第39話 百済サミット 前編
大陸南部
百済市
百済市は高麗国が観光や仕事で日本に来ていた南北朝鮮人15万人の居住先として、南部貴族エレンハフト伯爵領を占領して出来た町だ。
他にも日本人を伴侶にもつ一家や在日と呼ばれる者達も入植してきて現在の人口は50万人に達している。
現在は第2植民都市の白羅、第3植民都市高句麗を完成させて勢力を伸ばしている。
百済市は高麗国にとっては大陸への窓口としての拠点でもあり、新香港、ヴェルフネウディンスクの次に建設された。
この占領と百済市の建設は完全に高麗国の独断ではあるが、日本が来日中の朝鮮人の扱いに困っていたのも事実なので、事後承認の形で後押しをした。
大陸東端に新京、西端に新香港、北端にヴェルフネウディンスク市があることに対抗してか、大陸南端の貴族領が百済市となった。
資源としては金や銅の鉱山が発見されていた。
問題は高麗国には鉱山の開発能力がまるで無いところである。
韓国や北朝鮮が徴兵制を採用していただけあって、国防警備隊を比較的早く組織した。
この百済にも守備隊として個連隊にもおよぶ隊員が常駐している。
また、サミットに合わせて他の2都市から各1個大隊の警備隊員が増援として派遣されている。
その警備隊が警備する百済港の桟橋に日本国海上自衛隊新京地方隊に所属する護衛艦『くらま』が入港した。
海上では李舜臣級駆逐艦『大祚栄』、大邱級フリゲート『慶南』が警備にあたっている。
『大祚栄』の艦名は渤海の初代王に由来している。
『慶南』は、異世界転移後に建造された艦だ。
つまり、高麗国は造船能力を有している事を示していた。
『くらま』から港に降り立った日本国大陸総督秋月春種は、警備隊音楽隊による君が代の演奏の中、百済市長の白泰英と握手をかわす。
白泰英は日本で参議院議員だったこともある男で、転移後にこちらに再帰化した経緯がある。
日本からの紐付きと揶揄されていて支持率は高くない。
今回は議長として役割に張り切っている。
「ようこそいらっしゃいました。
他の首脳はもう到着しております。
会議は明日からですので、今日はごゆっくりして下さい」
「ありがとうございます。
実りある会議になるように頑張りましょう」
当たり障りない挨拶をかわす首脳陣を尻目に、防衛問題を話し合う為に随員となっていた高橋伸彦二等陸将は、港に停泊する艦隊を眺める。
新香港の江凱I型(054型)フリゲート『常州』。
ブリタニアのアンザック級フリゲート『スチュアート』。
北方のヴェルフネウディンスク市からは、スラヴァ級ミサイル巡洋艦『ヴァリヤーグ』。
スコータイの虎の子フリゲート『プミポン・アドゥンヤデート』。
日本から供与されたサイゴンの巡視船『ショウカク(昇鶴・元水産庁漁業取締船)』やルソンの巡視船『トゥバタハ』の姿も見受けられる。
この2隻は転移前に南シナ問題でベトナムやフィリピン用に供与されていた船だ。
そして、今回新たにサミットに参加するガンダーラのシヴァリク級フリゲート『サヒャディ』の姿が見受けられる。
さすがに海上戦力が貧弱な、ドン・ペドロ、アルベルトの2都市の首脳は列車で来訪している。
また、オブザーバーである王国の国王も列車で百済まで来訪していた。
「見応えがあるな。
ちょっとした国際観艦式みたいだな」
だが港の外には多数のプラカードやのぼりを持ったデモ隊がシュプレヒコールをあげているのには苦笑を禁じ得ない。
「ああ、今回もあれですか」
うんざりした声を出す秋月総督を秋山補佐官が宥める。
「まあ、風物詩みたいなものですから」
高橋陸将は総督達とともに宿泊先である日本資本のホテルに案内される。
百済はまだ空港が建設中であり、町並みも接収時の地球でいう中世型の建築物が多数残っており、そのまま使用されている。
警備や防諜、或いは施設の充実ぶりは、日本資本のホテルが一番安心できた。
スタッフも大半が朝鮮人を伴侶に持つ日本人ばかりだ。
秋月総督が部屋で寛いでいると秋山補佐官が入室してくる。
「閣下、お休みのところ申し訳ありません。
マレーシア代表のアブドゥル・ザヒド・ヒマディ氏がご挨拶に来ていますが。
お会いになられますか?」
予定にはないが、理由は予想が付く。
マレーシア、バングラディシュ、ブルネイ、インドネシア、モルディブによる東南アジアムスリムによる都市建設のプレゼンの為の直談判である。
ほとんど決定しているようなものなのだが、ブリタニカに出し抜かれた記憶が不安を呼んでいるのだろう。
「仕方がない会おう。
ホテルの応接室を用意してたまえ」
会議の前日から忙しいことだった。
新香港系列ホテルでは、新香港の主席一行が滞在していた。
そして、林主席も不意な来客に困らされている。
「確かに我々はお嬢さんとその家族、領民を追い出して居座った負い目はある。
だが現時点で日本の方針に逆らうのは得策ではない。
第一、我々も技術を大陸に対して開放しない方針には賛成なのだよ?」
新香港はかつてのヒルダの実家の領地だった。
その後も彼女の実家であるハイライン侯爵領や彼女が預かるアンフォニー男爵領の開発での大事な商売相手なので会見は許可された。
だが技術の規制緩和を日本に提案することは、到底同意できる内容ではない。
「しかし、新香港もいつまでも日本の風下に立つ気はないのでしょう?
このままではあなた方も飲み込まれますよ、日本に」
その懸念は確かに林主席にもある。
観光客や日本で働いていた留学生、労働者が集って作られた新香港の子供の数は多くなかった。
人口が激減することは間違いなく、その頃には日本に吸収されるかもしれない。
これは他の地球系諸都市も同様だろう。
地球系諸都市は出産を奨励し、産めよ増やせよ状態だが、人口が安定するまで時間を稼ぐ必要があるのも確かだった。
「その為に大陸民に技術を施して日本に対抗させる?
その牙が我々に向かない保障はないですからな」
「軍事的な対抗は考えていません。
私達が求めるのは純粋な技術の向上による経済力の強化と勢力の維持のみです。
ですがアンフォニーから出る石炭は新香港にも必要でしょう?
現状では需要に供給を満たすことは出来ていません。
爆砕や列車による移動は、その供給を拡大するのに大きく貢献すると思うですが?」
確かにその通りではある。
だが問題はもっと現実的なものだった。
それは単純に技術がないのだ。
転移当時の日本に来ていた観光客、労働者に鉱山に関する労働者、技術者は少ない。
観光客などは基本的に富裕層だし、鉱業が盛んでない日本で働いてた労働者や技術者にその分野の人間がいないのも当然なのだ。
鉄道に関しても似たようなものだ。
僅かにいた労働者、技術者は、新香港自体の開発や後進の指導の為に手が空いていない。
この事は彼女等に教える必要はない。
何より彼女等が思い違いをしている点がある。
「お嬢さん、一つ勘違いをしてるようだから訂正しておこう。
今回我々は、大陸の今後の方針を話し合う為に集まっている。
だが大筋は既に官僚間で決まっているのだよ。
我々はそれを互いに確認しあい、承認し、共同で声明を出すに過ぎない。
政治工作をするなら半年遅かったのだよ」
本当は前回のサミットが終わった頃から官僚達の調整が始まっている。
トップなどお飾りに過ぎない。
だが領内で辣腕を奮うワンマン貴族には受け入れられないかもしれない。
しかし、ヒルダは領内で多数の日本人顧問を登用していた女傑である。
あまり衝撃を受けたように見えなかった。
「わかりました。
今回は新香港からの協力は諦めることにします。
でも私の言ったことも覚えておいて下さい。
それと不躾ながら主席閣下にお願いがあるのですが」
上目遣いで訴えてくる。
林主席としても悪い気はしないが、新香港の主席として毅然として対応しなければならない。
「お願いします閣下」
「私にできることならなんなりと」
ヒルダの願いを跳ね退けたのだから、可能なものならかなえてやるつもりだ。
ヒルダは大事な商売相手だ。
その面子を潰すわけにはいかない。
「ではお一つ。
ヴェルフネウディンスク市市長閣下への紹介状を認(したた)めて戴きたいのです」
別室に控えていた斉藤は今回の訪問の主旨を後藤とマイラに説明していた。
「今回の会談だけで目的が達せられることは、絶対に有り得ません。
ヒルダ様は数年先を見込んでいますが、私は数十年先まで交渉は続くと思っています」
年内には成果を得られると考えていたマイラは黙っていた。
「まあ、何かしろの供与や商業的譲歩が得られればラッキーくらいだな。
ダメ元でもやってみないことには始まらないしな」
後藤の言葉に斉藤も頷く。
「我々の目的は日本以外の地球系都市に危機意識という種を蒔くことです。
マイラさんにも新設されるガンダーラでやって頂きます」
「えっと、御指導よろしく頼むわね。
私のやり方は拙速すぎるとは理解したから。
でもいいの?
貴方達の行動は母国に弓をひく行為にならないの?」
百済市沖の海中
アガフィア海亀甲艦隊
旗艦『瞬間の欠片』
アガフィア海を領域とする海棲亜人は、海亀の獣人である。
基本的に長寿だが獣人となった影響か、人間でいうところの三メートル以上の大きさになる個体は産まれなくなっていた。
彼等は同属である獣人化しなかった超大型海亀の甲羅を改造して艦船として利用していた。
大きさは成長度によってかわるが、旗艦である『瞬間の欠片』号は全長200メートルを越える大型海亀である。
内部には乗員三百匹が乗艦している。
巨大な甲羅の上では、上陸用の重甲羅海兵千匹ばかりが手足を自らの甲羅の引っ込めて待機している。
ザギモ・ザロ提督は要請した本国からの増援の少なさに落胆していた。
「本国からの増援の艦はもう少し欲しかったな」
「これでも全艦隊の半数以上を投入しているのです。
これ以上は無理でしょう」
艦長の言うことは最もだが今回の襲撃が上手くいけば地球系国家に乾坤一擲の打撃を与えられる。
本国からは中型の海亀が12匹が到着している。
それぞれ重甲羅海兵400匹が乗っている。
「三千ばかりの重甲羅海兵には、自力で泳いで上陸してもらうことになるな」
海底に待機している三部隊は、慎重に百済市まで海底を這って進軍していた。
彼等には苦労を掛けるのが忍びがたかった。
艦長が百済港にまで偵察に出ていた兵から報告を受けていた。
「斥候が白地に赤い丸が描かれた旗がひるがえった大型艦が寄港したのを確認しました」
「いよいよだな。
全軍に通達せよ、明日の太陽が落ちる頃に強襲上陸を開始する」
水中にいる限りは人間種に海の民を見付ける術はない。
この作戦は完璧なはずだった。
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