第13話 トルイの街攻略戦
大陸南部シルベール伯爵領
迎賓館
「つまり日本側は武力討伐を決意したと見てよいのですな?」
「その通りだ。
トルイ族長とこれに味方する諸兄等をことごとく粉砕して、その権利を剥奪させて頂く」
列車襲撃、第4分遣隊隊長暗殺、第5分遣隊基地襲撃の映像をプロジェクターから見せられたケンタウルスの長老会代表達は眉を潜めていた。
どの事件も発生から半日もたっていないのに大陸南部のこの地まで伝わっているのだ。
情報伝達の速さの有効性は、彼等も認識している。
杉村外務局長はケンタウルス自治伯領に開戦か、降伏かの選択を迫ったのだ。
しかし、彼等の返答は予想に反するものだった。
「心得た。
トルイの町の討伐の先陣、我等が確かに承った!!」
「何?」
ケンタウルス自治伯領に対する問題をトルイの町限定の問題にすり変えられたのだ。
途端に年若い長老が一人、会議室から退出していく。
「我々はケンタウルス自治伯領全体に対して言ってるのだかな」
長老を睨みをつけるが、長老達はどこ吹く風とばかりに気にも止めていない。
「皇国ならば連座制による処罰も有り得ただろうが、王国は日本からの指導により連座制の処罰を廃止している。
だからトルイの部族以外が処罰を受けるのは対象外と我々は考えている。
まあ、それでは日本側もおさまらないのも理解している。
ゆえに自治伯軍並びに日本軍の連合軍によって、トルイの町を制圧、関係者を処分する。
日本側は遠征に対する財政、兵站に対する負担が減るのでは無いかな?
もちろん露払いを含む血も我等が流そう」
痛いところを突いている。
大陸に派遣している陸上自衛隊部隊は各地に分散している。
少しは生産が可能になったとはいえ、弾薬や燃料の補給も遅れぎみである。
反対に大陸から本国への食料・資源輸送任務から人手は割けない。
今回はトルイの町限定とするのは、日本の苦しい懐事情からも一理あるのだ。
杉村は全権を委任されてる者として決断する。
「わかった、今回はそれで手を打とう。
だが次もあると思うなよ?」
「肝に命じて起きましょう」
長老達はまったく悪びれていない。
「いや、話がまとまってよかった。
何にしろ遠征までは、連絡や準備で時が掛かるでしょう?
今晩は親睦のパーティーでも如何ですかな?」
自称仲介役のシルベール伯に杉村は首を横にふる。
「せっかくですが、こちらの部隊が投入されるのは明後日です。
忙しくなりそうなので、今晩はご遠慮する」
杉村としてはケンタウルス達に先陣を任せる気はなかった。
密かに関係者を逃亡させることまで疑っていたからだ。
だがケンタウルス長老達まで首を横に振っている。
「そうですぞ伯爵。
我らも先陣を承ったからにはのんびりもしておられぬ。
こちらの先鋒は明日には攻撃を仕掛けますからな」
杉村は絶句する。
ケンタウルス達は、交渉の最中もトルイの町を攻撃する兵を派遣していたことを暴露したからだ。
ケンタウルス自治伯軍
ウォルロックの陣
大族長の末子ウォルロックは、自治伯軍の兵士二千を率いて、トルイの町まで60キロの地点で陣取っていた。
ウォルロックは先ほど届けられた、シルベールに派遣されていた長老達からの書状を読んでほそく笑む。
「皆の衆、大族長からの命令が下った。
これより日本と連合して、トルイの町を攻め滅ぼす。
今晩には戦端を開けるだろう。
日本も明日には合流出来るようだが・・・町には兵は僅かしか残っていない。
金も女も獲り放題だ!!
日本の連中にはビタ一文渡すな!!」
ウォルロックの檄に、兵士達は喚声を挙げて喜び応える。
同種族の集落を滅ぼすのに何の躊躇いも感じられない。
「トルイ族長はやりすぎたのだ。
我等の足元を脅かし、自治伯随一の裕福な財産と町を創り上げた。
それらを今宵、我等に献上してもらう。
全軍、進撃せよ!!」
大陸東部新京特別区
日本国大陸総督府
「舐められたものだな」
秋月総督の呆れたような口調とは別に、総督府官僚、自衛隊将官、国鉄総裁、鉄道公安本部本部長のお歴々の顔が怒りに満ちている。
電話で武力討伐の決定を杉村に伝えたらこの始末である。
「青木君、現在の陸上自衛隊にトルイの町を連中より早く攻撃する手段は無いのだね?」
「残念ながら夜明け前なら、第17即応機動連隊戦闘団で運用させている列車砲が使えるのですが」
第16師団団長青木陸将の言葉に秋月は渋い顔をする。
すっかり何でも屋と化している第17即応機動連隊戦闘団は、2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲を装甲列車に備え付けて列車砲として運用している。
現在は王都ソフィアから全速で現地に向かっているが、自治伯軍の攻撃にはどうやっても間に合わない。
「ならば空自だな。
本国の許可は取り付けてある。
松本空将、F-2を爆装させて出動を命じる。
そうだ、訓練飛行で北サハリンのTu-95がこっちに来てたな。
大陸にいる間の指揮権は総督府にある。
彼等にも出動命令を出そう」
戦略爆撃機Tu-95は、恒例の『東京急行』の為にサハリンの基地に待機していたところを転移に巻き込まれた機体だ。
今回は北サハリンへの訓練と大陸での同胞への物資を持ってきただけなので、爆弾は二発しか持ってきてなかった。
FAB-1500とFAB-500である。
航空自衛隊
新京基地
新京国際空港に併設されたこの基地には、再編成された航空自衛隊第9航空団に所属するF-2戦闘機25機が配備されていた。
そのうちの2機が滑走路を飛び立つ。
『ウルティマ1よりウルティマ2へ、ベア5が飛び立った。
引き離さないように気を付けろ』
『ウルティマ2了解、ベア5をエスコートします』
傍受される危険性も無いから、日本語で平文による交信が常態化している。
そして両機の後背から巨大な戦略爆撃機Tu-95が後を着いて発進する。
音速を超えるF-2から観れば鈍足だが、マッハ0.8で追ってくる。
ウルティマ2に水先案内人を任せ、ウルティマ1は先行して現地に向かう。
帰りは新香港の航空基地に着陸するので、戦闘行動半径は無視してよい距離だ。
爆弾投下後は軽くなるのだから尚更だ。
戦闘機の燃料補給は二時間が鉄則だが、一時間余りでトルイの町の近郊まで辿り着いていた。
『ウルティマ1より、ソフィアSOC。
すでに戦闘が始まってるぞ』
王都ソフィアの基地に配備されたソフィア管制隊に報告し指示を仰ぐ。
トルイの町は中心に城を建設した城郭都市だ。
ウォルロック率いる兵団は、トルイの町の城壁に火矢を放って攻撃を仕掛けていた。
トルイの町はトルイ族長が対同族を意識していたのか、城壁と水掘りに囲まれてケンタウルスお得意の弓矢による攻撃が有効に活かせない造りになっている。
しかし、50頭の守備隊と町から徴用した義勇兵100頭、人族などの奴隷兵450人程度は二千頭もの自治伯軍を捌くのは限界がある。
そこに爆音を響かせて、F-2戦闘機が低空から侵入してくる。
自治伯軍に見せ付けるかのように城壁を飛び越えて、Mk82 500lb 通常爆弾を1基、大手門の裏側に投下する。
投下された爆弾の爆発は、大手門を崩壊させ、水掘を渡る為の石橋も崩落させていた。
「やりやがったな日本軍!!」
自治伯軍の主力も大半が爆風に煽られ、崩壊した石造りの城壁の破片に追われて、地面に転がったり、地に伏していたりという有り様だった。
頭や首を盾や兜で守っていたので、死者こそ出なかったが、下半身にあたる馬部が打撲や裂傷による負傷者が多数出ていた。
さらに大手門と城壁が瓦礫の山と化したことにより、ケンタウルスの足では通れなくなってしまっていた。
破壊されずに飛んできた鉄扉に本陣を蹂躙されたウォルロックは、作戦を立て直す必要に迫られた。
大手門から侵入出来なくなれば、既に支隊に攻撃させていた他の門に兵力を振り直さなければならない。
文句の一つも言いたいところだが、主戦場だった大手門を守っていた守備隊主力を一撃で壊滅させたのだから何も言えない。
だいたい当の日本の飛行機械は遥か彼方まで飛び去っている。
敵の主力は片付けたのに何故か攻略には時間が掛かる事態となっていた。
「まあ、被害は減ったからよしとするか」
ウォルロックは気を取り直し、攻撃の続行と部隊の陣形を組み直す指示を出す。
ようやく日付が変わり、一刻ほどの時間を掛け、攻城の為の陣形を組み直した。
だが今度は先ほどを上回る轟音が戦場に鳴り響く。
「今度は何だ?」
ウォルロックが闇夜に観たものは、先程の飛行機械の何倍もの大きさを誇る戦略爆撃機Tu-95だった。
『ベア5より、ソフィアSOC。
領主の館らしき大きな建物を確認。
FAB-1500を投下する』
指揮権を総督府に発動されたが、北サハリン軍の意向として投下が許可されたのは一発だけだ。
日本に義理立て出来るのもここまでだし、どう考えてもオーバキルだ。
爆弾の残数も決して多くは無いのだ。
投下されたFAB-1500は、城館を中心に半径450メートルが爆発で灰燼と帰した。
ケンタウルス達が好む藁が町の至る所に置かれていたせいか、町の各所に飛び火して大火災となっている。
「この町はもうダメだな。
『ベア5より、ソフィアSOC。
これより新香港に帰投する』
早く帰って、ママのボルシチが食べたい」
2機のF-2戦闘機も東門、西門を橋ごと破壊して帰投の態勢に入っている。
あまりにも巨大な炎の柱と爆風と爆音に自治伯軍も戦いの手を止めて身を守っている。
吹き飛ばされた建物の破片も敵味方関係なく降り注いで犠牲者を増やしているからだ。
「嫌がらせか?
長老会の連中、日本を煽り過ぎたんじゃね?」
「若、危険です、お退り下さい!!」
側近達に押し留められ、本陣を後退させる。
爆音に驚愕、或いは恐怖して棒立ちとなり動けなくなった兵達が続出している。
逃げ出す者が皆無だったのは称賛に値しよう。
せっかくの組み直した城攻めの陣形が崩れ、無駄になってしまった。
残った南門は逃げてきた住民が、邪魔な友軍を排除しようと抵抗に加わっている。
反対に味方は町から見える炎に怯えと略奪出来なそうな事態に士気が下がっている。
死にもの狂いとなった敵に、自治伯軍の被害が大きくなりだしていた。
翌朝、自衛隊の偵察隊員が使者としてバイクで、ウォルロックの陣に訪れる。
なみいる将兵達は憔悴しきった顔をしていた。
「なんと、そちらはもう攻撃の範囲内で歩兵達も一時間の距離に配置済みか。
せっかくだが大手門、東西門と橋はそちらの攻撃で使えない。
南門は突破して既に市街の半分を制圧した。
出番は無いと思うのだが?」
「ご心配には及びません。
我々は崩壊した大手門側から進攻させて頂きます」
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