第48話 星条旗の乱入

 輸送艦『くにさき』


 その光景は『くにさき』からも目撃されていた。

 ミサイルによる攻撃は、自衛隊や高麗からの物では無い。


「今のはハープーンか?」


 茫然としていた中川司令が呟く。

 アンモニアガスの発生を恐れて慎重に対応してたのに台無しにする攻撃だ。

 この作戦に参加していた『あまぎり』や『しまかぜ』による攻撃では無い。

 着弾地点には巨大なエイが、アンモニアガスによる青い炎を噴き上げながら炎上した。

 敵に押し込まれてたので、近辺に味方や民間人はいない筈だが確認が取れたわけではない。

『くにさき』の水上レーダーがようやく、ミサイルを発射したと思われる友軍艦艇の接近を捉えていた。


「司令、今の攻撃は『シャイロー』のものです。

 位置、南海島より北西120キロの距離を航行中!!」

「アメリカか、なぜこんなところに?」



 地球に転移してきた訪日・在日系外国人達は、新たな植民都市の建設を目指して生きてきた。

 住むべき大地とともに新たな政府を作った新香港、高麗、北サハリンも同様だった。

 だがアメリカ人達は自分達が、アメリカ合衆国の一員であることを捨てなかった。

 新天地はあくまでアメリカ51番目の州と主張した。

 星が一つの星条旗はあくまで、州旗である。

 日本本土から西へ約2万キロの西方大陸アガリアレプトの半島を占領し、アーカム州州都アダムズ・シティに約19万の市民とともに勢力を広げている。

 日本と西方大陸アガリアレプトの中間には、日本領綏靖島が存在し、食料や燃料、武器弾薬の供与が行われていた。

 代わりに日本も米軍兵器の製造の為に、ブラックボックス化させられていた技術を開示させた。

『シャイロー』がこの戦場にいるのはただの偶然だ。

 本来の目的は、日本で生産されている砲弾やミサイルの補充と、艦体を巨済島の玉浦造船所のドックでの整備点検を行うためだ。

 なにより帰還時にも大事な任務を拝命している。


「『エンタープライズ』を牽引するだけの簡単な任務のつもりだったんだがな」


 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』艦長、ケリー・ジンサ大佐は困ったような顔で首を横に振る。

 玉浦造船所はかつて世界最大級の海上石油プラットホームを建設した実績がある。

 これを利用して、第二次世界大戦で建造された海上要塞のごとく配備して大陸間の中継地点にしようとする構想だ。

『エンタープライズ』はその第一号海上要塞となる。

『シャイロー』のドック入り予定の翌日には完成するはずだった。


「まあ、襲撃を見て助太刀しないのは義理に反する。

 巨済島はもう友軍である高麗国の国防警備隊や援軍に来ている日本国自衛隊に任せればいいだろう。

 本艦はトマホークで巨済島を攻撃を援護しつつ、南海島に向かう。

 対地戦闘用意、面舵、標準旋回、全速前進、進路1-8-0、兵器使用自由、射程内に入り次第、発射」


 敵からの攻撃を気にする必要は無い遠距離からの攻撃だ。

 こちらは南海島に向けて、前進あるのみだった。

 幸いにして海兵隊1個小隊も連れてきている。

 島の奪還は容易なはずだった。







 輸送艦『くにさき』


「『シャイロー』からのミサイル攻撃です。

 島内の7ヶ所に着弾。

 現在、着弾した地点を確認させています」

「『シャイロー』から平文で通信。

『本艦はこれより、南海島の奪還に向かう。

 巨済島は任せた』以上です」


 巨済島は仮にも一国の首都である。

 当然、アメリカも大使館を設置していて警備に海兵隊が常駐している。

 彼等が各地に散ってレーザー目標指示装置を持ち歩き、島内を駆けずり対地攻撃目標に対して照射を続けていた。

 BGM-109 トマホーク七発が着弾し、その存在を気付くことも出来なかったイカ人の軍勢に甚大な被害を与えていた。


「なんという威力の攻撃だ」


 イケバセ・グレ船長は、巡航ミサイル直撃を受けたビルにいたが、ビルの残骸に押し潰されていた。

 残骸を押し退けて体を引きずり出すが、朦朧とする意識を保とうと必死だった。


「せ、船長」


 生き残った部下達が駆け寄ってくる。

 軍勢に撤退の命令を出せるのは船長だけなのだ。


「全軍に各々の判断で、退路を切り開き、撤退を指示しろ……」


 海にさえ入れれば、海棲亜人であるイカ人は逃げることが出来る。

 本国までは遠い道のりだが、各々の努力に期待するしかない。

 そう言い残して、イケバセ・グレ船長は息絶えた。

 撤退の法螺貝が島内に鳴り響き、イカ人の兵士達はバラバラに海中に逃ようと動き出した。

『船』を使わず自力で泳いで本国に帰ろうとすれば半年は掛かる距離だが他に方法はない。

 一匹でも逃さないとばかりに、撤退しようとするイカ人の兵士達を国防警備隊や特別警備隊の隊員達は背後から射ち捲った。

 小競り合いは続き、巨済島全域に作戦終了の宣言が出されたのは翌日の昼過ぎだった。




 百済市

 エレンハフト城


 米海軍所属タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『アンティータム』がら下船したのは、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスだった。

 緊迫した空気で、各都市の代表達や国王や貴族達は会議場で彼の入室を待っていた。

 だが入室して来たのはアメリカの一官僚だった。

 彼は申し訳なさそうな顔で、列席者達に用件を伝える。


「申し訳ありませんが、ラプス大使は船酔いに体調不良で本日の会議への出席は無理となりました。

 せっかくお集まりのところ恐縮ですが、出席は明日に見合わせて頂きたい」


 大使は割り当てられた部屋で休息を取ることになった。

 待ち構えていた列席者達から微妙な空気の中で、ブーイングが会議場に鳴り響き、サミット二日目を終えることにした。


「まったく何しに来たのやら」


 秋山補佐官の呆れて呟いた一言が、会議場の大多数の人間の思いを体現していた。

 だが代表達が休息を得られるのはもう少しあとになる。

 秋月総督は割り当てられた部屋に、白市長が訪れていた。

 ソファーに座っている秋月総督に対し、立ったままの白市長が互いの力関係を示している。

 席に座ることを薦めないのは、日本側が今回の件をどう思っているかを如実に示していた。


「なぜ、北サハリンの案に同調を?

 あなた方にも技術の緩和は、時期尚早だと理解してもらってると思っていましたが?」


 責める口調の秋月総督に白市長は、苦渋に満ちた顔を見せている。

 日本で生まれ育った白市長には、高麗本国の同胞より日本人達の考えの方が理解しやすい。

 だがそれでは自分達の支持者は納得してくれないのだ。


「仰りたいことは理解しています。

 ですが我々にも必要なことだったのです。

 今回の紛争で、我々は主要四都市が全て戦場となってしまいました。

 復興の為の資金が必要になります。

 北サハリンからの資金援助とアンフォニーの開発は我々に必要なのです。

 何より今回の紛争は大統領の責任問題にまで発展するでしょう。

 国民感情的にもわかりやすい戦果が必要になったのです。

 総督、北サハリン海軍は百済から逃亡した巨大海亀を原潜で追跡しています。

 敵の本拠地攻撃に我々の参加を許可するか検討すると打診してきたのです。

 我が国には選択肢などなかったのです」


 秋月総督はため息を吐き、高麗国の思惑を変えることを断念した。


「明日のアメリカが何を言い出すのか。

 それを聞いてからもう一度考えてみましょう」


 横から秋山補佐官が話に割り込んでくる。


「白市長閣下、本国より我々並びに自衛隊に下された命令をお伝えします。

 今回の紛争に関して、自衛隊は必要な最低限の監視の部隊を抜かして各戦線よりの撤退を命じられました」


 自衛隊撤退は、掃討作戦の中止を意味する。

 高麗国だけで勝手にやれというメッセージだ。

 海棲亜人や大型海棲生物の死体の処理だけでも膨大な時間と労力が掛かるだろう。

 高麗国の死傷者は、国防警備隊員、民間人合わせて3千名に及ぶ。

 これは皇国崩壊後の地球系人類にとって最大の損害となった。

 独力での復興は至難であり、長い道のりになる。

 高麗国に対する不審を訴える保守派による圧力だった。

 北サハリンやブリタニカにも何らかの制裁措置が考えられているのだろう。

 消沈して退室した白市長を秋月は気の毒そうに見送った。

 とにもかくにも長い2日間は終わった。

 明日はサミット最終日。

 官僚達が今回のサミットをどうまとめるか、徹夜で話し合っている。

 早く新京に帰りたかった。




 サミット三日目

 百済港


 戦いを終えた護衛艦『くらま』は、百済の港に錨を降ろし補給や整備を行っていた。

『くらま』と同じ桟橋に艦を横付し、潜水艦『みちしお』の艦長佐々木二等海佐が乗艦して来た。

『くらま』艦長の佐野二等海佐は飛行甲板で、高麗国国防警備隊からの補給を監督しながら出迎えた。

 二人は同期、階級が同じなので、気安い会話が出来るのはありがたいことだった。


「うちは後2時間くらいはかかりそうだ。

 そっちはどうだ?」

『みちしお』の補給は燃料だけだった。

 消耗した魚雷はさすがに調達は出来ない。

「砲弾や魚雷を結構使ったからな、半日は動けん」



『くらま』は機銃弾や砲弾、燃料などを高麗国に請求して補充させていた。

 新京から補給を届けさせるのは時間が掛かるし、総督の帰路にも支障が出るからだ。

 規格の問題もあるが、燃料は問題はないので他の都市の艦船も補給を高麗国に要求して実施している。


「北サハリンの原潜、やはりいたのか?」

「ああ、我々が戦っている間に高見の見物を気取っていたようだ、忌々しい。

 アクラ級のK-391『ブラーツク』だな」


 転移当時、ロシア太平洋艦隊に所属していた艦艇のほとんどが転移に巻き込まれていた。

 活動範囲が日本海やオホーツク海だったから仕方がない。

 しかし、その数は自衛隊側が把握していたよりも多かった。

 自衛隊側の記録では、母港に停泊していた艦艇や別の海域で活動していた筈の艦艇が見受けられた。

 乗員達はいずれの艦も日本海やオホーツク海で航行中だったと主張した。

 さらに船舶に限らず、航空機や観光客、在日米軍を含む各国の軍人や兵器等、転移時に日本にいるはずがない存在が転移していた。

 そこで判明したのが、彼等の主張する転移の日時がバラバラだったことだ。

 これには海外にいた筈の日本人も含まれる。

 ほとんどの日本人や高麗三島、樺太や千島列島の住民の認識は共通だった。

年が明けたと同時の転移という認識である。

 その時に転移の範囲にいるはずが無かった人間の認識は、転移の範囲に到着して5日後という認識なのだ。

 現に佐々木二佐も当時はジプチの駐屯地に赴任していたが、気がついたら他の隊員や大使館職員とともに尖閣諸島で突っ立っていた。

 休暇などで7日は日本に帰国していた為に転移出来たのだろう。

転移した人間に共通するのは、転移の範囲に5日以上いたという記憶と、その時期が2015年ということまでに絞りこまれている。

 この件は現在も調査は続けられている。

 北サハリンの行為は忌々しいが、佐々木二佐も佐野二佐も明日には秋月総督御一行を『くらま』に乗せて、百済を出港し新京に帰投しなければならない。

 その準備で今日は徹夜になりそうだった。


「そういえばお前、カミさんへの土産買ったのか?」


 奥さんの尻に敷かれている佐々木二佐は冷や汗を垂らす。

 そんな暇はなかったからだ。


 付近に転がっている亀人の遺体を見て呟く。


「鼈甲とかどうだろう?」

「今となっては悪趣味と怒られるだけだろう。

 だいいち明日までは間に合わないぞ」


  一連の戦いのせいで商店も開いていない。

  土産探しは困難を極めることとなった。




 

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