第38話 いざサミットへ
アンフォニー
マイラ嬢を客人として迎えたアンフォニー代官所では、現在実施している開発地区の視察などの便宜を諮っていた。
いすゞのファーゴの後部座席にマイラとヒルダを乗せて、助手席の斉藤が解説をしている。
運転席にはこのアンフォニーで、財務を担当している後藤が座っている。
ファーゴは二頭の馬に曳かれているので馭者の役割をしている。
後藤が同行してるのは、決算が終わったばかりで一番暇だったからだ。
だがヒルダ達と御一緒出来るならこ褒美と嬉々としている。
さらにグルティア竜騎兵が2騎が護衛と監視に付いている。
結婚を嫌がるマイラが逃げ出さない為にだ。
だがとうのマイラは逃げ出すどころではなかった。
「成功したらしたで既得権益とぶつかります。
その点、この地は新興の開拓地ですから、統治機関である我々の圧力でどうにかなります。
他の領地だったら社会構造とか、常識的通念が立ち塞がってきます。
その意味では我々は運がよかった」
暗に既存の利権との調整を怠ったマイラに対する指摘が二時間ばかり続いている。
すでに彼女は息をしていない。
「斉藤さん、もうそのへんで……マイラさんのHPはもう0です」
後藤がたしなめてヒルダも止めに入る。
すでに白目を向いているマイラの顔を湿らしたハンカチで拭いてあげている。
「さ、斉藤?
貴方、わりと他の娘には手厳しいのね」
「はい、私はヒルダ様一筋ですので
ところでマイラ様は御自分のファンからスタッフを募らなかったので?
そうしたらもう少し忠告してくれる人間がいたと思いますが?」
気をとり直したマイラは反論する。
「日本人をスタッフとして連れていったら、それこそ既得権益とぶつかったわよ。
仮にも侯爵家。
格下げになってもプライドは無駄に高かったのよ。
新京にスタッフ置いても連絡を取る機械が持ち出せないじゃない。
手紙なら往復で1ヶ月掛かるわ。
まあ、最近はグルティアにも石和黒駒一家が叔父の食客に入って、盗賊ギルドを粛清してたわ。
彼等を通せばもう少し早くなるかもだけど、マッシモ叔父は私を追い出そうとする急先鋒よ。
繋ぎを取るなんて無理だわ」
打開策を見つけることが出来ないうちに目的地に到着した。
「ここがアンフォニー炭鉱。
総督府からは二号炭鉱などと呼ばれてますがね。
他にも亜鉛と鉛の二号鉱山。
銅の3号鉱山がありますが、この二号炭鉱こそがアンフォニーでは最大の規模です」
アンフォニー炭鉱は露天掘りが採用されている。
坑道を作らず地表から直接、地下に向かって掘り進める方式だ。
地表から渦を巻くように掘り進めている。
そして採掘された石炭を運ぶ為にレールが敷かれてトロッコで運び出されている。
そこでは日本人技術者の指導の元、大勢の大陸人が働いていた。
日本人の技術者は老齢の者が多い。
かつての炭鉱労働者達が、第二の人生とばかりに家族を連れて、後進を育成しつつ再び採掘の仕事に就いたのだ。
「炭鉱自体の利益は我々に供与されません。
ですがそこで働いている人間が得た収入が、生活を支える住宅、店舗、病院などに費やされます。
その利権はアンフォニーの財政を支える大事な収益になっています」
トロッコから零れ落ちた石炭を眺めてマイラが驚嘆している。
「これが石炭。
いえ、見たことありますわ。
鍛冶屋が使ってるのはグルティアも同じだし、北部では薪のかわりに使われますし。
でもこれほど大規模に採掘されてるとは思いませんでした」
ヒルダも同様に手に取る。
深窓の令嬢方には縁の無かった光景だろう。
だが代官である斉藤や炭鉱で働く日本人技術者達には不満があった。
重機を持ち込むわけにはいかないので、屈強な男達がツルハシやシャベルで炭層を掘り崩してトロッコに積まれる。
馬や人力によるトロッコの輸送力にも問題があるのでその改善も今後の課題だ。
火薬を使った爆砕も大陸技術流出法の規制に阻まれ行われていない。
斉藤の想定や技術者の経験より、炭鉱の規模が大きくなっていないのだ。
マイラが連れてきた中型角竜ゲルダーを見て、竜にトロッコを曳かせるの有りだなと斉藤は考えていた。
グルティアは中型竜の数少ない生産地である。
経済が悪化しているグルティアからなら安く買い叩けるかもと画策している。
「斉藤、また悪い顔してるわね」
「また悪いこと考えてるんですよきっと」
「意地悪そうだものね、あの人」
ヒルダ、後藤、マイラからの評価は散々だった。
この炭鉱から運び出された石炭は、ドン・ペドロ火力発電所で使用される。
ドン・ペドロ火力発電所は、百済、スコータイ、ブリタニア、呂栄、サイゴン、ドン・ペドロ、アルベルトの地球系南部7都市に電力を供給している。
「この炭鉱だけでは要求される供給を満たせていません。
重機や火薬の規制が生産量の拡大を妨げています」
斉藤がヒルダに目配せすると、ヒルダがマイラの手を取った。
「だからマイラも5月に百済で行われる地球系国家首脳会議通称『G11』、今年からは『G12』だったかしら?
貴方も私達と参加するのよ」
首脳間の交渉だけでなく、せっかく集まる首脳や閣僚、高級官僚達と繋がりを持ちたい貴族や商人達も集まってくる。
ヒルダ達もそれに混じるつもりだった。
大陸技術流出法の規制の緩和を各都市国家や各貴族に働き掛けて連携し、日本に圧力を掛けるためだ。
シュヴァルノヴナ海海底
海底宮殿
『荒波を丸く納めて日々豊漁』号船長イケバセ・グレは、自らの種族が治める海底に建設された宮殿に他の船長達と共に集められていた。
同種族の船長は他に2人。
いずれも勇猛で知られた船長達だ。
もう1人の船長は他種族の女船長で、細長い体を水中に漂わせている。
「ウキドブレ提督が御入室します」
宮殿内とはいえ、海中なので一同は漂っているのだが、彼等の種族的に居住まいを正して提督を最敬礼で迎える。
「遠路ご苦労だった。
諸兄等に集まってもらったのは他でもない。
諸君等の長年の苦労が実って、あの忌まわしき日本の幾つかの島への上陸が可能となったことが判明した。
ハーヴグーヴァ殿下は日本の本島攻撃の為の橋頭堡として、これらの島々を攻略することを決定した。
激しい抵抗が予想される為に、各々の島に1万を越える兵士を各船長に与える。
万難を排して、作戦を成功させて欲しい」
3人の船長は、手を両肩と両腰に当ててひざまづく。
この作戦は海棲亜人連合の主導権争いにも影響される。
そんな作戦に他種族の者がいるのは解せなかった。
彼等の視線は唯一の他種族の女船長に向けられる。
ウキドブレ提督は彼等の視線の意味を察して、彼女の紹介を始める。
「彼女はザボム・エグ。
北方のフセヴォロドヴナ海から派遣された『革命の音階』号の船長である。
北方でも見つかった上陸出来る島には、彼女の兵団1万が上陸する。
こちら来て貰ったのは4島同時攻撃の調整の為だ。
よく話し合って欲しい」
さすがに北方までは、シュヴァルノヴナの手は届かない。
日本の戦力を分散させる必要もある為の共同作戦になったのだろう。
「皆様と協力して忌まわしき日本に一鞭くれてやれるのを光栄に思いますわ。
麗しき死を日本に」
足に装飾品代わりに装着された鞭が、ザボム・エグの武器なのだろう。
その鞭を水中で振るって、勝利の誓いを立てている。
彼女の挨拶とともに総勢4万を越える大軍による遠征の会議が始まった。
大陸南部
百済市沖
『瞬間の欠片』号
旧大韓民国・北朝鮮からの転移移民者が住む百済市の沖に、楕円形の物体が密かに浮上していた。
その背中に乗っていた数人の者達が水平線の向こうの百済市を見据えていた。
「数日のうちにあの街に地球からの諸王が一同に介する。
その時を狙い我等アガフィア海の民がその尽くを討ち取る」
すでに数千を越える兵達が近海に潜んでいる。
決行の日までには万を越える軍勢になろう。
海底でも活動、生存できる海の民の利点だった。
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