第159話 魔法具店の怪
大陸中央部
王都ソフィア
在ソフィア自衛隊駐屯地
「こちらが中隊長殿が割り当てられた農場です」
案内の杉之尾准陸尉の案内で、細川直樹一等陸尉は広い農地に溜め息を吐く。
共同農場は官宅のある駐屯地から離れた王都郊外にある。
自衛隊の各駐屯地では、屯田兵よろしく隊員とその家族、親族と運営する共同農場の存在は常態化していた。
新たに第18即応機動連隊第一普通科中隊隊長に任じられた細川直樹一等陸尉は、独身の身の上や親兄弟に前任の第34普通科連隊が駐留する鯉城市の邸宅や農場を売却しているので、共同農場の敷地や新しい官宅の広さを持て余していた。
「まあ、実際のところ単身赴任者も多いソフィア駐屯地の共同農場の運営はあんまり熱心に行われてませんが」
杉之尾准尉の身も蓋もない発言にほっとしつつ、次の課題を思いだし憂鬱となる。
「明日は駐屯地に行くとして、午後からは王城にて謁見か、気が重いな」
驚くべきことだが、第18即応機動連隊は連隊長の直江龍真一等陸佐も普通科大隊大隊長伊東信介三等陸佐もいまだに王都ソフィアに到着していない。
直江一佐は各都市で挨拶まわりをしながら、18即連に異動となる各隊員をまとめながら移動し、伊東信介三佐も前任地での私的財産の処理に手間取っている。
「副連隊長の草壁三佐や本部管理中隊隊長の小代一尉が駐屯地で既に業務に当たっていますので、そちらからの紹介となります」
「あのさあ、尉官ごときが仮にも国王陛下にわざわざ謁見なんて恐れ多いんじゃないかな?」
「長年王都に駐屯していた小代一尉が当時は二等陸尉で折衝をやらされてたんで仕方がないのです。
これでも謁見出来る階級が上がったと国王陛下も宰相閣下も胸を撫で下ろしてるので、御安心下さい。
同行する木原一尉も同じ様に謁見に行くのを嘆いてましたから」
細川一尉同様に昇進した木原一等陸尉は第18即応機動連隊の普通科第2中隊長に就任していた。
二人は同様に第34普通科連隊からの転属組で先輩後輩の間柄である。
「とにかくこちらが謁見用の挨拶のマニュアルですので、明日の謁見までに習熟しておくよう草壁二佐からの命令です」
渡された冊子には儀礼上の挨拶から仕来たり、マナーまで事細かく記載されている。
赴任したばかりで悪魔のような任務だった。
ところが悪魔のように思われていたのは、細川一尉の方だった。
「あれが王都で空中戦を繰り広げた細川か」
「嵐と復讐の教団領のダーナを屈服させた悪魔か」
不本意な言われようだが、事実なので仕方がない。
謁見時のモルデール・ソフィア・アウストラリス国王陛下とヴィクトール宰相がこちらの顔を見て引いていたのは、さすがに勘弁して欲しかった。
同行している木原一尉が苦笑している。
「嫌われてるな。
せっかくの歓迎パーティーなのに誰も近寄って来ない。
俺の方にはご婦人が沢山来てたが」
「ハニートラップには気を付けてくださいよ」
苦し紛れに言ってみるが、十歳も年上の木原一尉がモテるのは納得が行かない。
「あのお話し、聞かせて貰って良いですか?」
二人に話掛けたのは二十歳にならないだろう質素なドレスに身を包んだ少女だった。
悪魔と恐れられた細川一尉に大事な娘を近付けまいと、貴族達はパーティーへの参加を見合わせさせていたはずだった。
「あの娘は?」
モルデール国王がヴィクトール宰相に問い質す。
「細川一尉の悪名から列席者の華やかさが損なわれましたので、宰相府の方で取り急ぎ王都の富裕層の令嬢達にも声を掛けまくりました」
その中には郊外の屋敷に居を構える没落貴族の令嬢アメリアも混じっていた。
鼻の下を伸ばした細川一尉が談笑を始めると、他の令嬢も近付いてきて華やかな輪が出来上がっていた。
「未成年は駄目だぞ、細川~」
その夜、アメリアと親しくなり邸宅に招かれた令嬢が帰ってこず、家人達は宰相府に殺到した。
一部は細川一尉の悪魔の所業と誤解し、駐屯地にまで押し掛けてきていた。
大陸中央部
王都ソフィア
在ソフィア自衛隊駐屯地
王都ソフィアを騒がせた令嬢失踪事件だが、唐突に令嬢が帰宅して事件は終わったかに見えた。
令嬢はとある豪商の娘だが、七日ほどたって突如帰宅し、両親を安堵と激怒をさせて暫くは屋敷で謹慎することなった。
同時に監視の目や取り調べ、抗議の声から解放された者も安堵していた。
「きつかった。
外務省警察やら公安調査庁、果てはうちの警務隊に王国の衛兵隊が入れ替わり立ち替わり監視と取り調べに来て、休む暇が無かった。
なんで王都に来て早々こんな目に遭うんだ。」
「だから言ったんだ。
未成年には手を出すなと」
「パーティーで挨拶されただけですって、どんだけ嫌われてるんですか私は」
容疑者扱いされた細川直樹一等陸尉は、連日に散々に取り調べを受けて疲れきっていた。
さすがに身柄を拘束などはされなかったが、四六時中尾行や張り込みが着いてまわれば神経を磨り減らされる。
なまじ細川一尉が尾行や監視を察知できる技能があるからなおさらだ。
軽口を叩く木原一等陸尉だが、細川一尉が取り調べの間に業務を負担させられたので他人事ではない。
その間にも今俊博一等陸尉が第18即応機動連隊普通科第3中隊長として赴任してきており、受け入れ準備に大わらわだった。
「なんか騒がしい時に来てしまったな」
「いや、いいよ。
これから楽させてもらうから」
中隊長三人は前任地が第34普通科連隊からの異動組だ。
特に木原一尉と今一尉は青木ヶ原事件で無数のグールと戦った仲だし、『嵐と復讐の教団』の事件では今一尉が御遣い相手に手も足も出なかったが、細川一尉が解決したことから忸怩たるものがある。
「第4中隊は誰が隊長になるんだ?」
「6教連からレンジャー上がりが来るそうですよ。
ラミアとの事件を担当した人だとか」
各連隊の土着化に伴い、部隊間の異動も少なくなった。
隣の連隊何する人ぞ、と揶揄されるくらいに交流も減っている。
モンスターの討伐など犠牲者がでない限り話題にも登らない。
リビュア自治男爵領事件の特異な点は、日本人とラミアとの間にできた子供が次期自治男爵になることだ。
卵から産まれた子供は黒髪黒目の女の子のラミアだった。
「やはりハニートラップには気を付けないとな。
なんで俺には来ないんだ?
なあ、細川」
「だからされてませんって」
軽口を叩き合う二人を尻目に今一尉は王都の地図を眺めていた。
「魔法具店ですか。
さすがに王都、こんな店もあるんですね」
魔法の武具の入手を目指している今一尉は覗いてみることにした。
翌日、今一尉は部下の山本陸士長に1/2tトラックを運転させて、市街区の視察と称して王都をドライブしていた。
日本や地球系の町ならともかく、大陸系の町では基本的に車道など存在しない。
しかし、多数の貴族や富裕層が居住、滞在する王都ソフィアでは馬車や竜車の数が桁違いなことから大通りでは車道が作られていた。
「ちょっとそこに寄りたい」
「魔法具店?
了解っす」
山下士長に車番を任せ店内に入ると、意外にも商品は全く置かれていない。
「いらっしゃいませ。
おや、日本の方とは珍しいですな」
「魔法の武具に興味があったんだが、あまり置かれてないのかな?」
「ああ、奥の倉庫に有るんですが申し訳有りません。
当店は基本的に買取り専門なんですよ」
基本的に魔法具には二種類有る。
一つはダンジョン等で見つかる製法が不明の魔法具だ。
特徴としては魔力を溜め込む為の魔石が無いのに使える点だ。
もう一つは魔術師が魔術を付与して製作された魔法具。
こちらは既存の道具に魔術を付与するため、通常の道具と変わらない耐久力しかない。
中には耐久力を上げる魔術を付与された物もあるので、一概には言えないが自衛隊の武器でも破壊可能だ。
それでも魔法の武器なら実態の無いアンデッドやガス状モンスターにもダメージを与えることが出来る。
なんなら武器ではない魔法の道具を叩き付ける事でも可能だ。
魔法具を製作できる魔術師は付与魔術師と呼ばれ、王侯貴族をスポンサーに工房を構えている。
工房を構えるのは莫大な金が掛かるのだ。
「腕のいい工房は大多数が皇都大空襲で失われ、秘伝なども
相当な喪失しました。
それでも貴族達が自領に造らせた工房は生き残ってます。
最もどの貴族も領邦軍の再建の為にこちらまで出回りません。
しかし、地球側との戦争や皇都大空襲で破壊された工房や貴族邸跡からは見つかったりするんですよ。
冒険者達がそこから見つけて来た魔法具が当店の買取り品になります」
ちなみに普通の魔術師でも一時的なら魔力を武具や防具に付与出来るが、付与に費やした時間と同じ時間しか維持できない。
「違いは魔力を貯めておく魔石が装着されてるか無いかですね。
これを精製できて付与魔術師は免許皆伝と言ったところです」
総督府には貴族達から献上、或いは年貢の足しにと持ち込まれた魔法のアイテムがあるが、大半は作動させることも出来ずに死蔵されている。
地球生まれの地球人には魔力が皆無なので起動させる事が出来ないのだ。
しかし、武器や防具は起動させる必要が無く使用できる。
総督府警備のSP達が使用が許可されているが、自衛隊にまではまわってこない。
「しかし、そうか。
皇都なら可能性があるのか」
今一尉は冒険者としても活動した履歴があり、ギルドにも登録している。
探ってみる価値はありそうだった。
暫く話を聞いていたが、店長が店員に何かを耳打ちされると驚いた顔をしている。
「忙しそうだな、邪魔をした」
今一尉が店を出ると店長は改めて店員に聞き直す。
「会長が本店に来ない?
お屋敷には人を行かせたのか?」
「はい、門は硬く閉ざされ、見張りの傭兵から使用人も出てこないんです。
強引に中に入るわけにもいかないですし」
この魔法具店のオーナーである商会長と連絡が取れないのは由々しき事態だった。
「本店に他の店長にも集まるよう言ってくれ。
話し合う必要があるかもしれん」
最初に考えられたのが押し込み強盗だった。
商会長の屋敷にはそれなりに傭兵がいたし、使用人も十数名はいる。
簡単に押し込み強盗が入れる訳じゃないが、店長達が話し合った結果、商会長の屋敷には冒険者が送り込まれることになった。
その夜、商会長の屋敷の庭には冒険者達と見届け人の死体が転がっていた。
「思ったより早かったわね。
死体は苗床に使うから人目に付かないように運び込んでね」
屋敷に宿泊させた令嬢から新たに誕生させたアルラウネ、イザベラに商会長の屋敷を制圧させ、屋敷の住民、家人を苗床にしてマンドレイクを増やした。
イザベラは短期間で体中の体液を絞り尽くし、誕生させた為にドレスの下の露出して無い部分の作りが人間に擬態出来ていない。
元のイザベラの母親の体液を使えば完成する見込みだ。
マンドレイクに成り代わった父親の商館長には私財を投下させて、王都に樹木のモンスター、トレントを植樹させることにする。
前の屋敷から随分と王城に近くなった。
次は騎士や貴族の邸宅を落として根城にすれば王城は目と鼻の先だ。
計画は順調に進んでいたが、この時のアメリアはまだ人間社会を甘くみていた。
特に社会的身分の有る人物が連絡を途絶すると、どうなるのかをだ。
屋敷を調べに来た冒険者と見届け人が行方不明になると、商会の店長達は話を衛兵隊に持ち込むことになる。
半信半疑で調べに来た衛兵達も行方不明になると、いよいよ上級の公的機関が本気を出すことになる。
宰相府からの要請で近衛騎士団第6大隊が、商会長の屋敷に乗り込むことが決定された。
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