第116話 テュルク民族連合

 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府

 この紛争の第1報を聞かされた秋月総督の第1声は「忙しい時に勘弁してくれ」だった。

 巡視船『つがる』からの中継映像を見て頭を抱える。


「あれはいったい何者だ?」

「マフメット・カサル中佐、外人部隊トルコ連隊連隊長を務めていた人物です。

 彼と同連隊は西方大陸アガリアレプトで、米軍の指揮下で戦っている筈です。

 連隊は河川哨戒部隊として組織されていました。

 先の皇国との戦争で、顔を合わせたことがあります。

『ゲティス』はトルコ海軍のフリゲートで、転移が行われた2015年時に日本に親善訪問して巻き込まれた艦です」


 大陸方面隊総監の高橋陸将が答えた。

 高橋陸将は皇国との戦争では、大陸派遣隊の司令官として参戦している。

 その際に組織されたのが外人部隊である。

 転移当時、日本国内にいた訪日外国人達の扱いは当然問題となった。

 観光客だけでなく、第1次産業とインフラ以外あらゆる産業が壊滅状態であり、外国人労働者も殆どが路頭に迷うことになる。

 食扶持ちと国内の不穏分子を減らし、有効活用したかった政府は、発見された大陸探索への第1陣として、各国大使館に彼等を外人部隊として組織させる。

 今現在の華西民国国防軍や各独立都市の警備隊もこの時に組織された部隊が中核となっている。

 在日米軍やロシアのサハリンの保管基地の在庫を吐き出せて、軽歩兵程度の装備は集められた。

 任務は探索だけでは済まず、皇国との戦争にも投入された。

 兵役や実戦を経験した経験を持つ彼等は、自衛隊が戦争に『馴れる』まで、貴重な時間を稼ぐのに貢献した。

 彼等の外人部隊としての徴用は、残された家族や同胞の安全や生活の保障を日本国政府がすることで成り立つ。

 マスコミ等は『人質』を取ったと非難したが、開き直った政府は


「じゃあ、どうしろというんだ!!」


 と、逆ギレのコメントの後にこれらの非難を黙殺した。

 戦後の外人部隊は二つの道に別れる。

 大陸という新天地に独立都市を建設の条件を満たした国の部隊は、外人部隊を部隊ごと離隊した。

 彼等には独立都市の警備隊や治安部隊という席が用意されたが、多くの者は一般市民として社会に復帰を果す。


 一方で独立都市を建設する市民を集められなかった国の部隊は、指揮系統を米軍に移管して西方大陸アガリアレプトの戦線に投入された。

 その規模は独立都市が建設される事に縮小の一途を辿っている。


「アミティ島の米国大使館と綏靖島の多国籍軍総司令部に詳細を問い合わせろ。

 相変わらず我々に情報を流そうとしない。

 それとトルコ連隊だけじゃないな?」

「大きなところだとウズベキスタン連隊がいますね。

 川沿いに展開している部隊がそうです。

 山岳連隊として組織されてます。

 後は、掲げてる旗から確認できるのは、カザフスタン中隊、キルギス中隊、アゼルバイジャン小隊、トルクメニスタン分隊の姿が確認できます。

 声明通りのテュルク民族連合のようです」


 彼等の背後にいる在日・訪日国民と日本人配偶者は一万千人に及ぶ。

 最大のトルコ・コミュニティで約六千人。

 ウズベキスタンコミュニティで約四千人。

 残りの三か国コミュニティで1100名程度である。



「独立都市の規定数五万人には遠く及びませんから約束を破った訳じゃありません。

 条件に満たなかっただけです」


 秋山補佐官の言葉に秋月総督も頷く。


「彼等が納得しないのが問題だな。

 ほっとくと他の中東、アフリカの連中にも火が付きかねん。

 他の外人部隊がどこにいるかも照会しろ」

「どちらにせよ、こちらからは仕掛けられません。

 交戦しない限りは彼等は同盟軍です。

 華西民国はともかく、『つがる』は後退させましょう」


 高橋陸将の指摘に全員が沈黙する。


「つまり華西を矢面に立たせて、テュルク民族連合にハイライン侯爵領を切り取り自由にさせろと?」

「独立都市を用意する要求を飲むわけにもいかないのでしょう?

 ハイライン侯爵家の力が増していたのは懸念の一つでした。

 連中に一戦やらせて、削ぐのも悪くはありません。

 ハイライン侯爵軍も王国屈指の戦力です。

 航空戦力も装甲車両も無いテュルク民族連合ともそこそこ戦えるでしょう」


 日本はあくまで傍観者に撤する。

 その上で両者の戦力が削がれたところで、停戦を呼び掛ける。

 巡視船を派遣していたのはあくまで航路の安全を保つためのもので、ハイライン侯爵領に対する防衛の義務はもともと負っていない。

 日本が政治的に取れる方針は、これが最良と思われた。

 だが在華西日本国大使館の相合元徳大使から事態の急変が報告された。

 報告を受けた杉村外務局長が疲れきった顔で、内容を発言する。


「華西民国が事態解決の為に、第2機械化旅団並びに海警艦隊に動員命令が下りました。

 空港ではH-6(轟炸六型)爆撃機も準備に入ってるようです。

 華西は本気です」


 華西民国は新都市建設の供給源を失うわけにはいかない。

 日本と違い、僅かだが地上戦力まで侯爵領に派遣していたのは伊達ではなかったのだ。

 すでに先遣隊二個中隊が、在日・訪日シンガポール人を華西国民として受け入れた際に手に入れた旧シンガポール海軍のエンデュアランス級ドック型輸送揚陸艦『レゾリューション』に乗艦して、新香港の郡港を出港している。



 だがテュルク民族連合も本気のようだった。


「総督、現状の華西民国の戦力では勝てないかも知れません。

 華西の海警船はいずれも機関砲を搭載していますが、『ゲティス』には、SM-1や対艦ミサイルのハープーンが40発装備されています。

 地上戦力もハイライン侯爵領まで距離がありますし、数でも劣ります。

 華西が虎の子の『常州』や第1機械化旅団を派遣すれば勝負にはなると思いますが」


『ゲティス』は、旧アメリカ海軍のオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート『ジョン・A・ムーア』を購入し、兵装の近代化と最適化が図られている艦だ。

 海警船が3隻程度では話にならない。

 第2自動車化旅団は、華西民国の植民都市陽城市、窮石市に駐留していた部隊だ。

 戦力的には2700名程度に過ぎない。

 首都新香港防衛の要である第1機械化旅団や江凱II型(054A型)ミサイル・フリゲート『常州』は、さすがにこんな局地戦で失えないのか、動員されていない。


「自衛隊で派遣できる戦力は?

 ようやく第17後方支援連隊が到着して防衛態勢は整ったのだろ?」


 年が明ける前に本国で編制、訓練をしていた第17後方支援連隊の大陸到着した。

 浦和市駐留することになり、第17師団が全部隊が揃った。

 それに合わせて本国では第18師団の基幹部隊の編制が始まっている。


「建設中の都市の防衛に手一杯で、陸自と警察は出せません」

「海自もアミティ島の監視と航路防衛で、護衛艦が足りません」

「沈めていいなら空自の第9航空団は全機だせます」


 先手が打てない以上は結局は手詰まりだった。





 ハイライン侯爵領

 ボルビック砦


 ハイライン侯爵ボルドーと前ノディオン公爵フィリップの親子は、砦の物見櫓からテュルク民族連合の布陣を双眼鏡で眺めていた。


「侯爵領軍に動員を掛けました。

最低限の守備隊を残し、6000の兵を集結させます」



 ハイライン侯爵領軍の地球基準で、第1次世界大戦前の兵士の基準に達しようとしている。

 先の戦争の皇国軍のような無様な事態は避けれると考えていた。


「日本は腰が重いし、華西は到着まで時間が掛かる。

 だが両国が連合やカークライト男爵に協力しないなら連中の弾薬や燃料は補給無しのその場かぎりだ、

 囮を多数駆使して、消耗戦を強いるのが最上じゃろ」


 普段は人騒がせな父親だが、戦となると頼もしいとボルドーは見ていた。

 ボルドーも同感であり、不作続きのカークライト男爵領では、あれほどの戦力の食料も賄いきれないと踏んでいた。


「案山子や偽装した馬車の製作や配置を行わせています。

 男爵領周辺の貴族領にも街道の封鎖や援軍を要請しました。

 昨年のアルバレス侯爵がエウローパ市に行った貴族連合軍。

 よい先例が有ったので、説明と理解が早くて済みました。

 ヒルデガルドも『サークル』に、テュルク民族連合の所持する兵器の能力も開示させました。

 兵器の仕組みはさっぱりですが、射程距離がわかるのは助かります」


 それは今後の地球勢力との紛争でも活かされる大事な情報だった。


「おそらく本気で掛かられたら対応の時間や破壊力には手も足もでないだろうが、知っていることは確実に役立つ。

 しかし、今回はもう少し手駒が欲しいな」


 テュルク民族連合の地上戦力はともかく、『ゲティス』はやはり脅威だ。

 弾除けは多くて困ることは無い。



 フィリップはもう1つ疑問があった。

 テュルク民族連合の兵士達やモーターボート群をどうやって男爵領に持ち込んだのかということだった。

 あれだけの物量を見逃すほど、アクラウド川の監視を疎かにしたわけではない。


「アクラウド川は上流で、バルカス辺境伯領を通るのが気になるな。

 あそこは確か勇者に率いられたポックル族が蜂起した地だったな」





 大陸南部

 アクラウド川

 日本国海上保安庁巡視船『つがる』



 総督府からの命令により、上流に展開するフリゲート『ゲティス』と河川連隊の武装モーターボートから距離を取るように後退を重ねていた。

『華西民国海軍の巡防船『宜蘭』も後退を重ねている。

 一気に後退しないのは、テュルク民族連合がハイライン侯爵領に雪崩れ込まないように牽制するためだ。


「現状の戦力だとこちらが瞬殺だが、全面戦争の引鉄はやはり躊躇しているな」


『つがる』の船長竹井は、どうにか持ちこたえている現状に焦れていた。

 そろそろ侯爵軍が集結しつつあるボルビック砦が、間近に迫っているからだ。

 華西民国軍の援軍も間に合わないだろう。


「船長、総督府から航空自衛隊のF~2戦闘機を出撃させたと」

「そいつは助かるが、連合を空爆する気はないのだろ?

 それに長い時間はいられないだろう」


 新京の空自の基地からは距離がある。

 戦闘にならなければそれに越した事はないが、中継の基地は必要だ。

 エウローパ市の自衛隊駐屯地に一時的に着陸し、時間差を掛け、2機編隊でこの空域に圧力を掛けていくようだ。

 F-2戦闘機は大陸には7機しか無い虎の子だ。

 生産ラインは閉じていたのだが、東日本大震災に寄って、水没した機体の修復作業の為に部品の再生産や工場が僅かに稼働していた。

 現実的な空の脅威は無くなっていたが、技術の保持の為に年間に1機程度だが再生産が決定された。

 一度、生産ラインが閉じた機体の再生産は困難を極めるて思われたが、日本中の航空技術者達が転移により失業状態となり、人材はあっさりと集まった。

 大陸の第9航空団はいずれも転移後に生産された機体だ。

 最も航空自衛隊自体はスクランブル発進等の任務が皆無となり、開店休業状態である。

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