第44話 珍島犬1  中編

 髙麗国

 巨斉島


 玉浦造船所は、地球でも世界最大と言われた造船所だ。

 現在では資源不足で大半のドックが休止状態だが、ここが破壊される事態は避けねばならない。


「海洋警察署の署員を玉浦造船所の防衛にまわせ。

 第5中隊は市民の避難と大統領官邸の警備に専念しろ」


 大統領官邸は巨済島の最北端にある島津義弘が築城したと言われる永登浦城跡とその麓にある永邑城跡を利用して建築された。

 要害と言ってよく官邸警備隊も配備されている。

 多少の兵力では落とせないし、山頂のヘリポートから脱出は可能だ。

 残った戦力である第六中隊は各所に補給を運ぶ為に動員された。

 これで手駒は尽きた。


「日本に増援を要請しろ」


 巨済は高麗国の首都。

 決して落とされてはならなかった。




 

『荒波を丸く納めて日々豊漁』号の物見台から、イケバセ・グレ船長は巨済島に攻めこんだ自軍の指揮を執っていた。


「すでに島内に投入した兵は六千になる。

 日本の援軍を阻止する為に海中に潜ませているのが三千ほど。

 もう1隊は何をしている?」


 予定通りに上陸してない部隊があり、イケバセ・グレ船長は首を傾げる。


「海中に仕掛けられていた網に引っ掛かり、身動きが取れない者が多数出たと伝令が届いています」


 船長イケバセ・グレは頭痛がする思いだった。

 彼はイカが漁師達の獲物であることを知ってるので、魚網の存在は承知している。

 だが千匹ものイカ人の行く手を阻む魚網の規模については理解が追い付かない。


「もう一押しなのだがな、見ろあの造船所を!!

 艦隊でも造れそうな規模のものがこんな離島にある。

 おそらくはここは日本の戦略上の要所に違いない。

 不釣り合いな規模の守備隊もいるしな」


 イケバセ・グレの確信の込めた言葉に部下達も頷く。


「他の島に侵攻した部隊に伝令を出せ。

 余剰戦力をこの島に集結させよ」






 南海島

 南海市


 南海市は転移後に市に昇格した高麗国の自治体である。

 人口は約四万人。

 主に南海と昌善という二つの島から成り立つ。

 鳥島、虎島、櫓島など有人島が3つ、無人島が65ほど存在する。

 守備隊は2個中隊ほどの戦力を有するが、現在は住民とともに山岳部に敗走したか、市街地で自警団とともに抵抗を続けている。

 旧南海警察署の庁舎を利用した第2連隊本部は、すでに焼け落ちている。

 数ある島に隊員を分散させて勤務にあたらせていたのが敗因だが、これは仕方がない。



『みんなが願う安全漁業』号船長ウコビズ・ゲロは、西北部の蟾津江の河口に形成された巨大砂洲に巨大なエイと背中に乗せた城を上陸させて指揮に当たっていた。


「他の有人島は全て制圧した。

 住民は予定通りに一ヶ所に集めておけ。

 抵抗すれば殺しても構わない。

 さあ、残るはこの島だけだ」


 イカ人達の侵攻は順調だが、内陸部に攻めこんだ同族が体が乾いて動けなくなる事態に困惑していた。

 年配のイカ人なら経験で知ってるのだが、若手の兵士達は加減が判らずに被害が続出した。

 やはり海棲亜人に地上戦は向いてないと思い知らされる。

 だが兵力の差で戦局は覆らない。


「船長、敵艦です!!

 また、来ました!!」


 島を周回している高麗国の仁川級フリゲート『大邱』である。

 転移前に巨済島の玉浦造船所で起工していた艦だ。

 翌年の6月に進水する予定だったが、転移の影響で就役が十年遅れた。

 就役して半年ほどだが、Mk 45 5インチ砲でイカ人の軍勢を見つけては砲撃し、民間人を救出しては確保した漁船で脱出させている。

 イカ人達は今のところ対抗する術を持たない。

 数十匹のイカ人が乗り込もうと突撃するが、あまりの早さに追い付けていない。

『大邱』の正面に陣取り、迎え討つ部隊はあっさりと正面から蹴散らされた。

 地上にいたイカ人達は、『大邱』が接近する度に建物に身を隠してやり過ごしている。

 しかし、『みんなが願う安全漁業』号だけは回避するわけにもいかないので、砲撃に堪え忍んでいた。


「砲弾がいつまでも続くわけがない。

 まあ、この島も明日には墜ちるだろう。

 ゆるりと殲滅してやろう」


 今も『大邱』の周囲の海中を千匹ものイカ人が追跡したり、定置網に引っ掛かっているのだ。

 封鎖は完璧のはずだった。








 珍島

 珍島市


 珍島市の人口は約3万5千人。

 本島の他に有人島45、無人島185の計230の島々で構成されている。

 転移に伴い珍島郡から珍島市に昇格した。

 この島々でもやはりイカ人の襲撃を受けていた。

 例によって定置網と付属の島々の制圧。

 日本からの援軍を断つ為の部隊を省き、五千の大群が本島に迫っていた。

 だが珍島の第3連隊は、事前に巨済や南海が襲撃された連絡を受けていた。

 その為、海上を疾走する城が目撃されたと同時に上陸予想地点に全戦力を集結させ、住民には避難命令を出していた。

 珍島東南部の回洞里と沖の茅島との間で、大潮の日に海割れの現象が起きて砂州が現れる場所が存在する。

『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号は、まだ砂州が現れていない浅瀬に乗り上げて、上陸の準備を始める。

 だがパトロール任務中で、珍島近海を航行中だった警備救難艦『太平洋9号』が駆けつけて、座礁するギリギリまで接近する。

『太平洋9号』から発艦したKa-32ヘリコプターがイカ人の兵達が集結する場所を確認する。

 その指示のもとに『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号の背中に鎮座する城の城壁に、『太平洋9号』の40mm連装機銃とシーバルカン 20mm機銃から放たれた弾丸が炸裂する。

 機銃弾の前には岩石で出来た城壁はたちまち穴だらけになり、集結していたイカ人達の兵達は薙ぎ倒されていく。


「せ、船長!?」


 部下達の悲鳴を聞いたエサブゼ・ゴワ船長は直ちに号令を下す。


「門を開いて、島に攻め込め!!

 このままでは狙い撃ちにされるぞ。

 海中にいる部隊にも上陸とあの船を直接狙う命令を出せ!!」


 開門された門からイカ人の軍勢が島に雪崩れ込もうとしたが、陸地には国防警備隊守備隊1個中隊が総出で車両を盾に陣取っている。


「撃て!!

 ここから一歩も通すな!!」


 本部要員や自警団も攻撃に加わり、イカ人の軍勢の死体が積み重なっていく。

 だが海中から上陸してきた軍勢が防衛ラインの各所に突入してきて突き崩されていく。


「海岸の敵に直接攻撃を仕掛ける」


『太平洋9号』機銃の銃口が海岸に向けられるが、触手の吸盤を利用して、イカ人達が船体の壁をよじ登ってくるのが確認された。

『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号を直接攻撃する為に低速で航行していたのが裏目に出たのだ。

 乗員達は船縁に出て、艦内に備え付けられた小銃や拳銃でイカ人達を仕留めていく。

 ある乗員は斧を振り回して触手を切り落とすという奮闘までしてみせた。

 しかし、機銃の銃弾も底を尽き、『太平洋9号』も沖まで後退する。

 守備隊も海岸線を放棄して後退を余儀無くされた。

 一方でイカ人達も多大な出血を強いられて、この日の戦闘を終えることになる。






大陸南部

 百済市

 エレンハフト城


 高麗本国の騒ぎをよそに、サミット二日目は当然のように実施されていた。

 議長である白市長の顔色はよくない。

 ほとんど不眠不休で、本国情勢や百済市から出来る対策の検討、苦情の処理に携わっていたからだ。

 大陸南部である百済市から高麗本国までは、船舶ではどうしても十日は掛かる。

 ましてや昨日の亀人との戦闘による死傷者や捕虜の管理等に人員が割かれて、援軍の為の隊員を確保出来ていない。

 亀人達とも言葉が通じないので、管理が苦労している。

 会場も些か生臭い臭いが漂っていて、顔をしかめている出席者もいる。

 警護の者達や係りの者達が消臭剤を振り撒いている中、サミット二日目が始まる。


「よって、唯一の策は日本本国からの援軍ということになります」


 秋月総督は高橋陸将と小声で相談しながら答える。


「我が国本国でも現在は海岸線に自衛隊、警察、海上保安庁の各部隊を警戒配備中でありますが、援軍の為の戦力を抽出中であります。

 本国からの回答をもう少しお待ちください」


 日本本国では海沿いの各都道府県に各普通科連隊や即応連隊が動員されている。


「現在陸上自衛隊は三個旅団を派兵しており、隊員に余裕がありません」


 編成途上の部隊は幾つかあるが、戦地への派遣など論外のレベルだ。

 部隊を運ぶ艦艇の問題もある。

 日本本国には現在、護衛艦隊の艦艇の半数が存在しない。

 残っている艦も各護衛隊から最低1隻はドック入りしている。

 そして、稼働可能な艦艇も沿岸の警備に手一杯な状況だ。


「ただし、航空自衛隊による航空支援は直ちに実施されます。

 現在、築城基地の航空隊が出撃した頃です」


 日本も転移以来日本人口が600万人以上が減少し、300万人近くが大陸に移民している。

 国内の対応と大陸への航路の確保が最優先であれば、現時点での支援はこれが限界のはずだった。







 対馬海峡


 対馬の南上空をF-2戦闘機6機が飛行していた。

 福岡県築城基地から出撃した第6飛行隊に所属する機体で、それぞれMk.82通常爆弾を12基搭載している。

 これほどの規模で出撃したのはいつ以来だったか、編隊長の河井健次郎三等空佐は思いに耽る。

 転移前には盛んだった近隣諸国へのスクランブルも、転移後は皆無となった。

 貴重な航空燃料の節約の為に哨戒活動も最低限となっている。

 今の航空自衛隊は、間違いなく往時の練度を維持できていない。

 今回の任務は貴重な実戦を経験できる機会と言えた。

 間もなく高麗国領空に到達すると二機編隊ずつに別れる。

 巨斉島、南海島、珍島を襲撃した敵の巨大生物にMk.82通常爆弾をお見舞いしてやるのが任務だ。


「L(リマ)ポイント通過、戦闘空域、全機スプレッド(散開)!」


 高麗国の領空に入ればどの島も数分で到着する。


『ツー』

『スリー』

『フォア』

『ブラボー、ワン』

『ブラボー、ツー』


 編隊を組む五機の部下から応答があり、ツーマンセルで目標とする島に向けて散開する。

 対空攻撃の心配はなく、巡航高度から高度を下げて超低空飛行に切り換える。

 目標の位置は、高麗国の国防警備隊から逐一報告が届いている。




 珍島上空


「対地攻撃用意、目標まで20、17、8、1、投下!!」


 珍島に陣取る『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号に、ブラボーツーから投下された12発のMk.82通常爆弾が降り注ぎ、大爆発を起こす。

 Mk.82通常爆弾は一発あたりの爆発の効果範囲が300メートルに及ぶ。

 硬い岩盤に覆われた『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号は、爆撃を受けて岩盤ごと背中が大きく抉られる。

 岩盤で造られた城も城壁も跡形もなく吹き飛んでいた。

『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号の城内や周辺に展開していたイカ人達もたちまちスルメや焼きイカになっていく。

 エサブゼ・ゴワ船長も焦げすぎた焼きイカとなっていた。

 だがこの攻撃は思わぬ副産物を産み出す。

 『シュヴァルノヴナの海の幸がてんこ盛り』号の体内にはその巨体に相応しく、大量のアンモニアが溜め込まれていた。

 気化したアンモニアが、青い炎を各所で巻き起こしていた。

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