第43話 珍島犬1 前編

 百済港


 港での戦いは続いていた。

 柳大尉は部下達を率いて倉庫街の路地にバリケードをひいて防衛戦を続けている。

 市民にも幾ばかりか犠牲者が出ていた。

 戦闘自体は別段に苦境に陥っているわけではない。

 単に味方が分断され、弾薬も残り少なく、市民が殺されてるだけだ。


「くそ、最悪だな」


 事態をいくらポジティブに考えてもネガティブに陥いる。

 中型海亀も掻き上げた海水の範囲から国防警備隊の姿が消えると上陸を始めようとしていた。







 海上自衛隊

 護衛艦『くらま』


「現時点を持って、サミット派遣艦隊はモンスター討伐の任にあたる」


 進水から48年もたつ老朽艦である『くらま』だが、度重なる近代化改修や艦齢延長工事の結果、いまだに現役として動くことが出来る。


「CICに伝達、主砲搭照準に固定」


 それを証明するように73式54口径5インチ単装速射砲2門が目標に設定した中型海亀に照準を合わせている。

 あいにく対艦ミサイルは再生産の難しさから使用には多重の規制が掛けられている。

 主砲と魚雷で仕留めるしかない。


「CIC了解。

 諸元入力、照準を固定、完全自動追尾!」

「CIC了解。

 諸元入力、照準を固定、完全自動追尾!」

「『常州』、『スチュアート』から砲撃準備完了の連絡が来ました」

「『ヴァリヤーグ』、『サヒャディ』、準備完了!!」

「『プミポン・アドゥンヤデート』、『慶南』準備完了」


 港の桟橋に停泊していた7隻の艦の主砲が各々の目標を捉える。

 最も老朽艦である『くらま』が、艦隊の指揮を執ることを艦長の佐野二佐は皮肉と思いつつ号令を発する。


「各艦、砲撃を開始せよ、撃ちー方始めー!!」


 7隻の軍艦による発砲は、それぞれ目標とした中型海亀に命中する。

 だが硬い甲羅に覆われた中型海亀はダメージを受けつつも一発や2発の砲弾では仕留めきれない。

 だが5発、7発と命中すると中型海亀達は絶叫をあげつつ傷つき、倒されていく。

 各艦は桟橋から離れて湾から移動しつつ砲撃を続ける。


「ソナーに感。

 でかい、今までで一番デカイのが浮上して来ます」

「まだいたのか!!

 アスロック1番、2番発射!!」


 74式アスロック8連装発射機から短魚雷が2発発射され、海中の大型目標に命中させるが浮上は止まらない。


「増速、この場から離れろ!!」






百済港


 港ではマニラとサイゴンの巡視船が陸地に沿って航行をしていた。

 サイゴンの巡視船『ショウカク』、ルソンの巡視船『トゥバタハ』の2隻が、30mm単装機銃を港にいる重甲羅海兵に向けて発砲する。

 港から岩球やハンマーが飛んで来るが、両船はものともせずに投擲場所に向けて発砲して粉砕する。

 総崩れになった重甲羅海兵達を柳大尉達が掃討していく。


 艦隊から発艦した海上自衛隊のSH-60K3機、新香港武装警察のZ-9C対潜ヘリコプター1機、ブリタニア海軍のSH-2 哨戒ヘリコプタースーパーシースプライト1機、北サハリン海軍のKa-27(カモフ27)が1機、ガンダーラ海軍のHAL ドゥルーブ2機、スコータイ沿岸警備隊のSH-60 シーホーク1機、高麗国防警備隊のリンクス哨戒ヘリコプター2機が、空中からのドアガンや機関砲で重甲羅海兵の掃討戦に参加していく。

 陸上の戦いは終息しつつある。

 海上の中型海亀『根深き樹』残ってはいる。

 他の中型海亀が盾になる形で砲撃の死角となったからだ。

 撃沈された中型海亀の乗員や重甲羅海兵の生き残りを救助し、海上に現れた『瞬間の欠片』号に全てを任せて海中に潜行して港湾から脱出をはかる。

 艦隊やヘリコプター部隊は、『根深き樹』を相手にする余裕はない。

 柳大尉が奪還した岸壁からみた光景に絶句した。

 それは海上を二足歩行する超巨大大亀『瞬間の欠片』号だった。


 艦隊は攻撃を続けているが、尋常にない硬さに効果をあげていない。


「か、怪獣?」


 その光景はエレンハフト城からも見ることが出来た。

 このままでは艦隊や地上の部隊、百済市に致命的な損害が出てしまう。

 秋月総督はバルコニーでその光景を見ていた。


「『くらま』には無理か?」

「申し訳ありません。

 我々では手詰まりです」


『くらま』には対艦ミサイルは装備されていない。


「ならば出来る艦にやって頂きましょう」


 北サハリン海軍所属のミサイル巡洋艦『ヴァリヤーグ』に対艦ミサイルに対する規制解除の命令が下された。

 艦長のキリール・イグナチェフ大佐は、命令を受諾すると部下達にも指示を下す。

『ヴァリヤーグ』をはじめとする各艦が『瞬間の欠片』号から距離を取ると号令を発する。


「撃て!!」


『ヴァリヤーグ』が搭載するP-1000 バルカンがSSM連装発射筒から発射された。

 艦対艦ミサイル、バルカンが短距離から加速して『瞬間の欠片』号の腹部に命中する。

 近距離の為にマッハ2,5にまでは到達しなかったが、先端が『瞬間の欠片』号の背中の甲羅を貫き、内部から爆発するのは一瞬の出来事のように思えた。

『ヴァリヤーグ』に命令が下されたのは、対艦ミサイルの生産が可能だという現実的な話だった。

 イグナチェフ大佐は双眼鏡で『瞬間の欠片』号が倒れ伏し、巨大な水柱が上がるのを見て感慨深げに呟いた。


「まあ、所詮は生物だな、一撃で死にやがった」



 エレンハフト城では列席者達から歓声が上が る。

 白市長は椅子に体を預けて安堵の表情を見せている。

 秋月総督は秋山補佐官から小声で呟かれた。


「今回の襲撃者達はモンスターではありません。

 亀の獣人です。

 捕縛した亀人からの証言によるとこれは軍事行動です」

「また、レムリア連合皇国絡みですか?」

「確証はまだありませんが、直に判明するでしょう。

 近海で静観していた北サハリンの潜水艦が、撤退中の巨大海亀を追跡中です」


 今まででほとんど情報を得ることが出来なかった海棲亜人の根拠地の存在が確認出来るかもしれない。

 だが続く情報が朗報に冷水を浴びせてきた。

 白市長が慌てて秋月の元に駆け込んでくる。


「そ、総督閣下、高麗本国で『珍島犬1』が発令されました。

 本国が直接攻撃を受けたのです。

 日本政府に援軍の要請をお願いしたい!!」


 百済市内の戦いもいまだに続いてたが、サミットはようやく初日を終わろうとしていた。







 高麗国巨済島

 首都巨済市

 国防警備隊本部


 事の起こりは漁師達が海上に城が建っているとの通報から始まった。

 そして、高速で移動しているという。

 城が海上でである。

 警備隊はこの通報を悪戯或いは、誤報として処理した。

 最初の襲撃は新巨済大橋跡で行われた。

 新巨済大橋は転移前は巨済市と統営市を結ぶ、国道14号線の橋である。

 転移と同時に橋の真ん中が分断されて消滅し、走行中の車両や徒歩の人間が海に落ちて大惨事を招いた。

 その後は新巨済大橋は閉鎖されて、その橋脚の付近は釣り人の釣り場となっている。

 そんな釣り人が目撃したのは、巨大な建築物が海上を移動しているところだった。

 巨大な岩山をくり貫いて作られた、城のような建築物が3つばかり建っている。

 それが崩壊した橋の先端部で、野次馬や釣り客の目の前でさらなる異様な動きを見せる。


「飛んだ?」


 海中から島のような陸地ごと建築物が飛び上がる。

 そのまま新巨済大橋の上に着地し、滑りながら欄干を破壊しつつ陸地を目指して移動している。

 さすがに釣り人達は、その物体を一目見て正体を看破した。

 下から見上げたら一目瞭然だった。


「エイ?」

「馬鹿言え、200メートルはあるぞ!?」

「早く逃げろ、橋が!!」


 幅も100メートルはあった。

 その背中には岩場がそのまま付着して島のようになっている。

 当然、そんな重量物に新巨済大橋が耐えられる筈もなく、崩壊した大橋の破片が逃げ惑う釣り人や野次馬達を押し潰していく。

 巨大なエイは新巨済大橋の道路から続く、島内の国道14号線の最初の交差点まで車両や家屋を凪ぎ払いながら滑り込んで停止した。

 すぐに国防警備隊のパトカーが、巨大なエイこと『荒波を丸く納めて日々豊漁』号の周辺を固めるように展開する。

 だが『荒波を丸く納めて日々豊漁』号の背中の城塞の門が開いた。

 そこには数千の武装した戦士達が整列している。

 城塞の搭の物見台から船長イケバセ・グレが号令を掛ける。


「蹂躙せよ!!」


 城門から数千の戦士が、人口21万人を誇る巨済島への進軍を開始する。

 10本の脚の内の獲物を瞬時に捕える時に使う特に長い2本の「触腕」は腕に進化し、二本の脚はそのまま大地に立てる足となっている。

 触手には吸盤が多数付いており、吸盤の内部には角質で出来た歯が付いている。

 外套膜と呼ばれる内臓を覆う体壁は胴体となっている。

 それがシュヴァルノヴナ海を領海とする種族の正体であるイカの獣人だ。

 それは皮肉にもサミットの会場たる百済市が襲われたのとほぼ同時刻だった。

 巨済島には国防警備隊が二個連隊が配備されていたが、このうち600名ほどがサミット警備の為に留守にしている。

 首都の海を守る李舜臣級駆逐艦『大祚栄』や孫元一級潜水艦『鄭地』がサミット警備の為に出払っていたのも大きい。

 首都襲撃という惨事の為に、首都防衛に携わる第一連隊に召集が掛けられた。

 完全装備で出動するまでの間、所轄の警備隊隊員が拳銃と警棒で防戦に努めていた。

 だが軟体の体は多少の打撃やパトカーによる轢き逃げ攻撃の効果を弱めていた。

 さらに貝殻による両手盾で銃弾をしのぎ、触手に持たせた三本の銛で一人ずつ仕留めていく。

 また、近距離の警備隊員には粘着力のある墨を吐いて浴びせて、動きを封じて仕留めていく。

 複数ある触手で締め上げられたり投げ飛ばされている者もいる。

 だがさすがに第一連隊の半数ほどで編成された先発隊が到着し、小銃や機関銃で応戦を始めると劣勢を押し返し始める。

 それでもイカの兵士達の数が多く膠着状態となっていく。

 浜辺からは更に千匹ほどのイカ人達が上陸してくるが、状況は動かない。


「ここは持ち堪えられそうだな」


 連隊長の伊太鉉大佐は一息つく。

 敵の数は味方の5倍以上だが、完全に抑え込んでいる。

 心配の種は弾薬の残弾だ。

 生産が思うようにいかない弾薬の為に連射や無駄打ちは厳に戒めている。


「巨済大橋跡近辺に敵勢力が上陸、数は約千!!」


 巨済大橋は転移前は朝鮮半島南部の固城半島との間に結ばれた橋だ。

 ここもやはり転移時に崩壊して惨事の舞台となった。

 問題は100万トン・ドックをもつ玉浦造船工業団地が長承浦邑に存在し、人口が集中している地域である点だ。

 国防警備隊本部もこの地区にある。

 そこに附属する駐屯地には、まだ召集中で出動出来ていない中隊が残っていたので対応を任せれば問題はない

 本部の要員も残っている。

 その上、民間の武装警備員が200名ほどが玉浦造船所に配備されているので、そちらに動員を要請すればいい。


「玉浦造船所、外島にも敵が上陸、各々約千の敵を確認!!」


 外島は巨済島の東海岸の沖に浮かぶ島で、同観光植物園は日本でも人気を泊した韓流ドラマの最終回の撮影地として有名である。

 島が個人所有あだったので、ろくに戦力を配備してなかった。

 

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