第160話 物騒なガーデニング

 大陸中央部

 王都ソフィア 宰相府


 王都ソフィアで起こっている異常事態の断片は、早くから宰相府に届いてはいた。

 マルダン侯爵領の娼館で起きたアルラウネが娼婦と入れ替わっていた事件が、石和黒駒一家の幹部荒木により知人である近衛騎士団第10大隊隊長レヴィンによって語られていたからだ。

 近衛騎士団は王国直属の軍組織であり、王族、王城、王都の警備、防衛を担っている。

 また、儀式における儀仗隊、音楽隊的役割も与えられている。

 有事の際には貴族の領邦軍や天領の警備隊に対する指揮、指導する司令官として近衛騎士が派遣されることもある。

 平時に置いては貴族達の監視と情勢調査のための活動や王族の私的なエージェントとして活動するなど、その仕事は多岐に渡る。

 実際の所は王国軍の前身にあたる皇国軍が地球人達との戦争で壊滅したので、近衛騎士に高い権限を与えて地方の領邦軍を統制する苦肉の策にすぎない。

 そんななか、レヴィンの耳に入ったのも地方統制の為の情報収集の一環としてだった。


「するとマルダン侯からこの件に関しての報告は?」

「当然届いていない。

 侯からすれば討伐自体は完遂しているし、隣接する他領には被害は出ていない。

 こうなると侯爵領の領主権の問題だから報告の義務も無いからな」


 宰相ヴィクトールが肩を竦めて答える。

 衛兵隊に通報された魔法具商会商会長邸宅の件は、遠方から視察を行った衛兵達からの証言から屋敷とその周辺は草木の蔓に覆われ始めたのが報告された。

また、食人草ヤ=テ=ベオ(地球人命名)やトレントという名で呼ばれる老樹に邪悪な意思が宿り、動き出す魔物が植樹されているのが確認できる。


「そうは言っても王都ソフィアでモンスターの跳梁を許すわけにはいくまい」

「それでは自分にこの件をお任せを」


 やる気溢れる若者の申し出にヴィクトールはうんざりした顔をする。


「貴殿には皇国軍残党の討伐や捕縛に専念して貰いたいな。

 そもそもここに呼んだのは中央連隊創設の状態を聞くためだ」


 近衛騎士団第10大隊の主な任務は皇国軍残党の処理だ。

 単純に討伐するだけでなく、王国軍への参加を呼び掛けたり捕縛した残党軍兵士を地球人達への賠償金代わりに西方大陸アガリアレプトに派遣する兵団に放り込んだりもしている。

 同時に王国としては常備軍創設も準備しており、志願者や復員してきた将兵を入隊させたりしている。

 ちなみに大隊だの連隊だのという言葉は、地球側に合わせて取り入れた部隊単位である。


「魔神やマノイータの討伐や旧レイモンド男爵領の封鎖に三個大隊が投入中、第1大隊は王城警備の当番。

 今回は第6大隊に兵を出してもらう」

「そいつは残念」


 さすがに大隊の戦力を丸々出す必要は感じなかった。

 近衛騎士団の大隊は近衛騎士200名、槍兵400名、銃士200名、砲兵90名、魔術師(従軍神官含む)30名、従軍文官60名、従卒20名を定員とする約千名で構成されていた。

 人足や輸送部隊は現地徴用や領邦軍の仕事である。


 近衛騎士隊長レアードは大隊長に命じられ、一隊を率いて問題の魔法具屋の商会長の屋敷を包囲する。

 さすがに王都内で大砲の使用は出来ないが、近衛騎士30名を含む百名の将兵が屋敷に近づく。

 植物系モンスターが夜には活動的にはならないセオリーから日が落ちてからの包囲だった。

 ただしこのセオリーは、基本的に単独行動の植物系モンスターの行動だった。

 彼等に統率者がいるならば話は変わる。



 商会長の屋敷に冒険者や見届け人を派遣し、行方不明者を出した商会側も手を込まねいていたわけではない。

 衛兵隊に通報すると同時に冒険者の第二陣を募っていた。

 衛兵隊は軽装で槍を持った兵士達だが、せいぜいが犯罪者の取り締まりが限界で近衛騎士団が出るならと、引っ込んでしまった。

 商会の各店長達が集まり、商会を取り敢えず今まで通り運営はするが、誰がまとめ役となるかは揉めに揉めていた。


「店員への給金は各店の売り上げから補填するのは全員同意するな?

 よろしい、では次に商会長にもしもの場合は遺産の相続人がいないと国に没収さる。

 だから代理でよいから代表が必要だ」

「商会長は親しい親族を皆、あの屋敷に住まわせてたからな。

 知る限り庶子もいないはずだ」


 普通の商会ならこの機に店長が商店の権利を買い取って独立を謀る者がいるのだが、魔法具商店となると資産価値が高すぎて雇われ店長ごときでは手が出ない。

 また、王国により魔法具の管理が徹底されてリストを提出しているので勝手に商品を売り捌いて逃げ出すことも難しい。

 こういう事態になると、ケツもちの貴族も出張ってくる筈なのだが、何故か使者も送ってこない。


「うちの息子を新代表にしろとか言い出してきそうなものだがな」

「なんにしても近衛騎士団からの連絡待ちか」


 そんな時に一人の冒険者がギルドからの依頼状を持って現れれた。


「パーティーの代表として来た。

 詳しい話を聞かせて欲しい」


 先日も魔法具商店を訪れていた日本国陸上自衛隊第18即応機動連隊普通科大隊第3中隊隊長今俊博一等陸尉だった。

 今一尉としては知己を得た魔法具商会の依頼ではあるし、駐屯地からは日帰りの王都内での依頼内容は都合が良かった。

 しかし、近衛騎士団が出撃しているなら出番は無いかも知れないと現場を見に行ってみることにした。

 端正な富裕層の平民の住宅街で目にしたものは、モンスターの群れに苦戦する近衛騎士団の姿だった。


 槍兵数名がトレントを取り囲む。


「今だ、突け!!」


 数本の槍がトレントの太い幹に突き刺さるが、トレントはものともせずに幹に生える十本以上の枝を振り回して槍兵達を弾き飛ばしていく。

 地面から伸びた食人草ヤ=テ=ベオの蔓が近衛騎士達の足に絡まり、巻き付いて体を締め上げたり、屋敷の中に引きずり込んだりしている。

 屋敷自体は高い塀に囲まれているが、正門や勝手口、梯子を使って侵入した近衛騎士団の将兵達が四方から攻め込み、撃退されている有り様だ。

 屋敷に生存者や延焼の可能性があるうちは、一番効果のありそうな火も使えず魔術師達も攻めあぐねている。

 さすがに富裕層の屋敷がある住宅街だけあって、周辺の屋敷は傭兵や家人を武装させて様子を伺っている。

 正門に今一尉が移動すると、近衛騎士隊長レナードが数人の近衛騎士や魔術師とともに花弁に牙を生やした食虫植物モドキと交戦していた。


「来るぞ、盾をあてにせずに回避に専念しろ」


 見れば槍兵や近衛騎士が正門向かいの屋敷の壁にめり込むように張り付いて絶命していた。

 その体には黒い何かが突き刺さっている。

 今一尉その物体を確認しようとすると、みどりの芽がすでに生えており、遺体から養分を吸っていた。


「種か? 

 うおっと」


 飛来した種子を避けると、私物の上下二連散弾銃B.C.MIROKUを構えて発砲する。

 熊をも仕留める12番(約1.85㎝)スラッグ弾が連続で撃ち込まれ、幹の細いトレントは穴だらけにされて自重を支えきれなくなり折れて株と根だけになり逃げ出していく。

 折れた丈夫は暫くすると動かなくなる。

 今一尉は指揮を採っているレナード近衛騎士隊長を捕まえて撤退を促す。

 相手が日本人とわかり、高圧的な態度には出ないが納得しない。


「しかし、ここで退くわけにはいかんのだ!!」

「面倒臭えな、だったら後退だ、後退。

 体勢を立て直すために屋敷から全員退かせろ」


 さすがに犠牲者が多いのはマズいのかレナード近衛騎士隊長は、部隊を屋敷の外に出るよう指示し銃士隊と今一尉が援護の射撃をする。

 屋敷の敷地から部隊が出ると今一尉は様子を伺っている周辺屋敷の傭兵達に向かって叫ぶ。


「この屋敷の外の道路に油を巻いて火を掛けろ。

 延焼には気をつけて薪を絶やすな」


 同時に駐屯地に携帯電話で連絡を取る。


「集団農場の拡充の為にあれが駐屯地にあったろ?

 ジェットモゲラとありったけの除草剤をもってこい。

 あと非番の隊員もだ。

 みんなで草刈りをするぞ、バイト代は王国持ち!!」






 大陸中央部

 王都ソフィア

 在ソフィア自衛隊駐屯地


 第18即応機動連隊普通科第3中隊隊舎に今俊博一尉からなの出動の命令が届いた時、即座に準備を始めた隊員と命令に戸惑い、躊躇いの態度を見せた隊員に別れた。


「ま、待って下さい杉之尾准尉。

 確かに中隊長から命令は出ましたが、総督府からの命令ではないですし、連隊長や基地司令の許可もまだ出てません。

 独断にすぎませんか?」


 そう言い出したのは18即連が本国で結成された時からの隊員達だ。

 これに杉之尾准尉や阿部陸曹長、山本陸士長などの大陸からの異動組は『こいつ何言ってるんだ?』と、いう目で見ている。


「モンスターが近所で出たんだぞ、即討伐に決まってるだろうが」

「モンスター発生による人的被害が出そうな場合に独自の判断での出動、武器使用の判断は総督府に寄って法的に認められている。

 正式な要請とやらは後から出てくるから心配するな」

「そんなことより素材貰えるかもしれないから中トラも持っていきましょう」


 中トラは73式中型トラックの愛称だ。

 淡々と準備を再開する大陸古参組に大陸新参組は絶句する。

 元々、今一尉の命令は私的な電話での曖昧なものであり、来れる奴は来いくらいのニュアンスだ。

 大陸古参組はそこを理解しているが、大陸新参組は本国が懸念していた大陸部隊の軍閥化や独断専行、私兵化の話を思い出す。

 本国から見れば旧軍の前例があるだけに懸念があるのは理解できる話だ。

 そして法的に認められても実際の武器使用には、心理的抵抗があった。

 失業者対策の意味合いもあり、自衛隊は急速に隊員を増大させたが皇国と戦争した頃はそこまでの規模では無い。

 戦前の『隅田川水竜襲撃事件』は警察が対応したし、戦後の『青木ヶ原事件』や『唐津平戸ハーピー襲撃事件』でも自衛隊は出動したが、あれは本国を防衛する使命感や政府からの正式な出動命令が出ていた事から抵抗が少なかった。

 だが外地である大陸ではそうはいかない。

 まだまだ本国で戦後に入隊した隊員には武器使用への忌避感の強さと覚悟が足りなかった。

 まだ、大陸で冒険者をしている日本人の方が腹を括っている。


「大丈夫、そのうち慣れます」


 山本陸曹長が身も蓋もないことを言い出す。


「一発ぶっばなして童貞捨てたら気にならなくなるさ。

 いずれ体験するんだ。

 いい機会だと思っとけ」


 阿部陸曹長は下品に締めくくった。


 第3中隊が出動の準備をしていると、当然隣接する隊舎の第1中隊や第2中隊、大隊本部、連隊司令部にも話が伝わってくる。

 連隊幹部の反応は冷めたもので、副連隊長の草壁二等陸佐は官舎で報告を聞いて、


「報告書は明日中に上げてくればいいから」


 普通科大隊大隊長の伊東三等陸佐は


「手が足りなくなりそうなら早目にな」


 連隊本部管理中隊隊長の小代一等陸尉は宰相府への出動経費要求の書類の準備を始めていた。





 

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