第214話 Exorcise or execute

 大陸東部

 日本国 新京特別行政区

 総督府 


 新京各所で起きていたモンスター発生に、一つの報告が物議を醸していた。


「新京中央病院からの報告によると、居合わせた大陸人部隊の神官が看護学生に憑依していたスフィンクスを浄化し、元に戻せたと?」


 報告を行っていた川田自席補佐官に佐々木総督は問い返す。

 本来こういう役割は秋山首席補佐官の仕事だが、秋山は総督の代理として、各地を飛び回る日々を送っていた。

 本丸自体は警固室が守っており、護衛としても役立つ川田を信頼していたからでもある。


「完全にではありません。

 尻尾と羽は残っていて、今後も観察と浄化は必要だろうとの判断です。

 結果を受けて、現地指揮官の第2機動隊隊長の本宮警視が神官の増援を求めています。

 残りの四匹は意地でも捕まえると」


 頼もしい話であるが、大陸人部隊は総督直轄で、民間協力の名目でかなり出払っていた。

 精霊術師は田畑の農作物が順調に育つように応援に、神官達は各地の病院への医療協力に等である。


「通常の魔術師達では無理なのですか?」

「可能ですが、高位の術師でないと解呪の術は使えず、部隊に3人しかいません。

 他の魔術師と魔力を連結すればもう一人分はいけるだろうとのことです」

「ならばちょうどいい。

 まずは三ノ丸の蠍どもを祓わせなさい」


 先年の『御遣い』の襲撃以降、総督府にもお抱えの大陸人魔術師を常駐させている。

 さすがに高位の魔術師達が家族、一門徒弟を率いて皇都空襲で一網打尽にされているので、生き残った魔術師のレベルは高くない。

 しかも一門を族滅された生き残り達からは日本の好感は高くなく、在野の魔術師達をかき集めるだけで一苦労だった。


「それともう一件。

 公安からで今回の件に関わっているとおぼしき指名手配犯が新京に潜伏中。

 監視にあたっているとのことです」


 川田から渡された資料は元ロシアンマフィアにして、チャールズ・L ・ホワイト元中佐の腹心となっているマカロフの物だった。




 三ノ丸に集められた大陸人魔術師達は、ギルタブルルに憑依されたWAC達を解呪させるべく、呪文を唱え始めたが、何度も中断させられていた。


「動きを止めてくれ。

 これでは術を発動できない!!」


 ギルタブルル達は食堂の残飯を食い尽くすと、土嚢等のバリケードをはね除けて外に出てきていた。

 一匹はバリケードの出口から出ようとするところを第7教育連隊の新人隊員達が、しがみつき何人かは振りまわされて、飛ばされながらも人海戦術で押さえ込んでいた。

 中沢、柿沢一等陸尉達も部下を率いて、外に飛び出したギルタブルルを追うが、脚先の爪間盤と褥盤という吸盤のような器官で壁や天井を縦横無尽に這いまわる。

 幸い毒そのものは強くないが、毒針に刺されて身体が麻痺するなど動けなくなる隊員が続出した。

 WACを始めとする女性職員は、これ以上ギルタブルルに増えられても困るので退避させている。


「加東二尉はまだ食堂の中か?」

「一際、大きい身体になってたからな。

 まだ、バリケードを突破は出来ないようだ」


 柿生一尉がしがみついたギルタブルルの毒針をナイフで切り落とし、中島一尉が鉄骨を数人の隊員と持ち上げて、鋏に掴ませて動きを止める。


「さっさとやってくる!!

 長くもたない!!」


 魔術師達がバリケードで押さえ込まれてるのと、柿生一尉達が押さえ込んだギルタブルルに解呪の魔術を放つ。

 光の柱に包まれたギルタブルルの身体に消え、ボロボロになった野戦服を纏ったWACがこぼれ落ちる。

 半裸の女性に押し倒される形になった中島一尉は、勘弁してくれとばかりに叫び出す。


「毛布持ってこい!!

 カーテンでもいいから隠すものを早くだ」


 柿生一尉もすぐに残った隊員とバリケードの穴に殺到する。

 また、一匹出てきたからだ。


「やれやれまだ五匹もいるんだぞ」


 魔術師達が魔力を回復させる時間も稼ぐ必要があり、負傷した隊員達を後送する指示を出すのにおおわらわだった。

 本来なら解呪は神官の奇跡の領域なのだ。

 それでも解決までの目処が立ったのは気持ち的に楽だった。


「他はこうはいかんだろうな」


 三ノ丸駐屯地内を縦横無尽に動き回るギルタブルだが、不思議と駐屯地外に出ていこうとしない。


「縄張りを守ってるんじゃないか?」


 中島一尉の呟きが気になり、部下達を三ノ丸駐屯地と本丸を繋ぐ渡り廊下を開放してみるが、ギルダブル達はそこから先に進まない。

 或いは城壁を這いまわり、壁上に昇られるがそこから城外に出ていこうとにしない。

 生物の性質なのか、自衛官達の意識がそうさせているのかはわからない。

 しかし、魔術師達の魔力を回復させる時間を稼ぐのには役立ちそうだった。


「無駄に負傷者を増やす必要はないな」

「全隊距離を取り、監視と休憩に留めろ!!」


 総督府の方も一応の解決の道筋が見えた一方、桜花女子高等学校の惨劇は極まっていた。

 同校で暴れる磯女は殺戮と破壊を欲しいままにしていた。

 駆け付けた警官達も呪いで何かを重い物を持たされたように動けない生徒、職員を校外に退避させることに人手を割かれている。

 閉じ込める為に閉鎖した防火扉もどこからか喚び出された水球から水柱が水平に放たれ、バリケードごと噴き飛ばされ、粉砕されていく。

 負傷した警官達には目もくれず、応戦している武道系生徒や職員、或いは呪いで逃げ送れている生徒達をその爪や牙で殺そうと、這いよっていく。

 警官達がその尾にしがみついて止めようとするが、その一振りで薙払われていく。

 銃弾も宙にただよう水球に阻まれるが、何発か確実に被弾させているが、磯女の動きは止まらない。


『死ネ、死ネ、死ネ

 ミンナ死ネ』


 そのみんなには警官は含まれないのか、故意に殺された者はいない。

 それでも弾き飛ばされた衝撃や振り払われて窓から落とされて殉職者は出ていた。


 一人の女生徒が逃げ送れ、磯女の爪がその身体を切り裂こうとした時、校内に鳴り響く音がその動きを止めた。

 忌々しそうに廊下の奥には複数人の男女の中学生達が陣取っていた。


『當願衆生  設大施会  示如実道 供養三宝 設大施会 示如実道 供養三宝


 以清浄心 供養三宝 発清浄心 供養三宝  願清浄心

 供養三宝 當願衆生 作天人師 虚空満願 度苦衆生  法界圍繞 供養三宝 値遇諸仏

 速證菩提 ………』


 数珠を持ってお払いや地鎮祭、交通安全の祈願の時に読まれる『祈願法要軌』を唱える男子中学生の横で、


『掛介麻久母畏伎伊邪那岐大神筑紫乃日向乃橘小戸乃阿波岐原爾御禊祓閉給比志時爾生里坐世留祓戸乃大神等諸乃禍事罪穢有良牟乎婆祓閉給比清米給閉登白須事乎聞食世登恐美恐美母白須……』


 周辺の邪気を祓い清めて、結界を創る神楽鈴を鳴らす巫女姿の女子中学生。



『六根清浄急急如律令 六根清浄急急如律令

 臨・兵・闘(・者・皆・陣・烈・在・前!!』


 平安貴族のような狩衣に直衣を着た男子中学生が九字を切り、印を結んで破邪の法を唱えている。


 その後ろには学生服やセーラー服を着て、マントに帽子、杖を構えた男女が次の攻撃の為の呪文を唱えている。


「か、彼等は?」


 負傷し、壁に身体を預けていた警官がドスで戦い、負傷して床に身体を寝かせていた教師に訪ねる。


「通常攻撃では手に負えないと、不本意ながら隣の中学に動員を要請しました秋草中学校合同魔術部の部員達です。

 どれ、効果は出てきたみたいですな」


 磯女の動きは封じられ、浄化の光と呪いのオーラがせめぎあっているのが視覚化されている。

 大陸魔術を学んだ生徒達が呪文を放とうするのを警官が立ち上がって止める。


「まだ、君たちが手を汚す必要はない。

 協力は感謝する」


 動きを封じられ、呪いの生命力が弱まった磯女の柏木早苗の顔に向けて、警官は拳銃の残弾を全て撃ち込んだ。













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