第12話 よさこい三号の救出

大陸東部

 東西線『よさこい3号』


 機関車から少し離れた場所、ケンタウルス達が築いたバリケードを、機関士大沢達が必死に突き崩していた。


「壁の外側は最後だ。

 連中が気がついたら台無しだからな」

「おやっさん、外側だけなら機関車で強引に突破できないかな?」


 車掌の平田の提案に大沢は考え込む。

 だがシャベルを持つ手は休めていない。

 列車を傷付けない為と前方が確認出来ないから今回は停車させた。

 しかし、バリケードをある程度排除し、状況が確認出来た今なら出来ると言える。


「やれるな? 

 よし、お前らは機関車を動かす為に戻れ。

 俺らはもう少しバリケードを薄くする。

 準備が出来たら俺らも戻る」


 機関助手達を機関車に戻らせ、車掌達とバリケードの撤去作業を続ける。



 9号車両の壁が破壊され、鉄道公安官の二人と屋根から合流した浅井は8号車両で抵抗を続けていたが、ここの壁も破壊され始めた。

 浅井のAkも久田と建川の猟銃も弾が尽いている。


「さて、白兵戦か。

 2人は下がっててくれ」

「いえ、もう少しお付き合いしますよ」


 浅井はナイフを鉄道公安官二人は鉈を構える。

 刃渡りはどう見ても浅井のナイフよりでかい。


「なんでそんな物が列車にあるんだ?

 ナイフと交換してくれ」

「倒木が線路にあった時の為です。

 後は刺又が2本有ります」


 そこにヒルダと斉藤達もやってくる。


「連中の弓矢を三セットばかり奪いました。

 扱ったことのあるのが姫様だけなので」

「あら、私も使えるわよ」


 乗客の中から恰幅のよい主婦が名乗りを上げる。


「多少ブランクがあるけど、JK時代は弓道部だったから。

 和弓だから勝手が違うかもだけど、心得がない人よりはマシでしょ?」


 JKと言われて浅井、斉藤、久田が顔を見合わせるがヒルダが弓を主婦の市原に渡す。

 狭い通路で使うのだから期待は出来る。


「てつはうもまだ2個あります。

 直接、投擲する必要がありますが」


 色々とツッコミたいところがあったが、てつはうは土器で出来ている。

 火薬自体はすでに大陸でも流通しているので、大陸技術流出法には違反していない。


「乗客の中に七人ばかり冒険者をしている日本人もいます。

 日本刀や薙刀とか持ってきてましたね。

 今は各車両から彼等が抵抗の指揮を取っています」



 転移から九年、大陸進出も六年も経過すると色んな日本人が出てくる。



「浅井さん壁が破られた!! 

 連中が入ってくる」

「8号車両客室を放棄!! 

 鍵を掛けて、7号車両で抵抗線を作るぞ」


 通路ならケンタウルスも自由に動けずこちらが有利だ。

 腕時計で時間を確認する。


「通報から45分」








 族長トルイは些か焦っていた。

 連れてきた兵は自分も含めて70騎ばかり、既に戦死が18騎、負傷して戦えないのが16騎。

 戦でもないのに半数がやられたことになる。


「大損害だ。

 割には合わん」

「族長、もう退くべきではないか?

 今なら近くの村でも襲って、日本人の首ということにしておけば面目は立つ」


 顔は焼いとけば問題はない。

 女はその場限りになるが、事が済めば口を封じればいい。

 日本人どもにも一矢を報いた。


「よし退くか、角笛を吹け」


 言い掛けたところで先頭の機関車が煙突から煙を吹き出し、下方からは水蒸気を噴出させ始めた。

 バリケードからは数人の人間が機関車に駆け出している。

 事態が理解できないトルイだが、列車がゆっくりとだが動き出すと失敗を悟る。


「連中逃げ出す気だ。

 いかん、早く角笛を吹け!!」


 このままでは兵達が列車に追撃したまま付いて行ってしまう。

 だが撤収の角笛は、列車の汽笛にかき消される。

 25騎ものケンタウルスが動き出す列車を追撃のために駆け出してしまう。

 列車の内部には5頭のケンタウルスが乗り込んだままだ。


「つ、連れ戻せ!!」



 7号車両では突撃してくるケンタウルスを、久田と斉藤が刺又二本で押し止める。

 狭い通路で走れないケンタウルスなら何とか押さえ込める。

 座席の陰から浅井が鉈を振り回してるので勢いを殺したのも大きい。

 市原とヒルダが弓でケンタウルスを射ると、後続のケンタウルスが前進できなくなる。

 たがそこからケンタウルス達が、矢を放ち久田に二本が刺さる。


「久田さん!!」


 建川が久田を引きずりながら7号車両に移動しようとする。

 しかし、久田は口から血と泡を吹き出している。

 痺れる体で手だけ動かして、全員に6号車両に移動するよう指差す。

 次にてつはうを指差した。

 浅井達が6号車両に移動すると、サークルのメンバーがてつはうの導火線に火を着けて、7号車両に放り込んで7号車両のドアと6号車両のドアを閉める。

 爆発音とともにドアが揺れる。

 だがすぐにケンタウルスの姿がドアの窓から見える。

 顔は血まみれだ。


「久田さんが」


 泣き顔の建川が敬礼しているので、浅井もそれに倣う。


「5号車両からは乗客が避難しているので、ここらで食い止めたい」


 車掌の平田がシャベルを持ってやってくる。


「車両を切り離しましょう」

「走行中に出来るんですか?」

「本来は配線やブレーキ管を外さないといけないのですが、時間が無いから強引に切り離します。

 まずは連結機を切り離してから一つ一つ鉈で斬ります」


 平田が作業に入るが、岡島の声が車内放送で鳴り響く。


「バリケードに突っ込みます。

 何かに掴まりながら頭を守ってください!!」


 全員が座席に捕まると、何かに衝突したような衝撃が車内を揺るがしていく。





 機関車

 

 大沢達を乗せた機関車は、ゆっくりと加速を続け走り始める。

 可能な限りに勢いを付けて、バリケードを吹っ飛ばして突破しないといけない。

 機関助手達は必死に石炭を竈にくべている。


「いけ、いけ、いけぇ~い!!」


 手を振り回しながら声援する大沢の声に応えるように、機関車の先頭部分がバリケードにぶつかり、粉砕しながら土砂を撒き散らす。

 機関車周辺を駆けていたケンタウルス達が、土砂を浴びて転倒していく。

 機関車は震動しながらバリケードを突破し、さらに加速を続ける。


「やったあ!!」


 大沢は歓声を挙げるが肩に矢を受けていた。

 そのまま崩れ落ちる。


「おやっさん!!」




 「退け、退くんだ!!」


 トルイは追い付いた兵達を一人一人に声を掛けて列車の追撃を止めさせる。

 合流した29騎のケンタウルスは負傷した16騎を回収して、撤退しようとする。

 死体も18騎。


「数が合わないな、列車の中か」


 証拠は残したくないが、長居は危険だった。

 どうせ東部地域にケンタウルスの集落は無い。

 列車の中のケンタウルスの素性を洗っても自治伯との繋がりを思わせる物は持たせていない。

 流れのケンタウルスが勝手にやったと言い逃れが出来る。

 遠ざかる列車を尻目に引き換えそうとすると、奇怪な羽音が上空から聞こえてきた。


「なんだ、この音は?」


 同時に森の中からこちらを囲むように斑模様の緑の服を着た集団が現れる。

 木々の間から銃を構えているのが判る。


「バカな日本兵だと、どっから現れたのだ」


 日本軍が駐屯する主要な町には、見張りを置いてあったはずだ。

 例え日本の車がどんなに早くてもケンタウルスの伝令に勝てるはずがない。

 だが現実に目の前にいるのは・・・



 困惑するトルイ達の前に低空をホバリングするMi-8TB、ヒップEの機首の備え付けられた12.7mm機銃が火を噴いた。


「退き時を誤ったか」


 族長トルイは一瞬にして肉塊となった。

 同時に列車から7号車両以降が切り離された。

 ケンタウルス達は、切り離された車両に向かって逃げ出す。

 そこなら攻撃を受けないと考えたからだ。

 しかし、半包囲していた陸上自衛隊の第4分遣隊の隊員達が前進しながら銃撃を開始する。


「ケンタウルスの指揮官以外の生死を問わない。

 まあ、無理に捕まえる必要も無いがな」


 隊長の進藤一等陸尉の命令のもと、ケンタウルス達は一騎、また一騎と駆られていく。

 そこに切り離された車両が線路で止まっているが、乗客はとうにいない。

 そのことは『よさこい3号』から連絡を受けている。

 ケンタウルス達はそんなことは知らないので車両に集まっていく。


「いいカモだな、馬か?

 撃滅しろ」



 切り離された列車の中にいたケンタウルス達は、先頭車両から飛び出し、遠ざかっていた列車に追い付いていく。

 一匹が手摺を掴もうとしたところで、ヒルダのレイピアがドアの隙間からケンタウルスの手の甲を貫く。


「しつこいですわよ」


 反対側の手摺に掴もうとした一匹も浅井が鉈で手首ごと切り落とす。

 残りの3頭は斉藤が転がしたてつはうの餌食となった。




ケンタウルス達が掃討され、再び汽車が停車する。

 隊員達によって、乗客が外に出てきて治療や事情聴取を受けている。


「おやっさんしっかり!!」

「いやだよお、おやっさん、いかないでよう!!」


 泣き叫ぶ機関助手達を尻目に、浅井と斉藤達はケンタウルスの荷物を漁る。

 大半はケンタウルスの肉体ごとミンチに混じっていたが、車両近くのケンタウルス達は背後から銃弾を受けただけだ。


「あった!!」


 ケンタウルスの腰ベルトに毒、毒消し、麻痺の薬が入った小瓶を手にいれた。


「これを機関士に」


 斉藤の助言、毒を使うものは解毒薬も持ち歩いているはずという言葉に従い、賭けには勝ったようだ。

 ケンタウルスの薬を人間に使ってよいかは迷ったが、このままではどうせ死ぬ。

 投薬後、顔色や呼吸が正常に戻ったことから薬が効果は確かめられた。

 大沢機関士はヘリで一足早く新京大学病院に運ばれることになる。

 やはり人間には人間の為の医療の方が安心出来る。


「浅井二等陸尉、よく持ちこたえたものだな?」


 仮設テントの指揮所で、進藤一尉がその労を労う。


「二人も死なせてしまいました。

 そして、乗務員や乗客の奮戦の賜物です」

「二人とも公務員として、国民に殉じた。

 御冥福を祈る。

 国鉄と鉄道公安本部は激怒してたよ。

 我々もなんだが、大陸総督府は自衛隊に報復を許可したよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る