第42話 百済陸海戦
エレンハフト城
高橋陸将がバルコニーから外の光景を見渡すと、エレンハフト城から見渡せる百済の港湾に数隻の船のような物体が港に向かっていた。
高橋陸将はその物体を見て舌打ちする。
「亀甲船?
なるほど我々に対するイヤミか」
エレンハフト城から距離はあるが、その大きさから形は辛うじて見てとれる。
高橋陸将は大広間にいる白泰英百済市長を睨み付けた。
それは城内の日本人達に伝染していく。
険悪な雰囲気に新香港の林主席もやり過ぎと肩を竦めていたが、謂われの無い視線の集中に白市長は身震いする。
「誰だあんなもの用意してた奴は!!」
自分を市長の座から引き摺り降ろそうとする反動主義者によるセレモニーと疑って掛かっていた。
百済市にいる市民は、日本に観光や仕事で来ていた人間が多く、比較的反日傾向は薄い。
だが高麗本国の人間には警戒が必要だった。
現に港で反日デモを行っていたのは、本国に籍を置く市民団体が中心になっている。
再び警備隊の幹部を呼び出して命令する。
「さっさと警備隊を港に派遣して連中を排除しろ!!
このままではサミットが台無しだ」
アガフィア海亀甲艦隊
旗艦『瞬間の欠片』号
『瞬間の欠片』号は海底を這って進む。
おかげで地球系海軍にはまだ見付かっていない。
その内部で艦隊を指揮するザギモ・ザロ提督は、損害の大きさに頭を抱える。
百済の港にようやく中型海亀を侵入させたが、魚雷による負傷で浮上させざるを得なかった。
だが港に侵入したにも関わらず、何故か攻撃は受けていない。
港には数隻の軍船の姿が確認されているが、まるで動きを見せていないのだ。
「重甲羅海兵の生き残りはどれくらいか?」
ザギモ・ザロ提督は味方の状況を整理していた参謀に問い質す。
「先鋒隊の一部が交戦中なので、詳細は不明ですが。
湾内には千と百ばかり。
そして、本船の三百は無傷です」
作戦開始時には一万を数えた軍団が1400しか残っていない。
「撤退を命じるべきなんだろうな本当は」
「ですが退路はすでにありません」
本当は軍隊と認識されていないので、湾外に逃げ出した重甲羅海兵達は追撃を受けておらず退路はガバガバである。
ただ潜水艦による後背からの奇襲。
巧妙な網を使って待ち構えていた罠。
迎撃に出てきた軍船による激しい攻撃。
「やはり我々の作戦は漏洩していたのだろうな」
「残念であります。
ここまで周到に待ち構えていた敵です。
我々を生かして帰す気はないでしょう」
「だが敵の王達が参集しているというのは本当のようだ。
せめて、一太刀浴びせてくれよう」
ザギモ・ザロ提督は右前足を静かに振って、全軍に前進を命じた。
百済港
デモ隊と亀甲船の排除を命じられた国防警備隊の隊員達は、パトカーやバスを改造して造った輸送車で百済港に到着する。
責任者の一人である隊長柳基宗大尉が、岸壁に陣取るデモ隊の一人に声を掛ける。
「おい亀甲船を早く撤去しろ。
あちこちに迷惑が掛かってるんだよ」
声を掛けられたデモ隊の若者は困った顔で、柳大尉に海上を見るよう指を指した。
岸壁には数隻の手漕ぎボートをもとに造られたみすぼらしい亀甲船が浮かんでいた。
大きさは二メートルほど。
城から見えるサイズではない。
柳大尉はそのデザインに些か失望を覚えた。
次に若者が港湾の奥を指差す。
そこには城から見えた巨大な亀甲船が浮かんでいた。
舳先には亀甲船の特徴の竜頭もついている。
「竜頭にしては丸いか?」
だが勇壮な姿は子供の頃に妄想した『ボクの考えた最強亀甲船』そのものだった。
「そうだよ、亀甲船はああじゃないと」
「あれ、俺らが用意したのじゃないです」
「えっ?」
若者の言葉に驚いていると、亀甲船の舳先の竜頭がこちらを向いていて目が合ってしまった。
「敵襲!!」
叫びと同時に海中から無数の岩球とハンマーが飛んできて警備隊とデモ隊に降り注いだ
百済港
無数の岩球やハンマーが、港に陣取っていたデモ隊や取り締まりに来た国防警備隊の隊員達に別け隔てることなく降り注ぐ。
岩球は縄で括られ、ハンマー投げと同じように重甲羅海兵がその身を回転させて遠心力で飛ばしてくる。
近くにいたデモ隊の若者が押し潰されて絶命する。
その様子を見ていた柳基宗大尉は上陸してきた重甲羅海兵の振るうハンマーを地面を転がりながら攻撃を避けた。
「くそ、調子に乗るな!!」
ホルスターから引き抜いたK5 9mm拳銃の銃弾を重甲羅海兵に叩き込む。
K5 9mm拳銃はコルト社のガバメントの後継として開発された韓国国産の自動拳銃だ。
装弾数は12発と予備が一発。
その一匹に三発の銃弾を叩き込む。
とても痛そうにもがいてひっくり返っている。
多少は甲羅にヒビが入っているが死んでいないようだ。
どうも起き上がれないようなので、戦闘不能と判断してよいようだった。
だが続々と重甲羅海兵が上陸してくる。
「隊長!!」
隊員達がK1A1 5.56mmアサルトカービンやK7サブマシンガンで反撃を開始する。
K131多用途車の銃座からは、K6 12.7mm重機関銃の発砲も始まり、上陸しようとする重甲羅海兵達は血祭りにあげられていく。
柳大尉は逃げ遅れたデモ隊の若者達を庇いつつ、味方の援護を受けながらパトカーまで退避する。
そのまま小銃を受け取り、パトカーのドアを盾に発砲しながら部隊をさらに後退させて距離を取らせる。
近距離からの遭遇戦になった為にいらぬ犠牲者を出した。
今も前に出ていた隊員の頭部が、投擲されたハンマーで弾き飛ばされている。
パトカーも岩球にフロントガラスを粉砕されて車内に入り込まれて動かせなくなった。
敵の投擲武器の到達距離を脱するように指示をだした。
銃火器による射程距離はこちらが上なのだ。
徐々に味方の一方的な攻勢になっていく。
だが重甲羅海兵達も負傷や戦死する前に前後の足や頭を引っ込めて仲間同士で積み上がっていく。
「防壁?」
重厚な甲羅と内部の肉体が防壁となって銃弾を防ぎ始める。
甲羅の傾斜も多少の避弾経始の効果があるようだ。
防壁の向こうから岩球やハンマーが飛んできてパトカーの屋根が押し潰される。
さらに海上にいた中型海亀が、多少は戸惑った顔をしながら前足のヒレで港に停泊していた亀甲船を弾き飛ばしてパトカーを盾に陣取っていた警備隊員達にぶつけてきた。
他の中型海亀もヒレで海水を掻き上げて警備隊員達に浴びせてくる。
海水の重さで流される者や制服が海水に濡れて動きが鈍る者が続出した。
「後退だ、後退しろ!!」
港の戦いは国防警備隊が不利なまま警備隊の増援や上陸してくる重甲羅海兵の逐次投入で戦場は広がっていく。
エレンハフト城
港湾の戦闘による銃声はエレンハフト城まで聞こえてくる。
高橋陸将はバルコニーから日本の総督府一行が陣取る座席に戻って来る。
「突破されるかもしれませんから『くらま』に援護させるべきかもしれません。
城からの脱出も考えましたが、ここは城塞ですからもう少し様子をみた方がいいでしょう」
秋月総督は渋い顔をする。
ここは高麗国の領域だ。
相手国からの要請無しに軍事行動は慎むべきである。
『みちしお』の戦闘に関しては、海中でのことで表沙汰になることはない。
大陸における領海に関する取り決めが、曖昧なままだったこともある。
「『くらま』は戦闘の用意は出来てますね?
敵が防衛線を突破するか、『くらま』に攻撃を仕掛けるまでは待機を命じます。
今はサミット参加都市が一丸となって、困難に立ち向かうというポーズを大陸側に見せる必要もあります」
今はサイゴンの市長ロイ・スアン・ソンが演説している。
元々は在日ベトナム大使館の公邸料理人だった男で、転移当時の混乱する職員達をまとめ上げる指導力を発揮した。
在日・訪日ベトナム人達の指導的立場となり、大陸に建設されたサイゴンの市長に選出された経緯のある人物だ。
サイゴン市の人口は約16万人。
出稼ぎ労働者と高等留学生が多数を占めている為に、工場の誘致が積極的に行われている。
金、銀、鉛、亜鉛の鉱山も開発が進んでおり独立都市の中では新香港に次ぐ安定性を保っている。
特に問題となる点もないので、国際貢献を高らかに謳い、大陸での影響力の拡大を狙っている。
だが市民の避難を促すサイレンの音まで聞こえてくると、出席者達の視線がロイ市長に突き刺さってくる。
たまたま壇上に上がっていた為に各都市の代表達は、ロイ市長に最初の一言を言わせるよう視線で圧力を掛けてきているのだ。
咳払いをして気を取り直したロイ市長は白市長に声をかける。
「白市長、そろそろタイムミリットです。
百済市に存在するサミット参加国、都市の戦力をモンスター討伐に活用する許可をお願いしたい」
「しかし、我が都市の主権が!!」
白市長はいまだに躊躇している。
「ですが先程サミット諸国は多国籍軍を動員してモンスターのスタンピード事案に対処する協定にサインをしたばかりです。
些か準備不足で唐突な出撃となりますが、あくまで協定の範囲内。
ご許可頂けますな?」
まだ躊躇う顔をしていた白市長だが、観念した顔になり、静かに語りだした。
「わかりました。
スタンピード化したモンスター討伐の為に、百済市は多国籍軍の出動を要請します」
「承知した」
そう答えた秋月総督は立ち上がり、高橋陸将に頷く。
高橋陸将が退出して、日本代表団の控え室に向かう。
「まあ、しょうがありませんな」
新香港の林主席も隣に座っていた常峰輝武警少将に指示を出す。
他の都市の代表達も各々の武官と話し合いを始めたり、合図だけ送って武官を退出させたりしている。
エレンハフト城の城壁には、最小限の護衛を残して武官達が銃を構えて陣取っていく。
すでに国防警備隊の防衛線を突破してきた少数の重甲羅海兵達に発砲している。
すでに戦闘は市街戦にまで発展しているようだ。
その音を聞きながら溜め息を吐く男がいた。
「なあデウラー団長。
我らも兵士を差し向けた方がよいのではないか?」
大陸に名目上君臨する唯一国王の冠を戴く男は、この会議中終始空気扱いであった。
先の皇帝である兄を裏切った男に貴族達からの支持も薄い。
「むしろ陛下。
この場であの地球人どもを討ち取るというのは如何でしょう。
今なら容易く我らだけでできます」
禿頭の近衛騎士団団長デウラーは剣の柄に手を掛ける。
エレンハフト城には30騎の近衛騎士が国王に付き従っているだけだが、城外には200名の騎士団と3000の兵士が待機しているのだ。
「まだその時ではない。
今は控えよ」
「はっ!!」
静観を命じられてデウラー団長は内心胸を撫で下ろしていた。
確かに今はまだその時ではなかった。
今は……
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