第17話 Call Buddha
参列者達は円楽が引き付けている間に逃げ出し、円楽は一人になってゆく。
参列者達から警察に通報はいっただろうからもう少しの辛抱の筈だ。
『まるで達磨さんが転んだだな』
追い駆けっこは続いていた。
やがてヘリコプターが2機が、大月自動車学校に着陸した。
佐々木主任調査官と金髪碧眼の青年、そして10名ほどの黒装束の小銃を持った男達が降りてくる。
『た、助かった』
円楽は安堵の気持ちがあったが様子がおかしい。
武装した男達は、全員が青年に銃を向けている。
自衛隊なのか警察なのかも円楽には区別がつかない。
青年はそんな自分のおかれた状況を無視してこちらを凝視していた。
「これは驚いた。
彼の唱える呪文が屍人の動きを封じている」
「あれはお経だ。
魔法ではない」
背広の男が解説している。
『そんなことはいいから、早くなんとかしてくれ~』
喉がもう限界に近かった。
「確かにあの呪文、経だっけ?
『力ある言葉』になってないな。
魔力の高まりも感じられない。
どれ一つ、門を開いてあげよう」
「何をする気だ?」
「彼に僕の魔力をちょっと分けてあげるだけさ」
青年は円楽の背中に手を当てると、呪文を唱えはじめた。
円楽の体が何かの力が流れ、溢れるような感覚。
その瞬間、般若心経が『力ある言葉』になった。
グールから離れる悪霊の姿が、佐々木や武装した隊員、様子を伺っていた住民達の目にもはっきりと見えていた。
悪霊の離れたグールは、ただの死体に戻っていた。
「仏様……」
その光景をみていた住民達が手を合わせている。
「ど、どうなったのだ」
佐々木主任調査官は慌てて、青年に問いただす。
「驚いた。
ちょっと背中を押すだけのつもりだったんだけど、この世界に30番目の神『仏様』の降臨したようだ」
「なんだと?」
「君らがこの世界に来てから三回目かな?
まあ、詳しいことは今後の研究次第だろう。
それより、そこの聖職者さん気を失ってるよ。
大事なサンプルだ、丁重に扱いたまえ」
青年と佐々木は大月市の負傷者の有無を確かめると、事後処理を警察に任せて、再びヘリコプターに乗って富士吉田市に向かった。
ヘリコプターの中から岩殿山で酌んだ湧き水で青年は聖水を造り上げている。
「これを負傷者の傷口に塗れば呪いから浄化される。
散布すれば土地も浄化されていくよ」
「お前さんそんなことも出来るのかよ」
「貴族の義務でね。
神殿に多額の寄進をしたら名誉司祭の枠を貰ってしまったのさ。
で、ちょっと興味出たんで学んでみたのさ」
信仰とはほど遠い聖水に佐々木は不安になった。
「後は発生源になんらかの祭壇か、魔方陣とかあるはずだから破壊すれば完全に終わりかな?」
「樹海中を探すのか?」
「屍人がやってくる方向を辿ればいい。
死体の方が先に尽きるかもしれないがな」
「自衛隊には苦労を掛けそうだ。
術者もそこにいるのか?」
「私ならとっくに逃げてるね」
転移九年
旧府中刑務所
佐々木統括調査官がいつものようにノックもせずに入室してくる。
刑務所の牢屋とは思えない72畳ほどの広さ。
ベッドからソファーに台所、本棚やVHSビデオテープからDVD、大型テレビにパソコンまで置かれている。
テーブルには水晶玉が置かれている。
金髪の青年はベッドで寝ているが、ソファーに座った佐々木は構わず水晶玉に話掛けている。
「起きてるか?」
『ああ、問題ない。
今日は何か御用かな佐々木統括調査官殿?』
水晶玉から声がする。
青年は普段は水晶玉に意識を移して、肉体の時間を停止させて保存しているのだ。
それでも完全に停止しているわけでなく、1日に30分だけ肉体が老化するらしい。
年間で7日と半日程度だ。
「退官の挨拶に来た。
今後、2度と会うことは無いだろう」
『ああ、少し待ちたまぇ』
水晶玉が色を失ったように黒くなり、青年が目を覚まして起き上がる。
「何かと世話になった相手に玉の中からでは失礼だからな。
しかし、定年までは少し早いのではないか?
退官したらどうするのかね?」
「早期退職というやつさ、大陸で農業にでもチャレンジしてみようかと思う。
今なら政府からの支援と指導があるからな、体力のあるうちに始めようと思ってな」
「それはいい。
日本人農家なら免税処置もあるんだろ?」
「年金が破綻してから、早期退職による上乗せも加えて土地と一軒家と農地の現物至急さ。
まあ、軌道に載せる迄が大変なんだろうがな」
青年は会話しながら自らの手でお茶を用意している。
「そうそう、途中までは円楽さんも同行する。
彼は修行として、冒険者になるそうだ。
岩殿山で三年籠っていたから何をするかと思えばなあ。
日本人が魔法を使えるかの研究は政府も諦めてたのに」
あの事件のあと、円楽に再び仏の力が発動することは無かった。
円楽自身に魔力がなかったからと考えられている。
その後、修験者の修行の場としても名高い地元の岩殿山に3年籠ってすっかり逞しくなっていた。
その後は青木ヶ原の樹海のアンデットにお経が効果があることがわかり、自衛隊の祭壇探しに協力をしていた。
「その祭壇も先日、破壊できた。
グールが取り憑く死体の方が先に尽きたので探し出すのは難儀したようだが」
「で、犯人はわかったのかい?」
「国家の最高機密に指定されたよ。
公安調査庁の上級職の俺のところにすら情報が降りてこない」
この部屋の会話は全て録音、録画されているので迂闊なことは言えない。
「そろそろ時間か、名残惜しいが君との仕事は楽しかったよ」
一服し、佐々木はソファーから立ち上がり握手を求める。
「私もですよ、貴方との協力の間の司法取引で懲役が21年減刑された。
残りは772年分頑張ってみるよ」
彼に与えられた待遇と減刑は、彼からの情報提供によるものだ。
若くして皇国宮廷魔術師団団長だった青年の知識は、この異世界に放り込まれた日本には貴重なものだった。
たとえ青年が、横浜みなとみらいを焼き払った戦犯の一人だったとしてもだ。
「じゃあな、マディノ子爵ベッセン君」
静岡県御殿場市
板妻駐屯地
駐屯地に設置されている掲揚ポールから、第34普通科連隊の連隊旗が下ろされていく。
下にいた隊員が連隊旗を外すと、綺麗に畳んで収納ケースに納めていく。
その光景を第34普通科連隊の隊員一同、東部方面総監、第1師団団長、防衛大臣などの自衛隊関係者。
静岡県、山梨県の両知事、御殿場市、富士吉田市の市長、河口湖町町長、鳴滝村村長などの自治体の長が招かれて見守っている。
周辺には隊員の家族が皆集まっている。
駐屯地の周辺には地元や周辺自治体の住民達が、34普連との別れを惜しんでいる。
「向こうでも頑張れよ!!」
「世話になったなあ!!」
「吉田のうどん持っていきなさい!!」
隊員達も長年慣れ親しみ、守り抜いた地を離れるのを惜しんでいる。
「総員、板妻駐屯地に対し、敬礼!!
乗車!!」
1200名の隊員が一斉に割り当てられたBTR-80装甲兵員輸送車、73式トラック、高機動車に乗り込んでいく。
これより横須賀に向かい集結している3隻のおおすみ型輸送艦に乗艦し、大陸に渡ることになる。
「乃村防衛大臣閣下、経験豊富な彼等が大陸に行ってこの地の守りは大丈夫なのでしょうか?」
見送る富士吉田市市長が不安を口にする。
「ご心配には及びません。
34普連の隊員で実家が農家や漁師など政府指定の仕事を行っている隊員200名ほどが、後任の46普連の隊員と入れ代わっています。
先日、事態の原因である祭壇も破壊しました。
事態は終息し、現有戦力でも十分に対処出来るでしょう」
「そうか、全員が大陸に行くわけでは無いのですな、安心しました。
じゃあ、あとは一連の事件の犠牲者への慰霊碑に対する予算の分担ですな」
知事や市長など、自治体の長がその場で話し合いを始める。
大臣はそんな彼等を呆れるように見ながら、駐屯地の建物に入っていく。
トイレに入り、SPがトイレの外で待機している間に用を足そうとチャックを下げたところで声を掛けられる。
「大臣」
「うおっ!?」
大臣の声を聞いてSP達が拳銃を背広にコートを着た男に向ける。
SP達はトイレに誰もいないのを確実に確認していたのに、どこから入ってきたのかわからない男に困惑している。
「ああ、いいんだ。
知り合いだ、問題ない」
大臣の執り成しでSP達がトイレの外に戻っていく。
「脅かすな、手に掛かるかと思ったぞ」
「あとでちゃんと手を洗ってくださいね」
「だから掛かってねぇって、何の用だ」
「例のホシ、山形の酒田で見つけました。
うちでやっていいんですね?」
「構わん、見つけたら即殺れ。
後処理にうちの部隊も出そう」
会話の間に用を足し、手をしっかりと洗ってから出口に向かう。
「おまえ、どっから入ってきたんだ?」
振り返って問い質すが、男の姿はトイレにはなかった。
山形県酒田市
酒田港
黒装束のいかにも特殊部隊の隊員のような格好の5人の男達が一台のハマーを包囲した。
彼等は公安調査庁の実働部隊で、普段は地元の警備会社で一般業務に当たっている。
すでに所轄の警察署や山形県警機動隊が、現場を封鎖している。
私服の調査官達が車両でハマーの前後を塞いで動けなくしている。
周辺のビルには狙撃チームも待機している。
「アメリカ空軍中佐チャールズ・L・ホワイト!!
貴官を破壊活動防止法、米兵12名の殺害並びに脱走、女性8名の猟奇殺人容疑で逮捕状が出ている。
大人しく車から出て地面に伏せろ!!」
転移後の法改正により、公安調査庁の職員にも特別司法警察職員として、逮捕状、捜索差押許可状等を裁判所に請求したり、発付された令状を執行する権限を与えられていた。
ハマーから出てきた白人男は、アメリカ空軍の軍服を着たままアメリカ人的な『What!?』なジェスチャーを繰り広げている。
神経を逆なでされて、隊員のMP5の引き金に掛かる指に力が少しこもる。
「青木ヶ原で少し遊びすぎたかな?
あの後は結構大人しくしてたのだが……
だが駄目だね、撃ちたいと思ったら、さっさと撃たないと」
一瞬で距離を詰められ、実働部隊隊員の一人が羽交い締めにされて全員が銃撃を躊躇う。
人間にはあり得ない早さで、狙撃チームの銃弾も外されてしまっていた。
「護りを!!」
チャールズが『祈り』を唱えると、同時に隠し持っていた装置のボタンを押す。
爆弾が積まれていたハマーが爆発して隊員や調査官達が吹き飛ばされる。
破片でその場にいたほとんどの人間が怪我をするが、不可視の力に護られたチャールズは掠り傷、羽交い締めにされた隊員は打撲ですんでいる。
そのままMP5を拾い上げて、隊員や調査官達を射殺しながら、桟橋の船に向かう。
ハマーの爆発の煙で狙撃も不可能になっていた。
「お前たち素人か?
本職の自衛官やSATならここまであっさりとやられないぞ」
隊員を『麻痺』させ、肩に担いで盾がわりにする。
転移後に大増員を行った自衛隊の矛先が真っ先に向かったのは民間の警備会社であった。
何しろ自衛隊を任期満了で退役した元自衛官が大量に就職しているのだ。
公安調査庁も実働部隊の創設で、彼等に目をつけていたのだが軒並み引き抜かれた後になっていた。
次に目を付けたのが元警察官であるが,警備会社にいる元警察官は概ね2種類に分類される。
天下りか、元問題警官である。
警察で不祥事を起こし、追放された人間を公安調査庁はスカウトして訓練を施してきたのだが、練度不足は結果となって現れていた。
路地に封鎖の為にパトカーを停車させていた所轄の警官達が拳銃で発砲してくる。
半分パニックになっており、肩に担がれた隊員の姿も目に入っていない。
チャールズからすれば、下手に訓練を受けた人間よりこっちの方が厄介だった。
だが路地からベンツが飛び出してパトカーごと警官達を弾き飛ばす。
「中佐、こっちだ」
チャールズは車に乗り込むと、南米系と思われる男が車をバックさせて路地を戻る。
「いい車だな、どうしたんだ?」
「組長さんの車、前に分獲ったやつさ」
車なら桟橋までものの2分で到達した。
隊員を海に放り込み、元ロシアの貨物船に乗り込み出港する。
船員達は日本で不法就労し、恩赦でも相殺出来ない罪を犯した者達だ。
「海自や海保には気を付けろよ。
まあ、それどころじゃないだろうがな」
チャールズは甲板に飛び出すと『祈り』を空に向かって唱え続ける。
すると、別の外国船籍の船からグール達が飛び出してきて警察はその対処に追われることになる。
待機していた巡視船つるぎも、グール退治の為に動員されて貨物船を取り逃がすことになる。
「凄いな、死体は用意させていたが、一瞬でゾンビとか創れるものなのか?」
「私には120万の怨念が取憑いていたからな。
まだ、ストックが118万ほどある。
さあ、我らの背徳と腐敗の都の建設だ。
大陸に向かうぞ!!」
だがいつかはこの日本に戻ってくる。
汚れた異世界人こと地球人の根絶を……
それこそが我等の神の望み……
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