第92話 死んでいたフネ

日本国

長崎県平戸市 田助港上空


 8機のAH-1 コブラは田助港に向かい、識者に命名されたアンデット・ドラゴンを包囲するように飛行する。

 桟橋では車両でバリケードを作り、銃器で抵抗が続けられている。


『騎兵隊の到着だ。

 味方に当てるな、全機、攻撃を開始せよ』


 M197旋回式3銃身20mm機関砲から合計6480発が撃ち込まれ、アンデット・ドラゴンは細切れになり、桟橋まで粉砕されていた。


「や、やり過ぎだ…‐」


 機関砲による弾雨を背後に、港に走りながら退避していた田口一曹は叫びながらも事件が終わったことに安堵していた。








 平戸市田助港


 事態が解決した平戸では、援軍の到着した第22普通科連隊や県警機動隊の隊員達が街中で打ち捨てられたハーピーの死体の回収が行われた。

 同時にハーピーの歌やアンデット・ドラゴンの咆哮で、心身喪失した隊員や警官達の回収もだ。

 唐津からの報告では、同様の状態に陥った者達が回復しているとの報告もあがっている。

 平戸の回収者達も直に回復すると、安堵の空気が漂っていた。

 佐世保特別警備隊の田口一曹は。戦い続けたこともあり、休憩を兼ねて桟橋を散策していた。

 粉砕されたアンデット・ドラゴン周辺を見て違和感に気づく。


「ハーピーが喰われてる?」


 アンデット・ドラゴンとの戦いの最中にハーピーが食われているのは何度も目撃した。

 落ち着いて思い出してみると、アンデット・ドラゴンは海上に漂うハーピーの死体も喰っていたのだ。

 海上には『海洋結界』が存在したはずだ。

 海上に墜落したハーピーは、『海洋結界』に触れて狂死している。

 その死体が喰われているのだ。


「アンデットだからか?

 いや、実験は行われたからそんな筈はないはずだ」


 アンデットに『海洋結界』が効果があることを横須賀の研究所が行い、実証された筈だ。

 食い散らされたハーピーの数は無数に打ち捨てられている。


「『海洋結界』が効かないモンスターがいる?」


 自らが辿り着いた答えに戦慄し、上官の元に具申すべく駆け出していった。




 翌日の東京市ヶ谷

 防衛省


「最終的な自衛官の殉職者は13名。

 警察官、海上保安庁も23名の殉職者を出してしまいました。

 また、民間人の死者も28名。

 負傷者は官民合わせて五千人を越えます」


 統合司令の哀川陸将が、乃村利正防衛大臣に報告する。

 会議室には防衛省、自衛隊、警察、海上保安庁幹部が集まっていた。


「『歌』や『咆哮』で意識を失っていた者達の容態は?」

「一晩寝たら概ね回復の傾向にあります。

 最も王国や子爵の話によると、この世界の人間なら30分もあれば回復するものだとか。

 やはり我々はこの世界の人間より魔力に対する耐性は低いようです」


 その反面で、民間人の中でもこの世界に来てから生まれた子供達には影響は少なかったことが実証された。


「ハーピー達は『海洋結界』に守られる我が国の海からは餌が調達出来ないことから、避難の完了した地域に展開した警官や自衛官が狙われました。

 武器を持った者に優先的に襲いかかったおかげで、被害は最小限に済んだと言えるでしょう」


 哀川陸将の言葉に警察幹部が反発を覚える。


「最小限ですと?

 うちは平戸署が死傷者多数で、機能停止。

 海保も巡視船2隻が港に突っ込んで中破だぞ。

 あの皇国との戦争以来最大の被害なんだ。

 だいたい自衛隊は高麗にハーピーを討伐に向かったんじゃなかったのか!!

 なぜ、日本に奴等が飛来する羽目になったんだ!!

 そして、あの貨物船はいったいなんだったんだ!!」


 確かにハーピーやアンデット・ドラゴンを積載した貨物船には謎が多かった。

 その点に関しては海保の幹部が立ち上がる。


「あの貨物船は海保並びに全国の港湾局に日本に帰港した記録がありませんでした。

 つまり、転移当時日本領海或いは近海の公海を航行中に転移に巻き込まれた1隻と考えられます」


 転移当時、日本政府は日本近海を飛行、或いは航行していた船舶に国籍問わずにあらゆる通信帯で、日本に留まるように呼び掛けた。

 自衛隊や海保も総動員でエスコートに参加していたので、覚えている者も多い。

 このエスコート任務には在日米軍も加わっている。

 しかし、人工衛星が全て失われ、通信や捜索可能な範囲に大きく制限が掛かってしまった。

 また、異世界転移を戯れ言と日本政府の警告を無視した船舶も多かった。

 脛に傷を持つ船などは、むしろ速度を上げて逃げ去っていった。


「そうした船の1隻か。

 なるほど、『長征7号』の例もある。

 我々が把握している以上に多いんだろな、そういった行方不明船わ」


 乃村大臣の言葉に海保と警察の両幹部が席に座る。


「貨物船の詳細については、各捜査機関に任せるとしてだ。

 最後に出てきたアンデット・ドラゴン、あれはまずい。

 ハーピーもだが、船舶にモンスターを積載して日本や大陸領土に突入させてくるテロは絶対に防がないといけない。

 それとな、気になる報告だがこいつは海上に墜ちたハーピーの死骸を食ってたそうだ」


 会議室の面々は驚愕の声をあげる。


「今、子爵殿と王国大使館で検証してもらっているが、どうやら竜種には『海洋結界』は効果が薄いという結果が出そうだ」

「そんな、だから隅田川に水竜の群れが侵入出来たのか」


 警視庁が総力を結集して退治した『隅田川水竜襲撃事件』を思いだし、警察幹部は冷や汗を垂らす。


「『海洋結界』は年々、範囲が狭まっている。

 いずれその効果が消滅することを前提に我々は防衛体制を整えなければならない。

 今回の責任問題を我々に追及してくる声もあるが、我々の予算要求に尽く抵抗してくる財務省に今回の件を被ってもらう。

 関係各機関はその方向で情報統制を進めてくれ」


 与党右派と野党日本国民戦線の主張通りに防衛予算増強の口実になるだろう。

 会議の結論を述べて、解散となった。

 それぞれの担当者には被災地域に対する支援や地元組織の再建など、仕事が山積みなのだ。

 大臣秘書の白戸昭美が執務室で資料を渡してきた。

 白戸は既に乃村の次男と入籍を済ませているが、夫婦別姓で名字は変えていない。


「高麗国側の被害です。

 民間人の死者48名、国防警備隊の殉職者19名。

 御自慢の新鋭フリゲート『大邱』が中破してドック入りしました。

 不審船を追跡『大邱』にも小型のアンデット・ドラゴンが襲いかかったようです。

 どうにか始末出来たようですが、甚大な損害が出ていたそうです」


 冗談抜きで皇国との戦争以来の損害だった。

 実際のところ、日本本国はともかく、高麗国の鳥島諸島において、ハーピーの駆除作戦はいまだに続いている。

 幾つかの無人島に巣を作られた形跡があり、住みつかれたようだ。

 ハーピーが空を飛んで、無人島から無人島にと、逃げ回っているので人員の足りない国防警備隊だけでは手に負えないのだ。


「こちらに来るほど数が増えなければいい。

 連中にも少しは苦労してもらおう」

「海棲亜人による襲撃事件も加えると、ろくな目にあってないから少し可哀想な気がしますが」


 空から海からと忙しいのは、間違いないなと笑ってしまうが、咳払いをして息子の嫁の言葉に話題を変えることにした。


「府中の子爵様の報告も来てるな。

 あのアンデット・ドラゴンの作成には、人間の魂千体以上必要だそうだ。。

 いったいどんな奴の仕業だろうな」

「会議の場では、誰もテロリストの正体に付いて口に出しませんでしたね」


 テロ集団が従来の皇国残党軍と違い、高い技術力を有していることから、地球人の集まりであることは明白だ。

 その事の公表は地球系同盟国並びに独立都市の足並みを乱す可能性がある。

 薄々は誰もが勘づいており、はみだし者達の行き着く先となっている。


「今はまだ泳がす。

 連中も地盤固めの為に王国と度々衝突してるようだからな。

 王国を消耗させ、手に負えなくなった時に、一気呵成に叩き潰す。

 精々我々にとっての良い当て馬になってくれることを望むよ」


 国民を満足に食べさせられない日本は、その敵意を向けられる外敵を欲している。

 西方大陸で活躍する派遣隊が活躍するニュースだけでは足りないのだ。


「それは亡国への道かも知れませんよ?」


 白戸の言葉に乃村は肩を竦める。


「ああ、だから我々も第二の日本を造るまでの時間を稼ぐ必要があるのだ」









 大陸西部

 ブライバッハ子爵領


 現ホラティウス侯爵に成り済ました元アメリカ空軍チャールズ・L・ホワイト中佐は、解放軍兵士たちともに、ホラティウス侯爵領から幾つもの領地を経由して、ブライバッハ子爵領の海に面した崖道を歩いていた。

 ブライバッハ子爵は、帝国残党軍を支援する門閥貴族の1人で、有るものを何年も王国や日本から隠していた。


「この地域は十数年も立入禁止にしている。

 領民でもほとんど知られていない」


 案内を自らするブライバッハ子爵にホワイト元中佐は、興味深く尋ねる。

 偽装された崖にある洞窟に入るのだから、警戒も怠っていない。


「乗員が何百人もいた筈だが?」

「500人ほどいたかな?

 大多数は歓迎の宴で毒殺したよ。

 立て籠った連中も人質をとって、投降したところで始末した。

 その後に日本との戦争が始まったので隠蔽して沈黙を守っていたが、帝国が滅んだ以上、あれはとんだ不良物件だ。

 持ち去ってくれると助かる」


 やがて、広い空間に入る。

 そこに仮設された桟橋に係留された大型の『艦』をみて、ホワイト中佐は感嘆の声をあげる。


「素晴らしい。

 まさかこれほどのモノとは」


 ミストラル級強襲揚陸艦『ディズミュド』。

 乗員を失ったその艦は静かにその艦体に錆を浮かせて、停泊していた。

 乗員の手配、長年放置されていたことからの整備など、数々の問題が浮き上がっているが、ホワイト中佐の中では崩壊する地球系の都市が脳裏を占めていた。

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