第215話 お礼参り 前編
大陸東部
日本国
新京特別行政区
総督府 新京城
一連の憑依型モンスターの発生は、彼女等に取り憑いた呪いの浄化、或いは生け捕りによって収まりつつあった。
「三ノ丸駐屯地の被害は負傷31名、半獣人化4名、浄化2名、捕獲1名となります」
報告は第6教育連隊隊長の元橋一等陸佐が行っている。
彼を含めた連隊主力が演習の為に留守にしていた事が事態の終息を遅らせた原因には違いなが、佐々木総督は責任を追及する意思は無いと表明する。
「外敵ならともかく、今回は内部から発生しています。
これを予測予防するのは、不可能でしょう。
それより捕獲された加東二等陸尉の処置は?」
ギルタブルルに憑依されたWAC達は、浄化された際に人としての理性を取り戻し、カウンセラーによるカウンセリングを受けている。
特に身体的特長として、尾や触覚、甲殻部が残ってしまった隊員には、外科手術も含めた治療が必要になる。
今回は近隣の中学校から合同魔術部に動員を要請したが、レベルはあまり高くないとのことだった。
神官や巫女、法力僧の生徒は、本国が術師の囲い込みを始める前に移民した分家筋の子弟であり、移民後に魔力に類する物があると判定され、本国の本家から神社仏閣を大陸に建立すべく支援は受けている。
しかし、術師専用の学校が作れるほどの数も教員もいないので、各々の小中学校では合同部活として独自の研究や切磋琢磨し合うのが限界となっていた。
そんな彼等彼女等中学生達の能力は、総督府お抱えの大陸人部隊のマリーシャ・武井助祭を下回る。
「しかし、最初に憑依された加東二尉は、奇跡や魔術に寄る解呪をはね除けました。
体内に呪物が残留してる限りは無理なのと、最初の一体目、仮称アルファは余程高位の術師でないと手に負えないと、新京在住の高司祭に忠告されました。
現在、加東二尉の身柄は象を運搬する際に用いられる専用の鉄製輸送箱にて保護している現状です」
保護しているとは聞こえが良いが、ようするに車両まで動員して無理矢理放り込んだのだ。
新京警視庁の柿崎警視総監も繋げるように報告してくる。
「同様の処置を新京中央病院看護学校で行っていますが、こちらはキャンパスポリスの大学保安官、保安官助手二名、警備員4名が殺害されて、理性を取り戻した看護学生が精神的恐慌に陥ってます」
大学保安官達を殺害した責任は、呪術による心神喪失で無罪となるだろうが、精神病院に強制入院は免れえなかった。
「かつてデンマークで起きた催眠術によるコペンハーゲン催眠殺人事件というのが、類似事例として妥当だと思います。
あたら若い看護学生には気の毒ですが、学校には残れないでしょう」
コペンハーゲン催眠殺人事件とは、1951年3月29日にデンマークのコペンハーゲンで起きた催眠術を掛けて、銀行強盗と殺人を行わないされた事件でありる。
この際に銀行強盗と殺人を実行した容疑者は、心神喪失無罪になり精神病院に強制入院させられ、催眠術を行使した術者は無期懲役を宣告された。
彼女達もいずれは新天地に移住してもらい、精神的回復を祈る他、総督府に出来ることは無さそうだった。
看護学校も警官に多数の重軽傷者を出したが、より深刻な桜花女子高等学校の件も話さなければならなかった。
「桜花女子高等学校が今回の事件の最大の被害といえます。
死亡した生徒7名、教職員3名。
負傷した生徒、教職員、警官合わせて127名。
たった一体の憑依体にです」
前者二名と違い、桜花女子高等学校のアルファである女生徒は、校内でいじめを受けていたと証言が取れている。
その恨みの念が憑依された後も意識を保ち、凶行に及んだと駆けつけた日本人術者達から語られた。
恨みを晴らすのが目的だから増殖する気もなく、殺戮を繰り返したのだ。
憑依体である磯女から放たれた広範囲無差別呪術は、前二者のアルファからは行使されておらず、女生徒のアルファが力を欲し、受け入れたからと考えられた。
「こちらは被害者遺族が、アルファの遺族に報復の動きが見られたので、護衛を着けて他都市への引っ越しを進めております」
今回の凄惨な事件は一方的な被害ばかりで、陰鬱な印象を世間に与えていた。
また、いつ自分が憑依体になるか、社会不安まで起こしている。
「総督府から公式のコメントがいりますね。
夕方の記者会見には私が臨みます」
普段ならスポークスマンである広報官や補佐官による定例記者会見に佐々木総督は自ら出ることになった。
「公安から指定重要指名手配犯が看護学生と女子高生のアルファが、接触して何かを渡していたとの報告が上がっていました。
同容疑者は先日のアルベルト市の修道院事件でも関与が確認されており、事件内容が今回と同様であると判断できます。
総督府は今回の事件を呪術テロと認定。
犯人の確保と……
背後の組織に報復を行うことを宣言します」
関係者が退室し、今後の作業に戻るが、川田次席補佐官と公安調査庁新京支局の波多野支局長だけが残っていた。
「イワノフの動向は?」
「没落した貴族の屋敷に残党軍や不平貴族を集めて蜂起の準備をさせています。
機を逸した気がする現状、何を考えてるやら?
公安の実働部隊60名、完全装備で待機させております」
波多野支局長は突入を進言するが、佐々木総督は待ったを掛けていた。
「今回は公式的に討伐する。
自衛隊も警察もフラストレーションが溜まっているでしょう。
実働部隊には討ち漏らしが無いように配置を。
近隣住民は川田くん、よろしく。
ああ、イワノフの生死は問わないよ」
「了解しました。
フォローはお任せ下さい」
「」
新京特別行政区
貴族街
貴族の子弟を人質として確保し、外交的窓口となるべく新京には大陸貴族達の屋敷が建てられている。
だが近年没落した貴族も多く、浪人となったお抱えの騎士や兵士達が不平士族となって、皇国残党軍に合流する動きが見られた。
そのうちの旧伯爵家屋敷に200人近くの没落貴族、不平貴族が武装蜂起の準備を進めていた。
「モンスターの同時多発襲撃で、自衛隊も警察も疲弊している。
弾丸の補充もこれからだろう。
今から新京城を強襲し、総督の身柄を拘束し、本国政府と交渉する」
焚き付けているイワノフ自身は、この強襲が上手く行くとはこれっぽっちも思っていない。
ここ数日、監視の気配を漂わせている日本の諜報組織の目を眩まし、新京脱出の時間を稼いでくれればよかった。
「公安調査庁の実働部隊など、大半が自衛隊や警察にいられなくなった半端者の集まりだ。
切り札にAA-52 汎用機関銃を持たせ、防弾チョッキを着せたアンデッドナイトを正門前に配置してある。
いざとなれば、あれを市街地に放って無差別に暴れさせればいい」
一緒に脱出する元ロシアンマフィアや解放軍幹部には、そう話していた。
しかし、正門に配されていたアンデッドナイトは正門の扉ごと爆発に吹っ飛ばされていた。
イワノフが尖塔から門の先を見て舌打ちをした。
「BMP-3か?
想定より早かったな、甘く見てた」
BMP-3 歩兵戦闘車、北サハリンから購入し、陸上自衛隊第6教育連隊でも訓練用に配備していた虎の子だ。
その横から同連隊第6教導中隊の隊員達が、5.45mmカラシニコフ自動小銃 AK74を屋敷内に向けて射ちまくっている。
中隊長柿生武志一等陸尉は、わざわざメガホン片手に屋敷内に向けて宣告する。
「この不平分子どもめ、色々やってくれたお礼参りに来たぞ。
迫撃砲の雨を食らうがいい」
「柿沢、ここ市街地な」
「撃て!!」
同行していた同連隊新隊員教育中隊隊長中沢一等陸尉の止める言葉も虚しく、2B11 120mm迫撃砲 サニから放たれた十数発の榴弾が屋敷の内部で爆発した。
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