第11話 抵抗 後編

 4号車


 浅井二尉は車両内部を姿勢を低くして移動し、司令車まで後一両のところまで来ていた。

 持っている武器はマカロフ拳銃一挺と途中で取り外した座席。

 四号車の連結部から屋根によじ登る。

 司令車は先程から爆発にさらされていたが、意外に破損は少ない。

 だが破城槌やてつはうが交互に叩きつけられて、穴が空くのは時間の問題だろう。

 屋根の上から先ず右側のケンタウルスを始末することに決めた。

 ケンタウルスの腰に紐で括りつけられたてつはうに、9mmマカロフ弾を三発命中させてあたりを爆発させる。

 そのまま破城槌を持っていた四頭にも銃口を向けて発砲する。

 重量物を持っていたケンタウルス達は回避行動も取れずに3頭を射殺、1頭が地面に倒れ伏す。

 予備のマガジンに交換して、てつはうを持っていた2頭も始末した。


「残り6発」


 浅井の存在に気がついた左側のケンタウルス達が、矢やてつはうを放ってくる。

 浅井は屋根まで持ち込んだ座席を盾に移動し、司令車両の屋根に飛び付く。

 だが幾つかのてつはうに仕込まれていた土器の破片が、座席の隙間から背中や足に当たる。


「痛……」


 幸い刺さりはしなかったようだ。

 叫びたいのを我慢して、手近にいた破城槌を持ったケンタウルス2頭に残りの弾丸を全部叩き込んで射殺する。

 半分は八つ当たりだ。

 槍に持ち変えたケンタウルスが屋根の上で転がる浅井を狙うが、屋根の扉を開いた平田が散弾銃で槍持ちを射殺し、岡島が浅井を車内に引き摺って中に入れる。


「状況は?」


 ようやく一息付けるが休む暇はない。


「機関車両に8頭にこちらは4頭、最後尾車両に25頭までは確認できてます」


 司令車両には各車両からの内線から報告が来ている。


「こちらは悪い知らせだ。

 拳銃の弾がもう無い」


 岡島と平田は顔を見合せて苦笑する。


「ご安心をこちらも弾切れです。

 でも預かってたものがありましたよね?」

「ああ、そいつを取り来た」




 機関車両


「おやっさん弾切れです」

「俺も」

「自分もです」


 機関助手達は猟銃を置いて、スコップを持つ。


「馬鹿野郎、撃ちすぎだ」


 だが大沢ももう二発しか弾を残していない。

 まだ、この機関車両を攻撃してくるケンタウルスは7頭もいる。

 司令車両の屋根から再び飛び出した浅井の手には、出発前に鉄道公安官に渡して預けていたAk-74が握られていた。

 司令車から炭水車に移り、一頭ずつ撃ち殺していく。

 石炭の山に身を隠すが、機関車で抵抗を続ける大沢機関士に声を掛ける。


「大丈夫ですか?」

「若ぇのを一人、死なせちまったよ」


 大沢が矢が数本刺さった機関助手の一人を床に寝かせて、他の二人は泣きはらした目をしている。


「おまえさん自衛隊だな、援軍かい?」

「自衛隊だが乗客です」

「そうか、まだ続くんだな」


 車掌の二人もこちらに合流してくる。


「お前ら全員、シャベルとツルハシを持て!!」

「おやっさん、さすがにそれは無茶だ!!」


 平田が大沢を止めにはいる。

 銃弾が残っているのは浅井だけだ。

 ケンタウルスにシャベルやツルハシで勝てるとは思えなかった。


「勘違いするな、俺達の相手はあれだ!!」


 大沢が指を指した方向は線路の先、石や木が積まれたバリケードがそこにあった。


「機関車さえ動けば馬なんざ引き離せる。

 援軍の到着なんか待ってられねぇ!!」

 途端にシャベルを持って駆け出し、助手達もそれに続いた。


「浅井さん、我々も行きます。

 乗客を前の車両に誘導して下さい」

「わかりました。

 なるべく連中から見えないバリケードの向こう側から崩してください。

 ああ、そうだ。

 救援の連絡から何分たちました?」

「25分」


 車掌達と浅井も反対方向に走り出す。




 ケンタウルス達は途中の車両のドアや窓を一つ一つ破壊していたが中には侵入出来ないでいた。


「狭ぇ」


 外部の扉を破壊して内部に入ろうとしたが、下半身が馬の巨体では壁に体を擦りながら進むことになる。

 天井も低く、弓を縦に構えられない。

 横に構えようにも座席が乱雑に積み上げられて邪魔で仕方がない。

 隣の客車に通じる内部扉はさらに小さく、大柄なケンタウルスでは嵌まって動けなくなる者が続出した。

 窓ガラスも強化ガラスとシャッターが頑丈で、どうにか割っても破片で手を切る者がやはり続出した。

 全ての車両がブラインドとシャッターを閉めていた為に、どの車両に乗客がいるのかを確かめる必要も生じていた。

 最後尾車両に一度は制圧したが、もう一度分散して、各車両の内部を探っている。


「くそ、ラチが明かないな」


 族長トルイは予想以上の被害と時間のかかりように苛立ちを見せていた。






 乗客達は最後尾にある10号車両を放棄して、9号車両で抵抗を続けていた。

 ケンタウルス達の矢に体を晒さないように、バリケードを盾に身を屈めている。

 10号車両の後尾連結部入り口は、破城槌で破壊されたので外部に剥き出しになっていた。

 そこから侵入したケンタウルス達は麻痺毒を塗った矢を9号車両の入り口から放つ。

 応戦が無いのを確認して、9号車両の侵入に成功する。

 だがボックスシート、4人掛けの向かい合わせ式の座席の通路はやはりケンタウルス達には狭かった。

 それでも一頭ずつ中に入り、通路を進むが、反対側のドアが開いた瞬間、鉄道公安官の建川と久田が猟銃で撃ってきた。

 逃げ場の無い先頭のケンタウルスは体に穴を開けて絶命し、後続のケンタウルスの進路を塞ぐ。

 逃げようとしたケンタウルスは、座席と死体に阻まれて方向転換が出来ない。


「だめだ族長、狭すぎて狙い撃ちされてる。

 こっちは不利だ」

「ふん、ならばこの車両には乗客はいないのだな。

 応戦してる連中を引き付けておけ」

「如何なさるので?」

「まどろっこしいことは止めだ。

 壁を直接ぶっ壊す。

 まずはてつはうを1個ずつ車両に放り込んで連中の位置を確認しろ。

 その車両の窓枠に縄をくくりつけて引っ張る。

 窓枠の端を破城槌をぶつけて剥がしやすくしろ」





大陸南部

 シルベール伯爵領迎賓館


 シルベール伯爵家は長年の間、ケンタウルス自治伯領と皇国の仲介役としての役割を担ってきた。

 皇国が滅びた後も、王国と日本国大陸総督府の代理人として彼等との仲介を任せられている。

 その為に領内に迎賓館を設け、日本の大陸総督府の外務局長杉村をはじめとする代表団とケンタウルスの長老会議代表団との会談の場を設けていた。


「日本国が我が種族の若衆30名を一方的に虐殺したのは甚だ遺憾です。

 謝罪と賠償を要求したい」

「ケンタウルス若衆は日本国管理地域である鉄道線路沿線で略奪行為を働いていた。

 これは明らかに犯罪である。

 当方は犯罪行為に対し、実力を行使したに過ぎない。

 要求を拒否する!!」

「帝国並びにそれを継承した王国では、ケンタウルス自治伯領内での人族に対する治外法権が認められている。

 線路はともかく事件の起きた地域の沿線の街道は自治伯領の境界線に接している。

 そして、確実に十数頭は自治伯領内で殺害されている。

 これは法に反する行為ではないかね?」


 東西線沿線の『ケンタウルス若衆によるキャラバン襲撃並びに装甲列車による撃滅』事件は、地域の名前を取って、ジェノア事件と呼称されることとなった。

 当初は脳筋のケンタウルスなど、力を背景にすれば容易く主導権を握れると思っていた。

 総督府外務局は、法を背景に弁護士の如く抵抗してくるケンタウルス長老会議代表団に意外な苦戦を味わうことになる。

 そもそもなぜこんな会談が行われているのか?

 傭兵やケンタウルスに多数の死者が出ていることから、うやむやにするのは良くないと王国側から責任の所在を求める要請があったからだ。

 総督府側は拒否もできたのたが、会談を受けたのはケンタウルス族の自治に対する介入が出来る機会と侮っていたことが大きい。

 休憩を挟むこととなり、外務局員達は用意された迎賓館の部屋で予想外の苦戦に憤る。


「なんなんだあいつらは?

 我々が想定していたイメージとはだいぶ違うぞ」

「ケンタウルス族は粗野で野蛮、そう考えてましたな? 

 だが考えてもみて下さい。

 彼等は皇国から自治権を勝ち取った種族ですぞ。

武力だけなら皇国は、彼等の自治権など認めなかったでしょう」


 シルベール伯爵は仲介を担うが別に中立というわけではない。

 伯爵の領地は年貢の他に、ケンタウルスと商人による交易に対する権利を認める運上金によって莫大な利益を上げて成り立っている。


「主な商品は傭兵、狩猟により得られる肉や毛皮、自治領特有の果実といった物です。

他にも医薬品や音楽を初めとする美術品、工芸品。

つまり野蛮な風俗とは別の文化的な側面があります」


 官僚達はシルベール伯爵の話に聞き入っている。


「ケンタウルスは性欲の強い種族ですが、腹上死は彼等の死因の上位にあたります」


 全員複雑な顔となった。

 女性官僚もこの場にいるのだから勘弁して欲しい話題である。


「ですが老齢に達すると性欲が霧散し、突然美術や医術、哲学に魔術、政治といった学問的なことに対する欲求が起こり極めようとします。

長老と呼ばれる彼等がそうです。

彼等は大族長や族長の諮問を担当する賢者達であり、相談役なのです」

「先にそれを話して欲しかった」

「勘違いなされては困りますが、私は別に貴殿等の味方というわけでわないのですよ? 

 寧ろ貴殿等が、私の権益を犯さないか憂慮している」


 シルベール伯爵は自分の知識や経験が交渉には不可欠だと、自分達に売り込んでいるのだと杉村は悟る。

 外務局員達は深刻な顔で対策を考えている。

 そんな中、若手の局員が思い詰めたように呟く。


「性欲が抜けて賢者に? 

 賢者モードか」


 杉村はその若手に書類を叩きつけた。


「つまらんことを言うな」

「賢者モードとは何ですか?」


 シルベール伯爵も真面目な顔で聞いてくる。

 だが総督府と連絡を取っていた局員が、パソコンを通じてプリントアウトしてきた書類を杉村に見せると彼の顔は豹変し、まわりの局員達も書類を見せられ雰囲気が変わっていく。

 シルベール伯爵も場の空気が変わったことを悟る。

 まるで示しあわせたかのように沈黙する外務局員達を不気味に思いつつ会議が再開される。


「話の続きの前に現在起こっている事態を説明しましょう。

 まず我々は今回の会談を打ち切る準備があります」


 突然の総督府外務局の豹変ぶりに長老達も緊張を新たにしていた。

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