第110話 就職への道
バルカス辺境伯領
ポックル族解放区某所
「それで我々に保護を求めると?」
ポックル族を統率する勇者『マサキタカツキ』は呆れ返っていた。
突然、アジトに現れた元ブリタニカ軍大尉のウェールズと名乗る男は自らが人狼であり、地球系政府に追われる身だから匿えと主張してきたのだ。
「ここは大陸南部で地球系政府の力が及ばない地域ですからね。
あ、アジトとしては把握されてますよ?
でなければ私がすんなり辿り着ける訳がない。
まあ、当分は手を出す気は無いようですが」
確かに勇者『マサキタカツキ』も政府関係からの干渉が全く無いのは不自然に感じていた。
政府の邪魔をしないうちは放置する心積もりのようだ。
「まあ、私は役に立ちますよ?
夜間限定ですが、常人には無い身体能力がありますし、軍で培った斥候や工作の能力もあります。
容姿も大陸人と変わらないので、潜入もお手の物。
昼間も顧問として、部族の戦士達に軍事教練を施せます。
お買い得でしょう!」
ウェールズはとしては、日本は兎も角、アメリカには素性がバレるのは時間の問題だと思っていた。
しかし、米軍の隊員に仕込んだ罠が発動していれば、当分は手出しはしてないと確信していた。
米軍は人狼に噛まれることに警戒していたが、注射痕には予想できては無かったようだ。
ウェールズはマーシャル卿に射たれた注射器は破壊したが、人間の意思を取り戻した時に戦いながら未使用の注射器を調達し、自らの咥内から体液を採取し、気を失っている米軍隊員に投与したのだ。
幸い注射器は米兵自身が医療キットとして所持していた。
人狼化すれば、注射痕も消えるので訳がわからないことだろう。
「わかった、保護の提案を受け入れよう。
但し、ポックル族が人狼の犠牲になったら貴方を斬らせて貰う。
さしあたって必要な物はあるか?」
「そうですね、ラジオか何か、ニュースを聞ける物はありませんか?」
大陸東部
日本国統治地域
西陣市
西陣中央病院
半月前の起きた米海軍強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』火災事件の負傷者達は、この西陣中央病院に収容されていた。
西陣市の中央病院と言ってもまだ設立して一年足らずの病院では不足する医療物資も多い。
しかし、最近はその物資の消費を大幅に解消する人材が採用されていた。
この日も手術室では火災で大火傷を負った米海軍士官が、検査で見つかった悪性腫瘍の摘出手術が行われていた。
腫瘍は腸に見つかっており、執刀医は日本では考えられないくらいに多目に腫瘍付近の腸を切除していた。
「摘出は完了、後は頼む」
執刀医が後ろに下がると、手術着を着た大陸人の女性が切除部に手をかざし、祈りの言葉を唱えた。
「『地と記録の神』よ、彼の者の傷を癒したまえ……」
切除された腸がみるみる正常な形に復元されていく。
この奇跡の光景に日本人の医療関係者は羨望や嫉妬、呆れの目で見つめている。
だが彼女の癒しの奇跡では、腸を回復させるだけで限界だった。
倒れ混みそうな脱力感に他の看護師が体を支え、椅子に座らせて額の汗を拭き取ってくれる。
患者の開腹された部分は、通常の医師達が縫合を行っている。
幸いなことに契約では奇跡の力を使用は、手術が予定されてる日は一日に一回。
西陣中央病院に限らず、市内の病院全域を複数人の奇跡の力の遣い手で担当している。
彼女の名前はマリーシャ・武井。
れっきとした大陸人であり、日本人の都市に居住・労働が許された際に、戸籍登録の必要から付けた通名である。
元々孤児院出身なので家名は無いし、孤児院では一番同名が多いマリアという名前だったので、通名が許可されたのは幸いだった。
武井と家名は、西陣市に来る途中の汽車で読んだ雑誌に載ってたモデルの苗字から採用した。
奇跡の力が使えるようになったのは、孤児院を運営していたのが『地と記録の神』の教団であり、神官に準ずる生活や教育を受けていたせいだろう。
初代皇帝の定めた法で、神殿には孤児院や施療院を併設し、運営することを義務付けられている。
マリーシャが育った孤児院もそんな孤児院の一つだった。
その中でも資質があったのか、神の声が聞こえて奇跡の力が使えるようになった。
問題は彼女は神殿に仕える動機が全く無かったことだ。
それでも育ててくれた恩から、最低限の奉仕の義務を果たすと、侍祭の階位を貰って神殿から出た。
侍祭は奇跡の力を使える者の最下位だが、身元保証としては最適な物だ。
最初は村や町で癒しの力を生かした診療所でも開こうかと思っていた。
義務奉仕の時に隣接する施療院で、最低限の医療も学び、従事していたからだ。
「でも診療所を開く為の資金も無かったし、地域医療は各教団の神殿や引退した神官の縄張りだったのよね」
「ああ、既得権益を持った先人がいたのね」
仕事が終わり、マリーシャは看護師の友人達と居酒屋でビールを飲んでいた。
看護師の宮嶋杏子や春沢美幸が酒の肴に、マリーシャの話を聞いていた。
そういえばマリーシャは成人してたか杏子は疑問に思うが、大陸人に飲酒に関する義務年令は無かったと気にするのを止めた。
最もここは日本の領土内なので、日本人の法律が適用されるのだが、最近マリーシャの好物となった唐揚げを頬張ってる姿が可愛くてどうでもよくなっていた。
まあ、彼女達も酔っていたのだ。
「最低でも村の出身者とかだったらあ~
診療所に就職出来たんだけど、これも枠が埋まってたの。
職の無い村の未亡人とかを看護師として雇用する制度まであったし、地元の冒険者の大事な仕事だったりね」
これも皇国の初代皇帝が定めた法だ。
ただし、本来ならそこまで雇用の枠が埋まる程では無かったのだ。
当時は日米含む地球系連合軍との戦争で、未亡人や孤児が急激に増えていた。
奇跡の力に目覚めていたマリーシャがあっさりと教団を抜けれたのも、教団のキャパシティが逼迫していた事情もある。
冒険者も依頼の仕事として、地域医療や老人介護も含まれている。
冒険に出なくても日銭を稼ぐ事が出来るようにする為だ。
その費用は領主からの寄付や年貢や徴税官に支払った税金から積立てされているらしい。
「医療保険みたいね。
初代皇帝って、凄かった?」
「そのおかげで、私は仕事にあぶれたけどね。
それに終戦時の混乱で、財源に流用されたりで破綻や廃止となった領地も多いわ」
奇跡の力があった分、医療費が高騰しなかったのも大きい。
命に対する諦めが早かったのもある。
助からない、長期の負担になると判断された患者は、早々に永眠させられたのだ。
日本人看護師の二人は、多少の問題はあったかもしれないが、そんな制度が千年近く前に考案され、続いていたことにも驚いていた。
「でもマリーシャはその後はどうしたの?」
「冒険者ギルドには登録してたから、日銭を稼ぐ毎日だったわよ。
そんなある日、地元の冒険者ギルドが日本に買収されて、新しいギルドのスタッフにスカウトされたの。
『貴女の奇跡の力を日本が新しく造った町で活かして見ませんか?』と」
西陣市
西陣セントラルホテル
大陸副総督北村大地は、補佐官の青塚や市の医療関係者と会食を行っていた。
「昼間に見せて貰った奇跡の力を使った手術。
なかなか視察の甲斐はあったな。
あれがあれば我が国の再生医療なんかは目じゃないな」
医療関係者がいる前での発言に青塚補佐官がフォローを入れる。
「問題は対象が怪我人であることです。
確かに内臓摘出や開腹処置中ならば、奇跡の力は発動するわけですが、そこに持ち込む医療関係者の方々の力はまだまだ必要です。
昼間に観た彼女は侍祭クラスですが、一人では治癒しきれていない点も考慮にいれなければいけません」
「一つの手術を終わらすのに、あの侍祭クラスだと四人は必要か?
人材の確保が困難なのは俺も理解している。
しかし、本国も含めて医療物資が不足している現在は、非常に有用なのは間違いない。
スカウトでもヘッドハンティングも積極的にやれ。
他の都市や新都市でも病院建設はラッシュ状態だ。
当面は不必要になることは無い」
北村が促したのは、医療関係者に混じって会食に参加していた石和黒駒一家の組長の黒駒の勝蔵と若頭の荒木である。
表向きの肩書きは人材派遣会社の社長と副社長だ。
ちなみにマリア改めマリーシャをスカウトしたのは荒木だったりする。
「わかりました。
特に西部や南部からですね」
「ん?
ああ、いい目の付け所だ。
無理に拘る必要は無いが、華西や南部の独立都市が気がつく前に教団に所属してるの以外は引き抜いてしまえ。
医療関係者も当面は、奇跡の力の遣い手を雇用してることは公表を避けろ。
我々が十分な人数を確保出きるまでな」
教団の神官達は信仰心を拠り所に集まっている連中なので、引き抜きが難しそうなのは理解できた。
何より各教団は基本的に皇都大空襲で、多数の教団上層部や神官戦士団を灰に変えられたことで、非協力的なのだ。
教団を離れた在野の人材を探す他に無いが、他の地球系独立国・都市に知られて、ライバルを増やす必要は無い。
「本国の方は大丈夫なんですかい?
気がつけばあちらも本国に人材を回せ、とか言ってきそうですが」
黒駒勝蔵の指摘に北村は苦々しい顔をする。
「あの忌ま忌ましい府中の相談役が気がつかないはずがない。
だが現時点で本国政府が何も言ってこないなら、藪をつつく悪手は取りたくない」
マディノ元子爵ベッセンの話は、医療関係者の前で大っぴらに話せる内容では無い。
本国でも日本人の転位後に産まれた子供達から魔術を使える者が出ている。
神道系と仏教系の術者が回復系の奇跡の力を使える事がわかっている。
ただ最年長でも小学六年生なので、いまだに社会には出ていない。
本国政府も将来に備えて温存する気が見てとれる。
来年は町田市あたりから素質のある子供集める計画らしい。
「まっ、児童を政府機関が働かせるわけにはいかないからな。
こちらの人材が引き抜かれないよう牽制はしておこう」
西陣市の中央部のマンションにマリーシャは部屋を割り当てられていた。
このマンションはマリーシャと同じ用に居住や労働が認められた大陸人ばかりだ。
転居は可能だが、日本式のマンションは居心地がいいし、引越しにも費用が掛かる。
近くの交番がこちらを監視していると、下の階の魔術師テリーニが語っていた。
それでも日本人達が素直に大陸人を信用する訳がないと、住民は誰もが受け入れていた。
むしろ転居出来るくらいには、一財産稼ぎ、生活の基盤を造ったと信用を得るんじゃないかとの結論だった。
マリーシャはシャワーを浴び、ベッドに寝転んでからふと考えた。
「う~ん、やっぱりテレビが欲しいなあ」
病院での同僚との会話に付いていく為にも、娯楽の充実の為にもテレビが欲しがった。
すっかり日本式の生活スタイルを受け入れた彼女達は、以前の大陸人の生活スタイルには戻れなくなっていた。
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