第16話 大月市防衛戦

 鳴沢村


 いまだに封鎖し切れていない鳴沢村では、駐在と応援に駆け付けてきた近隣の警官15名が奮戦していた。

 すでに隣町の河口湖町まで自衛隊の部隊が到着しているのは無線でわかっている。

 400体近いグールをこの人数で捌けたのは、奇跡に近い。

 住民は公民館に避難させ、猟銃を持った村民が僅かに抵抗できているだけだ。

 警官も含め、13人が奴らの餌さとなり果てている。

 公民館に辿り着いていないのは、最初にグールの襲来を通報した駐在の二人と今だにパトカーから出してもらえない自殺志願者の今井だけだった。

 その今井も拾ったシャベルでパトカーの中から必死に戦っている。


「し、死んでたまるかあ!!」


 公民館からの猟銃の援護を受けて、三人はパトカーでグールを跳ねとばしながら逃げ惑う。

 ちょうどそこに第41普通科連隊の高機動車や73式トラックが数台到着する。

 隊員達が降車しながら射撃を始めてグール達の数が減っていく。




 自衛隊は富士スバルラインから北富士演習場を基準に展開し、封鎖ラインを敷いて掃討にあたっていた。

 だがこの封鎖ラインが敷かれる前に負傷者を多数乗せたマイクロバスが、中央自動車道河口湖インターチェンジ入り口から高速道路に乗り込み岩殿トンネル上り側出口で不自然に蛇行したあとにガードレールに車を擦り付けて横転した。

 横転したマイクロバスの中からいかつい顔の彫り物をしたガタイのよいグール24体が這い出てくる。

 その群れは高速道路から大月市に侵入しようとしていた。

 その光景はトンネル出口に設置してある道路公団のカメラで捉えられている。

 通報を受けた大月市に防災サイレンが鳴り響いた。






旧府中刑務所


 富士吉田市や河口湖町、鳴滝村での惨劇の映像が、同拘置所での視聴覚室で流されていた。

 観客は拘置所の囚人服を着た金髪碧眼の青年だ。


「なるほど興味深い。

 一つ質問なんだが青木ヶ原の樹海とやら戦場か何かかね?

 なんであんなに死体が放置されてたんだ?」

「あそこは自殺の名所と呼ばれててな。

 転移後の混乱でますます数が増えて手がつけれなかった」


 背広にサングラスの無個性な中年が答える。

 もう一年もの付き合いになるが、青年は彼が笑ったり怒ったりするところを見たことがない。


「だからといって一地域に数千人も?

 交通機関の発達のせいかな。

 で、何が聞きたい佐々木主任調査官殿?」

「いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのようにしてだ」

「要点をまとめた簡潔な質問の仕方だな。

 まあ、アンデットのことは学術都市や魔術師ギルドでも専門の魔術師でも無いと、詳細は理解出来ていない。

 研究したがる人少ないのだよね。

 死体の扱うの嫌だし」


 それに関しては青年も佐々木も同感であった。


「だが長年の変人共の研究の成果はある程度蓄積されている。

 まずは『いつ』、『どこで』だな。

 これは答えるまでも無い。

 すでに今、現場で事態は起きてるからな。

『だれが』?

 つまり事態を引き起こした『だれか』がいることになる。

 ああ、心当たりは無いよ?

 ご存知の通り、私はもう一年近くここに拘留されてるからね。

 次は『なぜ』は目的かな?

 まあ、日本に対立する以外に無いだろう。

 一種の騒乱だしね、これは。

 つまり『どのように』は、屍に邪悪なる魔法で悪霊を込めて作り出したんだ。

 自然発生の屍人にしては、行動範囲が広すぎる。

 自然発生した屍人は、獲物の存在を確認出来るまでは、同じ場所をうろうろしてるだけさ。

 あの数が一度に人里に出てくるのは、人を探すように命令が仕込まれてるね。

 ところで君等は屍人をなんでもゾンビと呼ばれる種で分類してるだろ。

 実に乱暴な分類だ」

「そこらへんはアメリカ人に責任があると思っている。

 正直、一般に認識されてるゾンビとグールの違いなんて私にもわからない」

「まあ、ゾンビという呼称は地球特有のものだろうしね」


 地球ではフィクションの中だけだった存在の分類なんて、マニアしかやらんだろうなと佐々木は考えていた。


「最初の『いつ』に話を戻すと、事件の発生日の数日前に仕込んだんだろうね」






 山梨県

 大月市


 岩殿山トンネル出口の高速道路から降りたグールの一団は、国道139号線から市街地のある大月駅方向に向かっていた。

 途中の住民達は家の中で息を潜めているか、駅の方向に避難している。

 避難民に誘導されるようにグールが追いて来てるのだが、桂川を渡る高月橋に大月警察署の警官隊がパトカーで封鎖して待ち構えていた。

 同時に市内の自衛隊山梨地方協力本部大月地域事務所から、三人しかいない自衛官が89式小銃を構えている。


「私は空自の人間なんだけどね」


 所長の大下三等空佐が溜息を吐く。

 燃料不足で、ロクに活動出来ない空自の隊員がこういった機関への出向が増えていた。

 反対に陸自や海自の隊員は、機関からの原隊復帰が増えていた。

 事務所の他の隊員も空自でレーダーサイトなどで働いていた者達ばかりだ。


「来たぞ!!」


 警官の声に自衛官と警官達がパトカーを盾に銃を構える。



「目標、数18、撃て!!」




 旧府中刑務所


「次はなんだっけ?

 多分、君たちが一番気にしてるのは終息までの時間や拡大する規模かな?

 普通、大陸ではあんな大規模なアンデット災害は起きないんだ。

 戦場跡は司祭や神官達が浄化するし、放置されてた虐殺現場だって死体の悪霊数十体が存在して屍人が1体自然発生する程度。

 普通の闇司祭や死霊魔術師が魔力を込めても1日1体が限界じゃないかな?

 私なら30体はいけるけど。

 だからあの場所の悪霊の数とそれに魔力を注ぎ込んだ術者の力は異常だ。

 少なくとも大陸には存在しない」

「こつこつ毎日作り上げていたんじゃないか?」


 佐々木主任調査官は自分で言っておいて、それは無いなと思っていた。

 話に聞くかぎりでは、不可能では無いが毎日死体に囲まれて根気のいる作業だと思った。

 第一、樹海近辺は県警や自警団がパトロールをしているのだ。

 そんな死霊軍団がうろついて見つからない筈がない。


「腐敗した集団と四六時中いるわけだから先に病気になりそうだ。

 報告書も見せて貰ったが、死者はともかく噛まれた負傷者からは屍人になった者はいないのだろう?

 君達のレンタルビデオからゾンビ映画を見せて貰ったが、我々の世界とは少し違う。

 君達の世界では、噛まれたら死んでゾンビになる。

 この世界では噛まれて死んだら屍人になる」

「それはどう違うんだ?」

「一口噛まれた程度じゃ人間は死なないよ。

 その後、病気か、殺人か、事故か、老衰か。

 別の死因で死んでから屍人になる二次的な現象だ。

 ああ、屍人に噛まれまくって死んだらさすがにその場で屍人だけどね。

 これは病気の類いじゃなく呪いの類いなのさ」


 つまり加速度的に屍人が増加するわけではなく、今回の事態が終息すれば一段落ということだ。

 あとは噛まれた負傷者達を生涯に渡り、拘束或いは監視すれば解決である。

 長い時間が掛かるが、仕方がないだろう。


「だから早く浄化してあげたまえ。

 そうすれば屍人になることも無い」

「治療出来るのかよ!!」


 青年は初めて佐々木主任調査官の表情が変わったところを見て興味深そうに笑いだした。


「ああ、僕なら出来る。

 だから現場に連れて行きたまえ。

 たまには外の空気も吸いたいしね」






 大月市

 中央自動車道

 岩殿山トンネル出口


 山梨県県警交通機動隊のパトカーや白バイが横転したマイクロバスを包囲していた。

 さらに到着した山梨県警SATが、慎重に小銃を構えながらマイクロバスに侵入する。

 中には食い散らされている死体や食い散らされすぎて動けなくなっているグールがいる。


「1体クリア」

「こちらも1体クリア」


 マイクロバス内の駆除が完了し、安全を確認してから刑事達も入ってくる。

 まだ、どうにか確認できる死体の顔から身元を洗っているのだ。

 今だに高月橋の戦いは続いているようで、銃声がこちらまでこだましている。


「あ、こいつ前科者だ。

 甲州会系石和黒駒一家の小池だ」

「こっちもですね。やはり石和黒駒一家の小宮山です」

「連中が樹海で何をしてたか聞き出す必要があるな、令状をとれ」






 山梨県大月市


 高月橋から反対側の道には、岩殿山城跡に続く坂道が存在する。

 住宅は幾つかあるが住民は避難しており、山道を通れば警察の警戒線を抜けることも可能だった。

 そんな山道を7体の屍人が岩殿山を越えて賑岡町に到達していた。

 賑岡町は避難地域に指定されていない。

 地元の寺、円法寺は先日亡くなった老人の葬儀が行われていた。

 集まった参列者も老人が多い。

 転移後に日本に存在した宗教団体は、『彼等』の神々が創世した地球と、この世界は別物であることから、その存在意義を多いに喪失していた。

 それでも神道に関して言えば日本列島が存在していれば基本的に問題が無い。

 仏教は葬儀という生活に密着した世俗的な団体としてどうにか成立していた。

 円法寺の住職円楽は、転移前は大学生として青春を謳歌していた。

 しかし、就活中に日本が転移した。

 その結果、就職を希望していた会社が軒並み営業停止になり、途方に暮れながら実家の寺を継ぐこととなる。

 それなりに修行して、先年亡くなった父の跡を継いで住職にもなった。

 だがはっきりいって生臭坊主もいいところで、石和温泉で芸者遊びや隣町のスナックでホステスを口説いていたりした。

 そんな円楽も葬儀の為にお経を唱え、木魚を叩いていた。

 だが参列者達が急に騒ぎはじめた。

 お経を止め、注意しようと振り返ると寺の敷地にグールが乱入し、参列者達は逃げ出す姿が目に写った。

本堂にいた円楽は正座で足が痺れてその場から動けなかった。

 寺は壁に囲まれ、参列者達は右往左往逃げまわり、本堂に追い詰められていく。


「住職!?」

「お坊さん助けて!!」

「ひぃー」


 参列者達は次々と彼に助けを求めてくる。


『おいおい、どんな無茶ぶりだよ。

 無理に決まっているだろ』


 聖職者は心の中で悪態をついていた。

 型通りの儀式や経文を唱えることは出来るが、仏僧でありながら信仰とはほど遠い人生を送ってきた自分に出来るわけがない。

 しかし、襲われる参列者達、自分に迫ってくるグールをみて思わず経を唱えはじめていた。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中……」


 般若心経を無我夢中で唱える。

 ふと目を開けるとグール達の動きが止まっている。

 参列者達も不思議そうに見ている。

 だが円楽の口が止まると屍人達がまた動き出す。


「無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法

 無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽

 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得」



 慌てて般若心経を再び唱えると屍人達の動きも止まる。

 止まるだけだ。

 ゆっくりと経を唱えながら円楽と参列者もお堂から離れて門から逃げようとしてた。

 だが門を離れて経が聞こえない距離になると、グール逹が追ってきた。

 

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