第47話 星の矢

 百済市

 エレンハフト城


 北サハリンへの襲撃と撃退が報告されたのは、僅か30分間の出来事だった。

 先程まで騒然としていた会場は、沈黙して各都市の代表がヴェルフネウディンスク市市長ユーリー・チカチーロに祝辞を述べている。

 暗に『我々は高麗とは違う』と言われてるようで、白市長は顔を蒼くしている。


「この勝利宣言と合わせ、在日ベラルーシの住民500名を我が同胞として受け入れることを宣言します」


 元々、転移前のサハリン州には六千名のベラルーシ人が居住していたことから問題はない。


「加えて今回の損害の補填の為に、我々もアンフォニー男爵領の炭鉱開発事業に参入させて頂く。

 先程、アンフォニー代官のミツオ・サイトウと正式に契約を取り交わした」


 これは新京総督秋月と新香港主席の林が驚愕の顔を見せる。

 北サハリンは彼等の街の利権に食い込んで来たからだ。

 いつの間にか、ユーリー市長の背後でどや顔の代官の斎藤と困惑した顔のアンフォニー男爵代行のヒルダが立っていた。

 ヒルダが困惑したのは、この計画は40分前に結ばれたばかりだからだ。

 この世界の住民で最も利権を手にする筈の彼女が一番恐縮しているのは印象的だ。

 だが報告に戻ってきた高橋陸将の言葉に皆が我に帰る。


「護衛艦『あまぎり』が珍島に到着しました。

 反抗作戦を開始します」


 珍島の作戦が成功との報告に、会場は拍手に包まれる。

 珍島ではこれ以後は掃討作戦に切り換えるが、大勢は決していた。

 新香港の林主席とヴェルフネウディンスク市チカチーロ市長のアンフォニーを巡る舌戦に会場が緊迫する中で、関係者もこの空気を吹き飛ばす朗報に胸を撫で下ろす。

 話を中断させられた林主席は話を続けようとするが、百済市長の白に遮られる。


「皆様、ありがとうございます。

 ようやく珍島の平和を取り戻せました。

 残るは南海島と首都巨済島の2つ。

 引き続きの御協力をお願します。

 さて、我々も北サハリンの仲介の元、アンフォニーの開発に一口乗らせてもらうことにしました」


 林主席の開いた口が塞がらない。

 秋月総督も眉を潜めている。

 林主席はさらに抗議しようとしたが、ブリタニカの代表のダリウス・ウィルソン市長の会見が進行され、口を紡ぐしかない。

 ウィルソン市長は転移前は高名な経済学者として名声を馳せていた。

 なにより本物の子爵位を持つ英国貴族であり、王国貴族からの信任も篤い。

 ブリタニカ市民は転移前は、教育関係者や金融関係者だった者が多い。

 転移後の世界では財産を失ったり、アドバンテージだった知識が無用の長物になったりと辛酸を舐めていた。

 それでも白人系の容姿と一部の貴族位を持つ英国系住民が、王国貴族の相談役や地球系各都市と王国貴族の商談の仲介役として、多大な財産を築き始めていた。

 平民の集まりである他の諸都市とは信頼度が違うのである。

 王国貴族を集めて、船舶に対する被害を受けた時に損害を補償する代わりに、前受け金(保険料)を貰えるという契約を結ぶ、シンジケートの役割も担うようになった。

 つまり異世界にロイズ保険の制度を持ち込んだのだ。

 半分くらいの王国貴族は、一方的に儲かることを夢見ている。

 地球系各都市の海事機関が海賊やモンスターを討伐し、被害が転移前に比べて格段に減っているのも効いている。

 だがそれだけでは足りない。


「我々としても木造船舶に対する安全強化の為、王国船舶に対しての技術提供を提案したいと思います。

 これは人道的処置としても必要と考えています」


 これは予定外の不意討ちだった。

 本来のブリタニカの声明とは違うものだ。

 このままではサミット終了後の共同声明にも支障が出る。

 事態を憂慮したのはヒルダも同様だ。


「斉藤、やりすぎよ。

 このままでは日本を意固地にさせかねないわ」


 技術規制派の最右翼である日本がこの事態を面白く思っている筈が無い。

 だが指摘された斉藤は心外そうに答える。


「ブリタニカにはまだ接触してません。

 あれは彼等の独断です」


 日本が強権を奮えば、全てはひっくり返るのだ。

 ここで刺激を煽るのは得策ではない。

 こちらに便乗してくるのは構わないが、巻き添えで技術緩和の機会を棒にふるのは御免だった。

 さすがに秋月総督が一言言ってやろうと立ち上がる。


「総督!!」


 だが秋山補佐官に止められる。

 秋月総督が振り返ると、秋山補佐官も後ろを振り返っている。

 そこには高橋陸将が慌てた様子で駆けつけていた。


「『くらま』から連絡が、百済沖に!!」


 白市長の周囲でも国防警備隊の幹部が何かを報告して慌ただしくなっている。

 北サハリンやブリタニカも何かを掴んだようだ。

 新香港の林主席のまわりでも常峰輝武警少将が耳打ちしている。

 秋月総督は椅子に座り直して、秋山補佐官や高橋陸将に呟く。


「さすがに今回の事態には動きましたか。

 だが、ここに来るなら事前に連絡が欲しかったですな」


 地球人達の慌てぶりに列席していたヒルダや国王、デウラー近衛騎士団団長も驚いている。


「まだ、地球人達は何か隠していることがあるのか?」


 国王の呟きに戦慄しつつ、幾人かの地球人が城のバルコニーから、双眼鏡や望遠鏡で港を見ていることに気がついた。


「デウラー団長、観に行ってくれ」

「はっ、陛下」


 デウラー団長が日本製の双眼鏡を持ってバルコニーに行くと、人々は港に入港する軍艦に注目してるのに気付き、双眼鏡を構えた。

 その軍艦には、白線と赤線の組み合わせの複数の横縞と、四角に区切った左上部の青地に一つの白い星が配置されていた。






 高麗国巨済島沖


 巨済島でも反抗作戦が開始された。

 阻止線を張る海中のイカ人の軍勢を主砲や短魚雷、重機関銃等で蹴散らし、護衛艦『しまかぜ』、輸送艦『くにさき』、第3ミサイル艇隊の4隻は、巨斉島沖に到着した。

 派遣艦隊の旗艦となった『くにさき』で、指揮を任せられた中川誠一郎海将補が巨済島の状況が映し出されたモニターを睨む。


「戦場が分散してるな。

 特別警備隊は徳浦(トッポ)海水浴場より上陸せよ」


『くにさき』のウェルデッキのエレベーターランプが開き、水陸両用車AAVP7A1 RAM/RS(人員輸送車型)四両とAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)の1両が洋上へと乗り出す。

 各車両には25名ずつの特別警備隊員が乗車する。

 徳浦(トッポ)海水浴は、巨済島では珍しい白浜のビーチである。

 450mにもなる弓形のビーチが有名だ。

 その美しいビーチにイカ人の軍勢が陣を張っている。

 その陣に向けて各AAV7から、12.7mm重機関銃や40mm自動擲弾銃Mk.19が発砲されて崩れ始める。

 護衛艦『しまかぜ』からも主砲による対地攻撃が行われた。

 イカ人の兵士も海中に飛び込み、AAV7に槍を突き立てるが40mmを越える装甲には無力だ。

 そのまま重機関銃の餌食となり、周囲は血の海になる。

 高麗の国防警備隊は保有していない装甲車両はイカ人達にとって脅威だった。

 砂浜に上陸したAAV7は、その重量で立ち塞がるイカ人の槍襖に突貫し、押し潰し、蹂躙する。

 互いの死角をカバーするよう停車し、後部のハッチが開く。


「降車!!」

「GO!!

 GO、GO!!」


 AAV7のタラップから特別警備隊員達が降車し、イカ人達に向けて発砲して蹴散らしていく。

 近くに最重要施設である玉浦造船所があり、そこも武装警備員達と海洋警察署の署員がイカ人の軍勢と交戦中だ。

 隊長の長沼一佐は89式小銃を射ちながらそちらに合流することになっている。


「さあ、もう一息だ!!

 全隊、進め!!」


 輸送艦『くにさき』の甲板から、3機のSH-60K哨戒ヘリコプターが発艦する。

機内には特別警備隊員が10名ずつ搭乗している。

 これに護衛艦『しまかぜ』から発艦したSH-60J哨戒ヘリコプターも特別警備隊員10名を乗せて後に続く。


「市庁舎と議事堂のある古県洞を奪還せよ」


 中川司令の声がヘリの中の隊員に、通信で改めて伝えられる。

 新巨済大橋から国道14号はイカ人の軍勢よって制圧されたた。

 当初は善戦していた国防警備隊も弾薬の不足から後退を余儀無くされたのだ。

 現在は巨済市の中心街と言える古県洞まで侵攻を許し、市街戦となっていた。

 海自の哨戒ヘリコプター部隊は、途中のイカ人の陣地や移動中の部隊にAGM-114M ヘルファイアII空対艦ミサイルを浴びせ、粉砕しつつ国防警備隊が抵抗を続ける旧巨済警察署こと、国防警備隊本部の駐車場に着陸する。

 国防警備隊は周囲のビルの間を土嚢や車両で封鎖し、防御陣地として残り少ない弾丸で抵抗を続けていた。

 ビルの2階、3階からも射撃をして、押し寄せるイカ人の軍勢を撃退に成功するが、陥落は時間の問題だった。

 ここに弾薬の補給と完全武装の40名の特別警備隊員の到着は大きい。

 国防警備隊第一連隊隊長の伊太鉉大佐は自ら出迎え、歓迎の意を示した。


「巨済にようこそ、よく来てくれた!!」


 部下に弾薬を運び出すよう命じ、特別警備隊の分隊長達に投入したいポイントの書かれた地図を渡していく。

 特別警備隊の各分隊が定められたポイントに駆け出していく。

 予想以上に司令部近辺まで敵に食い込まれ、車両も全部出払っていた。

 防衛陣地に到着する前に各所で、射撃を開始する隊員が続出する始末だ。

 イカ人達の占領した地域に護衛艦『しまかぜ』による艦砲射撃による砲撃が始まる。

 各所で補給を終えた国防警備隊も反撃を開始した。

 途絶えがちだった銃声が再び増えていく。

 占拠したビルに本陣を構えていたイケバセ・グレ船長は、日本の援軍の到着に敗北を悟っていた。

 弾薬の欠乏した国防警備隊を相手に市街まで押し込むことが出来が、限界が来たのを認めざる得ない。

 人間達による銃声が、より多く、より近くまで接近している。

 援軍の到着によって幾つかの部隊は壊滅し、前線の敵の攻撃は再び勢いを取り戻す。


「今ならまだ5千の兵を本国に還せる。

 何より『荒波を丸く納めて日々豊漁』号を失うわけにはいかない。

 撤退だ、撤退の法螺貝を吹け!!」


 大型の海洋生物船は今は貴重な存在だ。

 あそこまで育てるのに長い年月も掛かっている。

 その数も海都の消失とともに大半が失われた。

 シュヴァルノヴナ海の本国にもあと1匹しか残っていないのだ。

 本国防衛の為にも今は退くべき時だった。

 だが彼の思惑を嘲笑うように、『荒波を丸く納めて日々豊漁』号が突然爆発した。

 窓から事態を把握する為に眺めると、焔を尻から噴いて飛んでいる2本の棒が『荒波を丸く納めて日々豊漁』号に直撃して大爆発を起こす。

 空爆により脆弱になってたとはいえ、上部を固めていた岩塊や、まだ形を保っていた岩城も吹き飛ばされて崩壊している。

 海上にいる日本の軍艦からの攻撃ではない。

 先程の空飛ぶ棒は、日本の軍艦とは島を挟んで反対側から飛んで来たと目撃した兵士が語っている。

 撤退の方法を封じられ、イケバセ・グレ船長は絶望のあまり、床に全ての触手を垂らし、倒れこんでしまう。


「ば、ば、馬鹿な」


 部下達の前で狼狽する姿を見せてしまうが、気する余裕をなくしていた。







 輸送艦『くにさき』


 その光景は『くにさき』からも目撃されていた。

 ミサイルによる攻撃は、自衛隊や高麗からの物では無い。


「今のはハープーンか?」



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