第40話 百済サミット 中編
百済市
早朝、朝食を終えた各首脳団は、会議所となるエレンハフト城に車に乗って集まる。
港では貴重な水産資源を採取する為に漁船が港から出港していく。
食料の確保は至上の命題であり、港の近海の各所に魚群探知機を仕込んだブイが仕込まれている。
「反応が大きいな。
凄い魚の群れが来てるぞ」
「今日は大漁だな。
港の漁船をありったけだせ!!」
それは重甲羅海兵による先遣隊であったが、魚群探知機では大型魚類の群れにしか見えてない。
海中では1隻の潜水艦が控えていた。
孫元一級潜水艦『鄭地』。
高麗王朝末期の武将鄭地に由来する。
高麗本国からサミット警備に派遣されていたこの艦は、開催日までは外洋で待機していた。
日付が変わってから沖合いまで移動したところで、アガフィア海亀甲艦隊の動向を察知したのだ。
ブイから発信される魚群探知機からのデータやアクティブソナーの反応から、正確な位置を割り出している。
だがこの時点では敵は軍事勢力ではなく、巨大モンスターの群れの襲来としか考えられていない。
『鄭地』は艦隊の後方から魚雷の射程距離内に捉えていた。
「隅田川の事件の二の舞はごめんだからな。
ここで仕留める!!
百済の司令部と後方の『みちしお』にも通信を送れ、平文で構わん」
どうせ傍受できる相手などいない、と転移後は雑になった部分である。
海中のモンスター退治も何度か経験した任務だ。
艦長の決断のもとに副長が指示を出していく。
「魚雷管注水、前扉開きました、用意よし」
「発射開始!!」
「一番魚雷発射!!
続いて20秒後に四番発射!」
孫元一級潜水艦『鄭地』から発射されたK731 533mm長魚雷「白鮫」二発が速度35kn(時速63㎞)の速度で、アガフィア海亀甲艦隊の最後尾の中型海亀に向かっていく。
「目標12に一発命中、二発目を目標11回避!!」
「魚雷を自爆させろ」
直撃は無理でも生物なら爆発による衝撃波でダメージを与えられるはずだ。
だがソナー員の報告に艦内に衝撃が走る。
「目標12、健在。
回頭しつつこちらに多数の物体を放ってきました!!」
「馬鹿な、3番、5番連続発射!!
投射物体の先端で自爆させろ!!」
目標12こと『紅の夕月』号は魚雷のTNT爆薬370㎏の威力を直接受けたわけではない。
甲羅に無数に張り付いた重甲羅海兵隊の亀人達の甲羅に直撃したのだ。
それでも爆圧は『紅の夕月』を無傷にさせない。
爆発で甲羅の一部が割れて流血している。
亀の甲羅は皮膚の一部であり、手足や首や尻尾など、甲羅の外に現れている柔らかい部分の皮膚と繋がっている。
甲羅に直結した内蔵に衝撃を受けて激痛の中を我慢して回頭したのだ。
生き残った重甲羅海兵隊の兵士達が『紅の夕月』から飛び出して『鄭地』に接近戦を挑む。
だが魚雷の自爆で重甲羅海兵隊の兵士達が蹴散らされていった。
それでも『紅の夕月』が『鄭地』まで一キロを切る距離までに近づいている。
「下げ潜舵、速度、ダウントリム一杯!!
進度2-8―0へ」
間一髪飛び掛かる『紅の夕月』の真下に潜り込み回避した。
「回避に成功、後部から雷跡音6……
『みちしお』です。
目標13に当たります」
『みちしお』の89式魚雷6本が、群がる重甲羅海兵を爆発するまでもなく推進力のみで蹴散らし、『紅の夕月』号に一発が命中して爆発する。
残りの五本はアガフィア海亀甲艦隊に襲い掛かり炸裂する。
甲羅で覆われてない部分に命中した『紅の夕月』号は頭部と右前足を吹き飛ばされて海底に着底して絶命した。
おやしお型潜水艦『みちしお』
「目標12の沈黙を確認。
目標7から11に魚雷着弾、健在!!
被弾した目標が多数の物体を放出しながら、反転してこちらに向かってきます」
『みちしお』をはじめとする自衛隊の艦船もモンスターと戦うことが任務に加わってしまった。
その為に各艦に超音波魚群探知機が搭載されることになってしまった。
これまでのソナーでも同じことは出来るのだが、人間サイズの生き物が海底を無呼吸で潜水艦を襲ってくることは想定されてなかったからだ。
新規開発するより民間の魚群探知機を搭載する方が手っ取り早かった。
これでは旧韓国海軍を笑えない。
だが今はそれが役にたっているのだから皮肉なものだ。
そして、戦況はまだ好転していない。
「数が多い、不味いな」
最低でも2発はぶちこまないと倒せない大型生物。
数百単位で群れをなして襲ってくる人サイズの生物。
艦長の佐々木弘毅二等海佐は魚雷の残数14本を確認して眉をひそめる。
『鄭地』も残りが12本のはずだ。
敵はまるで軍隊のような隊列を敷き、こちらに向かってきてくれるので対処はしやすい。
しかし、バラバラに来られたら対処は不可能だった。
大型の生物のうち被弾してない個体はこちらを無視して陸地に向かっている。
「地上に連絡しろ。
敵がそっちに向かったと」
通信傍受による危険性は皆無だから問題は無い。
「少しは陸の連中に獲物を残してやらないとな。
さあ、残った敵は我々で片付けるぞ」
百済市
エレンハフト城
各都市の首脳が招かれたエレンハフト城には、舞踏会にも使える広間が存在する。
その広間に絨毯が敷かれ、テーブルにクロスが掛けられて会談が始まっていた。
「では、正式にガンダーラの建設を承認します」
議長である白泰英百済市市長の宣言のもと会場にいる来賓が拍手で迎え、中央の壇上に暫定ガンダーラ代表プチャランカ氏の挨拶が行われている。
ガンダーラの主軸となるネパール人は約五万六千人を数える。
その数は日本政府の予想を越え、単独で都市を任せられるほどである。
2010年に起きたネパールによる国王暗殺事件ならびにマオイストとの内戦の結果、日本国内では急速にネパール人人口が増大していた結果だ。
だが地球では内陸国であったネパール人達は独自の軍事力や船舶を持っていない。
地上部隊に関しては若者達を鍛え直してグルカ・ライフル大隊を創設した。
少数だが日本にもグルカ旅団やPMCで活躍したネパール料理料理人達がいたのが幸いした。
だが船舶に関してはどうにもならない。
船員の経験者もほとんどいなかった。
そこで彼等が目をつけたのは、同じ仏教系であるミャンマー、ブータン、インドである。
インド人2万4千人、ミャンマー人1万3千人、ブータン人が百名程度。
彼等の配偶者となった日本人を加えれば人口は九万五千人の人口となる。
インド人、ミャンマー人のもつ船舶も魅力である。
「上手く話がまとまり何よりですな」
「そうですな、アイルランドの連中もブリタニカに合流を表明してくれたのは助かりました」
白市長に声を掛けられて秋月総督も頷く。
秋月総督はマイクを受け取りプチャランカ氏に質問する。
「現在、大陸各地ではモンスターによるスタンピードが懸念されています。
日本を初めとして各都市ではモンスターの駆除が行われていますが、ガンダーラ建設予定地での進行状況をお聞きしたい」
プチャランカ氏は水を一口飲んで発言する。
「現在増強したグルカ・ライフル2個大隊を用いてガンダーラの地の掃討作戦を実施しております。
蜂人の集落を1つ、オークの集落を3つ駆除しました。
ジャングルや山岳での戦いなら我々に負けはありません」
ライフルとグルカナイフで多大な成果をあげている彼等に列席者は賛辞を惜しまない。
「掃討作戦は貴都市の安全に繋がります。
我々も可能な範囲で、協力は惜しまないつもりです」
プチャランカ氏と秋月総督の握手に会場が拍手に包まれる。
ここまでは台本通りである。
プチャランカ氏とスタッフには専用の席が与えられる。
ここからは各都市の問題が提示されて協力できる範囲を調整に入る。
調整の内容は前日までに決まっている。
日本からはスタンピード問題。
新香港からは不足するエネルギー問題が提示された。
これは昨夜のヒルダに言われるまでもなく林主席としても認識はしている。
ヒルダは知らないことだが、新香港は旧東シナ海に海底油田や天然ガス田を8ヶ所ばかり保有している。
新香港は供給する側なのだ。
確かに新香港のエネルギー需要に足りてないのは事実だが、日本に供給する分を減らせばいいだけの話である。
新香港にも足りてない事実が存在した方が日本に高値で売り安いのだ。
つまりヒルダの提案は迷惑でしかなかった。
おそらく北サハリンのヴェルフネウディンスク市長も話を持ち掛けられても同様な反応だろう。
「我が新香港としては新都市建設にあたり、必要となるエネルギーの増産の安定化に努めていきたいと思います」
ヴェルフネウディンスク市の問題は単純だ。
東部、西部、南部と違って列車の途中駅がまったく無いのだ。
東部東端の新京から中央の王都ソフィアまで7つの駅がある。
王都から西部西端の新香港まで同じくらいの距離だがこちらは建設中のエジンバラ駅や新香港の植民都市陽城市、窮石市の駅が存在する。
その東西線の距離は約4千キロに及ぶ。
南北線も似たような距離だ。
王都ソフィアから南部南端の終着駅百済の間にはアンフォニーとケンタウルス自治伯領最大の町ウォルロックの2つ駅が存在する。
大陸沿岸部を線路で繋ぐ計画もあり、現在も敷設工事中である。
大陸南部には、海岸沿いにルソン、サイゴン、スコータイ、アルベルト、ドン・ペドロ、ブリタニカの都市が100キロごとに存在してすで鉄道の運行が始まっている。
ここにガンダーラが加わることになる。
ところがソフィアーヴェルフネウディンスク間の約2千キロの間に途中駅が存在しない。
この問題がヴェルフネウディンスクの悩みの種であった。
ヴェルフネウディンスク市長の問題提起の最中に、白泰英百済市市長のもとに国防警備隊の幹部が耳打ちしに来た。
「沖合いでモンスターの大群が発見されました。
百済市に向かっているとの交戦中の潜水艦からの報告です」
「そうかわかった。
早く始末してくれたまえ、サミットに泥を塗りたくない」
白市長はあまり事態を深刻に捉えていない。
それは伝えに来た幹部も同様の態度だったから深刻さが伝わらなかったせいでもある。
だが会場を見渡すと秋月総督のもとに高橋陸将が耳打ちして、総督は困った顔を見せている。
日本側も事態を察したと国防警備隊幹部は捉えていた。
国防警備隊幹部は会場を離れると携帯電話で警備隊司令部に命令を伝える。
「『大祚栄』、『太平洋10号』を出港させろ。
敵を港湾に近づけるな」
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