第15話 青木ヶ原・オブ・ザ・デッド

 転移6年目

 山梨県鳴沢村


 人口六千人ほどのこの村は、日本転移後に人口が激増していた。

 食糧の増産と確保の為に、村を出ていった住民の家族や親族が戻ってきたからである。

 この傾向は日本中の田舎で見られていた。

 この村でもジャガイモやキャベツ、トウモロコシの増産で比較的豊かな生活を送っていた。

 だが、この豊かな地には忌まわしい歴史のある地域が存在する。

 自殺の名所、青木ヶ原の樹海である。

 転移後、大量の第三次産業の営業が不可能になったことにより大量の失業者が発生した。

 その結果、何が起きたかというと全国の自殺の名所が例年に無い賑わいを見せる羽目になっていたのである。


 畑を耕し、農作業に従事していた農家の方々がパトカーで連行されていく若者を見ながら休憩している。

 最早こんな光景は日常茶飯事で、取り立てて驚く話ではない。

 それでも村の悪評が、高まってしまうと眉をひそめていた。


 農作業に戻ろうとしたが、樹海の向こうから呻き声が聞こえて振り返る。


「また、自殺志願者かね?」

「駐在さん達も大変だな」


 完全に他人事のつもりだが、樹海の外から出てきた人間の姿に顔を青ざめさせる。

 顔は土気色、首が変なふうに曲がっていて腐臭を漂わせて、顔から蛆が沸いて出ている。


「こ、これは、ひょっとしてゾンビ?」

「ち、駐在さん助けて!!」


 正確にはリビングデッドもしくはグールなのだが、日本人的には一律でゾンビである。

 即座にゾンビと判断できるあたり、日本人もファンタジーに慣れたものである。

 悲鳴を聞いた警官達が、パトカーから拳銃を握って駆け付けてくる。

 日本の各所でモンスターに襲われる事態が多発していた為に、警官達も銃を抜くのも発砲するのもためらいはない。

 だがそれは拳銃二丁で倒すことができる相手ならばだ。

 警察では対象をグールと呼称している。

 グール一匹程度、銃弾12発もあれば十分のはずだ。

 弱点は頭部、映画ではそうだった。

 そして、警官達は拳銃を構えてグールを狙うが、すぐに回れ右してパトカーまで逃げ出す。


「逃げろ!!」


 樹海の奥から数十体、数百体のグールが姿を現したからだ。

 パトカーには先ほど拘束した自殺志願者が、グールの群れを見ていた。


「ああは、なりたくないな。

 もうちょっと頑張ってみるか」


 パトカーに警官達が乗り込んでくる。


「こちら鳴沢PC02、青木ヶ原樹海から大量のゾンビが発生。

 応援を求む、至急応援を求む!!」


 まあ、警官の中でも実物をみたことがある者は、皆無に近いので、呼称の混乱は他のモンスターより多いのが特徴でもある。





 山梨県富士吉田市

 富士吉田警察署


 署長室では鳴沢村からの報告に対応策が練られていた。


「幸いグール達は、普通の人間が歩くよりは足が遅い。

 地域住民を避難させつつ、遠距離から銃撃と車両による体当たりで足留めしろ」

「現場の警官達の銃弾では足りないかもしれません」

「河口湖交番と河口駐在所からもゾンビの発生が報告されました。

 現場の警官が応戦し、消防団や役場の人間が休館した富士急ハイランドに住民を避難させています。

 あそこなら周囲をゲートや柵で取り囲まれて封鎖できるからです」


 署長は現場の警官では対処が不可能と判断した。

 県警本部の応援など待ってはいられない。

 電話を富士吉田市市長に直接掛ける。


「署長の北村です。

 すでに報告は聞いておられていると思いますが。

 はい、現有の戦力では市民の安全を守るのは無理と判断しました。

 県警機動隊並びに県警SAT、もしくは自衛隊の出動の要請をお願いします」





 静岡県御殿場市

 板妻駐屯地

 第34普通科連隊


 富士吉田市市長から、山梨、静岡両知事を通して、防衛出動が発令された。

 転移後は自治体知事にも防衛出動を発動できる権限が与えられていた。

 隊員達が73式トラックや高機動車に乗り込み順次出撃している。

 今回はグールの発生と事態が判明しているので、即応性が求められた。

 準備が出来た分隊、小隊単位が準じ出撃させた。


「連隊長、忍野村の第1特科連隊が出たそうです。

 砲の類いが使えないので、こちらの到着を至急とのことです」


 幕僚の言葉に連隊長市川一等陸佐が首を傾げる。


「砲が使えないとはどういうことだ?」

「山梨県庁や農林水産省からの要請で、田畑での戦闘は避けて欲しいと。

 となると市街地で迎え撃つことになるのですが、やはりここでも砲撃は行えません。

 1特連の隊員は小銃だけで応戦している模様です」


 それでも第1特科連隊は転移後の再編と増強を行っており、樹海と隣接する山中湖村、忍野村、富士吉田市、富士河口湖村で掃討と警戒に当たっていた。

 また、現在はグールの発生は確認されていないが、富士山を挟んで静岡県側は普通科教導連隊が派遣されて警戒にあたることになる。


「現在確認されているグールの規模なのですが、最大で二千体はいるとの報告です。

 やはり映画のように噛まれると感染するらしく、樹海に何故かいたヤクザや自殺志願者がグールに変化したそうです」


 青木ヶ原の樹海は転移前の2010年には250人が自殺を試み、50名近くが実際に命を落としている。

 転移後は失業者の増大から自殺志願者が大量に押し掛けて問題になっていた。

 だがこれまではグールなどは発生したことは無かった。

 同じように死体が安置される警察や病院、葬儀会場、墓場、もしくは殺人や事故の現場では発生していない。

 大陸でも同様であるが、戦場や虐殺現場など死体が溢れ放置されているような場所では、死体が甦って人を襲うことは稀にあるという。

 また、死霊魔術や暗黒神の神官の神聖魔法で故意に発生させることは出来るという。


「横浜の残党の仕業でしょうか?」

「連中は神奈川県警のSATと機動隊が全員射殺か逮捕したんだろ?

 原因を考えるのは専門の連中に任せればいい。

 我々のやることは掃討と国民の安全を守ることだ。

 第1特科連隊の手が回らない鳴沢村に我々は展開する。

 途中で連中と遭遇したら迷わず成仏させてやれ、以上!!」


 幕僚達も車両に乗り込んでいく。

 市川連隊長も高機動車に乗り込むが、思わずため息をつく。


「この世界で発生する現象は日本も例外じゃないか、当然だな。

 しかし、二千体か……

 よくもまあ白骨化もせずに……

 もう少し命を大事にしようぜ」


 各地の隊員達はそれでも危なげなくグールを討伐していく。


「頭を完全に撃ち抜けなんて、一発じゃ無理だよな」

「車両で壁を作って分断して潰していこう」


 89式小銃で1体1体仕留められていく。

 歩くよりは遅い相手に、遠距離から攻撃出来る自衛隊は特に損害も出さず、任務をこなしていった。




 富士吉田市

 富士急ハイランド


 市民の大半を収容した富士急ハイランドにも四百体近いグールが押し掛けていた。

 幸い柵や壁にゲート、外周に配置した車両で中への侵入は防いでいた。

 そして、50名程度の警官が柵をよじ登ろうとするグールを拳銃で仕留めていくが、それほど豊富でも無い弾薬は底を尽き始めていた。


「よ、よく狙え!!」


 また1体仕留めるが、使用した弾丸は4発。

 頭部に弾丸が命中したゾンビはよじ登ろうとしていた柵から落ちていった。


「課長、今のが最後の弾丸です」


 富士急ハイランド配送口の警備に駆り出され、指揮をとっていた総務課長の和田は残りのグールの数を確認させる。


「120体か、市民は鍵の掛かる施設に避難させたがまだ足りないな。

 観覧車とか、絶叫マシーンにも乗せて発進させろ。

 動いてる限り連中には捕まらん」


 この富士急ハイランドは、地球でも有数の絶叫マシーンを多数設置していた。

 連続運転にしておけばグール達が群がっても弾き飛ばされるだけだ。

 元従業員の避難民の協力をへて、女子供老人を絶叫マシーンに乗せて稼働させていく。


「課長、正面ゲートが突破されそうだと」


 かつては数十万人の入場客を迎えるために、大きく建設された正面ゲートはバスや車両で封鎖されていた。

 だがグール達は車両の下を潜ったり、屋根に登ってきて突破を試みていた。

 警官達や青年団は警棒やバット、スコップで頭部を潰して防いでいたが、押し寄せる数が増えてきて限界に達していた。

 若い警官の1人が老人にグールに足首を噛まれて倒れこむ。


「高松!!」


 同僚の警官がバットで高松巡査に噛み付いているグールの頭を叩き割り、高松巡査を後方に引き摺っていく。


「しっかりしろ、傷は浅い!!」

「いやだあ、グールにはなりたくない。

 なあ、その前に、その前に……」


 高松巡査と警察学校からの同期であり、友人であった宮村巡査は目を閉じて決意する。


「すまん」


 バットを持っ手を握り締め振り上げる。


「銃弾があればよかったな。

 あれなら一発で逝ける」

「全くだ。

 せめて早く逝けるように力いっぱいやるな」


 憎んでも無い相手どころか、友人を全力でバットで殴り殺して頭を潰す。

 考えてみるだけで憂鬱な気分になる。

 次の瞬間、殴り倒されてるのは宮村巡査だった。


「か、課長?」


 高松巡査の困惑する声が聞こえる。


「馬鹿野郎、よく確認しろ。

 高松巡査を噛んだグールは総入れ歯じゃないか!!」


 宮村巡査が倒した老人のグールの口からは、あきらかに総入れ歯だったプラスチックの物体が飛び出て転がっている。


「……」

「……」


 高松巡査も宮村巡査も立ち上がり、ばつが悪そうな顔をしている。


「俺、もうちょっと頑張ってみるよ」

「そ、そうだな」


 二人は再びバットと警棒を持って、正面ゲートの防衛ラインに戻っていった。

 和田総務課長も警戒杖を持って走りだす。


「押し戻せ、ここが正念場だぞ!!」




 第1特科連隊が樹海越しにグール達の流入を防いでる間に第34普通科連隊は、市街地をうろつくグールを蹴散らしながら富士吉田市の南端にある富士急ハイランドの正面ゲート外側まで進出していた。


「隊長、あれを!!」


 部下に促され小隊長の木原二等陸尉は高機動車の助手席の窓を開ける。

 双眼鏡で確認できたのは正面ゲートに押し寄せる百体以上のゾンビだった。


「小銃だけじゃきついな。

 車を傍に着けて手榴弾をばらまく」


 高機動車がグールの群れに接近し、窓から乗隊員達が手榴弾を全部ばらまいて一目散に逃げ出す。

 グールの群れは高機動車を追おうとするが、手榴弾の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。


「やったか?」


 だが爆炎の数十体のグールが四肢を損壊させ、体に炎を纏いながらもこちらに向かってくる。

 後続の73式トラックから降りてきた隊員達もこの光景に戦慄している。


「数は減らしてこちらに引き付けることは出来たか。小隊射撃用意、なるべく頭部を撃ち抜け。

 撃て!」

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