第109話 人狼兵士

 カルシュタイン城


「第二波も壊滅か、思ったより早いがまあいい。

 データは十分だ」

「マーシャル卿、必要な荷物の搬出は終わりました。

 最後は我々だけです」


 カルシュタイン城には、自爆用の爆薬が大量に仕込まれている。

 ウェールズ大尉とマーシャル卿は、地下の隠し通路から城外に出て、車両に乗って逃走するつもりだった。

 その頃には米軍と自衛隊が城内に乗り込んで来ているだろうが、まとめて始末する気だ。


「後は政治屋にお任せですね。

 どう決着を着ける気ですかね?」

「互いに追及し合わなければ日米ブリタニカ間では決着さ。

 ビスクラレッド子爵は力関係で黙らすとして、アルベルト市は些かうるさいかもな」


 日本は問題化を望んでいない。

 米軍は表向き、大陸内に軍を派遣した事実を公表したくない。

 だがアルベルト市は軍警察に犠牲者を出してしまった。


「まあ、卿が心配することでは無いですよ」


 ウェールズ大尉の手に握られていた拳銃の銃口から煙が噴いていた。


「ああ、油断したな。

 そういえば貴公は英国系ではなかったか、その拳銃は王国の制式拳銃か?」


 マーシャル卿は腹部の傷口から大量に出血して床に倒れこむ。


「やっぱり暴走の犯人は必要ですからね。

 捕まってもらっても困るので、死体で発見されて下さい」


 市の急進派も粛清対象だが、死体は一つで十分なはずだ。

 城の爆弾も大陸由来のものだ。

 皇国残党軍こと解放軍が使用していたものを模倣した物だ。

 急進派は旧英国系の派閥だ。

 旧ニュージーランド系のウェールズ大尉には、無用な軋轢を招こうとする急進派は邪魔な存在だった。

 軍情報部からも、この研究のお目付け役と後始末を命令されている。

 マーシャル卿の死亡を確認する為に近寄ったところ太股に注射器が刺されてしまう。

 完全に注入される前に注射器を殴り壊したが、一部は体内に投与されてしまった。


「最後の一本、濃厚な一本だから大事に使いたまえ」


 そう言ってマーシャル卿は息絶えていた。

 ウェールズ大尉の意識は消え、肌から延びる狼の体毛、突き出る上あご、下あご、伸びる爪と耳、光出す瞳。



 人狼となったウェールズ大尉は、再び隠し通路から城内へと戻って行った。

 城内に多数の『敵』、いや、獲物が侵入したからだ。

 遠吠えを放ち、城内の獲物を狩りに4本の足で駆け出して行った。




 天領カルシュタイン

 カルシュタイン城


 カルシュタイン城内では、自衛隊と米軍が順調に人狼を駆除していた。

 多数の負傷者を出したが、ホップス隊とフィネガン隊も合流し戦闘を続けていた。


「城内の謁見の間を抑えましたが目ぼしい物は持ち去られた後です」

「負傷者は城内の神殿に運び込みました。

広場も確保出来ましたので、海兵隊のオスプレイと自衛隊のヘリコプターはこちらに」

「城内で拘束した人間は一人残らず大陸人でした」


 報告を受けた陸上自衛隊の三橋三等陸尉は、目標の確保もしくは破壊に失敗したのではと考えていた。


「負傷者に噛まれた者はいるか?」

「幸いなことに一人も。

しかし、いいんですか? 

米軍の連中、地下通路を発見したと乗り込んで行きましたよ?」

「こちとらただの普通科の隊員だぞ? 

危ないことは特殊部隊に任せればいいさ」

「我々は何しにここに来たんですか?」

「もちろん、米軍にだけ勝手なことはさせないと主張する為さ。

まあ、義務は果たしただろう」


 無理な交戦はする気はさらさらない。

 謁見の間の窓から米軍が隠し通路に侵入する光景が目に映る。





 負傷者を預け、再編したアルファ作戦分遣隊は、城の地下に造られた通路に侵入していた。


「轍の跡です」

「車で逃げられたか、追い付けんな」


 フィネガン大尉は舌打ちをする。

 もうすぐ海兵隊の援軍がやってくるはずだが、肝心な目標に逃げられたと落胆していた。


「そうなると」


 フィネガン大尉が壁の気になったブロックを外してみる。


「ああ、やっぱり撤収の準備をしろ」


 壁の中には大量の樽が仕込まれていた。

 中身は当然のことながら、大陸で使われている火薬だ。

 それでも城を破壊するだけの量はある。

 隊員達が撤収しようとした矢先に、また人狼の一団が通路の先から駆けてくる。


「片付けろ」


 フィネガン大尉は命令を下すが、今度の人狼は銃の射線を理解してるかのような動きだった。

 もちろん弾幕の雨は無慈悲に人狼の命を刈り取っていく。


「こいつら、統制されてる?」


 自らもM16自動小銃をフィネガン大尉も撃ちまくる。

 数匹は金属の板や鎧を直接抱えて迫ってくる。

 急所を守られて、銀の銃弾による致命傷が与えられない。


「抜かれた!!」


 隊員の一人が人狼に首を噛みきられた。

 もう一人も胸を爪で貫かれていた。


 ホップス大尉が死亡した隊員ごとM203グレネードランチャーの榴弾で吹き飛ばす。

 下手に人狼に変えられても厄介だからだ。

 爆炎の中から毛皮を焼いた人狼が現れる。

 死体となった隊員を盾にしていた。

 接近されたホップス大尉は、人狼の右手の伸ばした爪で首を切り落とされた。

 さらに左手にはSIG SAUER P226が握られてて、人狼化により大きくなった手に扱いずらそうに発砲しながら柱の影に隠れる。

 人狼化したウェールズ大尉は、無意識に人狼の群れを統率し、地球の軍隊の戦い方に順応させた。


 ようやく人狼化したまま人としての意思を取り戻し、殺戮衝動と狩猟本能を抑え込んだが、その思考は途方に暮れていた。


「今更戻る訳にはいかないよな」


 人の姿に戻れるとして、原隊に復帰しても口封じに殺されるか、実験動物として幽閉されて飼われるだけだろう。

 ならば選択肢は一つだった。

 米軍の死体から奪った手榴弾を放り投げながら逃亡を試みる。

 隠し通路の反対側には、ブリタニカ軍が仕込んだ爆薬があるのでルートとしては使えない。

 米軍を突破して、城門から出る必要があった。

 他の人狼を囮にし、ウェールズ大尉は隠し通路の扉から広場に躍り出た。


「うわっ!?」


 広場には援軍出迎える三橋三尉達自衛隊の隊員達がいて鉢合わせとなった。

 咄嗟に全員が銀の銃弾が装填された拳銃や銀の日本刀を構える。

 ウェールズ大尉には、米軍よりこちらの方が厄介だった。

 さらには上空には、陸上自衛隊のAC-208J セスナ 208 キャラバンが舞っていてる。

 少しでも距離を取ろうと駆け出す。

 脚力なら人間など相手にならないから警戒すべきは銀の弾丸だけだ。

 三橋三尉達にしても人員の半数を負傷者の治療に当たらせていのが仇となった。

 たちまちウェールズ大尉に城外、森へと逃げられてしまった。

 その頃にはようやくオスプレイやCH-47大型輸送ヘリコプターの到着する無線が増加する。

 フィネガン大尉達も隠し通路から爆薬を無力化して出てきた。


「三人も殺られた、不甲斐ない」


 増援の到着の遅れは自衛隊による妨害にも原因はある。

 だが思惑が異なる以上は、それを責めることに意味を見出だせなかった。






 大陸南部

 ブリタニカ市

 市庁舎兼市長公邸

 ロデリック城


 ダリウス・ウィルソン市長は、執務室の椅子で溜め息を吐いていた。

 秘書のアンが紅茶を置いてくれたので、愚痴の一つも言いたくなった。


「日本からは釘を刺され、アメリカは恩着せがましい事を言ってきたよ。

急進派の粛清が片付き、マーシャル卿の研究資料は日本に引き渡すことが決まった。

まあ、連中なら封印程度に留めて悪用はしないだろう」


 粛清と言っても急進派の高官を解雇や更迭をした程度だ。

 人手不足のブリタニカには、逮捕や処刑などしている余裕は無いのだ。

 今回の事件で死体で発見されたマーシャル卿や行方不明のウェールズ大尉といった人材の損失は惜しむべきところだった。

 狼人の貴族、ビスクラレッド子爵はブリタニカと取引のある近隣の貴族に圧力を掛けて黙らせた。

 ロイズ保険をモデルにしたブリタニカ保険の影響力は、南部貴族の間では絶大なものがある。

 アルベルト市は、まだ納得のいかない姿勢を崩してないが、モンスターによる事件だったとしらを切っている。

 むしろ米軍による空爆の方が事態を複雑化させた感がある。

 諸事は色々と残ってるが、とにもかくにも今回の事件は一応の終息を見せた。

 紅茶を啜りながら、ウィルソン市長は各方面を舌先三寸で丸め込むかに想いに馳せていた。






 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


 事件の顛末を聞いて、秋月総督は自衛隊の撤収を命じていた。


「各国や独立都市も余力が出てきたのか、好き勝手にやるようになってきたな。

様々な形で制約を掛ける必要がある」

「関係各所に検討させます。

ですが国内勢力も問題です」


 企業や政治勢力、反社会組織が日本の勢力外の地域に独自の拠点を構築しようとする動きが出ているのだ。

 この問題に先鞭を付けた石和黒駒一家の成功が、後押ししている。

 何より問題なのは、総督府内部にもそれを擁護、支援しようとする動きもあることだった。


「もう1つの問題として、海自の地方隊だけではアミティ島の米海軍は抑えられません」

「数も質も劣るからな。

 そちらは本国に海自の強化を要請しよう。

 ところで人狼を一人逃がしたそうだが続報は?」


 現在のところ地元民にも被害が出た報告は無い。

 総督府は鯉城市の移民計画終わりつつあるので、次の新都市計画で忙しかったのだ。

 あまり今回の事件に深入りはしたく無かったのだ。


「カルシュタイン城を拠点に三橋三等陸尉の分隊に捜索は続けさせています。

近隣の冒険者ギルドにも討伐依頼を出しましたが、昼間は人間体なので、難航しているようです」


 人狼の人間体の正体もわかってないので、仕方がないことだった。


「三橋三尉には苦労は掛けるが、当面は捜索に専念してもらおう。

やれやれいったいどこにいるのやら」


 そこに海自の地方隊司令の猪狩海将が入室してきた。


「どうしました?」

「米海軍から連絡です。

強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』にて、火災が発生。

消防が可能な艦の派遣と、艦載機の避難を打診されました。

また死者こそでてませんが、負傷者が多数出ているの為、西陣市の港に寄港を要請。

米海軍を監視していた護衛艦『しらね』には、消火並びに負傷者の救援活動を命じました」

「よろしい、西陣市への寄港は総督府権限で許可します。

秋山君、関係各所に連絡して下さい」


 西陣市の市役所、警察、海保、消防、病院、陸自を動かす必要があった。

 報道関係にも通知する必要がある。


「それと…、寄港までに『しらね』には火災の原因を調べさせて下さい。

変な物を持ち込まれても困りますからね」





 洋上

 強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』


 消火活動は依然として続いていた。

『カーティス・ウィルバー』や『しらね』からの放水で、火災の拡大は防げているが、鎮火の目処は立っていない。

 カルシュタインから戻ったフィネガン大尉も消火活動に参加していたが、気分は最悪だった。

 火災の原因は、突如として人狼化した部下が暴れまわった結果だ。

 鎮圧に手子摺った結果、重火器まで使用して狭い艦内で火災となってしまったのだ。 

 米軍が用意した銀の弾丸は使いきっており、自衛隊に渡された分はしっかりと回収されてしまった。


「噛まれた痕は無かったはずだ。

 くそ、どうしてこうなった!!」


 そこは軍医も確認している。

 このような事態となっては、フィネガン大尉と部下達も拘束、隔離される事となった。



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