第213話 祝詞
大陸南部
日本国 新京特別行政区
桜花女子高等学校
放課後、少女はトイレの個室に逃げ込み、追い詰められていた。
彼女を苛めるクラスメイトがドアを叩き、出てくるように罵ってくる。
金銭を盗られ、殴られ、恥ずかしい写真まで撮られ、もう限界だった。
校外で変な外人に渡された指のような物を握りしめ、今すぐ世界が終わることを望む恨みと呪いの言葉が彼女の口から吐き出される。
それに呼応するように呪物の指が動きだし、彼女の口から体内へ。
全てを終わらせる確信と充足した力を感じた彼女、柏木早苗は静かに、それでも校内にいる全員に伝わる声で呟いていた。
『みんな死んじゃえ』
声が聴こえた訳では無いが、生徒、教職員、出入りの業者、全員の心に響く声だった。
その瞬間、声が届いた全員の手に重い石が持たされたように動けなくなった。
放課後とあって、帰宅部や部活の無い生徒は下校してり、人を虐めるなどといった暇な生徒達はトイレの床に這いつくばり、柏木早苗がいた個室のドアが吹き飛ぶ光景をまの当たりにした。
そこから出てきた柏木早苗の顔をした下半身が蛇で、手が青い鱗に覆われた化け物だった。
トイレや手洗い器から水が流れて、空中で水の球となって浮かんでいる。
『ヲマエタチハ、シネ!!』
水の球が虐めをしていた生徒の顔を内部に取り込み、溺れさせていく。
ほとんど生徒や教職員は動けなくなっていたが、状況を脱した者が出てきた。
自動販売機の補充に来ていた作業員だ。
彼は重い何かを持たされて動けなくなっていたが、作業のために手袋をしており、少しでも軽くする為にと手袋を脱ぎ捨てると途端に軽くなり、自由を得ていた。
「て、手袋を脱ぐんだ!!」
そう叫び回るが一部部活道の生徒以外に手袋の類いをしている生徒は多くない。
教職員でも用務員くらいだ。
それでも外部に通報し、転がっている生徒を校外に出すことは出来た。
一部、部活道の生徒達。
薙刀部の甲手や弓道部の手袋であるゆがけを脱いで状況を脱した生徒達は、練習用でなく実戦用の薙刀や弓矢を手に持ち、救助にあたり始めた。
彼女等の中には冒険者としてモンスターとの実戦を経験した者もいる。
やがて新京東警察署からのパトカーも救助を始めたが、校舎四階から悲鳴が上がり始めた。
「こら、警察にまかせて君等は下がりなさい!!」
四階への階段の踊り場で、武装した女子高生達が立ち尽くしている光景を前にし、彼女等の前に出ると四階から血が階段を伝い流れてきた。
警官達は猟銃や拳銃を手に四階にあがると、長い体躯に人の顔をした何かが女生徒の身体を捥いで、皮を剥がして、壁に叩き付けて破壊していた。
何人分かはわからない。
その生物は生徒を肉片にするのに夢中で、こちらを気にも止めない。
「無事な生徒を保護して防火扉を閉めろ。
反対側にも人をやれ」
凄惨な光景に顔を青ざめさせながら警官は決断を下す。
「SARか、自衛隊を呼べ。
きっと俺達では手に負えない」
新京警視庁
度重なる通報に柿崎亮警視総監は、指揮本部まで降りてきて陣頭指揮を採り始めた。
「看護学校の方はどうなっている!!」
「SAR第二中隊並びに第二機動隊が現地に急行中であります」
「総督府の方は!!」
「総督府要人の身柄は第1機動隊と総督護衛室が保護しています。
モンスター自体は自衛隊が三の丸に封じ込めたようですが、管轄が違うとこちらのSAR第1中隊の立ち入りを拒否!!
押し問答が続いています」
柿崎警視総監としては自衛隊と揉める気は無いし、犠牲を向こうが払ってくれるなら任せるに吝かではなかった。
警察の虎の子である特殊強襲連隊、SAR(Special Assault Regiment)は、新京警視庁では無く、本国警察庁の指揮下にあるが、大陸と本国の距離から指揮権を委託されている。
しかし、連隊とは名ばかりで本部中隊や練習中隊も含めて800人相当の隊員しかいない。
この世界に転移して機動隊もSATも大幅に強化されたが、移民により人口が減じた百万政令指定都市のSATを中心にSARを編成したが、いまだに各自治体警察が、御当地SATを手離してくれないからだ。
連隊長の高里三郎太警視長は、通常業務である新京郊外のモンスター駆除と巡回にSAR第1中隊と出掛けている。
柿崎としては、通常警官達を重武装させてSARへの支援や次に起こり得る事態に備えさせるしかなかった。
現在、新京城三の丸に封じ込められたギルタブルルが七匹。
新京中央病院のスフィンクスが五匹。
新たに通報された桜花女子高等学校の化け物。
通称『磯女』が一匹。
見た目が日本古来から伝わる妖怪にそっくりだからだ。
ラミアと同じ上半身が人間性、下半身が蛇であるが、髪の毛を操り、防火扉を閉めようとしていた警官に襲いかかり、発砲された拳銃弾を防いだと報告された。
さすがに猟銃の散弾は防げなく、幾ばくか出血を負わせ退けている。
ラミアには髪の毛を操る能力はなく、類似する別種と認定されての命名だった。
「化生したのは女だけか?
男は?」
「病院では大学保安官が死亡、職員に多数の負傷者を出しましたが、変化した者は男にはいません」
「女だけ感染するウィルスか。
機動隊の化学防護隊を今から割りふらせろ」
新京中央病院
看護学校
看護学校のロビーでは取り囲む機動隊が小銃、新京警察署の署員達が猟銃を用いて駆除に乗り出していた。
無数の銃弾をスフィンクス達は回避するよう動き回るが、狭いロビー内ではそれもままならない。
すぐに何発も被弾し、動けなくなって横たわるが死んだ個体が一匹もいないのは、さすがの生命力だった。
そして警官達はとどめを刺すのに躊躇していた。
「俺がやる」
機動隊隊長の本宮警視が覚悟を決めて、89式5.56mm小銃の銃口を看護学生の顔をしたスフィンクスに向ける。
「ま、待ってください!!」
そこに飛び込んできたのは白衣に身を包んだマリーシャ・武井と名乗る女だった。
「おい、一般人を通すな!!」
周囲を囲っていた警官達を本宮警視が怒鳴り付けるが、マリーシャはある手帳を突きつけてきた。
「大陸人部隊?
そうかその権限で警備を突破してきたか」
「同時にこの病院に神殿医療師としても派遣された
『地と記録の神』の助祭でもあります」
大陸人部隊は戦力不足に悩む総督府が大陸人志願者を募集し、編成した外人部隊みないなものである。
国境警備やモンスター討伐に動員されたりするが、魔術師や精霊術師、奇跡の力が使える在野の神官を確保する名目にも使われている。
任期が過ぎれば日本国籍が貰える厚遇ぶりだ。
特に神官の類いは医療物資の欠乏に悩む病院や診療所に派遣され、貢献していた。
「私も詳細はわかりませんが、あれは憑依型の魔術か呪術の仕業です。
ならば高位の術師なら解呪か、祓うかすれば元に戻せる可能性があります」
「なんだと?
あんたは出来るのか」
「無理ですが、多少の動きを止めるくらいなら」
すでに床に倒れたスフィンクスは三匹。
機動隊が複数人で盾を使って壁となり、後ろからスクラムを組んでスフィンクスをロビーの壁に押し付ける力業が展開されていた。
死者こそいないが、何名もの警官達が爪で裂かれ、牙で噛まれて負傷している。
ボディーアーマーを着てなければ危なかっただろう。
『偉大なる地と記録の神よ、邪なる力により、歪められた彼の者を昨日までの姿に戻したまえ』
奇跡の祝詞は祈りの言葉だ。
ようはその場のノリで考えた真実の祈りだ。
大地を通じ、床から光の柱が伸びたち、スフィンクスの身体を包み込む。
スフィンクスと元の看護学生の身体が二重に見えたかと思うと、スフィンクスの部分が消え始めた。
警官達はその光景に希望を見出だすが、マリーシャが気を失いながら不穏な言葉を言い残した。
「すいません、私では……
中途半端でしか……」
「おい、待て!!
あと何匹いると思ってるんだ、寝るなあ!!」
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