第57話 ダーナ封鎖 前編
日本国
東京都府中市
府中刑務所
「術者は相当な高位の能力を持った司祭なのは間違い無い。
私が使ってた術ならアンデットと同じ扱いで対処できた筈だからね。
術に必要な神具や人員などから、27ある神殿都市か、王都の大神殿どこか。
神具の類いが他の都市に持ち出されるのはまずあり得ない。
術の使用中に探知の魔法を掛けた魔道具を司祭か魔術師に持たせておけば範囲が絞り込めると思うよ」
範囲が広すぎて途方にくれそうだった。
ベッセンの忠告に従い、術の行使が可能な司祭のリストアップと、探知に協力してくれる魔術師の確保が最優先と大陸総督府への報告が行われた。
新京特別行政区
大泉寺
大泉寺は新京に造られた大陸最大の寺院である。
円楽は何故か宗派も違うこの寺に呼び出されていた。
本堂にはやはり宗派関係無く、大陸にいる各宗派の代表的僧侶が集まっていた。
居心地が悪そうにしていると、この寺の住職である宗人和尚が会話を進めてくる。
「我々の調べによると、この大陸には27の神殿都市と呼ばれる各教団の総本山がある都市がある。
まあ、都市と言っても人口が1万から30万と勢力の規模によって様々なんだが。
我々も日本仏教会の総意として、28番目の神殿都市を創ろうという計画があるんだ。
十数年後の話になると思うけど、君の息子の剛君を開祖にどうかなと?」
突然の申し出に円楽は困惑する。
「ま、まだ先の話ですからね。
うちの剛はまだ小学生ですし」
「そうだね。
だが我々がこのような計画をしていることは覚えておいてくれ。
とりあえず、各神殿都市の視察なんてどうだい?
予算は我々が出すからさ」
その予算の出所が気になるところだ。
「総督府は今回の件ご承知なんですか?」
「ああ、協力体制の見返りにね」
「協力体制?」
嫌な予感がするが聞かざるを得ない。
「自衛隊の方で妙な事件が起きてるらしい。
大陸の魔術師や司祭にも声を掛けてるそうだが、日本人からも術師の動員を要請されている。
そこで君達親子を総督府に派遣したいのだよ。
いいよね?」
宗人和尚の背後に座る各宗派の代表達が無言の圧力を掛けてくる。
「はい、お引き受けします」
坊主の世界も上には逆らえない縦社会なんだと改めて思い知らされていた。
公安調査庁
新京公安本部
大陸における日本の諜報機関の本部に総督府各部門の担当者が集まっていた。
「府中の子爵様のアドバイスにより術の使用できる司祭をリストアップしていますが、全教団の司祭が使用出来るわけでは無いようなのでだいぶ搾れてきました。
我々が最も注目しているのは、ここ数年最も信者を増やしてきた教団、嵐と復讐の神の教団です」
竜別宮捕虜収容所襲撃事件でも活躍した平沼調査官が、説明しながら出席者に資料を配る。
資料を流し読みした秋山補佐官が眉を潜めながら尋ねてくる。
「この団体を調査対象とした理由は?
それと信者の増加は、教団教義が彼等の琴線に触れる何かがあったのかな?」
「その2つの答えは同じです。
復讐の対象が日本だからです。
資金も先の戦争で死亡した遺族からの献金が莫大なものになっていました」
出席者達は遺族の文句や苦情は、アメリカにお願いしたい気分だった。
戦端を開き、無差別攻撃を行って起きながら肝心の米国はこちらの大陸に関心が無い。
乗り込んで来ないので遺族達の怒りと悲しみの矛先が日本に集中している。
日本も戦争に参加したのは間違いないが、無差別攻撃を行う余裕は無かったのだ。
「また、皇国残党軍の捕虜にも多数の信者がおり、公安では内偵を行っていました。
現在、王都の教団幹部には監視を付けています。
司祭長ロムロの身辺を盗聴した結果、クロだと断定しました。
儀式が行われている場所の特定を進めています」
提示される証拠から、秋山補佐官も納得し、自衛隊側に向き直る。
「神殿都市の方は、我々第34普通科連隊が引き受けましょう。
とりあえず包囲だけでよろしいですか?」
連隊長の神崎一佐は心中の不安を隠しきれてない。
それは秋山にしても同感だった。
「はい、現時点では一連の『御使い』によるテロが、教団の総意なのか、王都の幹部による独断なのか断定は出来ていません。
教団本部への圧力は必要でしょう。
ですが、直接の戦闘は避けたいところです。
宗教団体の本部の攻撃など、精神衛生上もよろしくない」
多数の民間人のいる都市への攻撃。
ましてや凄惨になるであろう熱狂的信者によるゲリラ戦。
まさしく悪夢の光景なである。
そして、それを当たり前に出来る様になる日本。
そんな姿は見たくない。
「わかりました。
神殿領のダーナの街道を封鎖し、流通を停止させます」
自衛隊病院襲撃から7日後
大陸北部
神殿領ダーナ
近年著しい信者とお布施の増大により、嵐と復讐の教団本部があるこの町は建設ラッシュの好景気に揺れていた。
ダーナは日本の県ほどの広さだが、信者が些か特殊な事情を抱えた人物が多く、領都であるダーナ以外に集落と呼べるものは無い。
同じ様に傷を舐めあって生きている住民が多く、不思議な団結力を持っている。
しかも前述の通りに近年の人口増加で隣の領地との街道は意外にも商人達の荷馬車で賑わっていた。
隣領の街道の入り口には関所が設けられている。
唯一の他領への公式的な街道だ。
住民の事情から命を狙われている者も多く、教団の神官戦士達が荷を改めたり、訪問の理由を問い合わせている日常だった。
「今日はいつもより荷馬車が少ないな?」
「旅人もだ。
何かあったのだろうか?」
関所の門を護る神官戦士達が首を傾げている。
普段なら建築資材や食料品を積んだ馬車や竜車が列を作って、神官戦士達の検閲を受けている筈だが、朝から一台も訪れない。
徒歩の旅人も昨夜は野宿をした者は到着しているが、隣領の宿に宿泊した者はほとんどいない。
と、そこに土煙を上げながら、陸上自衛隊第34普通科連隊の小隊を乗せた装甲兵員輸送車BTR-80一両と73式大型トラック一両が門の前に乗り付ける。
さらには後続として、馬や竜に乗った複数の近隣領地の旗を持った騎士達が後に続く。
「な、何だ貴様らは!?」
「よせ、日本軍だ!!」
完全武装の隊員達が降車して、門を護る神官戦士達に銃を突き付ける。
数名の隊員を残し、残る隊員達も関所内を制圧に掛かっていく。
如何に田舎といえども、神官戦士達も銃の恐ろしさは理解出来ている。
それが日本軍のならば尚更だ。
武器を構えようとする神官戦士が同僚に止められて、武器を降ろしている。
関守の神官が小神殿から出てくると、自衛隊側の小隊長細川直樹二等陸尉が通告を行う。
「現時点を持って当関所は、日本国大陸総督府の名をもって陸上自衛隊の管理下に入る。
関所関係者は当部隊の指示に従うことを命令する」
「馬鹿な!!
大神殿からは何も聞いていない。
こちらから大神殿に問い合わせるから暫くまって欲しい」
「構わないが諸君らに仕事は無いぞ?
この街道そのものが封鎖されるからな」
街道の方では大音量スピーカーを搭載したパジェロベースの73式小型トラックが、道行く人々に街道の無期限封鎖を告げる放送を流しながら下っていく。
関所にいた旅人や商人達は、そそくさと隣領方面に小走りで逃げていく。
「い、いったい我々が何をしたというんだ!!」
関守の責任者であるガロン司祭が細川二尉に詰め寄る。
「知らん。
大神殿とやらの答え次第じゃないのか?」
本当は任務内容を理解しているが、返答は面倒なので誤魔化しただけだ。
関守の責任者は自衛隊の後に付いてきた騎士達に助けを求める視線を向けるが、一様に目を反らされる。
それでも最年長の騎士マーブルが竜の歩を進めて、事情を語ってくれる。
「ガロン司祭、今回の件は国王陛下も承認した上意である。
諦められよ」
「そういうわけで、周辺の間道や獣道といったルートの場所を教えてくれないかな?」
既に近隣領地に通じる間道や他の関所にも、それそれの隣領の私兵達が固めて、第34普通科連隊の隊員が各々一個分隊が監視、制圧に当たっている。
この関所の制圧も含めて、二個中隊が動員されているのだ。
細川二尉がガロン司祭を問い詰めてると、建物のドアが弾けるように吹き飛び、隊員の一人も吹き飛びながら出てきた。
「我らに罪を犯す者に報いを与えることを赦したまえ」
重装甲のプレートメイルに大盾を着た騎士が3人建物の中から現れる。
蠍をイメージしたらしい甲冑に隊員達はうんざりした顔をしている。
吹き飛ばされた隊員は昏倒しているだけで、生きてはいる。
「神殿騎士です」
と、マーブルは告げて下がろうとする。
「マーブル卿、神官戦士との違いは?」
「神聖魔法を使ってきます」
「使えないのか、神官戦士達」
神官戦士達は戦う能力があれば就ける職業らしい。
司祭と神官の違いも同様らしい。
「聖地で血を流すなと命令されてるからな、制圧しろ」
自衛隊側のAK-74に装填されているのは、訓練用のゴム弾だ。
それでも当たれば皮膚が抉れて出血する威力はある。
だが鎧甲冑に大盾を持った相手には遠慮する必要はない。
出血はするが、死ななければよい程度の話だ。
何より隊員に死者を出す気は毛頭ない。
一個分隊の隊員が銃撃を開始する。
鎧や大盾はへこんだり、穴を開けながらも神殿騎士達は動きを止めて堪えながら祈りを捧げる。
弾着の衝撃も半端では無いはずだが、立っていられるだけ凄いと細川二尉も感嘆する。
「『護り』を!!」
薄い光の膜が彼等の身体を包み、その身を護り始める。
ゆっくりだが前進出来る程度には耐えれるらしい。
自衛隊側に焦りは無い。
いざとなれば実弾や手榴弾、車両に搭載した重火器を使えばよいだけだからだ。
そして、防御系の魔法の弱点も把握済みだった。
威力も大事だが連続で攻撃し続けると魔力の消耗も早くなるのだ。
単発の銃弾、矢や魔法、刀剣による斬撃ならはさほど問題では無い。
自衛隊の攻撃のように常に弾丸を受け続ければ魔力が早く尽きる。
徐々に光の膜は輝きを失い消滅すると神殿騎士達は昏倒していった。
「よし、拘束しろ」
「彼等は下級の神殿騎士だから魔力が低いおかげでもあるのですがね」
マーブルは見も蓋もないことを言うが、わざと弱い武器で相手の消耗を引き出すのは使えると実証された。
関所が完全に制圧すると、軽装甲機動車4両、73式大型トラック2両、装甲兵員輸送車BTR-80 2両といった車両が関所を通過していく。
その中に見馴れない車両が混じっている。
「またゴツいのを持ち出してきたな」
細川二尉も見るのは初めてである。
耐地雷装甲車ブッシュマスターである。
平成25年に4輌の耐地雷装甲車ブッシュマスターが陸自に配備された。
オーストラリア陸軍向けに開発された大型の4輪装甲車であり、戦闘重量14トン、耐地雷構造で路上最大速度は時速100km/h。
車内温度の低減の為に耐熱素材が貼られており、クーラーも完備している。
また飲料水タンクも搭載し、常に冷たい水が飲める。
本来は海外に取り残された邦人救出の為に購入されたのだが、現在は大陸で政府要人を輸送するのに使われている。
現在の乗客は大陸総督府外務局杉村局長と一等書記官1名と警備対策官3名である。
「シルベールの時のような失態は犯せない。
気を引き締めて掛かるぞ」
ケンタウルスとの交渉は杉村局長には失態だったと考えられている。
気を引き締めて掛からねばならない。
護衛の陸上自衛隊2個小隊とブッシュマスターの5名が大神殿までの道を切り開いていく。
警備対策官達は元は在外公館の担当だった者達だ。
転移時も地球の他国に赴任中だった筈の者が、全員では無いが他職員や観光客同様にこの世界に転移してきていた。
在外公館警備対策官の多くは自衛官・警察官・海上保安官・入国警備官または公安調査官からの出向者で、在外公館の消失と同時に元の部署に戻っていった。
残った民間警備会社からの出向者達が、機能を停止していた会社に戻れず行き場を無くした。
外務省は彼等を専門の警備対策官として雇い入れて組織したのだ。
以上の陣容で、ダーナの町の中心にある大神殿の正門に車両で乗り付ける。
降車した一行に多数の神官戦士や神殿騎士が道を塞ぐように立ち塞がる。
睨み合いが続く中、教団側から初老のいかにも高位な格好の老司祭が出てきた。
杉村局長、予め用意した写真で確認してから話し掛ける。
「カバナス大司教殿とお見受けしますが?」
「如何にも、愚かな日本人達よ。
命が惜しくばこの地より去るがよい」
ガバナス大司教が片手を振ると、嵐と復讐の教団の戦士達が使節団を囲むように動きだし、彼等を守り始めた。
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