第156話 第18即応機動連隊

 大陸東部

 那古野市 海上自衛隊那古野基地


 この日の那古野基地の港には珍しい来客が訪れていた。

 本国にいるはずの第一海上補給隊並びに第一輸送隊の艦と雇船の防衛フェリー3隻を含む大規模なものだ。


「『YOT-01』に『YOT-02』も来てるじゃないか。

 やはり護衛艦を送っといて正解だったな」


 桟橋から出迎えに現れた那古野地方隊総監の猪狩三等海将は呆れていた。

 これ程の規模の支援艦隊が那古野に来たのは、昨年に大量に消費した弾薬や燃料を運んできたからでもある。

 防衛省からの連絡で本国からは護衛隊の護衛を受けていた支援艦隊は、途中から海保の巡視船に護衛される移民船団と航行してきたのだ。

 慌てた猪狩海将は、第5護衛艦隊(仮)司令の中川三等海将と相談し、護衛艦『むらさめ』と『はるさめ』を派遣、那古野まで船団と同行させたのだ。

 桟橋では基地要員達が総出で各艦船から積荷の陸揚げ詐欺を始めている。

 それとは別に乗客の方も防衛フェリーから降りてくる。

主客の陸上自衛隊の部隊隊員とその家族達だ。


「すまんな、心配を掛けたようだ」


 新京から総督府付きヘリコプターMCH-101型で駆け付けた駆けつけた高橋二等陸将が謝罪を口にする。


「我々が言うのもなんですが、本国は危機管理が薄いですな。

いくら海賊など相手にならんといっても大型海棲モンスターだっているんです。

 注意喚起しとかないと。

 それはそうと、あれが期待の第18即応機動連隊ですか?」

「第18即応機動連隊を造るための交代要員部隊だ」


 人数だけは一個連隊分がいるが、大陸の知識と経験に乏しい彼等をそのまま使うわけにはいかない。


「今まではそれでもなんとか凌いでいたが、配備先が王都だからな。

 それにいい加減に昇進に関する不満も解消しないといけない」


 ここに来た彼等とその家族にしても希望の入植先と配属先もある。

 那古野に到着する前にその調整は終わっている。

 問題は大陸に先着していた第16師団や第17師団の隊員達だ。

 大陸に移民した自衛隊部隊は屯田兵的な性格を有しており、昇進による異動先に本国の部隊が選択肢からは消えている。


 退官等で上席が空くか、先遣隊が結成されて分屯地に行かないと昇進を保留状態となっていたのだ。

 さらに隊員に同行して移民してきた家族、親族が異動を伴う昇進を嫌がるといった状況が隊員達へのストレスとしてのし掛かってきた。

 土地家屋は転移の混乱時期に未払いだった給料の代わりに譲渡したものだ。

しかし、譲渡された後に退官を促してくる家もあるらしい。

 総督府としては、ベビーブームが訪れていることもあり、同居の親族には早目に独立した生活を送るように推奨しているが、遅々として進んでいない。

 将来的に遺産の相続権や財産分与で揉めるのは目に見える案件だった。


「移民を促進するためにも土地家屋付きで譲渡してきたから田畑を各家庭で造ったりと土地に愛着を沸かせてしまった。

 名義的には地主は隊員なのだが、取り上げて親族揃って異動というわけにもいかない。

 隊員だけを単身赴任させるのも士気に関わるが、土着化されるのも軍閥化されて困る。

 第一、組織として健全じゃない」

「海自は基本的にこの那古野市だけに隊員家族親族を住まわせてますからね。

 異動先も新しい艦が配備された時に同じようなことをしてますが、基地要員には同じような問題があります。

最も転居の必要が無いのはメリットなんですが。

 組織の硬直化は懸念材料ですが、空自さんも似たようなものでしょう」


 猪狩海将の言葉に時間の問題と思ったが、高橋陸将は口にしなかった。


「今回の第18即応機動連隊を始めとする第18師団設立を昇任問題解消の機会にする。

 なるべく独身の隊員や転居出来る隊員を優先的にな」


 そんな雑談を交わしていると、輸送艦『おおすみ』から降りてきた隊員が敬礼して駆け寄ってくる。


「紹介しよう。

 この連隊の連隊長直江龍真一等陸佐だ」


 比較的若めの一等陸佐で40代前半だ。


「お久しぶりです。

 大陸では指揮下に入りますのでよろしくお願いします」

「赴任先は王都ソフィアだから、それなりの人材を揃えてある。

 高野旅団長はすでに杜都市に入って師団設立準備だ。

 王都に行く前に顔を出しといてくれ」


 高野陸将補は数年後に控えた第18師団設立の為に大陸に司令部直轄部隊として先乗りしていた。

 艦船から降りた隊員やその家族は、赴任先の用意したバスに振り分けられ乗車していく。

 連隊の半数近くが異動となり、本国で苦労を分かち合った彼等との別れは直江一佐にも惜しむところはある。


「まずは総督閣下や師団長達に顔合わせの為に新京に行く。

 ご家族の家財は王都の官舎に送ったが、ゆくゆくは杜都の次の植民都市で本格的な家屋と土地を譲渡する。

 それまで我慢してくれ」


 話には聞いていたが屋敷に土地とは、直江一佐も困惑するしかない。

 しかし、親族こぞって大陸に連れてきてるので助かるのだが、まだ都市建設も始まってないのは困った話である。

 猪狩海将は先程の話を聞いたばかりなのにと、結局抜本的解決は将来に先送りかと妙に納得していた。









 大隊東部

 日本国福崎市

 陸上自衛隊福崎駐屯地


 第33普通科連隊司令部庁舎から出てきた伊東信介一等陸尉は、先程渡された辞令に頭を悩ませていた。

『三等陸佐に昇進の上、第18即応機動連隊普通科大隊大隊長に任ず』

 即応機動連隊は四つの普通科中隊を擁しており、大隊長がこれを統括する。

 連隊の主力である隊員の半数が指揮下にある重職だ。

 昇進はもちろん嬉しい。

 しかし、第18即応機動連隊に異動ということは配属先が王都ソフィアということである。

 王都ソフィアはまだいい。

 王都には単身赴任で十分だが、来年には新しい植民都市に部隊ごと移動になる。


「家族には何て言うか」


 既に伊東とその家族は福崎市に土地家屋を政府より供与されて、農場まで作って生活基盤を整えて馴染んでいる。

 その日一日不機嫌な顔をしている中隊長に隊員達は腫れ物に触るように避けて扱った。

 勤務時間を終えて帰宅するが家にはなかなか入りずらい。

 伊東家は家主である信介とその妻、息子、娘に両親、妻の両親、信介の弟夫妻とその息子となかなかの大家族で住んでいる。

 大家族として移民が許可されたのは移民政策の効率を上げる為だ。

 第一次産業者は移民の対象外だったことから、現在の農場を専門家の指導や隊員達の協力による人海戦術があったにせよ、それなりの収穫を出せるようになった農場には信介や家族達も愛着がある。


「あらお帰りなさい。

 いつまでも玄関の前で何をしてるの?」


 愛妻が籠を背負い大量のニンジンやジャガイモを農場から収穫してきた所だった。


「その………

 なんだ。

 異動が出てしまった。

 夕食後に家族会議を開きたい」


 些か重苦しい顔をした家長が夕食後に居間に全員を集める。

 集まるまでに家を見ていくが改めて広い家だと思う。

 家族全員に個室を与えられて、客間に倉や車庫、離れにもう小屋まである。

 家というより屋敷と言って良く、塀に囲まれ長屋門まである。

 居間には以前アラクネから救助したプロ野球選手の藤吉達也、水島祐司のサインがある。

 二人は今、稲毛デュラハンズの選手として復帰して活躍している。


「異動ということはまずこの土地家屋はどうなるんだ?」


 父の言葉に信介は資料を読む。


「それは心配ない。

 ここはうちに譲渡されているから手離さなくていい。

 逆にソフィアは官舎だが、新しい植民都市は新築の土地家屋を改めて貰える」

「それって異動の度に土地が増えていく地主になっていくんじゃないか?」

「あれ?

 そうかな、そうかも……」


 それで良いのか総督府と思ったが、王国や貴族から差し押さえた土地をもて余しており、私財として管理出来るようにして欲しいから譲渡しているのである。

 もちろん転移により、貨幣経済が一度は崩壊した時期の給与や年金の代変えであるのが第一義である。


「まあ、家族も増えるから家が増えるのも問題無いんじゃない?

 大丈夫よ、自衛官と結婚したんですもの。

 いつかはこうなるのは覚悟していたわ」


 妻が弟の妻の方がみる。


「あれ、そうなのか、あはは……」


 話してみると案ずるより産むが易しだった。

 結局のところ、王都ソフィアや新しい植民都市の新居には信介一家だけが移住することとなった。

 両親達は互いに年齢の近い友人のような関係だし、今さら引っ越しするのももう無理だと言い出し、弟夫婦も農場の仕事や出産に将来的な介護も考えて残ることになった。

 家族会議はつつがなく終わったが他にもやることがある。


「貴方、週末は新島さんちとの収穫物を市場に運んで欲しいんだけど」


 新島家は隣の家、と言っても百メートル先にあるのだが、農場の作物を被らせずに交換したり、市場で共同で卸しに行ったりしている。


「そうだな。

 あちらにも色々と話しておかないと行けないしな」


 新島家の家主の晴久は海上自衛隊の空士長であり、第21警戒隊の警備班に所属している。

 階級はこちらが上だが、組織が違うので対等に付き合っていた。

 運搬の当番の順番や利益配分等も話し合わないといけない。


「引っ越しは色々と面倒だな」


 引っ越しの時は33普連の隊員が任務として派遣され、73式大型トラックが貸与されて駅まで運ばれる。

 列車で異動し、王都ソフィアに着いたら現地部隊の隊員や車両が官舎まで運んでくれる手筈になっている。

 子供達の学校は王都ソフィアの日本人街に小学校、中学校まではあり、スクールバスで送迎まで行われている。


「高校からはさすがに日本領まで戻らないと行けないが、住居は最低でも元の植民都市に確保されてるから問題になら無いらしい」

「さすがに義務教育までなのね。

 まあ、うちはまだ大丈夫だけど転校を何度もさせるのは可哀相ね」


 自衛隊員に生まれた家庭の宿命だが、申し訳ないとは信介も思っていた。



 翌日、駐屯地に出勤すると同連隊の草壁三等陸佐も二等陸佐に昇任の上に第18即応機動連隊の副連隊長になっていた。

 同じ連隊から何人も引き抜かれていたことに今さら気が付いていた。

 荷物は列車でまとめて運ぶらしいから割当ての会議に参加させられることになる。

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