第37話 開票結果
責任者である近藤女史、青塚事務長、丸山一尉は投票所の監督に終始し、開票作業には関わっていない。
だが開票作業に携わる委員会のメンバーや自衛隊の隊員達の間で、微妙な空気が流れていることに三人とも気がついていた。
規則により開票作業の内容は口にしてはいけない。
だがその日本人達による微妙な顔、或いは苦笑した様子に思惑とは違った方向に進んでいるのは理解できた。
夕方になる頃には、投票数は有権者の九割に達した。
この時点で有権者に対する得票率50%を獲得した者が現れた。
次期領主が決定した瞬間である。
発表は領主代行を務めるハールトンの館で行われる。
丸山達3人に他の有力者や各町や村の町長、村長達も席を連ねていた。
発表の為に新京や新香港からマスコミの人間も招待された。
ハールトンと妹で、虹と芸術の教団の司祭であるクララが発表のプレゼンテーターを務めることになっていた。
2人とも候補者だったのにプレゼンテーターを務められるのは落選が確定しているからだ。
「では、お兄様」
司祭の服とも思えない虹色の祭服を着たクララが、銀色のお盆に乗せた封書をハールトンに差し出す。
「ありがとう、クララ」
ハールトンは封書を受け取り、ペーパーナイフで封書を開き、書簡を取り出す。
「発表します。
第一回、エジンバラ自治領主選挙で当選を致しましたのは」
誰もが固唾を飲みながら見守っているなか高々と発表された。
「陸上自衛隊一等陸尉丸山和樹殿!!」
沈黙が広間を包む。
誰もが驚きで拍手すら忘れている。
当の丸山一尉が一番反応に困っている。
「は、はい!?」
そして、隣にいた近藤女史が気を失い、丸山一尉にもたれ掛かった。
体調を崩した妙齢の女性を抱き抱えた新自治領主の姿が次の日の紙面の一面を飾っていた。
エジンバラ領
リゲル砦
「大陸総督府補佐官秋山と申します。
さて丸山一尉。
なぜ、私がサミットの準備で忙しい時にここに派遣されたか御理解して頂けてますか?」
ひ弱そうな(自衛隊基準)文官の視線に堪えかねて丸山一尉の体は小さくなっているように見えた。
「はい、自治領主に選出されてしまったからです」
「貴官自身は立候補もしてないし、選挙活動も行ってないのに何故当選したのか困惑している。
そんなところですか」
「はい、そんなところです」
肯定する丸山に秋山が資料の山を突き付ける。
「これは青塚事務長が調査した住民の声です。
代表的なのを読み上げてみましょう」
1枚の書類を手に取り、読み上げてみる。
「これは某山中で、木こりを営む一家の夫人の証言です。
『隊員さんに字を教えてもらいました。
その際に貰った紙に書かれてた文字をもとに練習していました。
丸山さんの名前が書かれてたので、それも練習してたら家族以外に書ける名前が他になかったの』」
渡された紙とは、クレーム対応や要望があった時の為に配布した大陸語で書かれた名刺である。
確かに人物名は責任者である丸山の名前以外に書かれていない。
「アンケートに答えてくれた4割の回答者がこんな感じでした。
何枚配布したのですか?」
「さ、300枚ほど」
人口が1万人程度の領内で300枚は結構な枚数である。
また、識字率の低い地域では文字の書かれたものを無駄にありがたがって残していく傾向がある。
学校など無いので、集めた文字から必要に応じて生涯を通して少しずつ文字を学んでいたのだ。
ましてや今回は読んで貰わないと困るので、自衛隊や委員会のメンバーが読み方を教えている。
「他には『支配者は強くなければならない。
今、この領地で最も強いのは誰かを考えれば自明の理である。
先日のゴブリン討伐の圧倒的武力がその証明である』
『橋を建ててくれありがとう、小屋を修復してくれて助かりました』
『日本人が統治してくれた方が、ハクが付いてまわりの町にでかい顔が出来る』
まあ、貴官に落ち度は無いですね」
「そ、そうですよね?」
「あれば更迭の名目で本国送りに出来たのですが、チッ」
舌打ちされたことにもツッコメない。
いっそ本国送りにしてくれた方が気楽だった。
「総督府からの『判断』を伝えます。
丸山一等陸尉には、自治領主の座を拝命してもらいます。
法的な問題ですが、各管理区域で似たようなことは既に行っていますのでクリアしています。
自治領主という名称は問題ですが、我々が大陸で民意を得ているプロパガンダに利用させてもらいます。
自衛隊も駐屯させて第10管理区に指定します。
この第10分遣隊の隊長も兼任してもらい、エジンバラを西部地区の拠点にします。
ハールトン殿を補佐官として雇用し、総督府からも文官を送り込みます。
無難に5年間統治して下さいよ。
ああ、例の女性とは適切な交際をお願いしますよ」
現在、進行中の中央部の天領ゾルーダの管理区域化と同時進行となる。
第8管理区となるゾルーダは金、銀、亜鉛が産出される。
そして、今回大陸で初めて見つかったマンガン、ウランの鉱脈の開発は急務となっている。
後回しにすることは出来なかった。
ならば同時進行となる。
女性問題に関しては丸山一尉の努力に期待するしかない。
丸山を退出させた秋山補佐官の部屋に青塚事務長が訪れる。
別に呼んではないが、面会を求められたので会談に応じた。
「貴方ですね、今回の絵を描いた御人は?
予定になかった西部の拠点構築は、周辺の貴族や皇国軍残党の活動に火種を付ける可能性があります。
どういうつもりかお聞かせ下さいますか?」
「本国における我々の派閥は大陸総督府の悠長な活動に憤りを感じています。
大陸人の人口を減少させる計画。
我々はほんの少し、お手伝いしてるだけですよ。
今回はあなた方の圧倒的武力が背景にあったから誰も暴発しませんでしたがね。
まあ、今回の結果は予想外ながら我が国の権益に繋がるから結果オーライですかね」
大陸総督府は緩やかな計画を立てているのに反して、青塚達は流血を伴う事態を引き起こさせている。
第1回から第3回の選挙は、何れも紛争を巻き起こして多数の死者を発生させている。
第4回の奴隷特区も東部や中央部から多数の奴隷を移動させて、同地域の人口を減らしているのだ。
委員会のメンバーのほとんどはその思惑に気がついていない。
ほとんどの者は善意のつもりで利用されているのだ。
「北村先生が次期大陸総督の座を狙っているとは聞いてましたが、野党から指名されることは無いのですよ。
現状、あなた方は野党第3党です。
もう少し大人しくしてて欲しいのですがね」
大陸総督は内閣総理大臣によって任命される副総理格の国務大臣である。
よって野党の議員から指名されることはありえない。
「国民は今の政府の弱腰に不満を抱いています。
確かに今の総理は立派です。
戦争に勝利した圧倒的支持率を背景に身を切る思いで様々な改革を断行した。
年金の停止、未成年以外の未就労者の健康保険の停止。
大陸進出を企てる財界への抑制。
国内では年々老人の死亡が、増加して人口が減少している。
今年だけでも札幌市と福岡市の政令指定都市の解除がそれを物語っている。
大陸の既存勢力に気を使うのは結構ですが、我々にも本国での既得権益に固執する勢力は存在するのですよ」
現内閣の支持率は当初の85%から45%に落ち込んだのは事実だ。
再来年の選挙では大幅な議席の減少も予測されている。
より過激な方針を主張する野党第3党との連立の可能性も永田町では囁かれている。
「それでもあなた方はまだ政権与党でも無ければ、大陸総督府に席を置く役人でもない。
その活動を見逃してきたのは、大筋ではこちらの方針と違わないからだ。
だが邦人の犠牲者が出たなら、わかっていますね?」
「それはこちらも理解しています。
これでも私は穏便な方なのですよ?
委員会の監視と金庫番を任せられるくらいなのですから。
ですが、我々の支持者には時間が無い方が多数いることもお忘れなく」
会見を終わらせて秋月補佐官はため息を吐いていた。
青塚事務長の言っていることも日本の一面を現した真実であることは間違いないからだ。
「我々も一枚岩ではないか」
青塚は体調を崩した近藤女史の代理を委員会の長に据えて、新たな地に騒動の種を蒔く為の準備に入っている。
公的な組織では圧力にならないかもしれなかった。
エジンバラ男爵邸
エジンバラ男爵邸はエジンバラ元男爵家の財産として認められた。
今後、エジンバラ自治領主府は新たな公邸や政庁の建設を行わなければならない。
新たに自治領主補佐官となるハールトンは、一族の者を元男爵邸に集めていた。
「今後は自治領主を通じ、日本から供与される予算や技術力で領内のインフラ整備や治安維持、経済の発展を推し進める。
そして、それを積極的に領主に進言して功績を領民にアピールする」
「日本側にも面子がありますからな。
自治領主に恥を欠かせるような真似はしないでしょう。
そして、一歩引いたところから領内の発展に寄与するハールトン殿を領民は目撃する。
さすれば領民はハールトン殿を称賛し、次回の選挙では有利になると。
我々も慈善活動への出資をさせて頂きますよ」
前男爵の第三夫人の父親であるこのエジンバラ最大の商人のオリバーが賛同する。
「さすがですわ、お兄様」
妹のクララは無条件に兄を称賛している。
「うむ、領地の発展を優先し、正統なる権利を四年も我慢するなどなかなか出来ることでわない」
叔父で私兵軍の兵権を握っているアレク団長は、この場では最も自らの地位が保てるか怪しかった。
この場でハールトンに取り入る必要があったので同調している。
領主一族は今回の選挙に複数立候補して、既存勢力の票をわざと割ったのだ。
次回は領主一族が一丸となってハールトンを支持する。
日本側も領主一族に遠慮しているのか、様々な点で優遇を約束しているので勢力の維持は難しくない。
勝算は大いに高かった。
一度勝ってさえしまえば領主一族内で自治領主の座をまわしていけばいい。
状況によっては、自治領から再び男爵領に戻してもいい。
その頃には周辺領地とは隔絶した発展を遂げているはずである。
なんなら妹のクララを丸山に嫁がせることも視野に入れていた。
「もしくはその先、大陸中で選挙が行われるならばいずれは統一選挙が行われるかもしれない。
その時は我々一族は、時代の先駆者として中央の政界に討って出る。
この雌伏の時を皆で支えあっていこうぞ」
誰もが遠い将来について自分達に都合よく語っていた。
大陸も日本も人ではない者達も。
そんな先のことは誰にもわからないのに
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