいた。
そして、逃げる避難民を追ってハーピーが飛来してくる。
「構え、撃て!!」
放置車両を盾に、警官達は一斉に拳銃と散弾銃を発砲する。
弾倉が空になるまで撃つが、数匹のハーピーが落すのみだ。
空を飛ぶ敵に拳銃では効果が薄く、数十匹のハーピーが、橋の上空と下から襲い掛かってくる。
橋の下部からの敵には対処が難しい。
しかし、佐世保から派遣された長崎県警警備艇3隻が平戸大橋の下を通過した。
警備艇に分乗した県警SATが、橋の下を通過しながら一斉に小銃による射撃を敢行する。
県警SATは分隊規模の10人しかいないが、正確な射撃で半数以上のハーピーが海に落ちていく。
たまらず橋の上に逃げて姿を見せたハーピーは、江迎署の警官隊の銃弾の餌食になる。
「このまま平戸港に向かう!!」
県警SAT隊長宮迫警部の指示に、『ゆみはり』艇長が聞き返す。
「大橋の化け物はいいのか?」
「後続の機動隊や陸自の部隊も直に来るから問題はない」
宮迫警部は平戸港の陥落は心配してはいなかった。
平戸港の南部を占める岩の上町は、平戸警察署、平戸海上保安署、平戸消防署、平戸市役所という平戸市の主要機関が置かれている。
それぞれの署は散発的なハーピーの攻撃なら十分に対処出来る。
岩の上町の住民はそれらの署の南に位置する平戸城に避難している。
港の北側にはすでに自衛隊が戦闘を開始していた。
港湾内では、海保の巡視船『かいどう』や平戸警察署の警備艇『ひらど』が睨みを効かせている。
平戸港の南側はちょっとした要塞の体をしていた。
平戸城の避難民を先に保護すべく、港湾入り口にある平戸図書館近郊の岸壁から県警SATが上陸した。
警備艇はそのまま平戸港の警備艇と合流するべく岸壁を離れていく。
県警SATは目に付くハーピーを銃撃し、図書館の裏側にある平戸城が鎮座する亀岡山を駆け上がる。
そこで宮迫警部は驚きのものを目にする。
鎧甲冑を着た30人ほどの男達が刀や槍を持って、ハーピーと戦っているのだ。
「お、兵隊さん、いやお巡りさんか?
やっと来たか!!」
男達の大半は老人であった。
「その格好はどうしたんです?」
「平戸くんち祭りの武者行列のメンバー、平戸藩武将隊だよ。
武器は城内の展示品だが、街を守る為だ。
御先祖様達も誇りに思ってくれるさ」
頼もしい話だと、宮迫警部は呆れてしまう。
平戸くんち祭りは、平戸城下の秋祭りである。
武者行列もあって、市民が甲冑を来てパレードに参加する。
半分は張りぼてだが、無いよりはマシと持ち出して戦いに参加していた。
「半分は本物なのか?」
銃声まで轟いている。
はじめは所轄警察の銃や猟友会の猟銃の類いかと思ったが、よく見てみると火縄銃だった。
城内に展示してあった火縄銃を、使用可能にしてあるのだ。
城壁の鉄砲狭間から本当に発砲している光景は苦笑を禁じ得ない。
勿論、銃規制緩和で使用可能になった銃で、法律には違反していない。
城下の高校からも有志の学生が弓矢や木刀を持ち込んで応戦している。
モンスターや海賊がいる世界では、武道系の部活が実戦を意識した傾向に全国的になりつつある。
また、彼等の中には大陸で冒険者に憧れ、夢見ている者も少数ながらいて嬉々として参戦していた。
「やりすぎだろう
いつの時代だよ、まったく……」
「地域によっては、大筒まで再現したところもあるそうですよ。
日本で一番大砲や銃火器で武装した埼玉の寄居町とか」
「マジか?
我々が来た意味無くなりそうだから早く参戦しよう」
宮迫警部は市民の自警ぶりにドン引きしながらも県警SATを率いて、平戸城に群がるハーピーの駆除に加わった。
すでに掃討は時間の問題だった。
北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』
福岡、佐賀、長崎3県で起きた騒動はラジオで逐一、状況が報道されていた。
ナルコフ船長はこのまま日本の領海に留まるのは危険と判断し、船を外洋に向けて航行させていた。
死者は高麗で22名、日本で28名と発表された。
負傷者は両国で3800名を越える。
大半が自衛官や警官というから大変な戦果と言えた。
「まあ、今回は上手くいった方かな?」
今回は実験的な意味が強く、モンスターを使ったテロは効果的だった。
モンスターを輸送するには、ホワイト中佐による時間凍結の魔法が必要なのが難点だ。
合流した皇国軍残党にも魔術の使い手はいるが、ホワイト中佐の魔法は大陸の魔術とは系統が違うらしい。
ホワイト中佐一人に支えられる現体制は不安定だった。
ナルコフや残党軍の指揮官達はどこかで落とし所を望んでいるがホワイト中佐は違う。
どこかでホワイト中佐を切る必要はあると思うが、ロシアマフィアの幹部だったナルコフも地球側同盟国並びに都市に帰属を望めば投獄は免れない身だ。
「まあ、もう少し付き合ってはやるがな」
感慨に耽っていると、レーダーにこの船を追跡してくる艦影が映し出されとの報告に眉を潜める。
追跡艦はこちらに停船せよと、無線で警告を送ってきていた。
高麗国のフリゲート『大邱』である。
『大邱』は、転移前の巨済の大宇造船所で起工されていた艦だ。
高麗国独立まで建造が凍結され、最近までは西方大陸派遣艦隊で活躍していた。
しかし、百済サミット並びに高麗・北サハリン襲撃事件を期に、高麗国防衛の穴埋めとして呼び戻されたばかりだった。
速度で老朽貨物船の『ナジェージダ・アリルーエワ』が振り切ることは無理だった。
「『海洋結界』はすでに抜けている。
13番コンテナを海中に投下しろ」
コンテナは国際規格の三倍の大きさだ。
いざという時の切り札はまだ残してある。
「しっかし、あんなものどっから拾って来たんだ?」
高麗国国防警備隊
フリゲート『大邱』
『大邱』のブリッジでは緊急接近する物体に、Mk 45 5インチ砲で狙いを付けるべく待ち受けていた。
「敵は海中か?」
艦長は近くまで来ている筈なのに姿を見せない敵に苛立ちを見せている。
小型の水中生物の相手はやりずらい。
その生物に至近距離まで接近され艦の真下を通過された。
水柱が艦の後方に立つと共に後部の飛行甲板に『ソレ』が降り立った。
臨検隊の乗員が小銃を構えて、『それ』に狙いを定めるが、あまりの悪臭に嘔吐する者が続出した。
全長9メートル程の個体は一見小型の竜に見えた。
しかし、その肉体は明らかに腐食していた。
長崎県平戸市
田助港
炎上する貨物船の鎮火をすべく、巡視船からの放水が始まっていた。
すでに市内のハーピーは駆逐し、港に到着した消防車も消火に参加している。
貨物船は巨大な船倉に幾つかのコンテナが積載されていたらしく、そこにハーピーや卵が積載されていたと推定されていた。
だが同時にコンテナでは無く、船倉に直接眠らされていたモノが目を覚ました。
脆くなった甲板をぶち破り、頭部を外に覗かせたそれは、巡視船の姿を見た瞬間、咆哮を放った。
魔力の籠められた咆哮を聞いた人間達は、その場に立ち尽くして気の弱い者は意識を失っていく。
「防衛フェリー『かもづる』通信途絶!!」
「特別警備隊、第1から4小隊も連絡が取れません!!」
「ミサイル艇『しらたか』、『おおたか』、通信途絶!!」
混乱は自衛隊だけではない
平戸警察署
「現場に派遣した警官、誰も連絡が取れません!!」
「無線機、個人携帯、何でもいいから連絡を取ってみろ!!」
署に残った婦警達が、知ってる限りの現場に派遣された警官達の個人携帯に電話を掛けているが誰も出ない。
「署長、海保からも田助港の巡視船『ちくご』が連絡が取れす、ハゲ島を探索していた『あまみ』が向かってますが、こっちの警官も向かわせて欲しいと」
それどころでは無いのだが、警察にはまだ手駒があった。
「県警SATと水上警備艇を田助港に向かわせろ。
それと江迎署の警官隊を平戸港まで移動する様に要請しろ」
ようやく事態が終息したと終わったらまだ一波乱が起きそうな展開に、署長はうんざりとしていた。
「署長、大村の陸上自衛隊の第40普通科連隊。
県警機動隊が平戸大橋を通過しました」
それだけでは無い。
「目達原の第3対戦車ヘリコプター隊が作戦行動を開始する為に、住民の避難活動を要請して来ました」
避難活動はとっくに終わっている。
それよりも強力な火力を持った部隊が、続々と到着したことに婦警達は色めき立つ。
現地ではかろうじて意識を失っていなかった警官や海上保安官、自衛官、鎧武者達が抵抗を続けていた。
貨物船から出てきたモンスターは、いつの間にか識者によってアンデット・ドラゴンと命名されている。
「識者って誰だよ!!」
「知らん!!」
田口一曹は、遺体収容の為に『かもづる』船内の冷凍倉庫内にいたのが幸いした。
竜の咆哮は届かず、冷凍倉庫外で他の隊員や乗員が倒れていたのに気が付いた。
タラップから船外に出ると、外も同様な状況の様だった。
そして、貨物船の甲板には巨大なモンスターがいる。
桟橋に倒れている隊員達を保護しつつ、同様に無事だった隊員とモンスターに対して発砲する。
他にも無事だった自衛官、警官、海上保安官、鎧武者も港や船から銃火器を発砲してそれに続く。
アンデット・ドラゴンの名称は、ヘッドフォンをしていて無事だった報道関係者から聞いたものだった。
特別警備隊は船内の活動が本来の任務なので、重火器を装備してないのは痛い。
幸いなことにアンデット・ドラゴンは手近なハーピーの死体を食い漁ってるので、歩みは遅く人間に被害はまだ無い。
肉体が腐っている為か、翼をはばかせて飛ぶことは出来ないようだ。
「ここを通すな!!」
田口一曹は銃を持った者達を桟橋に集め、前進を阻止すべく攻撃する。
その中には89式小銃を拾ってきた平戸署の副署長や火縄銃を持った鎧武者も混じっている。
だが頑健な鱗は健在であり、銃弾では貫くことが出来ない。
絶望的な戦いだが彼らの耳にはヘリコプターのローター音が届くと希望が湧いてくる。
戦っている者達だけでは無く、竜の咆哮で恐慌に陥っている者達が再び銃を手に取り始めた。
田口一曹は銃を持った者達を桟橋に集め、前進を阻止すべく攻撃する。
その中には89式小銃を拾ってきた平戸署の副署長や火縄銃を持った鎧武者も混じっている。
だが頑健な鱗は健在であり、銃弾では貫くことが出来ない。
絶望的な戦いだが彼らの耳にはヘリコプターのローター音が届くと希望が湧いてくる。
戦っている者達だけでは無く、竜の咆哮で恐慌に陥っている者達が再び銃を手に取り始めた。
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