第158話 アルラウネの巣

 大陸東部

 マルダン侯爵領

 領都ヨルン


 怪物が出たという娼館を取り囲む石和黒駒一家の組員と冒険者達は、娼館から逃げ出してくる半裸の客や娼婦達を保護しながら建物との距離を詰めていた。

 咥えタバコをしたまま黒駒勝蔵が話し掛ける。


「おい、お前さんはうちが派遣した医者だな。

 何があった?」


 血塗れだがまだ息がある日本人医師者は、新しく買収した娼婦達の性病検査と健康診断の為に派遣した男だった。

 負傷しているが、冒険者の治癒の奇跡が使える神官に癒され話しは出来る。


「昨日、買われて来た娘を診察していたら血液が緑なので、問い質したら腕が鞭のように伸びて、ドアの外まで弾き飛ばされて……」


 娼館のドアが開き、飛び出してきた植物の蔓が二本、冒険者と組員に巻き付き、娼館に引き摺り込もうとする。

 咄嗟に勝蔵は長ドスを抜いて二本の蔓を一閃で切り落とし、懐のトカレフの銃弾を扉の向こうの影に叩き込む。


「兄貴ぃ!!」

「組長!!

 下がってください」


 荒木がBC.MIROKU MODEL-L散弾銃を発砲し、組員達も銃弾を撃ち込む。

 冒険者も壁沿いに扉に近づき、勝蔵が手を挙げて発砲を止めると飛び込んでいく。

 冒険者達に続いて、勝蔵達も娼館に入ると緑の体液をドレスを汚し、両腕を蔓に変えた少女が鬼気迫る顔でこちらを睨んでいた。

 体中に銃弾による穴や冒険者の剣や槍で切り裂かれた傷痕が開いているが、痛覚は無いのか気にしてるそぶりは無い。


「人の言葉はわかるかい?」


 勝蔵の問いには答えず腕の蔓を振り回す。

 銃弾も効果が無いわけでは無いだろうが、致命傷にはほど遠そうだった。

 腕の蔓も再生が早いが武器として使う長さになるのは時間が掛かりそうだ。

 打撃や切断が聴きにくいなら粉々に切り刻む必要がありそうだが骨が折れそうだった。

 そこを荒木が花瓶をモンスターに投げ付ける。


「下がってください兄貴」

「ギルドマスターと呼べ」


 荒木が投げつけた花瓶はモンスターの体にぶつかり割れるが中には油が入っており油まみれにする。

 勝蔵が咥えていたタバコを投擲して火をつけるとモンスターの体に火がつく。

 さすがにモンスターも火はダメなのか絶叫する。

 


 勝蔵達が目を覚ましたのは娼館のベッドの上だった。


「どうなった?」


 後で聞いた話だが、モンスターの絶叫で娼館内にいた日本人の組員達は全員気を失ったらしかった。

 娼館の外にいた組員達が介抱してくれたが、モンスターは火に包まれて灰になったらしい。


「盛大に燃えたようだな。

 あの娘の買い取り先は?」

「組が娼館を買収した当日に領内の村から買われて来たようです。

 組は関わってませんからお役人には正直に話しましたよ」


 同じく昏倒していた荒木が事情を把握して答えてくれる。


「モンスターはアルラウネといって、マンドレイクの亜種です。

 人型をした植物のモンスターで、マンドレイクの中でも女性の形をしたものをアルラウネと呼ぶことがあります。

 薬等に使われるマンドレイクですが、成熟すると根を足のようにして徘徊をして動物の体液を求めるそうですが、その姿は醜悪だそうです」

「昨日の奴は売られるくらいには容姿は普通だったぞ」

「そっくりになるくらいに体液を吸われ尽くされると、人間と見分けが付かないと。

 一匹アルラウネが発生するとコミュニティ自体が乗っ取られていた事例があると領邦軍が村に向かっています」


 娼館を自体も封鎖を命令されて、館内にいた人間がアルラウネやマンドレイクじゃないか調べられている。


「買収したばかりなのにとんだ不良債権ですよ」


 荒木の嘆きに勝蔵は苦笑するしかなかった。



 アルラウネと化した少女の村だが、かつてはマルダン侯爵家がこの地に転封してくるまでは先の領主の領都があった場所だ。

 転封してきた経緯は、この地の領主が一族の大半や騎士団共に米軍による皇都大空襲によって死亡したからだ。

 上陸した日本に早々に願った当時伯爵だったマルダン家は北部辺境からこの地に転封となり昇爵することになる。


「でもあの村って日本軍と皇国軍の古戦場なんだよな」

「そうなんですか?」


 行軍する兵士達は薄気味悪そうに噂話に興じる。

 転位から三年目の日本を始めする地球系多国籍軍はアウストラリス大陸を支配する皇国と戦争を開始することになる。

 比較的まともな軍事力を保有する日本やロシア、米軍は大陸北部から東部に上陸する。

 この上陸作戦はほとんど妨害を受けること無く、実施された。

 民間フェリーや中国人爆買いツアーで日本転移に巻き込まれた豪華客船まで動員され、時間は掛かったが上陸されていること自体に皇国は気がついていなかった。

 現地の統治機関が気がついた時には陣地構築や滑走路建設まで行われており、戦力の大半や領主自身が皇都に集結しており、対応が遅れて制圧されていった。

 上陸は成功させた地球側だが、大陸の制圧という難事の前に兵力の不足を懸念していた。

 在日外国人や転移により失業或いは休業に陥った民間人の志願による自衛隊の強化は進んでいたが、食料の備蓄が底を付きかけていた日本はひとつの強硬策に打って出る。

 それは口減らしを兼ねた犯罪者達を最低限の装備で部隊として運用し、遊撃戦を行わせることだ。

 当然、犯罪者達の部隊なので幾つかの蛮行と呼べる事態を引き起こしている。



そして、現在。 

 領邦軍が向かっているのは、第一更正師団と呼ばれた彼等が蛮行を行い、周辺領邦軍との戦場となった場所だった。

 街道を行進する領邦軍の両脇の森から無数の蔦や蔓が延びてきて、兵士達を打ち据え、纏わりついて森の奥に引き摺り込もうとする。

 兵士達も剣で蔦や蔓を切り裂き仲間を助けようとする。

 森の奥から木々に紛れてマンドレイクの成長体が無数に現れていた。


「松明を用意する時間を稼げ、森には決してはいるな」


 領邦軍の指揮官の命令通りに兵士達は街道内に奮戦し、伸びてきた蔦や蔓を逆に数人掛かりでマンドレイクの方を街道に引き摺り出すなど善戦した。


 用意された松明は周辺の森に火をつけ、伸びていたマンドレイクの蔓や蔦にも燃え移る。

 森の中では不利なのはわかっていたので、開けた場所にある村まで前進を急がせる。

 村の入り口に入った兵士達が見たものは家屋や畑、道が草蔓に覆われた村だった。

 家々からはマンドレイクが出てきて兵士達と戦い始める。


「焼き払え!!」


 松明が家屋を焼き、マンドレイクを巻き込んでいく。

 兵士数人がまだ燃えていない家屋に踏み込むと、村人の死体から蔦や蔓、根が直接生えており、衰弱したように死んでいた。

 旧領主の館に踏み込むと村の女達の死体が同じ様に転がっており、根の先には大きな粘着性のマユ状物質があった。

 なかには死体とそっくりな姿をしたマンドレイクやアルラウネの幼体が入っていた。

 マユの幾つかは空だった。


「記録によるとこの村から何人も娘が買われていった筈だ

 」

「その娘達はどこへ?」







 大陸中央部

 王都ソフィア


 アルラウネの元となった少女は現マルダン侯爵領を治めていた伯爵家の令嬢アメリアで何不自由無く育った典型的な貴族令嬢だった。

 しかし、日本がこの世界に転移したことによる地球系多国籍軍と皇国との戦争が勃発する。

 父親だった伯爵は一族郎党の男や領邦軍、徴兵された平民の兵士達を率いて皇都の皇帝親征に参陣すべく、領地をあとにした。

 そして、皇都は米軍の戦略爆撃機ボーイング B-52 ストラトフォートレス五機を中心とした爆撃機隊による空爆により、ほとんどの生存者を残すこと無く焦土と化した。

 そして伯爵領には日本の第一更正師団の一部隊が進行してきた。

 第一更正師団は日本が口減らしの為に捨兵として日本中の刑務所から囚人を強制志願で組織した部隊だ。

 一説には、自衛隊といえど殺人行為を忌避する心理的抵抗がある。

 その心理的抵抗が薄れるまでの時間稼ぎをその経験者達に補わせる目的があったとも言われる。

 当然、最前線に投入されたのは囚人達の中でもとりわけ凶悪、凶暴な者達だった。

 ある程度は彼等を監視する自衛官の督戦隊は、この部隊を好きにやらせていた。

 その結果は伯爵領は凄惨な虐殺と略奪の現場となった。

 伯爵家の居城も例外では無く、女子供関係無く皆殺しとなった。

 問題はこの居城には魔法薬精製の為の薬草園が有ったことだ。

 城の排水路に遺棄されたアメリアの死体から流れた血が、薬草園のマンドレイクの根元にまで流れついた。

 アメリアの容姿とある程度の記憶を受け継いだマンドレイクは、女性型のアルラウネとして変化した。

 人としての等身大の大きさまで成長した彼女は、アメリアの記憶から廃城に隠された財宝を入手し、生き残った家臣団をまとめてソフィアの屋敷に移り住む。

 家臣達は男子断絶でお取り潰しとなった伯爵家が彼女アメリアが婿養子を取ることで御家再興を夢見ていたが、徐々にマンドレイクにとって変わられていった。

 御屋敷を完全に掌握したアメリアは新たな巣として、王城を窓から眺めながら呟く。


「次はあのお城を頂きましょう」


 人の姿となったマンドレイク達は、家臣達の身体から体液から死体までも堆肥として吸収し尽くした者達だ。

 服を着ている限りは人間と見分けが付かない。

 人間らしい感情というものを持ち合せていないので、表情や声を発することは無いが御屋敷に招いた知人や来客を監禁し、血肉を搾り取って仲間を増やしていった。

 御屋敷は王都中心街を外れた外縁部にある。

 爵位を剥奪された御家の者が貴族達が居館を構える中心街に居住することは許されない。

 城までの距離は些か遠く、知人だった貴族の子弟はほとんどが新京か、こちらとの関わりを断とうとしてくる。

 困ったことにアメリアがいくら一人で喋ってもメイドや執事、兵士の姿をしたマンドレイク達の反応は薄い。

 部屋の掃除や洗濯、アメリアの身の世話はしてくれるが、庭の剪定は一切やろうとしない。

 もともと植物の為か動物的感情表現が少なく、意識が一部共有化出来てるせいで言語で意思を疎通しようとしない。

 人間の記憶と感情を模倣したアメリアにはそれがつまらなく感じていた。

 欲まで模倣したアメリアは王城への憧れが強かった。

 問題はこの屋敷から城まで根を生やすには少々距離があることだった。

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