第45話 珍島犬1 後編
髙麗国
珍島
そのまま消し炭になってくれれば問題ないのだが、引火したアンモニアから発生したアンモニアガスが現場に混乱を招く。
大量のアンモニアは地球にいたエイよりもその身に多く溜め込んでいたのかもしれない。
「状況、ガス!!
後退、いや、避難しろ!!
マスクを早く装着しろ!!」
有害な一酸化窒素ガスが発生し、交戦していた国防警備隊が後退している。
すでに隊員の中には目、喉、鼻が刺激されて、痛みを訴えている者もいる。
倒れた隊員はまだ無事な隊員やガスマスクを装着した隊員が引き摺って後退していく。
このまま留まれば呼吸の痙攣を引き起こし、呼吸麻痺で死に至るだろう。
ガスの種類は独特の臭いから直ぐに判明した。
アンモニアガスは水溶性が高いので、出動した消防車による放水が行われた。
海上からも警備救難艦『太平洋9号』からも、毎時1,200t放水可能な放水銃塔2基から放水が行われている。
生き残ったイカ人達は、人間よりは抵抗力はあるらしく、
一旦は海に飛び込むか、自らの墨を互いに掛け合い、アンモニアガスを洗い流して対処している。
F-2戦闘機のブラボーワンは、地上の国防警備隊からの要請のもと、残ったイカ人達の陣地を空爆する。
主力を失った珍島のイカ人達は、六割近くの死傷者を出して各所に立て籠った。
国防警備隊の珍島守備隊は数の上では劣勢であり、これを狩り出す戦力に不足していた。
アンモニアガスの危険性は、各島の国防警備隊や第6飛行隊各機に伝えられていった。
南海島
アンモニアガスの危険性は、第6飛行隊のF-2戦闘機2機にも伝えられたが時既に遅く、Mk.82通常爆弾が投下された後だった。
その為に蟾津江の河口の巨大砂洲に陣取っていた『みんなが願う安全漁業』号は、よい標的として船長ウコビズ・ゲロごとMk.82通常爆弾による爆撃により粉砕されていた。
だがすでに国防警備隊の守備隊は敗走しており、町の大半はイカ人達の手に落ちている。
アンモニアガスも蟾津江の水が大半を吸収してくれていた。
だが多くのイカ人が街中に潜んでおり、多数の住民や捕虜となった国防警備隊員が拘束されていた。
市街地を空爆するわけにもいかず、F-2戦闘機は幾つかの陣地を空爆するだけで帰投を余儀なくされた。
島を周回しながら戦闘を続けていた仁川級フリゲート『大邱』も弾薬が不足し始めて、島を脱出した船団の護衛に徹している。
なお、南海島と周辺の島々には三千のイカ人の軍勢が立て籠っていた。
巨斉島
すでに市街地近郊に上陸していた『荒波を丸く納めて日々豊漁』号に空自のF-2戦闘機は空爆を封じられた。
新巨斉大橋の破片も背中に取り込み、防御力を増している。
アンモニアガスの影響もすでに伝わり、どうにもならない。
河井二佐は目標の変更或いは強行を司令部に打診している。
だが珍島や南海島と違い、人口が十倍以上のこの島でアンモニアガスを発生すれば被害の規模は比較にならない。
イカ人の軍勢は市街地に入り込み、国防警備隊の守備隊と市街戦に突入している。
新巨済大橋、巨済大橋、国防警備隊本部、玉浦造船所、外島、海洋警察署でも交戦が行われている。
「随分、入り込まれたな。
F-2には外島への空爆を要請しろ。
あそこなら被害は少ない」
第一連隊隊長の伊太鉉大佐の臨時司令部にも何度もイカ人達が侵入して交戦している。
大統領官邸でも散発的に戦闘が行われていた。
要所のほとんどはいまだに抵抗を続けている。
大統領から施設への被害を最低限に納めるよう指示が出てなければ空爆で形勢が決まっていたところだ。
決め手に欠けるのはイカ人達も同様だ。
イケバセ・グレ船長は上陸して、占拠したビルに本陣を構えてた。
ビルの窓から上空を飛ぶF-2戦闘機を睨みつける。
「隣接する島にいた部隊が、あの飛行機械の攻撃を受けて八割に至る損害とのことです」
さきほど大きな爆発音が聞こえたので、確認に行かせていた部下が答えてくれる。
「あれは厄介だな。
だが積極的には仕掛けて来ないようだ。
今のうちにこの島の制圧を急ぐぞ」
海路の封鎖に使っていた三千の兵のうち、千を島に上陸させて攻撃に加えている。
兵の損害も甚大だが、制圧は時間の問題と思えた。
他の島を攻めた同胞も上手く攻略出来ていることを海と生命の神に祈っていた。
巨斉島とその近辺には尚も七千にも及ぶイカ人の軍勢が残っていた。
百済市
エレンハフト城
サミット二日目は、高麗国支援の後はドン・ペドロ市長カルロス・リマが演説している。
日本で自動車会社に勤務していたビジネスマンで、転移後は地球系所都市に電力を供給するドン・ペドロ発電所の誘致と建設に尽力した。
ドン・ペドロ市は在日ブラジル人と来日の旅行者。
ブラジルの配偶者となった日本人を含む20万の人口を誇る都市である。
在日ブラジル人は日本で製造業に携わっていた者が多い。
豊富な電力を生かして中小の工場が多数建設され、地球系都市に機械部品を供給する拠点となっている。
徴兵で兵役経験者も多く、約600名の軍警察が治安を守っている。
反面、船舶の保有は少ない。
ようやく日本に巡視船の発注の契約を結んだのが、今回のサミットの成果だ。
また、在日ポルトガル人を含むポルトガル人約千名を受け入れることを表明した。
次にアルベルト市長、エリック・サイトウが壇上に上がる。
在日ペルー人を集めて建設されまアルベルト市だが、その人種構成は大半が日系人の子孫という特徴がある。
これはドン・ペドロ市民にもみられる傾向だが、アルベルト市民における割合は高い。
やはりドン・ペドロ市同様、製造業に携わっていた人間が多いが電力的に恵まれた環境ではない。
幸い、農業経験者も多いことからなんとか食い繋いでいるのが現状だ。
「産業の誘致と治安部隊の強化に対するご支援を各諸都市のお歴々にはお願いしたい」
徴兵制だったブラジルと違い、志願制のペルー出身者には軍役に就いたことがある者は少ない。
その為に治安部隊の編成に苦労していた。
スコータイの代表には犯罪と技術流出をどうにかしろとの批判が殺到した。
事前に会議の内容は打ち合わせ済みのはずだが、昨日からの騒動で些か混乱して暴走しているようだった。
秋月総督達も完全に話を聞いていない。
高麗本国の戦況についての報告を秋山補佐官から聞いていた。
ようやく海上自衛隊の準備も整ったようだ。
「佐世保から護衛艦『あまぎり』が珍島に向かいます。
呉からは護衛艦『しまかぜ』、輸送艦『くにさき』が特別警備隊二百名を乗せて関門海峡を通過しました。
第3ミサイル艇隊が対馬で合流して巨斉島に向かいます」
「随分、少ないな。
我が国の余剰戦力はそれしか残っていないのか」
「舞鶴や横須賀の艦隊はどうせ間に合いません。
警備の範囲も広いですならね。
編成中の第51普通科連隊を出すわけにもいきません。
彼等はここに派遣される貴重な戦力です。
あんなところで消耗されても困ります。
それに転移前の政治情勢における凝りが、両国に残っていて大規模戦力の派遣が憚れた事情があります。
今の与党の長老方には転移前の韓国に対する不信感が残っていますからね」
長老方だけではなく、転移前にネットなどに慣れ親しんだ若い世代にも不信感が漂っているのを秋山補佐官を見て悟らざるを得ない。
派遣された自衛官達はプロフェッショナルだと信じてるが、隊員達にも同様の心情を持つ者が多数いるだろうことが、秋月に不安を感じさせた。
そこに高橋陸将が控え室から戻ってくる。
「総督、まもなくヴェルフネウディンスク市長から正式に発表があると思いますが、緊急事態です。
北サハリンに巨大な生物と獣人の軍勢が侵攻しました。
現在、北サハリン軍と交戦状態に入っています」
その後、公式に発表された北サハリンへの侵攻を聞かされた各都市の代表達は各々の言語で同じ言葉を呟いていた。
「またかよ」
対馬海峡
輸送艦『くにさき』
対馬海峡を通過する『くにさき』には、海上自衛隊特別警備隊第3中隊200名が乗艦していた。
護衛艦『しまかぜ』とともに対馬海峡まで航行し、第3ミサイル艇隊とも合流して珍島に向かっている。
海上自衛隊特別警備隊は転移後ろに大幅な増強を受けていた。
それは転移前に予定されていた水陸機動団の創設が、転移後の混乱で中止になってしまったからだ。
宙に浮いてしまった装備一式が、特別警備隊に引き渡されていった。
即ち水陸両用車AAVP7A1 RAM/RS(人員輸送車型)である。
性能確認や運用検証等を行うための参考品として調達された四両とAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)の1両が『くにさき』に積載されている。
おおすみ型輸送艦は、水陸両用戦機能を強化すべく大規模な改修が行われている。
対馬から巨斉島までは60キロしかない。
「総員、乗車!!」
隊長の長沼一佐の号令のもと、特別警備隊の隊員達がAAVP7A1 RAM/RS(人員輸送車型)やAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)に乗り込んでいく。
全通飛行甲板では3機のSH-60Kがローターを回している。
こちらにも特別警備隊員達が乗り込んでいく。
「立入検査隊や基地警備隊の為の訓練部隊と揶揄してきた連中を見返す機会だ」
特別警備隊は使いどころの難しい部隊と思われていた。
特別警備隊の主任務は脅威度の高い船舶・艦艇の武装解除および無力化である。
だが海上自衛隊は立入検査隊を重武装化させ、乗員分の拳銃分も艦艇に載せている。
海上保安庁も似たようなものだし、民間船まで武装警備員を乗せたり、自主的な武装をしている。
ほとんど任務らしい任務などは回ってこない。
立入検査隊や基地警備隊の訓練部隊として扱われ、優秀な隊員は引き抜かれていく。
隊員個人のレベルは転移前より下がってるかもしれない。
帝国との戦争でも大陸の沿岸部のホルスト伯爵領の攻略に投入されたくらいだ。
この作戦は部隊の有用性を証明するいい機会だった。
高麗国
珍島沖
珍島で猛威を奮ったイカ人の軍勢は、航空自衛隊第6飛行隊の爆撃により、母船と指揮官を含む大半の兵士を失っていた。
だが島の各所では、態勢を立て直した国防警備隊第3連隊と交戦を続けていた。
主力が一度は壊滅状態に陥ったことから、日本からの援軍を断つべく海中に配されていたイカ人五千の兵のうち二千が島の各所から上陸を開始して猛威を奮う。
『あまぎり』の周辺では乗員達が89式小銃で、散発的に現れるイカ人の兵士を掃射している。
大規模集団には62口径76mm単装速射砲やMk15 MOD2 高性能20mm機関砲 2基が海上に向けて、発砲が続けられた。
74式アスロック8連装発射機や68式3連装短魚雷発射管も時折攻撃に加わっている。
その間にも『あまぎり』の飛行甲板では、警備救難艦『太平洋9号』に所属していたKa-32海上輸送ヘリが着艦し、搭載されたK6重機関銃用の弾薬を補給する。
さすがに航行中の『太平洋9号』に補給を行うわけにはいかないが、ヘリコプターならなんとかなる。
同時に『あまぎり』に搭載されたSH-60J哨戒ヘリコプターの2機は、先行して珍島に到着して戦闘に参加していた。
1機が国防警備隊が籠城する島の南に築かれた南桃ナムド石城の上空を通過した。
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