第56話 大陸魔術師事情
新京特別区
自衛隊病院
草木も眠る丑三つ時。
陸上自衛隊第16師団団長の青木陸将が入院する病室には静かな時間は流れていた。
些か過剰に盛られた盛り塩や注連縄が、病室の空間を狭苦しくしている。
床にも青木陸将の抗議を無視し、執務室の床にも塩が撒かれた。
青木陸将や医者の抗議を無視して飾り立てれた病室の隣室では、イズマッシュ・サイガ12Kを用意した第34普通科連隊から派遣された今俊博二等陸尉率いる隊員五名が待機していた。
「しかし、用意したのはいいが効くのかこれ?」
今一尉が机に並べたのは岩塩で造った弾丸だ。
ベテランの阿部一等陸曹は青木ヶ原事件にも参加した経験を持つ。
「一応神社でお清めもして貰った岩塩弾丸です。
青木ヶ原では効果がありましたよ?」
青木ヶ原の浮遊霊などには清めた岩塩の散弾で、霊体を散らしたり追い払うことには成功した。
アメリカのドラマを参考にしたものだが、案外に上手くいった。
他にも漫画をヒントに円楽和尚に書いてもらった梵字が刻まれた弾丸も使用したが、今は手持ちが無い。
隊員達は雑談に興じつつも青木陸将が嫌がるのを無視して設置した監視カメラが映し出す映像のモニターを眺めている。
「お客さんが来たみたいです。
見舞い客には見えません」
モニターを監視していた山本一等陸士が、今一尉と阿部一曹に伝えてくる。
実際に見舞い客には見えない。
姿が見えないからだ。
それでもモニターには、床に撒かれた塩が踏み締められて、足跡が付いていくのが映し出されている。
注連縄にも見えない何かが触れたのか揺れ動いていた。
「昔はこういうのテレビでよくやってましたな」
阿部一曹が肩を竦めながら、他の隊員と散弾銃を構えて隣室に突入する。
「動くなあ!!」
今一尉が誰何するが、相手が見えないから動いて無いのかは確認できない。
阿部一曹は足跡が改めて付いたのを確認し発砲する。
殺傷能力の無い岩塩弾の為、他の隊員も遠慮無く室内で発砲している。
岩塩弾は発砲と同時に砕け散り、見えない何かに岩塩が浴びせられる。
岩塩が人の形状に宙に浮いているので、人型の何かがそこにいるのが判明したが、用意した装備が何一つ退治に役立っていないことも理解できた。
「うわっ、放せ!?」
隊員の1人が腕を掴まれると、絶叫を上げながら気を失い倒れる。
2人目の隊員も弾かれたように壁に叩き付けられる。
病室の中は飛び散った塩が舞い上がり、見えない何かの動きを認識できる。
掴み掛かった山本一士もそのまま白眼を剥いて倒れ込む。
ベッドの上で塩まみれにされた青木陸将が騒ぎに起き上がり、枕元の拳銃を塩まみれになった何かに発砲するが、銃弾が何かの体を突き抜けて当てることが出来ない。
神具の類いも何一つ効果を及ばさないことで、確実な事実が想定された。
「こいつ、アンデットじゃない?」
青木陸将のベッドに飛びかかって来たところで、見えない何かは姿を消した。
同時刻
王都ソフィア
嵐と復讐の教団地下神殿
「はあ、はあ、はあ、はあ」
意識を肉体に取り戻したネッセル司祭は全身を汗だくにして倒れ込んだ。
憔悴仕切っているが今度は気を失っていない。
同教団の司祭長ロムロが自らの魔力をネッセル司祭に送り込んでいたからだ。
「も、申し訳ありません。
せっかくのご助力がありながら」
「良い。
お主の戦いぶりは意識を繋げていた私にも見えていた。
今回は敵が待ち受けていたにも関わらずに無敵の自衛隊を3人も退けた。
これは快挙である」
信徒達も我が事の様に喜びあっている。
「やはりお主の掴んだ通り、地球人は魔力に対する耐性が全く無いようだな。
倒した自衛隊の兵士達もあの年代なら十や二十の教団の加護があってもおかしくない。
だが、彼らには精々2つか3つ程度の加護しかなかった。
自衛隊には従軍司祭とかはいないのか?」
精神体こと、『御遣い』は対象と接触すると相手の精力を吸収して糧とすることが出来る。
むしろ今回は過剰摂取で気持ち悪くなったことで肉体に引き戻されたくらいだ。
大陸の人間と比べ、地球の民からの吸収量は20倍程はあったとネッセルに思われた。
「彼らは心の中に神殿を造っていない。
信仰心とは無縁に生きてるらしいな。
だから魔法や奇跡が必要以上に効果がある。
しかし、塩とは考えたな。
『御遣い』は魔の物で無いから効かぬが、存在を示す道具にはなるか。
次は警戒がさらに強化され、今日のようにはいくまい」
「はい。
ここで一度標的を変えようかと、更なる大物を狙います」
ネッセルの横にはマロリーがアオキカズヤとは別の人形を持ってくる。
人形は彼女の自信作だ。
「次の狙いは大陸総督アキヅキハルタネ。
狙われてるのがアオキカズヤだけと考えててくれれば、あるいは」
「いけるかも知れないな」
信徒達の怨嗟にも似た神を讃える歌が、地下祭壇に響き渡っていた。
日本国
東京都府中市
府中刑務所
日本でも有数に知名度の高い府中刑務所には、囚人は一人もいない。
それでも武装した刑務官や公安調査庁の実働部隊が警備に当たっている。
物騒な雰囲気とは裏腹に場違いな子供達の声が響き渡る。
「金剛!!」
僧侶姿の少年が岩を素手で砕き、巫女姿をした少女が鈴を鳴らして透明な壁を発生させて破片が飛び散るのを防ぐ。
刑務所の壁には『ベッセン先生の魔法教室』と書かれていた。
「なんだこれは!!
誰が許可したんだ?」
大陸総督府東京事務所所長の小野孝之は、刑務所内の光景に絶句する。
僧侶の格好をした少年少女が11人。
神主や巫女の格好をした少年少女が6人。
大陸風にローブを纏い、杖を持った少年少女が2人。
彼らは一様に魔法の練習に耽っていた。
全員が日本人だ。
「もちろん政府です。
そうで無ければ壁の中とはいえ、ここまでのことが政府施設内で行えるわけがありません」
答えたのは公安調査庁のベンゼンの担当福沢敦上級調査官だ。
小野所長の訪問の目的は、大陸で起きてる事件の助言を求めることだった。
「政府は日本人による魔法研究は諦めたんじゃなかったのか?」
「使える人間がいませんでしたからね。
でも見つけることが出来たので再開したのですよ。
この世界に転移して来た日本人には魔法を使う能力は皆無でした。
しかし、この世界で産まれた日本人はその限りではないのは盲点でした」
転移から11年。
日本人に魔法が使えるかの検証計画時には、乳幼児や産まれてもない子供達は、検証の対象から外されていた。
「最年長の神職の少年でもまだ小学生高学年。
彼等は転移以降に産まれた子供達です。
僧侶の子供は6才以上は見つかってません。
青木ヶ原事件以降産まれた子供達です。
何れも市内の寺社のご子息、ご息女です。
檀家や氏子から才能が発掘された養子、養女を含んでますが。
幼い頃から宗教的教育を受けていたエリートと言ってよいでしょう。
魔法は子爵が日本風に開発、アレンジしたものです」
転移により権威を喪失した宗教団体の希望の星と言える。
「あの大陸風の格好をした子達は?」
「それが今回の問題点です」
渋い顔を見せた福沢は小野を少年少女達を指導するマディノ子爵ベッセンの魂が宿った水晶球の元に案内する。
『おや福沢調査官、お客さんですか?』
魂を他の物体に付与する魔法。
総督府が注目したのはこの魔法だった。
だが公安調査庁はもう一つの魔法に注目するよう見解を出した。
「この子爵様は魂だけを市内に徘徊させて、宗教団体とは関係無い魔法の才能のある子供達を見付けて来たんですよ。
来年は八王子にも足を伸ばすとか言ってますし、幽閉されてる意味が無くなるでしょう?
お偉方は怒ってましたが、成果を見せられて黙りました」
小野は頭痛を覚えながら、ベッセンに大陸で起きてる事件を説明する。
「ほう、魂の徘徊ですか、それは興味深い」
福沢はベッセンに大陸の事情を話すと、小野に質問で返してきた。
「何故私に?
大陸にもまだこの程度は理解できる魔術師はいるはずだが?」
「当然問い合わせた。
しかし、日本の勢力範囲の東部地域や中央部は魔術師が少ない上に協力を軒並み断られた」
「ああそうか。
君達は魔術師達に恨まれてるからね。
無理も無いか」
小野は本国にいるので、そのへんの事情がわからない。
「恨まれてるのか?」
「当然だろ?
魔術師は一門や師弟関係といった横の繋がりが強いんだ。
そんな彼等を君らは一網打尽に殲滅したじゃないか」
小野は聞き覚えが無いといった反応を示すので、1から説明してやることにした。
「魔術師になる上で、才能以外の障害ってなんだと思う?」
「金、ですか?」
「正解。
魔術師になるには金が掛かる。
高位次元との契約の為の儀式費用。
魔術学院への入学金に授業料。
自らの魔力を底上げする為の魔導具の購入費用。
門外不出の魔術書を閲覧させて頂く為の料金。
こういった諸費用を工面、節約する為に一族単位や師弟で結社を組織したりする。
皇国は結社が魔術の世界を閉鎖的にするのを恐れた。
また、埋もれた才能を発掘して、お抱えにしたいという願望のもとに奨学金制度が造られ、各結社もそれに協賛した。
魔術師養成が結社の負担になっていたのは間違いないからね」
魔術師の世界も世知辛いと、小野はちょっとガッカリした。
「奨学金の返済は、皇国への奉仕活動でも可能だ。
大半は魔物討伐への従軍だったり、公共工事への協力がそれにあたる。
社会的な地位の向上や魔術師に経験を積ませたい結社も諸手を挙げて賛成した」
「この世界の魔術師は引き篭りが許されないのですな」
福沢の感想にベッセンは呆れ顔で答える。
「地球人のイメージでは魔術師は引き籠るものなのか?
まあ、いい。
そんな中、君達が転移してきた。
皇国は君達に対抗する為に、常備の宮廷魔術師団の他に5つの魔術師連隊を編成し、優秀な若き魔術師達を召集した。
そして、各騎士団、神官戦士団、貴族の私兵団、傭兵隊と共に皇帝陛下の御観閲のパレードが皇都にて実施された。
一族や門弟の晴れ舞台を一目見ようと、約二万五千人に及ぶ魔術師団・連隊と、その関係者も一同に帝都に集合した。
彼等は庶民や他の関係者とともに、帝城まで続く中央の大通りから街道までを埋め尽くす大観衆の一人となった。
そこにB-52が飛来して、阿鼻叫喚の地獄を作り出してしまった」
各一門や結社の党首や重鎮、後継者、家族が軒並み失われ、多数の貴重な口伝や奥義、魔法具も喪失した。
「留守を預かっていた魔術師の実力はお世辞にも高いとは言い難い。
もしくは老齢で皇都に行けない者ばかりになってしまった。
皇国も崩壊し、後を引き継いだ王国は、日本への多額の賠償を支払う為に財政的に苦しくなった。
結果として、奨学金制度も停止となる。
その為に魔術師の実力は落ちる一方だ。
恨み骨髄の日本を避ける為に、その勢力範囲からは姿を消した。
今、東部や中央にいる魔術師は、貴族が出資したお抱え魔術師か、冒険者、もしくは体制に反発的だった私塾の出身者ばかりさ」
「術者の特定は可能か?」
小野は肝心な話を切り出す。
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