第14話 後始末

 


 装甲列車に固定された2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲の砲弾が大手門と繋がっている城壁に直撃し、瓦礫を粉砕して排除していく。

 その射程距離は20キロ。

 列車のクレーンを使用し、装輪装甲車であるBTR-60PBやBTR-70の二両が降ろされる。

 それらの車両に第17即応機動連隊の21人の隊員達が乗り込み先発する。

 トルイの町の水掘は、日本の城の掘と違ってさほど深くもない。

 BTR-60PBやBTR-70の二両は、水掘に入ってウォータージェットで航行し、対岸に隊員を上陸させて戻っていく。

 徒歩でこちらに向かっている次の隊員を迎えに行ったのだ。

 隊員達は僅かに残っていた守備隊を撃ち倒し、城壁の瓦礫を吹き飛ばした道を確保して侵入していく。

 トルイの町の北側は大半が焼き付くされ、空爆による死体が点在している。

 主戦場は南北から町の中央の領主の館跡に迫ってきている。


「当初の予定通りだ。

 人間は解放し、ケンタウルスは撃ち殺せ」

「味方のケンタウルスもいる筈ですが?」

「戦場で流れ矢はよくあることだ。

 なるべく気を付けろよ?

 見分けが付けばだがな」


 抵抗は未だに続いている。

 自衛隊側は無駄に戦うつもりは無い。

 先遣隊長が拡声器で呼び掛ける。


「人族なら我々に降れ。

 諸君の生命だけは保証する」


 降伏しても殺されるか、奴隷に戻るかしかなかった奴隷の人間達が手近のケンタウルスを殺害してこちらに逃げ込んでくる。

 弓矢を構えるケンタウルスは隊員達に射殺されていく。


 戦いはトルイの町のケンタウルスが、男女問わず最後の1頭の抵抗が終わるまで続いた。

 自治伯軍のケンタウルスも一部は、奴隷逹の暴走に巻き込まれて死者を出していた。

 ウォルロックは150人という戦死者を出し、遺族への補償に頭を痛めていた。


「ち、長老会に請求できないかな?」

「多少は補填してはくれるでしょうが、あんまり期待しない方がいいと思いますよ。

 盛大にイヤミを言いまくられるのは間違いないですね」


 町のこの有り様では略奪どころでは無い。

 この町はウォルロックの所領になるのだが、税収も交易による利益も望めない。

 人間の奴隷達も自衛隊が、装甲列車に乗せて脱出させので一人として確保できていない。

 将兵への恩賞も身銭を切らなければならない。

 瓦礫と焼け跡しか残らないトルイの町跡でウォルロックは、途方に暮れるしかなかった。





大陸中央部

 王都ソフィア

 宰相府


『よさこい3号』襲撃事件から7日後、代官就任の手続きと挨拶、さらには一連の事件の事情聴取を終えた斉藤とヒルダは、宰相省の玄関先で乗り付けた軽装甲機動車に気がついた。

 運転席からは浅井二等陸尉が手招きしていた。


「駅まで送ろう、姫様は後ろな」


 荷物を積み込みソフィア中央駅まで車を走らせる。

 本来は馬車が通る道なので、まばらに人が歩いてたりするのであまりスピードは出せない。


「お仲間は先にアンフォニーに?」

「はい、途中のジェノアで自衛隊さんから、奴隷……

 おっと、難民を引き取らないといけないですからね」


 トルイの町で保護した三百名の奴隷は、総督府がトルイの町を攻撃したことの正統性を得る為の道具であった。

 同時多発テロに対する関係者の逮捕に向かったら、たまたまケンタウルス自治伯の『内戦』に遭遇したので救助並びに解放したというのがマスコミ対策の名目である。

 この時点では空爆の情報は関係者にしか知られていない。

 ろくに日本のマスコミが存在しない南部地域からの情報伝達は遅いし、自治伯領自体が奴隷と商人以外の人族には閉鎖的だ。

 商人達も馬車での移動を数ヶ月単位で行うので、日本の民間人が多い東部地域に伝わるまで数ヶ月は掛かるだろう。

 北サハリンは軍事情報をいちいち民間に公開しないし、民間人もあまり気にしてないのはお国柄だろう。

 ヒルダと斉藤には空爆の情報を教えてある。

 その必要があったからだ。


「総督府の杉村外務局長が感謝してましたよ。

 しかし、よかったんですか?

 難民を三百人も引き取って貰って?

 こっちももてあましてたのは確かなんですが」


 後部座席からヒルダが身を乗り出して話に加わってくる。


「問題ありませんわ。

 新香港の出資で作られるハイライン港、ハイラインからアンフォニーまでの街道の整備。

 サークルの相澤が提案していたアンフォニーとハイラインの治水事業、南北線の線路敷設事業。

 アンフォニーでの学校の建設なんてのもありますわね。

 人手が足りないくらいでしたから、彼等には代金分働いてもらいますわ。

 費用は新香港持ちですけど、人夫として購入した名目ですから」


 斉藤も苦笑しながら


「建前は大事ですからね。

 総督府から新香港が渋らないように力添え頼みます?

 国営放送と大陸通信社には、難民が解放され、自由を謳歌しながら労働に励む姿や難民の子弟が元気に学校で勉学に励む姿の映像を提供します。

 ドキュメンタリー番組の材料としては、十分でしょう?」

「上と色々企んでるんだな。

 で、新香港は何を得るんだ?」


「トルイの町改め、ウォルロックの町とその周辺地域の復交の利権と交易の独占権といったところかしら?

 そのへんは父と兄に任せておけばいいですわ。

 問題は残った既得権益の商人なのですが……」

「主犯の一人のエリクソン氏は行方不明です。

 懸賞金付きで指名手配にして、残った財産は王国が没収してますよ」


 意外に八方丸く治まったとヒルダと斉藤もホッとしている。



「さて、アンフォニーまで着いていく筈だったですが、一連のゴタゴタの後始末でここでお別れです」


 車はソフィア中央駅のロータリーに着いていた。


「道中楽しかったですわ」

「機会があればまたお逢いしましょう」

「今度こそ無事着いて下さいよ?

 いずれ遊びに行くの楽しみにしてますからな」


 改札の向こうに二人が消えるまで、浅井は見送っていたのだった。

 列車が出発し、二人は今後のことを話し出す。


「さあ、夢にまで見た内政チートでウハウハ生活の始まりよ。

 我等の野望の第一歩、最初に何から始めるのかしら新任代官殿は?」

「まずは領民に入浴と歯磨きの習慣化の義務付けですね」

「地味ねぇ」

「いや、これが結構大事なんですよ、

 例えば……」






 王都ソフィア近郊

 森林地帯


「ハッハハ、モウカクシテタアジトニフミコマレタゾ。

 アレハオウトノキシダンダナ」


 間一髪潜伏していたアジトから連れ出されたエリクソンは、汗もダラダラに垂らして一息つく。

 アジト周辺には松明が移動してるのが見える。

 まだ、捜索は続いているようだ。

 白馬の馬の騎士アウグストスは脇に抱えたエリクソンを地面に投げ下ろす。


「か、閣下の御尽力で助かりましたが、これからどうする気で?」


「ココデオワカレダナ。

 ドウセホカニモアジトヤザイサンヲノコシテルンダロ?

 ワレハヤツラトオナジブキ、タタカイカタヲスルレンチュウトタタカエテ、オオムネツヨサヲマナンダ。

 ソロソロカエルトキカモシレンナ」


 遠くを見るアウグストスにエリクソンは服の汚れを落としながら疑問を口にする。


「失礼ながら閣下のお姿では船に乗るのも困難だと思うのですが、私ももうお力になれません。

 ケンタウルス達も最早あてには出来ないでしょう」


「マアイザトナレバオヨイデカエルサ、ハッハハ。

 イキテイレバマタアオウ!!」


 白馬の馬の騎士はそう言って愛妻の背に乗って、颯爽と駆けていった。

 独り残されたエリクソンはアウグストスの姿が見えなくなると北に向かって旅立つ。


「まずは新しい戸籍を手に入れないとな」


 王国が日本に指示されて作っている戸籍制度のせいで、大陸の東部と中央部には逃げられない。

 一番、地球勢力の影響力の少ない北部で別人になる必要があった。







 大陸東部

 新京特別区

 大陸総督府


「まさか、八方丸く治まったなんて考えてるんじゃないだろうな?

 とんでも無い、本国が激怒してるぞ」


 秋月総督の言葉に自衛隊、官僚、公社の幹部たちが恐縮している。

 特に交渉で翻弄された杉村外務局長は、頭を垂れている。

 秘書官の秋山が被害を報告する。


「『よさこい3号』の事件の調査、修理と線路の補修、点検、死亡した乗務員の後任人事。

 最大で4日はスケジュールに遅延が出ます。

 その間に本国で出るであろう餓死者や自殺者の増加が、現実の数字となって現れています」

「本国マスコミは我々の食糧調達の不備を非難している。

 貴族達からもう少し締め上げてもいいんじゃないかとか、民主化に対する試みが全く行われていないとかな」


 総督の言葉に大陸各地で年貢を徴収し、本国に輸送する部門の局長が不満をぶちまける。


「馬鹿な!!

 確かに検地の完遂は東部地域と中央部地域だけで他は自己申告。

 本国に送れる食糧が不足しているのは間違いない。

 だがしかし、現状の人手不足で、貴族達の締め上げはギリギリの線で行っているんだ。

 これ以上は、ストライキと反乱を招くぞ」


 今年になってようやく南部地域に手をつけれるようなったのだ。

 未舗装の街道による移動と輸送の困難。

 散発的に現れるモンスターや皇国残党に対する自衛隊の護衛部隊の編成。

 同時に大陸に移民した日本人へのインフラの建設。

 問題は山積みなのだ。

 王国政府と民政を調整する局長も声をあらげる。


「民主化とか話にならん。

 大陸の教育レベルがそれに追い付いてない。

 第一、我々がそれをやらないといけない理由はなんだ?

 コストばかり掛かって、将来の商売敵でも作るのか?

 人材も資源も無限じゃないのだ。

 時間だって足りない。

 本国では今でも……」


 最初は項垂れてた官僚達の目が血走っている。

 秋月総督は本国から伝えられた決定事項を伝える。


「マスコミが世論を煽るのはいつものことだが、世論に圧されて大陸への強硬策を取られてはたまらん。

 だから政府も我々と大陸に強硬策を取るフリをすることが決定された」


 全員が座席から立ち上がった第16師団師団長青木一也陸将に注目する。


「静岡県御殿場市の板妻駐屯地の第34普通科連隊を基幹とする第34普通科連隊戦闘団が大陸に派遣、駐屯することになりました。

 その家族も含めて約八千名を受け入れます」


 妙に人数が多いのは転移後に食糧配給で優遇を受ける自衛隊隊員の既婚率が高いのと、それを頼って両家の親、兄弟、姉妹との同居が多いからである。

 秋月総督は多少不安そうに質問する。


「本国の部隊がファンタジーな大陸に馴染んで戦力化するのには少し時間が掛かるかな?」

「いえ、35普連は本国で最もファンタジーとの戦闘経験が豊富な部隊の一つです」


 青木陸将の答えに王都から来ていた第17即応機動連隊隊長の碓井一等陸佐が横槍を入れる。


「ああ、青木陸将、あれはファンタジーとは少し違うと思いますぜ」

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