第157話 マンドレイク農場

 大陸東部

 日本国 中島市


 昨年に町中で発見され、中からモンスターが暴れ出たダンジョンだが、現在は冒険者を入れるなどして探索が続けられていた。

 入り口の前には武装警備員によるバリケードが敷かれ、いざという時に備えている。

 受付の武装警備員は、この日来訪したベテラン冒険者市川女史のパーティーを見て対応に当たる。


「先週、地下二階までの地図が完成しまして冒険者達は地下三階の探索を行っています。

 今日は一人多いみたいですが、五人パーティーでよろしいですか?」

「ええ、臨時に一人が加わってるけど現職の自衛官よ」

「念のためにギルドカードをお願いします」


 このギルドカードは、日本製のICチップ入り磁気カードだ。

 キャッシュカード等と同じ物で、身分証や冒険者ギルドからの報酬を引き出せる。

 日本と地球系独立国、独立都市でしか使えない。


「陸上自衛隊今俊博二等陸尉ですか?

 入場を許可しますので、お気を付けてお帰り下さい」


 自衛官が副業で冒険者の真似事をするなど、昨今では珍しいことではない。

 休日にハンターの代わりに森でモンスターの駆除等、普通に行われているからだ。

 自衛隊としては非番に怪我をする行為は謹んで欲しいが、地域の安全と食肉の確保の為に黙認している現状だ。

 それでも他都市の自衛官がわざわざダンジョンに潜り込むのは珍しかった。


「依頼人が直接同行するのも珍しいのよ」

「戦果だけを払える程、お金があるわけじゃないですから、

自分も体を張らないと」


 私物のミネベアP9、上下二連散弾銃「B.C.MIROKU」、日本刀で今二尉は武装している。

 防刃のボディアーマやヘルメットも私物の市販品だ。


「様になら無い格好ね」

「急遽揃えたもので」


 今俊博二等陸尉は陸上自衛隊第34普通科連隊で小隊長を務める身だが、先年に霊体との戦闘経験があることから総督府での護衛任務を命じられた。

 しかし、結果として相手は『嵐と復讐の教団』の司祭が飛ばしてきた生き霊もどきの『御遣い』であった為にこれまでの対処法が効果が無く、部下共々昏倒させられる屈辱を味わった。


「今度王都に赴任することになったので、魔力が付与された剣が欲しくなったんですよ」

「その話し、もう三回目よ。

 考えてみたんだけど王都なら普通に売ってるんじゃない?

 家を買える値段くらいするけど」

「このダンジョンではもう三本見付かってますからね。

 それに賭けてるんですよ」


 市川女史達冒険者は優秀だ。

 地下一階は既にモンスターが駆逐されているが、地下二階はそうはいかない。

 ロシア人格闘家のアンドレセン、僧兵の渡辺全政の薙刀を前衛に市川女史の弓や薙刀が中衛から前衛までと縦横無尽に戦う。

 後衛のベトナム人のクアンは罠の解除や偵察役だがボーガンで、二足歩行してするイグアナや小型のマンモスのようなモンスターを蹴散らしていく。

 何より今回は今二尉の銃や刀も戦力として加わっているのだ。

 モンスターとの四回目の戦闘が終わると、矢や銃弾が残り少なくなってくる。

 前人未踏の領域はマッピングと罠の有無を確かめながらなので、歩みは遅くなる。

 倒したモンスターの死体も放置できない。

 人数分のクーラーボックスが食肉できる部位で埋まると、地上に引き返さないといけなくなる。

 今二尉の休日も無限ではない。

 何度も地上との往復を繰り返し、二日間のダンジョン探索は終わりを告げた。

 結局のところ魔剣の類いは見付からなかった。


「まあ、簡単に見付かる物じゃないよな、やっぱり」


 市川女史達はともかく、再利用が出来ない銃弾を消費した今二尉は、パーティーへのガイド料を払うことも含めて、大赤字といえた。


「ごめんね。

 おかげで探索は結構進んだから成果も渡したかったけたど」

「いえ、ご無理を言ってパーティーに加えて頂きありがとうございました。

 王都の方でもダンジョンで探してみますよ」


 空爆されて灰塵と化した皇都は千年近く存在しただけあって、周辺のダンジョンは完全に攻略されて冒険者ギルド本部も事務くらいしか仕事が無かった。

 逆に廃れていたソフィアは、王都になるまで周辺ダンジョンは手付かずのところが多いらしい。


「まあ、いまは皇都は巨大なダンジョン化しつつあるらしいですけどね」


 市川女史達と別れた今二尉は稲毛市に戻り、一等陸尉の階級章を受け取り王都ソフィアに赴任することになる。





 大陸東部

 日本国龍別宮町郊外


 かつてリューベックと呼ばれ、日本の捕虜収容所が置かれている町の近郊で、おかしな農場が日本企業によって造られていた。

 石狩貿易の企画部長外山栄治は社の融資先としして有望か、視察を命じられ訪れていた。


「うちの社長、普段はノリノリでこういう視察に出向くのに今回は外せない用事があると残念がってましたよ」

「それは残念ですな、機会があれば社長さんにも来て頂くようお伝え下さい。

 それでその小屋が当農場の目玉が保管されています」


 農場の管理責任者山崎の案内で入った小屋にはヒトガタの植物達が檻の中で保管されていた。


「これがマンドレイクか。

 外見は醜悪だな」


 マンドレイク、大根程の大きさで、手足のような根が生えている。

 人間のような形をして。顔があり、口が大きい。

 魔力があり、引き抜くと猛烈な叫び声を上げる。

 この叫び声を聞いたものは即死するか発狂してしまうため、採取には大変な危険を伴うのは伝承の通りで、安全措置として、農場の従業員や視察に訪れた客は無線付き防音用ヘッドフォンの装着を義務付けられている。


「即死は穏やかじゃないな」

「まあ、心臓に弱い方は注意といったところですね。

 発狂も一晩寝かせれば、だいたい回復します」


 例によって地球人の魔法に対する抵抗力の無さに起因するらしく、大陸人なら即死はありえないと地球人の脆弱性に驚愕していたらしい。


「えっと、死人出たのここ?」

「初期の頃に採取を依頼した地球人冒険者に幾人か。

 さすがにここでは管理が徹底していますよ」


 収穫はドローンに引き抜かせて、保管小屋は防音壁だ。


「一度引き抜いてしまえば叫びの魔力は大幅に薄れるらしく、かなり不快になるか、下痢になる程度です。

 問題は走って逃げようとするんですよ、あいつら」


 マンドレイクは、万病に効く霊薬、魔法薬、精力剤、媚薬の材料になり高値で取引されていた。

 引く抜かれた後も成長を続ける為に人間大になることが出来る。

 根が足のようになっているので、引き抜かれると逃走を試みるのだ。


「これまでは自生しているのを採取するか、魔術師が管理している菜園による少数生産でしたが、当農場では大規模生産を可能とし、大陸の貴族や魔法関係者に売却していました」

「これを日本でも売りたいと?

 ヒトガタなのはマイナスだな、そういうのに嫌悪感を持ってる人はかなりいるから」

「もちろん販売の際には粉末状や錠剤にすることを考えています。

 そこらへんの設備の融資をお願いしたいと思いまして」


 外山はミキサーに掛けられるヒトガタを想像して、絵面も最悪だなと考えていた。


「ところでやはり精液から生えるのか?

 だとしたら私は服用したくないな」


 伝承ではマンドレイクは「無実の罪で処刑された」男の精液から生えるとされている。

 マンドレイクは、処刑場の絞首台に自生しているといわれるが、ここは捕虜収容所の近くだ。

 条件としては揃っている気がする。


「さすがに精液云々は誇張でした。

 生物の体液ならなんでも良いようです。

 確かにイメージの問題がありますから当農場では、無機イオン濃度を有する水溶液を調した擬似体液を散布しています。

 材料はナトリウム、カリウム、マンガン、カルシウム、塩素、重炭酸、リン酸イオン、硫酸イオンを配合したものです。

 意外に化学でどうにかなりました。

 また、無個性な人工体液で育ったせいか、マンドレイク達は個性が無く大人しめで安定した品質を維持できています」


 やはり生物由来の体液はマンドレイクの性格に影響を与えるらしく、成長するまでに複数の生物の体液が混じると発狂状態となり凶暴化する。


「伝承のマンドレイクはわざわざ「無実の罪で処刑された」男の体液なんぞ使うから凶暴化したんじゃないですかね?

 恐怖と絶望なんて、凶暴化のよい材料でしょうから」

「なるほど、そうかも知れませんな。

 さて一通り視察しましたが、一度社に持ち帰って検討させて頂きます」

「色好い返事をお待ちしてますよ」


 農場を出た外山は車をホテルに走らせる。

 運転手は現地の日本人タクシー会社の人間だ。


「この街も人が増えましたな」

「そうですね。

 元々は捕虜収容所の為の町でしたから、市に馴染めなかった私達にはありがたい場所ですよ」


 移民政策は総督府の死屍累々の働きで順調に植民が行われたが、全ての住民が新たな生活に馴染めたわけではない。

 また、ベビーブームが発生していたが住民の人口定数の為に市内からの退去を命じられた者がいる。

 大概は勤め先の転勤に絡められているが、追放のように出ていった者もいる。


「うちは兄が自衛官だったんですが、それに託つけて大陸に来たんですよ。

 でも自衛官だから配属先が変わると、居候の身としてはいずらくて、こっち新天地を求めてみたんですよ」

「お客さんは新京の人ですか?」

「いや、船上の人ですよ。

 住所不定のビジネスマン」


 ホテルにチェックインし、報告書をまとめる。


「あれが暴れだしたら抑えられるのかな?」


 現状この街には自衛隊の主要な部隊はいない。

 第一先遣隊がいた時の分屯地に地方協力本部の隊員がいるだけだ。

 警察署も無く、保安官事務所がその業務を引き継いでいる。

 最大戦力が捕虜収容所の刑務官や貴族街の私兵達もしくは冒険者とは心許ない話だった。




 大陸東部

 マルダン侯爵領

 領都ヨルン


 この地の盗賊ギルドを降伏させ、冒険者ギルドや娼館を買収した石和黒駒一家は、新たな拠点をこの地に築いていた。


「組員は増えましたが、人手不足は変わりません。

 あちこちに手を拡げると手薄になりますから、当面は東部の公爵領や侯爵領の領都にシマを拡げるのを優先すべきじゃ無いかと思うんですよ」


 組長ことギルドマスターの黒駒勝蔵は、経営を任せている幹部の荒木の話に耳を傾けている。

 移民政策も規模が拡大すると、本国の大都市で活動していた。

 反社会的勢力に属していた者達も大量に大陸に放り込まれていた。

 元々、この世界に転移した時点から大半のシノギを失い、足を洗う者が多かった。

 さらに移民の審査で犯罪は犯したが裁かれていなかった者達は容赦なく第二更正師団に志願させられ、遠く西方大陸アガリアレプトの戦地に送られ、夥しい犠牲者を出している。

 無事に移民できた者もこれまでのシマを失い、市民も自衛の為に武装するようになったのでミカジメ料も取れない。

 割り当てられた土地で、田畑を耕すにも指導員が怖がってなかなか来てくれない等の問題が起きた。

 腕っぷしに自信のある者はそれでも冒険者に転職したりしたが、大多数はなけなしの土地も売り払うはめになった。

 そうなると無職の為に市の人口定数制限にも引っ掛かり、新天地をお勧めされる有り様だ。

 石和黒駒一家はそういった層を受け入れて組織を拡大し続けていた。


「何度も言うが、新参には無駄に悪どいことはさせるなよ。

 総督府が俺達をお目こぼししてるのは独立愚連隊みたいのが乱立すると面倒なだけだからな。

 大陸民も追い詰めると一般人でもこっちを殺しに掛かってくるからな」


 ギルドマスターとして一応は窘める言葉を吐くが、この種の問題に関して勝蔵は元ITヤクザだった荒木に全幅の信頼を寄せていた。

 この今日、この街に来たのは新しいシマの視察だ。

 買収した娼館の門を潜ると館内より悲鳴が聞こた。

 窓には血糊がベットリと着いている。


「兄貴、盗賊ギルド残党の報復かも知れません」


 護衛の組員が拳銃やドスを抜くと、白衣に血を染めた日本人が扉を開けて転がるように逃げ出してきた。


「あれは?」

「娼婦達の健康診断の為に派遣した流れの医者です」


 もっとまともな医者はいなかったのかとは思ったが、そんなのが自分達に雇われる筈も無いかと苦笑する。

 荒木が流れの医者とやらを捕まえて問い質す。


「おい、何があった!!」

「化け物だ!!

 この娼館の娼婦達は化け物だらけだ」

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