第161話 ジェットモゲラ始動!!
大陸中央部
王都ソフィア
魔法具商会長の屋敷が近衛騎士団に襲撃を受けていることは、すぐにアジトにしている本宅のアメリアにも伝わっていた。
地面に生やした木々のネットワークが王都の一角に根を下ろし、簡易的ながら情報を伝えてくれるのだ。
「思ったより早かったわね。
まあ、せいぜい暴れて引っ掻き回してくれればいいわ」
アメリアからすれば拠点の一つを失うのは痛いが、討伐に満足した人間達が追及を辞めてくれるなら潜伏しやすくなる。
魔法具商会長の邸宅の人間は概ねマンドレイクと入れ代わっているので、アメリアの屋敷に令嬢が来ていた事実を知るものはいない。
「まあ、次は上手くやらないとね」
そう呟き、本宅で育てている大型の植物系モンスターの茎を撫でる。
巨大な薔薇の花弁の口に牙を生やした触手を持つ怪物が邸内に植樹されていた。
怪植物の根は屋敷を中心に王城方向へと伸びている。
名前はまだない。
早く大きくなるように愛情を込めて育てているが、アメリアの知覚に見たことの無い代物が魔法具商会長の屋敷に現れたことを報せてきた。
「あれは何?」
魔法具商会長の屋敷で奮戦する近衛騎士達だが、勝手の違う植物のモンスター達相手に苦戦を強いられていた。
「駄目です、斬っても突いても敵は怯みませんし、仕留めきれません!!」
屋敷のまわりに焚き火を幾つも造り、モンスターの群れの侵攻を食い止めるが、食人草ヤ=テ=ベオの蔓が地面を潜り攻撃してきて傭兵の何人かは焚き火の中に引きずり込まれて炎の消火に使われる始末だった。
態勢を立て直した近衛兵達が、剣や槍で攻撃するも痛みを感じないのか、完全にバラバラにされるまで抵抗してくる。
近衛銃士達が装備する日本の石狩貿易から輸入して制式化された三十年式歩兵銃も対人用ならともかく、植物系モンスターには小さな穴を開けた程度では話にならなかった。
「松明でも作って燃やしてやれ、そっちの方がマシだ」
今一尉の私物の上下二連散弾銃B.C.MIROKUの12番(約1.85㎝)スラッグ弾がマンドレイクを穴だらけにして仕留めるが、三回射撃してようやく倒せる有り様で、残弾が心もとない。
だがエンジン音と共に96式装輪装甲車が現れると戦況は代わる。
今一尉指揮下の第18即応機動連隊普通科第3中隊の隊員が降車し、四方から小隊ごとにマンドレイクやトレント、食人草ヤ=テ=ベオ、食虫植物モドキに向けて64式7.62mm小銃
を発砲して食い止める。
「あんまりパンパン撃つなよ。
銃身も古いし、弾丸も多くないんだから」
杉之尾准尉は部下達にそう指示しながら部隊を展開し、脱出路を無くしていく。
「中隊長、ロクヨン!!」
「おう悪いな」
阿部曹長から手渡された64式7.62mm小銃で、今一尉も射撃に加わる。
決して連射をせずにだ。
実のところ第18即応機動連隊の隊員は、64式7.62mm小銃の使用を不安視している。
と、いうのもこの小銃は陸自が89式5.56mm小銃の追加配備で本国の全隊員に行き渡った際に陸戦部隊が拡充された海自や空自、武装機関として新設された警察や海保並びに公安調査庁実働部隊、国境保安隊、法務省刑務隊、外務省警察、厚生省麻薬取締局、水産庁漁業取締局といった諸機関に譲渡された。
それを20式5.56mm小銃の陸自制式採用と調達による89式5.56mmの関係機関への譲渡ともに64式7.62mm小銃の回収と18即連への配備が決まったのだ。
89式5.56mm小銃を上回る銃身寿命と尾筒寿命、堅牢さで意外なほどの在庫とまだ使える部品が残されていた。
当然、財務省の判断は『壊れるまで使え』である。
そして使用当事者である18即連の隊員は、最後に生産されて40年近くたつ小銃に不安一杯で発砲するはめになっている。
「ジェットモゲラは?」
「今、来ます!!
来ました!!」
「ジェットモゲラ始動!!」
坑道掘削装置を操作する隊員がわざわざ大声で始動の声を絶叫する。
「絶対、一度言ってみたかったんでしょうね、あいつ」
「まあ、気持ちはわかる」
阿部曹長は呆れ顔で、今一尉は苦笑顔で見送る。
ジェットモゲラこと坑道掘削装置が73式大型トラックから降ろされて、アームの先端に付けられたドリルを回しながらキャタピラーで前身を開始する。
固い土壌にトンネルを掘る為のドリルは立ち塞がるトレントの幹を粉砕し、絡み付く食人草ヤ=テ=ベオの蔓をそのまま巻き取り、切り裂いて歩みを止めない。
アームは縦横無尽に動くが、その歩みは決して早くない。
移動できるモンスターならば十分に逃げられる。
「除草剤散布!!」
背負い式電動噴霧器を担いだ隊員達が除草剤を散布し始めると、植物モンスター達は目に見えるように苦悶の表情を浮かべ、口から叫び声をあげながら逃げていく。
「除草剤にあんな即効性あったか?」
「普通は24時間とか一週間掛けて枯れていくもんなんですが、動けるならやっぱり逃げたくなるもんなんでしょうね」
自衛隊側は散布域を広げ、坑道掘削装置の方に追いやろうする。
数体のマンドレイクが突破口を開く為に噴霧器を持った隊員に襲いかかるが、数枚の盾に阻まれて押し戻されて切り裂かれていく。
「さっきよりは斬りやすくなったな。
全隊、背中にカラクリを背負った自衛隊を守りつつ前進!!
あのでかい攻城車の位置まで敵を追い込め!!」
近衛騎士隊長レナードの号令で近衛騎士隊もようやく反撃に転じる。
ちなみに攻城車とは坑道掘削装置で、あとは殲滅戦に移行するだけだった。
日本国自衛隊、王国近衛騎士団による植物系モンスターの討伐は、自衛隊が投入したジェットモゲラこと坑道掘削装置の活躍により無事完了する見込みが立っていた。
見込みというのは植物系モンスター達の生命力が予想以上に強かったからだ。
夜が明けても動けなくなった植物系モンスター達への生命を停止させる作業は続いていた。
その作業を監督する二人は軽食を食べながら語り合っていた。
レナード近衛騎士隊長は坑道掘削装置を見詰めながら問いてくる。
「自衛隊はあんなものを何に使うために王都に持ち込んだんだ?」
「笑うなよ?
畑を耕す為だ」
レナード近衛騎士隊長は、今俊博一等陸尉の言葉に怪訝な顔をする。
「本当だぞ。
確かに本来はトンネルを掘ったりするのに使うもんだが、あのドリルは畑を耕すのに使えると考えた奴がいてな。
本来の耕運機とかは本国や植民都市の食料増産計画の為に俺達にはまわって来なかったんだ。
幸い陣地構築用の重機は自前で持ってたから有効に使おうと使いまわしていたんだ」
自衛隊がその居留地内で農業をしていることは知っていたが、改めて呆れた顔をしている。
気を取り直して、作業状況の確認を続ける。
地面に倒れ付して動けなくなった植物系モンスター達はその身が粉砕されても生きている個体が多数いた。
植物的再生力で復活されても困るので、背負い式電動噴霧器を担いだ隊員達が除草剤を入念に散布し、近衛兵達が斧でトレント幹を砕き、枝を切り落としていく。
食人草ヤ=テ=ベオは草刈り機に細切れにされ、マンドレイクは松明から火を掛けられてトドメを刺されていく。
また、近衛騎士達と杉之尾准尉の分隊が屋敷に突入して掃討作戦を遂行していたが、屋敷から出てきた嘔吐したりするので状況を聞くことにした。
時折、銃声が聞こえるが犠牲者が出たという報告はない。
「屋敷の内部では人間の死体から血を絞り出す為に遺体の損壊が酷く、根を体内に寄生されてミイラ化している犠牲者もいて一部はまだ生きています」
この討伐時に蔓や蔦などで屋敷内に引きずり込まれた近衛兵達は、まだ吊るされたり縛られたりしただけで生存者も多かった。
しかし、家人や商会に雇われた冒険者達は悲惨な姿で発見されている。
「種子が残っていても困るな。
屋敷を燃やして灰にするからその跡にも除草剤とやらを散布してくれ」
「わかった延焼を防ぐために消火隊も組織させよう」
王都ソフィアの一角で起きた事件は、王都民に第18即応機動連隊に好意的イメージをもたらす結果となることを隊員達は期待していた。
しかし、宰相府や近衛騎士団、18即連司令部はこの事件が本当に終わったのか懐疑的な目で見ていた。
そもそもの疑問はこんな王都の中心部まで、どうやって侵食してきたかだ。
魔法具商会長の邸宅の炎上する煙は、アルラウネのアメリアが巣とする郊外の屋敷からも見ることが出来た。
「まだ、早かったかしら?」
人間達の力を侮ってたのは間違いないが、その対応の早さには舌を巻くしか無い。
さらには安全と思われたこの屋敷も周辺に様子を伺っている人間達がいるのが、草木からの声から伝わっている。
彼等は冒険者ギルドや宰相府の密偵達で、魔法具商会長の屋敷の家人の口封じは済んでいたが、マルダン侯領からの移住者という履歴からこの屋敷を絞り込んで来たのだ。
「もう少し大きく育ってから使いたかったけど仕方がないわね」
こうなるとアメリアは思いきりがいい。
人間の意識が混じっているせいか、他の植物系モンスターはおろか、マンドレイク達にも同胞意識は無い。
屋敷のロビーには巨大な植物系モンスター『ムコド』が根や蔓を伸ばしていた。
想定ではこの屋敷より大きくなる筈だったが、旅の令嬢姿に着替え、トランクに金目の物を詰め込んだアメリアは躊躇しなかった。
「お行きなさい」
彼女の命令を下されたムコドと屋敷内で繁殖していたマンドレイク達は、正面の玄関から外に躍り出た。
ムコドは屋敷の壁を破壊し、触手のように動く無数の根で移動を可能としていた。
冒険者や密偵達はこの光景に驚くが、幾人かの脳筋冒険者や不幸な通行人が自在に動く蔓に巻き付かれて、花弁の牙のようなモノが生えた開口部に放り込まれている間に退いていた。
弓矢も効果は無く、魔術師達の炎の魔術等も蔓を盾にして防ぐ器用な芸当を見せていた。
その間にマンドレイク達が近接してくるので、戦士達が剣や斧を振り回しながら後退する。
その光景に満足しながらアメリアは避難する王都民に混じって屋敷から離れていた。
アメリアは『ムコド』とモンスターに名前をつけていたが、こちらの世界では植獣と呼ばれるモンスターだ。
先の地球側と皇国との戦争の際、アメリアの元となった男爵令嬢が幾つかの書物を入手していた。
そのに書物に書かれていた地球の植物モンスターが、植獣に似ていたので命名してみたのだ。
実際のところ『ムコド』という名前は、アメリカの州知事が、書物に書いた架空のドイツ人探検家が発見したマダガスカルの架空の部族名だ。
この部族が食人木に生け贄を捧げる儀式を行っていたと記述されている。
書物自体は日本で出版された娯楽本だが、地球の言語で書かれていたのでアメリアにはそこまで読み解くことは出来ず、植獣にムコドという名前を与えた。
ムコドは人間達を蹴散らし、或いは補食しながら王城に向かってた。
その報告は魔法具商会長の屋敷で撤収作業をしていた今一尉やレナード近衛騎士隊長の耳にも入っていた。
「今一尉、除草剤とやらはまだあるか?」
「駐屯地の在庫をありったけ持ってこさせたから、今ここに残ってる分で全部だ。
近衛騎士団からの援軍は無いのか?」
「王都にいるのは第6大隊と第10大隊だけだ。
第10大隊は王城防衛の為に動けないから第6大隊だけで止めれるかどうか」
すでに第6大隊のうちレナードの隊は負傷者を多数抱え込んでおり、死者まで出している。
本隊が上手く対応できるか祈るしかなかった。
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