第46話 ポピキの戦い
髙麗国
珍島
アンモニアガスの発生で前線を放棄した国防警備隊の守備隊は二つの防御陣地に向けて別れた。
そのうちの1隊は遅滞戦術を展開しながら島の国道18号線を南下し、南桃石城に到着して陣を構える。
国防警備隊2個中隊と自警団が立て籠る南桃石城に千を越えるイカ人の兵士達が攻め寄せていた。
南桃石城には、周囲610m、高さ5.1mの丸い城壁と東、西、南門がそのまま残っている。
現在の南桃石城内は国防警備隊の駐屯地となっている。
高麗王朝の時代、裴仲孫将軍に率いられた三別抄軍は、ここを根拠地として壮烈な対モンゴル抗争繰り広げた。
転移前には南桃石城観光化事業が推進され、周囲の城壁は復元されている。
復元のやりすぎで石組みは立派であり、城内にあった役所の建物も復元された。
史実を誇張した復元は批判も多いが、今回はそれが功を奏していた。
近隣住民を避難させ、イカ人の軍勢から籠城するのに最適な環境となっていた。
だが敵の数は圧倒的であり、国防警備隊や自警団の死傷者が続出し、陥落は時間の問題といえた。
そこに『あまぎり』から発艦したSH-60J哨戒ヘリコプターが到着した。
「城外の敵を排除しろ」
機長の命令のもとキャビンドアが開かれ、隊員の一人が74式機関銃をドアガンとして、空中から掃射を開始する。
空からの攻撃に忽ち数十のイカ人が死傷した。
堪り兼ねたイカ人達は攻め寄せていた城壁から離れて近隣の建物や森林などに身を隠す。
攻撃の効果を確認したSH-60Jは、国防警備隊員の誘導のもと城内に着陸した。
SH-60Jに積載された弾薬が、国防警備隊員達に補給物資として引き渡される。
「今度は感謝くらいしてくれよ」
転移前の南スーダンの件を思い出して機長は苦笑する。
ヘリに同乗していた『あまぎり』の立入検査隊の5名が、城壁から89式小銃で再び攻め寄せるイカ人の軍勢を射ち倒していく。
補給を済ませた警備隊員も加わっていく。
補給の弾丸を引き渡したSH-60Jは再び飛び立ち、空から敵を弾丸で凪ぎ払う。
珍島北東部の戦いも同様に推移していた。
こちらには龍蔵山の尾根伝いに城壁を巡らした龍蔵山城がある。
やはり1270年、裴仲孫将軍が率いる三別抄軍が、それまでの山城を改築し、対蒙抗争の根拠地とした城だ。
鎌倉幕府に国書を送り、自分たちが唯一の正統な高麗政府であることを表明したのがこの城である。
龍蔵城の跡は史跡第126号に指定され復元されている。
周辺に420mに達する土城が築かれていた。
ここに避難した近隣住民による自警団と国防警備隊1個中隊が籠城し、2千を越えるイカ人の軍勢と交戦する。
だが強固な土城と遠距離攻撃、陸地で動きが鈍る上に山に登らされたイカ人達は面白い様に倒されていく。
それでも物量の壁は残酷だ。
弾丸の残量はみるみる減少し、死傷者が増えていく。
「いよいよ覚悟する時か、白兵戦用意!!」
散兵していた隊員達や自警団団員達が、スコップやナイフ、投げ込まれた槍を手に取り集まり出す。
イカ人の軍勢があと20mにまで接近したときに『あまぎり』のSH-60J哨戒ヘリコプターが飛来した。
キャビンドアを開き、ドアガンがイカ人達を掃射しながら着陸する。
「ほら、5.56mmをたっぷり持ってきたから集まれ!!」
海自隊員の声に我に帰ったK2アサルトライフル、K3機関銃を持った隊員達がSH-60Jの周囲に集まってくる。
キャビンドアから、『あまぎり』の立入検査隊隊員達が降り立って時間を稼ぐべく射撃を開始する。
弾薬を補充した隊員は、予備のマガジンに弾を詰めるのも惜しんで、前線に戻っていく。
国防警備隊員の一人が『あまぎり』の立入検査隊隊員に声を掛けてくる。
「助かったが、このままではまた追い詰められるだけだぞ!!」
「問題ない。
もうすぐ来るぞ!!」
爆音を響かせて現れたのは航空自衛隊第六飛行隊のF-2戦闘機だ。
築城基地から空爆を終えたあと、燃料と弾丸を補充して、第二次支援爆撃の為に舞い戻ってきた。
『ブラボー1、投下!!』
Mk.82通常爆弾12発がイカ人の軍勢に降り注ぎ、焔の壁が天高く舞い上がる。
同時刻、南桃石城付近でもF-2戦闘機が到着する。
『ブラボー2、投下!!』
爆発による焔は確実にイカ人の軍勢を炙り倒していった。
北サハリン
ポビギ村近郊
かつてネヴェリスコイ海峡と呼ばれる海峡があった。
ユーラシア大陸と樺太の間にあり、間宮海峡とアムール潟を結ぶ海峡のことである。
海峡の幅は最も狭いところで7.3km程だったが、ユーラシア大陸が消えた今となっては大した意味はない。
今は水平線が見えるくらいの大洋がその姿を見せている。
その海岸に北方のフセヴォロドヴナ海から派遣された『革命の音階』号と船長ザボム・エグが率いる一万の軍勢が上陸した。
途中、何度も北サハリンの哨戒の為と思われる艦船を潜り抜けた結果、上陸出来たのがこの場所だった。
『革命の音階』号は巨大な三頭大蛇である。
口内に多数の海蛇の獣人兵士を乗せている。
海蛇の民には『革命の音階』号の消化液も問題はない。
さすがに一万もの兵士が乗るわけもなく、ほとんどが自力で泳いで海岸に上陸を果たしている。
さすがに船長のザボム・エグは真ん中の大蛇の口内から上陸する。
「何も無いねぇ」
道路らしき舗装された道はあるが、集落一つ見当たらない。
小屋らしき建物が散見されるが、人の姿一つ見受けられない。
これでは略奪どころでは無い。
聞く限りの日本の都市とは大違いでガッカリしている。
「日本は日本でもとんだ辺境に上陸してしまったようだね」
見渡す限り山脈が連なり見通しは悪い。
フセヴォロドヴナ海を領海とするザボム・エグ船長の種族は海蛇から進化した種族だ。
その姿は四肢を得たことにより、リザードマンに近い。
尾は縦に平べったくなっており、泳ぐのに適している。
主な武器は槍と鞭だが、毒を含んだ自らの体液を塗って使用している。
「姐御、もう少し行ったら村があるみたいですが」
「そこまで行ってみるか、全軍に前進を伝えな!!」
本能的に『革命の音階』号が危険を察知したのか上空を見上げていた。
さて『革命の音階』号の能力であるが、それを披露する暇もなく対地ミサイルの爆発に曝されてその身を焼失させる。
Su-25SMが飛来し、10基のハードポイントからKh-25空対地ミサイルが一斉に発射されたのだ。
2機目のSu-25SMが軍団の真ん中にKh-25空対地ミサイルを発射して爆発させる。
Su-25SMは、北サハリン空軍の第1親衛航空連隊に所属する18機の戦闘・攻撃機のうちの2機だ。
最初の爆撃から難を逃れたザボム・エグは、煙に視界を奪われつつも状況の把握に努める。
咄嗟に周囲の部下達が盾になってくれなければ危なかったかもしれない。
「どれくらいやられた!!」
「千はやられやした」
「また来やした!!」
身軽となったSu-25SMの2機が、各々の方向から飛来してGSh-30-2 30mm連装機関砲を発砲して海蛇の軍勢を掃射する。
大部分の者はすばやく物陰や海に逃れるが、相当数の死傷者を出しているのが見てとれる。
「あ、姉御、海からも!!」
複数の艦艇が海上に現れる。
旧ロシア海軍、現サハリン海軍所属の第11水域警備艦大隊だ。
間宮海峡防衛を主任務にしていた艦隊で、艦隊ごと転移に巻き込まていた。
グリシャ型コルベット『ウスチ・イリムスク』、『メーティエリィ』、『コリェエツ』の3隻によるAK-725 57mm連装砲による艦砲射撃が地上に対して行われる。
さらに海中に逃れた敵に対して、RBU-6000 対潜ロケット砲が発射される。
「えぇい、ここは地獄かい?」
爆風に煽られながらザボム・エグは生き残りを集める。
これだけの攻撃に関わらず、いまだに7千の兵士が戦闘可能だった。
だがその兵士達も数匹単位で薙ぎ倒されていく。
装甲車両を前面に立てた北サハリン陸軍第3自動車化狙撃大隊だ。
3方向から自動車化狙撃中隊が接近して射撃を開始したのだ。
さらに後方の迫撃砲中隊や歩兵戦闘車BMP-3や装甲兵員輸送車BTR-60の攻撃も加わる。
海蛇の兵士達は死兵と化し、人間では考えられない速度で突撃を敢行するが、距離の壁は無情にも彼等を射ち抜いていく。
「弾薬の補充を要請せんとな」
北サハリン軍の大隊指揮官アンドレーエフ少佐は、消耗される弾薬の数に眉をひそめる。
弾薬や武器の部品は日本に生産させて購入している。
転移の影響で営業停止に追い込まれていた中小の工場に取っては渡りに船の話だった。
代金はサハリン2やオハで採掘した油田や天然ガスだ。
日本政府は渋い顔を見せたが、生産して組み立てた兵器や弾薬を自衛隊に提供すると提案して黙らせた。
「射撃を控えさせますか?」
大隊付き参謀のヴィクトル中尉が聞いてくる。
「バカを言え。
我々は高麗の連中ほど甘くは無いことを敵並びに同盟国に知らしめねばならん。
だからわざと上陸させてやったんだ」
『革命の音階』号の動きは高麗国襲撃の時点で、警戒の為に発進した海上自衛隊のP-3C対潜哨戒機により捕捉されていた。
途中から引き継いだ北サハリンの対潜哨戒機イリューシン Il-38より指示を受けた第11水域警備艦大隊が、わざと姿を見せたり接近を装うことで誘導していたのだ。
すでに海軍、空軍による攻撃は停止している。
敵の数が減ったことと、粘った敵がこちらの前衛に到達しそうだったからだ。
到達出来たのは数十匹程度だ。
「降伏を勧告しますか?」
「言葉通じるのか?」
「いえ、無理ですがあの爬虫類見た目がセクシーじゃないですか?」
確かに海草で造ったハイレグ水着のような衣装の一匹に注目する。
確かにセクシーな気もする。
おそらくは連中の頭目だろう。
だが爬虫類だ。
「ヤンキーの映画に出てきそうだが好みじゃないな。
捕虜は必要ない」
会話の間にも海蛇の兵士達の数が減っていく。
ザボム・エグは最後の一匹になるまで残った。
銃弾が幾つも肉体を穿つが、その鞭を奮う。
鞭はBMP-3の砲塔に巻き付くと、ザボム・エグの体がそのまま跳んだ。
蛇のようにBMP-3の車体を這いずりまわり前衛を突破する。
同士討ちを恐れて北サハリン兵達は撃つことが出来ない。
そのまま攻撃の間に仮設された野戦司令部のテントに突っ込んでくる。
惜しむらくはテントの中は無人だったことだ。
大隊司令部の要員は全員外で双眼鏡を抱えて戦闘を観ていたからだ。
全員が野戦服を着ていた為に、ザボム・エグには誰が大将が誰だかわからなかったのだ。
テントの布を体を巻き付けながらロシア人の将兵に蜂の巣にされて息絶えた。
南樺太
日本国国境
保安隊西柵丹保安署
北緯50度線、転移前の戦前に測量されたこのラインが現在の日本と北サハリンの国境である。
転移後に日本に南樺太が返還され、陸上自衛隊第2師団が駐留することになる。
しかし、国境に関しては北サハリンとの摩擦を避ける必要があった。
国土交通省の内部部局として新設された国境保安局の部隊が国境保安隊である。
平時は制服を着て、拳銃、警棒、という軽武装でパトロールをしながら畑を耕しつつ日々の任務をこなしている。
だが日本の各治安機関に沿岸警備命令が発令されたこの時は、出動服に臑当・篭手・防護ベスト、防護面付特殊警備用ヘルメットを纏っている。
いわゆる機動隊隊員と同様の装備である。
ただし、警戒にあたる隊員は全員が豊和M1500をその手に持っている。
全員が緊張した顔で、北サハリン領内の方を警戒していた。
財務省の税関職員や法務省の入国管理局の管理官も任務の性質上、この保安署に詰めている。
国境の向こう側ではやはり北サハリンの国境警備隊員が姿を見せていた。
毎日のように顔を会わせているので、国境を挟んで酒を酌み交わす仲の隊員もいる。
その内の一人の国境警備隊員が保安隊員達の前に笑顔で語りかけて来る。
「終わったぞ!!
ポギビの戦いは我が軍の勝利だ!!」
保安署隊員達と国境警備隊隊員達が歓声をあげている。
「やれやれ隊員達は無邪気だな。
まあ、ようやく一連の襲撃に対する朗報だから仕方も無いが」
署長兼隊長の松尾が呆れた顔で署内から眺めている。
戦いはものの一時間で終わったと聞いている。
自衛隊から派遣された観戦武官からの連絡だ。
今回の戦いは、北サハリン軍がその気になれば国境保安隊など、一溜まりもないだろうことを再認識させられるものだった。
国境を預かる者としての不安が松尾を苛む。
自衛隊の第2師団が到着するまでの警戒の強化と退き際の見極めを関係各所と検討する必要が感じられた。
国境を挟んで互いに隊員達が喜びあっている。
だがロシア人達の中には南樺太や千島列島を日本に返還したことを面白く思っていない一派がいることは理解している。
いずれ決着を付ける時が来るのかもしれない。
或いは平和的な解決の道が切り開かれるのを祈るばかりだった。
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