第36話 自衛隊式ダンジョン攻略
エジンバラ男爵領
ハロルド村近郊
この村に住む選挙の立候補者と運動員を護衛する為に普通科一個分隊がパジェロをベースにした1/2tトラックと73式大型トラックで同行していた。
少し大袈裟な気がするが、近藤先生のご助言のせいだ。
平民の立候補者は貴重で、立場の弱さから真っ先に既得勢力から妨害行為を受けるというものだった。
公平を期すため、有力な候補者全員には自衛隊の隊員による護衛と監視として派遣されている。
護衛が付くことからして公平さを欠いてるのではと自衛隊側も疑問には思っていた。
護衛対象のパルマ氏は近隣の村々で唯一の医者だった人物だ。
平民代表の立候補者は誰かいないのかと委員会に懇願され、なんとなく立候補する羽目になった人物だ。
立候補といっても、こんな僻地では正式な手続きや登録など出来るはずもなく、方々で立候補したことを名乗り上げるくらいだ。
民衆の方にも選挙を余り理解してないので、領主になって欲しい人に票を入れると説明していた。
自薦、他薦問わずというやつである。
最終的に投票結果をもとに国王へ自治領主を推薦するという形になる。
そんな彼は73式大型トラックの荷台で疑問を口にしていた。
「聞けば聞くほど、私が立候補した経緯や委員会とやらの思惑は、その公平さとやらからほど遠くないかね?」
「色々あって疲れてるんですよ、あいつら。
平民層が選挙で貴族を降す。
そんな実積作りに夢中になっている。
まあ、犬に噛まれたと思って大人しく立候補しといて下さい」
「民主主義とはそういうものなのかね?」
分隊長の岡本三尉が申し訳なさそうにパルマ氏に面倒を押し付けている。
パルマ氏はせいぜいが地元の名士レベルの人物だ。
平民の中では比較的裕福であるが、大商人や上級士族ほどではない。
それでも地元の為になればと多少は選挙について勉強し、頑張ってくれている。
最も地元民からは選挙にうつつを抜かしてないで、本業に専念して欲しいと不評となってしまっている。
多少は整備された街道に車を走らせていると、横転した馬車を発見する。
双眼鏡で馬車と周辺を見渡した岡本三尉は、隊員を降車させて、現場を調べさせた。
「死体が5体、いずれも男性」
「賊の類いか?
周辺警戒を密にしろ。
御遺体を回収して村に届けてやろう」
馬車に積まれていたと思われる荷物は残らず持ち去られていた。
遺体を衛生科の隊員と検分していたパルマ氏が慌ててやってくる。
「岡本さん、あれはゴブリンにやられた傷だ。
噛み傷がそれに酷似していた。
馬車を襲うくらいだからかなりの数がいたはずだ。
早くここから離れよう」
だがその希望は叶わない。
粗末な矢が岡本三尉やパルマ氏の周囲の地面に突き刺さったからだ。
反応出来ていないパルマ氏の体を掴み、屈めさせながらM16自動小銃の銃弾を数発、矢が飛んできた方向に撃ち、隊員達に指示する。
「応戦しろ!!」
銃声に驚いたのか、背中を見せて逃げる襲撃者達に普通科の隊員達が銃弾を撃ち込んでいく。
ものの数分の戦闘だったが、襲撃者のゴブリンは五体の死体を残して散り散りに逃げ去っていった。
逃亡したのは十数匹はいただろう。
「このへんではよく出るのですか?」
「以前はそこまでわ。
御領主様や騎士団が定期的に演習や狩りと称して間引きを行っていましたので……
ここ数年は行われて無かったので繁殖したのでしょう」
なぜ行われなく無ったか?
パルマ氏は言いづらそうに目を逸らしている。
だが岡本三尉は察してしまった。
このエジンバラの旧主と騎士団を壊滅に追い込み、高い賠償金代わりに貴族から年貢の上前を跳ねて軍事力の増強を阻んでいたのは
「ああ、我々だったか」
だがこのような状況が、大陸全土で起こっているのかと思うと不安になってくる。
「本部に問い合わせて、我々で討伐してよいか上申してみましょう」
「連中は近くの地下遺跡を根城にしていると聞いている。
ご協力頂けるならこちらも案内を出そう」
パルマ氏を送り届けた後で、リゲル砦に問い合わせると援軍まで送ってくれると返答がきた。
翌日の合流地点に行くと待っていたのは施設科が砦の補修に持ち込んでいたコンクリートミキサー車だった。
本来はコンクリート掩体の構築、道路舗装、土木建築作業等に使用する車両だ。
3トントラックに搭載されていて、電源部、エアーユニット部及びミキサ部が分割できる構造の2型である。
車両の護衛並びに増援として高機動車2
2両。
中古車屋から購入したバイクのホンダX4をオリーブトラブに塗り直し、銃架を設置したサイドカーを装着した2両が到着している。
増援の普通科隊員20名がこれ等に乗っていた。
岡本三尉は本部からの作戦指令書を一読する。
パルマ氏が用意してくれた案内人の猟師達の指示のもと、地下遺跡の入り口のある森を進む。
これにパルマ氏からの要請を自衛隊からの命令と勘違いして集まった地元の兵士達や自警団の若者達が後に続く。
地下遺跡は森の奥にあるが、少し手を入れれば車両は通せるようだった。
肝心の地下遺跡については、規模は不明でダンジョン化しているという。
ゴブリンの数は不明。
他のモンスターの存在も確認されている。
確認出来ている一番の大物はミノタウルスだという。
車両が通れるように獣道をチェーンソーや鎌で切り開き、即席ではあるが整地を施して先に進む。
自警団の若者達が作戦に参加してくれたことは有難かった。
途中、遭遇する単独から数匹の小集団のゴブリンを駆逐しながら進んでいく。
やがて地下遺跡の入り口周辺まで一キロの地点で岡本は双眼鏡を覗き込む。
「ちょっとした砦みたいになってるな。
まあ、問題は無いが」
隊員達を散開させて入り口を囲むように接近する。
隊員達には数人の兵士や自警団の若者達がついていき、近接からの奇襲に備えさせている。
入り口周辺は、丸太や土を積み上げて造り上げた陣地となっていた。
接近する敵を押し留めて槍や弓矢で貫き殺す為だ。
ゴブリン達は50を超す軍勢で待ち構えていた。
だが自衛隊の隊員達は、遠距離から小銃を撃って陣地に隠れたゴブリン達を確実に仕留めていく。
岡本三尉もM16小銃に装着したM203 グレネードランチャーから40mm擲弾が発射して丸太の陣地ごとゴブリンを吹き飛ばす。
総崩れとなったゴブリン達は地下遺跡に逃げ込んでいった。
洞窟のようになっている地下遺跡の入り口付近を確保した隊員達はミキサー車を停車させた。
隊員達は地下遺跡の入り口に入り、階段や踊り場を抜けたところにいたゴブリンを始末していく。
地下の階段出口を確保すると、外や通路のゴブリンの死体を運び込み積み重ねていく。
隊員達が外に撤収するとミキシング・ドラムから生コンクリートが通り道であるフローガイドに流れていく。
そして目的の荷降し位置へ導くための樋であるシュートを通じて地下遺跡の入り口に流し込まれた。
約10トンの生コンクリートが地下に降りていく階段を流れていく。
積み上がったゴブリンの死体が、堤となって生コンクリートが溜まっていく。
通常、生コンクリートが固定するまで10時間が目安と言われているが今回持ち込んだのは投棄してよい粗悪品だ。
コンクリートを平らに均す必要もないが、概ね丸一日は見ておきたいところである。
ゴブリン達が体制を立て直しても生コンクリートの流水階段は昇れない。
「10トンで足りたかな?」
足りなければもう一度流し込めばいい。
本部に要請すれば幾らでも送ってくれる。
作業を見守っていた男爵領の兵士が声を掛けてくる。
「てっきり降りて戦うものだと思ってました」
「安全で確実、安上がりだろ?
空気が無くなり窒息してもよし、食べ物が無くなって共食いや餓死してくれてもよし。
根性出して掘り進んでくる奴がいるかもしれないが確認できたらまた流し込んでやるさ。
監視はさすがにそちらに任せるよ?
我々も3ヶ月はこちらにいるみたいだから、それまでに結果は出るさ。
連絡はリゲル砦の丸山和也一等陸尉によろしくな」
そういって現地語で書かれた丸山一尉の名刺を渡していた。
リゲル砦
自衛隊宿営地
丸山一尉は各地から上がってくる報告に目を通している。
「フレーク村の給水作業は終了しました。
約3,500トンを溜め池に投入しましたので、当面は大丈夫でしょう。
現地でも作れる活性炭を使った浄水装置も寄贈しました。
近隣の村々にも衛生科の医官による衛生指導や診療所6箇所の建設指導。
大衆浴場や神殿等の公共施設の復旧や整備。
日雇いですが、作業に現地住民を雇用を創出しています」
福原二尉の報告に満足げに頷いている。
施設科に限らず隊員達の建築能力は高かった。
転移前は自衛隊を任期満了で除隊し、民間の土建会社に就職していた者達が多かったからだ。
彼ら出戻り自衛官達は、大陸でのインフラ建設では水を得た魚のように活躍してくれる。
砦のまわりに宿舎まで勝手に造ったりしている。
最近では神社から公衆浴場、燻製工場、商店まで造ってしまった。
地元住民も利用して評判は上々だ。
撤収する時はどうするのかはまだ考えていない。
土地の権利はリゲル砦に付属した土地である。
領主代行のハールトン氏からは、好きに使ってよいと許可は取れている。
「住民からの不満は出てないな。
結構、結構、愛される自衛隊はこうじゃないとな」
隊員達の頑張りには、頭が下がる思いだ。
丸山自身も先週の説明会や部隊からの要請への対応に奔走している。
近藤女史や青塚事務長と各候補者の調査も進んでいる。
今のところ立候補に名乗りを上げているのは、前男爵の嫡男にして、領主代行のハールトン。
各神殿の代表にして前男爵の隠し子だったクララ司祭。
前男爵の弟であり私兵軍の兵権を握っているアレク団長。
前男爵の第三夫人の父親であるこのエジンバラ最大の商人のオリバー。
他薦の候補者達はほとんど相手になっていない。
選挙の投票は、領主からの命令と勘違いをした領民の投票は驚異的な投票率という数字になっていた。
まだ、投票開始前の早朝だというのに住民達は、各地の投票所に列を成して集っている。
強制参加の選挙だと住民が勘違いしていることに気がついていない日本人達は、報告を聞いて自分達の努力の成果と感激に浸っていた。
「これよ!!
これこそが私の求めてた光景よ!!」
楽しそうに叫び声をあげる近藤女史を、目立たないところに放置して丸山一尉と青塚事務長も満足そうに投票所を見つめている。
有権者達は黙々と投票所に入り、係りの委員会のメンバーや自衛隊の隊員、現地スタッフ等に質問を投げ掛けながらも順調に投票が行われていった。
「お日柄もよく、妨害も無い。
今回は平穏無事に終わりそうですな」
青塚事務長も椅子に座り、お茶を啜りながらこの光景に見いっている。
「開始3時間で有権者の六割ですか。
この分だと夕方には当確をだせそうですね」
各地の投票所から送られて来る投票数の集計を見て、丸山一尉も頷く。
予想通りに昼過ぎには投票数は、有権者の八割に達していた。
開票作業も始まっていた。
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