第41話 百済サミット 後編

 百済港

 護衛艦『くらま』


 港の桟橋を離れて、李舜臣級駆逐艦『大祚栄』、太平洋型警備救難艦『太平洋10号』が出港する。

『太平洋10号』は大韓民国慶尚南道群山市の海洋警察暑所属の艦であった。

 だがパトロール中に転移に巻き込まれ、百済の国防警備隊に組み込まれた。

『大祚栄』は転移の年には日本への寄港や近海での活動が多く、転移に巻き込まれた艦である。

 百済警備の一翼を担う2隻が一度に出港すれば、同じ港にいる他国、他都市の艦の耳目を集めてしまう。

『くらま』艦長佐野光一郎二等海佐もブリッジから双眼鏡で出港する2隻を眺めて舌打ちをする。


「事前通達は無しか。

 我々は『みちしお』からの連絡を受けてるが、他艦の連中は困惑しているだろうな」


『くらま』は『みちしお』から連絡を受け、半舷上陸させていた乗員を呼び戻している。

 さらに搭載している3機のうち、1機のSH-60K哨戒ヘリコプターを飛ばして湾内の警戒にあたらせた

 もう1機はいざというときに総督達をエレンハフト城から退避させる為に待機させてある。

 日本と高麗の不穏な動きを察知し、各艦から問い合わせが相次いる。


「今、忙しい!!

 百済の警備隊本部に聞け!!」


 そう言いつつも事態の異常さをまとめた書類を他艦に渡す伝令を直接走らせていた。

 百済港内でこのような警戒態勢にあたるのも問題になるかもしれない。

 だが百済市の対応の甘さの巻き添えになる気は毛頭無かった。





 百済沖海中


 アガフィア海亀甲艦隊

 旗艦『瞬間の欠片』号


 艦隊を指揮するザギモ・ザロ提督のもとに各艦からの伝令がひっきりなしに泳いでくる。


「くそ、計算違いもいいところだ。

 完全なる奇襲の筈が、先制攻撃まで受けてしまったぞ。

 まさかこちらが海中で攻撃を受けるとわ。

 戦況はどうなってる」




 参謀が卓上の地図の駒を杖で指して説明を始める。


「『紅の夕月』撃沈。

 他5匹が負傷しつつ、敵の海中艦を迎え討っております。

 まもなく泳いで敵都市に向かっていた先鋒の重甲羅海兵の千匹隊が3隊が沿岸部に到達する頃です」


 だがそこに新たな伝令が飛び込む。


「大変です!!

 沿岸部の海域に大量の罠が仕掛けてあります!!

 重甲羅海兵が次々とその罠に」


 提督はその伝令の言葉に戦慄を覚えていた。


「まさか我々の行動が敵に漏れていたのか?

 そんなはずは……」


 無数の亀人海兵達が網に包まれ、自らの固い甲羅をぶつけあってもがいていた。

 手足や頭を甲羅に引っ込めるのが遅かった者達は仲間の甲羅にその露出した体を砕かれて悲鳴をあげている。

 強固な甲羅同士がぶつかり、互いに破損したり衝撃で絶命する者もいる。

 彼等を虐殺に及んだ罠は、海底に杭で固定された袋状又は垣根状の複数の魚網、定置網だった。

 この海域には大小様々な定置網が設置され、魚群探知機で獲物の大群がやってきたことを悟った漁師達により巻き上げ作業が行われる。

 巻き上げられる魚網にその体躯を捉えられた重甲羅海兵達は次々と犠牲となっていた。






 百済沖

 おやしお型潜水艦『みちしお』


 アガフィア海亀甲艦隊と2隻の潜水艦の戦いは続いていた。


「目標11に魚雷着弾!!

 目標11圧壊しています」

「目標11上部から離脱する物体群に4番魚雷自爆。

 放出された物体が散り散りになっています」


 残りの魚雷は12本。

 こちらに向かってくるのは大型生物は4匹。

 大型生物と小集団を仕留めるのに必要なのは最低でも8本。

 艦長の佐々木二佐は、まだ敵との距離があるので余裕があった。

 第一斉射が89式魚雷の有効射程距離限界ギリギリの27海里/50キロメートルから攻撃だったこともある。

 だが友軍の潜水艦『鄭地』はだいぶ距離を詰められている。

 何より敵小集団のものと思われる何かが、外側から『鄭地』を叩いている音もソナーが捉えている。

 何で叩いてるかわからないが、潜水艦に孔を穿つほどではない。


「『鄭地』からスクリュー音が減少。

『鄭地』がマスカーを起動させた模様です」


 マスカーと呼ばれる気泡発生装置により、艦周辺の水中に気泡を作られていく。

 本来は音源となるスクリューを主とする音を水中で伝わりにくくする装置だ。

 また、艦体との海水と船体の摩擦抵抗の軽減にも使われる。

『鄭地』の艦体表面に取りついていた重甲羅海兵達が、気泡に押し流されていく。

 或いは摩擦が軽減して滑って『鄭地』から放り出されていく。

 そのまま『鄭地』から4本の魚雷発射された。

 目標9、10に魚雷が命中し、自爆した魚雷が小集団を粉砕されていく。


「残り2匹。

 仕留めたのが3匹ずつなら互いの沽券も傷つけまい。

 よし舵そのまま、機関逆進!

 ピンガーを打て!」


 戦闘中に政治まで考慮しないといけないのは、佐々木二佐に取っても煩わしかった。

『みちしお』と『鄭地』は互いの獲物を追跡する。





 百済沿岸


 定置網が重甲羅海兵達に犠牲を強いてる頃、その定置網を水揚げをしようとしていた各漁船に無線で状況が伝わっていた。


「なんだ魚じゃないのか」


 魚群探知機には大量に獲物の影が映っていただけに漁師達の落胆は激しい。


「迂闊に引き揚げると危ないってか?」

「でも亀のモンスターなんだろ?

 肉は食えるし、甲羅は漢方や鼈甲になるから損はあるまい」

「じゃあ、もう少しひっぱり回して弱らせとくか。

 それと武器を出しとくか」


 国防警備隊も漁師達も亀人が獣人の一種である認識も無いし、敵が軍隊であるとも考えてない。

 単なる昨今問題視されていたモンスターのスタンピードの類いだと思われている。

 漁師達は普段から用意してあるモンスターを相手にする為のダイナマイトや猟銃、銛を手に持ち始めて、海面に姿を見せた重甲羅海兵達を仕留めていく。

 重甲羅海兵達は固い甲羅を持つが、海遊する為には四本の脚や頭部や尻尾を甲羅から出さないといけない。

 露出した部位が攻撃を受けて負傷した者や死亡した者が続出した。

 さすがに全ての重甲羅海兵が、定置網に捕らわれてたわけではない。

 二千匹ほどの重甲羅海兵達が、定置網を避けて海面まで浮上して突破したからだ。

 定置網や漁船の包囲を抜けて胸を撫でおろしていた。

 だがそんな彼等の前に高麗国国防警備隊の李舜臣級駆逐艦『大祚栄』、太平洋型警備救難艦『太平洋10号』が姿を現す。


「攻撃を開始。

 1匹たりとも逃がすな」


『大祚栄』艦長の命令のもと、『大祚栄』のMk-45 127mm砲が発砲する。

 ゴールキーパー 30mmCIWSも海上を舐めるように掃射を開始した。

 Mk 32 3連装短魚雷発射管から6発の魚雷が発射され重甲羅海兵の密集した海域で自爆して肉片や甲羅が爆風に巻き上げられて空を飛ぶ。

『太平洋10号』もそれらを突破してきた重甲羅海兵達に40mm連装機銃、シーバルカン 20mm機銃、ブローニングM2重機関銃を撃ち込む。

 加えて2隻から発進したスーパーリンクス 300が2機、Ka-32ヘリコプターがドアガンを用いて海面の掃射に参加した。

 水柱がところ構わず数十、数百本と立ち上がる。

 その海面の地獄を掻い潜り、アガフィア海亀甲艦隊が海中を通過していく。

 海面が激しく叩かれて、爆発で海上、海中が乱れてるので上手くすり抜けられると思われた。

 しかし、『大祚栄』のソナーや魚群探知機は逃がさない。

『大祚栄』のMk 41VLSが開き、対潜ミサイル紅鮫が次々と発射された。

 対潜ミサイル紅鮫は上空で落下傘を開いて減速、着水する。

 着水時に落下傘を切り離し、スクリューが稼動する。

 その後は魚雷としてアガフィア海亀甲艦隊を追跡する。

 複数の魚雷をぶつける必要がある情報が伝わっていないので6本だけである。

 目標を感知した誘導魚雷がアガフィア海亀甲艦隊に次々と命中するが、海中での爆発を受けながらも撃沈、或いは離脱した中型海亀はいない。

 アガフィア海亀甲艦隊は遂に百済港のある湾岸に到達に成功した。




 エレンハフト城


 エレンハフト城の大広間ではサミットが続いていた。

 現在はルソン代表ニーナ・タカヤマ市長が問題を提示している。

 ニーナ・タカヤマ市長は日本ではグラビアモデルをしていた経歴を持つ。

 ルソンは23万人の在日フィリピン人やその日本人の伴侶を主な住民としている。

 これらに加えて転移当時来日していたフィリピン人も共に市民生活を送っていた。

 問題は男女比が25対75な点である。


「圧倒的に女性が多くて労働力が足りません。

 現在は協定に従い、大陸民を地域から追放しましたが、都市では大陸人の移民を望む声も一定数あり、当局は対応に苦慮しています。

 当然のことながら軍警察の男性隊員による実働部隊が600名と少なく、治安の悪化と大陸民の都市部郊外での居住区の成立を防げていません」


 このままではスタンピード防止の為の駆除作業も遅々として進まず被害を受ける可能性が大だ。

 産業も特に育っていない。

 膨大な女性の大半は、水商売や性風俗の経験者ばかりだ。

 しかも転移から十年も立つと高齢化により需要も右肩下がり。

 領域内に炭鉱もあるが、開発を行うことも出来てない。

 ルソンからの希望は、各都市からの資本の投入と多国籍軍の派遣であった。

 サミット参加国はこれを了承するとともに地球系人類との積極的婚活を支援する声明が出された。

 ルソンに割り当てられた時間が終わり、会議は休憩の時間となる。

 書類をまとめている秋月総督や秋山補佐官のもとに高橋陸将が『くらま』や『みちしお』から送られた戦況が書かれた報告書を差し出してくる。

 ただモンスターの種類まではまだ調査中となっていた。


「海洋モンスターのスタンピードですか。

 まあ、順調なようですね。

 何か懸念になる点でも?」

「『鄭地』ですが、魚雷の使いすぎです。

 高麗に魚雷の生産能力は低いはずです。

 一応、忠告をしといた方がいいと思いますが」


 高麗国は軍艦から潜水艦といった艦艇の建造能力を保有している。

 だが他の兵器の製造能力は限定されていた。

 それでも本国の3島には、結構なサンプルが残ってたので再現と量産を目標としていた。

 最も資源の確保自体が停滞してるので、日本からの輸入頼りになっているのが現状だ。


「高麗国って何を生産してるんですか?」


 高橋陸将は少し考えこんで答える。


「近年は『大祚栄』と『太平洋10号』の主砲や機関砲の弾薬に集中してましたからね。

 あとはK1A1 5.56mmアサルトカービン、ブローニングM2重機関銃とその弾薬。

 野外炊事車、浄水セット・・・

 ああ、最近はK131多用途車の再現に成功して、次はK311小型トラックだとか言ってましたね」


 比較的常識の範囲で意外であった。

 ミサイルや魚雷の生産はいまだに少数規模で、定数を満たせていない。

 つまり現在の在庫がほぼ全てなのだ。


「出し惜しみされてここまでモンスターの侵入を許されても迷惑ですな。

 事が終わるまで黙ってたまえ。

 それと秋山君。

 本国に高麗が長魚雷の輸入を打診してくるかもしれないから対応を考慮するよう連絡しといてくれ」


 話し合ううちに休憩時間は終わり、サイゴンの代表が壇上に立つが、バルコニーや窓の側にいた人間達が騒ぎ始めた。

 

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