第23話 一揆と神像

 一揆軍は7つ村の若者を中心に約800人ほどに膨れ上がっていた。

 街から4方向に伸びる街道に200名ずつ、馬車や土を掘り返し、木を倒壊させて進路を塞いでいる。


「本当は今すぐにでも村に乗り込みたいのだが、竜騎兵とまともにやり合うわけにはいかないからな。

 封じ込めて少しずつ削り取るつもりだ」


 一揆に唯一参加してないアンクル村の村長モンローがここにいるのは、いざという時の仲介役になる為と一揆に参加した村が免罪を勝ち取れない時に遺された家族をアンクル村で保護してもらう為だ。

 モンローは一揆の代表になっているリボー村の村長に蜂起を辞めて解散するように促していた。


「甘いぞ、竜騎兵は馬の騎兵とはわけが違う。

 この程度の障害はモノともしないぞ」


 何よりモンローはこの蜂起に反対なのだ。


「だが街にいる娘達が心配な親がいきり立っている。

 これでも自制しているんだ」

「日本人達は女に興味はないという噂ではないか。

 それに彼等に保護されてるなら代官所やグルティア侯爵家も手出しは出来ない。

 落ち着かせるんだ」

「だからと言って、このままでは何も事態は解決しないじゃないか!!」


 そこに街を見張ってた若者が飛び込んでくる。


「大変です、竜騎兵団が街から出てこちらに向かって来ます」

「弓で迎え撃て!!」


 農民の集まりといえ、畑を狙う害獣や狩りをする為に弓くらいは持っている。

 武芸者のように練習しているわけでは無いが、数十本もの矢が竜騎兵10騎ばかりに飛んでいく。

 しかし、竜騎兵達が駆るデイノニクス達は軽々と矢を避け、鱗は矢を弾きながら前進してくる。

 盛った土や倒木も意に介さず飛び越えて来る。


「蹴散らせ!!」


 農民の一人が文字通りデイノニクスに蹴り飛ばされるとパニックで総崩れになっていく。

 軽く噛まれた農民は、そのまま放り投げられ仲間たちに当たって互いに動けなくなる。

 鍬や鋤を持った農民数人が、一匹のデイノニクスを狙うがその場で一回りされて尻尾で弾き飛ばされる。

 これでもなるべく殺さないように剣や槍、銃の使用は控えているのだ。

 倒木はデイノニクス二匹に食わえられて排除し、後から来た歩兵達が盛り土を破壊して街道を均していく。

 竜騎兵達の前進は留まるところを知らない。






 街から竜騎兵が数を減らしたことを双眼鏡で確認し、石和黒駒一家は代官所の奪還に乗り出そうとした。

 案内役の代官所の兵士や役人もいる。

 僅かばかりの竜騎兵など銃弾で黙らせればいい。

 しかし、竜騎兵と石和黒駒一家の間に高機動車2両が立ち塞がり、RPK軽機関銃の銃口がこちらを向いていた。

 高機動車から浅井二尉が降りてくる。

 勝蔵も組員を抑えて前にでる。


「どういうことで?」

「我々は基本的に王国内の争いに関与しない。

 我々に火の粉が振り掛からないか、公的な機関からの要請がない限りな。

 まして相手は出ていこうとしているんだ。

 大人しく出ていかせればいい」

「ここは日本の管理区域じゃなかったので?」

「正確には来年からな。

 租借してはいるが正式には王国の領地だ」


 統治機関の代官所も今年限りの予定なのだが、今はまだ存在している。


「アレを行かせれば来年のここの領民は苦境に晒されますが、それでも我々を止めるので?」

「前者は答える権限はない。

 だが、石和黒駒一家を止めるのは大陸密航の容疑者として拘束する為だ」


 駐在所のパトカー2両も封鎖線に加わっている。


「なるほど、なら日本人でないギルドメンバーや代官所の兵士達は関係ないと?」


 手を振って大陸系のギルドメンバーや兵士を先に行かせ、自衛隊側も素通りさせる。

 だが若頭の北村や荒木は納得が行かない顔をしている。


「あいつらじゃ勝てませんぜ。

 敵は銃を持っているが、あいつらには持たせてません」

「かといって強引に押し通ればモロともに銃弾の餌食だ」


 浅井は日本人だけになったところで話を再会する。


「黒駒さん、あんたらは日本の移民局の許可を得ずに大陸に渡ってきたのはすでに判明している。

 その経緯を説明してもらおう」

「大した理由じゃない。

 青木ヶ原事件で、外道仕事がバレて地元に居場所を無くした。

 大半の幹部組員が死ぬか、逮捕されて残されたこいつらを見捨てることも出来ずに組を継いだ。

 だが日本では大組織に狙われ、地元を追われた。

 で、紹介状を貰ったので、綺麗所を温泉街に斡旋する仕事で知り合ったタイ人マフィアに密輸船でタイ人の植民都市スコータイに渡ってこの地に来てみたのさ」

「紹介状?」

「ベッセン、その名を総督府に照会してもらいな。

 そうすれば俺らのことは不問になるから。

 まあ、そんなわけで密航かも知れないが、密入国じゃないんだ。

 ああ、なるべく上の人間に掛け合ってくれよ、訳ありな名前だから。

 そうだな経済難民というのが一番近いかもしれない。

 日本人ではあるが、すでに王国に国籍を移したのさ。

 つまりあんたらは王国の民に銃口を向けていることになる」


 日本人が難民になる発想はほとんどの日本人には理解しずらい。

 皇国は大陸に一つしかない国家だった為に国籍の概念はなかった。

 王国は総督府からの提案を受けて国籍の制度を採用した。

 皇国に比べて半分以下となった財政を改善する為に税制の効率化をはかる意味があった為だ。

 その時にすでに町の住民となっていた勝蔵逹が、どさくさに紛れて、滑り込ませたのだ。


「だ、だが日本の施政権がこの街に及べばやはりあんたらは国を捨てた犯罪者として逮捕されるぞ」

「だがそいつは来年からなんだろ?

 まだ、年は明けてないですぜ。

 さあ、そこをどいてもらおうか」

「だいたいその銃器はどこから手にいれたんだ」

「あんたら植民都市造る際に厳重に刀狩りみたいなことしたんだろ?

 タイマフィアも移民するのに足手まといになるから買い叩いたのさ。

 元はタイ王国陸軍の横流し品さ」


 そう言いながら封鎖線を駆け抜けていく。

 不問にならなかったらならなかったで、この街は大陸系組員に任せて隣の領邦の事務所に拠点を移せばいいだけの話だ。

 別に石和黒駒一家の縄張りはこの街だけではないのだ。

 すでに竜騎兵団と大陸系組員の市街戦は始まっている。


「代官を救出したら我々に救援要請を出させろ。

 公的な機関からの要請なら我々も動ける」


 浅井が聞こえるように大声で伝える。

 後ろ姿の勝蔵は片手を上げて応えていた。

 方針を転換するようだが、せめて自衛隊としては介入の余地を残しておかないといけない。

 このままでは石和黒駒一家の影響力だけがこの領地内で大きくなる。


「連隊司令部の一番偉い奴を出すよう通信しろ。

 総督府の偉いさんに紹介状の真偽を確かめないといかん」


 浅井は高機動車の無線機を担当している隊員に告げた。





 建物の屋根や窓から銃撃を始める石和黒駒一家に竜騎兵団も応戦する。

 しかし、竜騎兵団は銃撃戦を市街地で行うという経験はない。

 通常は突撃と同時に発砲し、距離を詰めてから槍や剣で敵陣を蹂躙するのが役目だ。

 激しく揺れる騎乗中は弾込めは不可能でもある。

 障害物だらけの市街地では、歩兵の小銃の方が弾込めが出来る分有利だ。

 だが歩兵達が一発撃って弾込めしている間にトカレフの銃弾が5発も6発も飛んでくる。

 負傷してもがいていると盗賊ギルドや傭兵出身の大陸系組員に路地に引きずり込まれて武器を奪われていく。


「一揆軍なんぞより余程手強いな」


 不利を悟ったマッシモは、食料を積んだ馬車を先行させて街からとにかく脱出させる。


 石和黒駒一家の強みは市街地でのゲリラ戦だ。

 野外ならば形勢は逆転する。



「深追いはするな。

 街から出たなら門を閉じたり、馬車で封鎖しろ」


 自らもベレッタ自動式散弾銃を発砲しながら勝蔵は大声を張り上げなから指揮をとる。


「代官所にまだ竜騎兵一騎含む30名ばかりが、立て籠っています」


 荒木が息を切らせながら駆け寄ってくる。


「攻め落とせそうか?」

「駄目ッス、代官所はさすがに水掘と土壁が合って近寄れません。

 正門と裏門に橋が掛かってますが・・・何より弾がもう有りません」


 さすがに在庫が底を尽き始めていた。

 以前から問題となっていたが、出入りでケチるわけにもいかなかった。

 代官さえ抑えて、大義名分を掲げれば石和黒駒一家に取っては勝利なのだ。

 ふと、勝蔵の目に入るものがあった。


「なあ、俺にあれが乗りこなせると思うか?」

「兄貴、なら出来ます!!」

「ちょっと試してみるか、富士吉田では何度か慣らしたもんだが、要領が同じならいいんだが」





 一揆軍が竜騎兵団に蹴散らされ、追い散らされる乱戦の中、街道の先にから土煙を上げながら何かが接近してくる。


「何だ?」


 一揆軍を突破した先頭の竜騎兵は、土煙に人の形をした影を認めて、槍を突き立てるとそのまま持ち上げられ、街道の外に放り投げられた。

 土煙が晴れると神の姿を象る4メートル前後の全高を持つ巨像が動いている。


「ゴーレムか?

 だが一体だけだ、対ゴーレム戦用意!!」



 一揆軍からもゴーレムの姿が確認出来る。


「おお、あれは!

 先代の子爵様が用意した神像、この領地が危機の時に動き出すと言われてたが」


 モンローの言葉に農民達が共に戦おうとゴーレムのまわりに集まっていく。


「行くぞ!!」


 一揆軍の反撃の進撃と同時にゴーレムは前方を歩いていた農民を踏み潰した。






 代官所の堀を渡る為の橋を、デイノニクスを駆る勝蔵が疾走する。

 富士吉田市の牧場で一通り馬には乗れるようにったが、騎竜はやはり勝手が違う。


「前進出来ればいい!!」


 橋の上で時速40キロで走り抜けるデイノニクスに、代官所に立て籠るグルティア兵の前装式弾込め銃が数発発砲される。

 しかし、その快速で狙いを外され空を切り、強靭な鱗が運良く着弾した鉛弾によるダメージを減衰させてしまう。

 デイノニクスはそのまま門扉にぶつかる直前に、門扉の金具に足を掛けて、そのままスルスルと屋根まで駆け上がっていく。

 屋根から代官所の庭先に降り立った。

 群れを作る性質のあるデイノニクスは、すぐに代官所内の別のデイノニクスのいる場所に向かう。

 グルティア兵達は味方の騎竜かと思い、阻止行動をとってこない。

 即ち立て籠る敵将のいる場所だ。

 手綱とデイノニクスの首にしがみつくのが精一杯だった勝蔵は、敵騎竜と騎竜兵の前で停止したデイノニクスから滑り落ちる。


「こ、この気持ち悪いじゃないか」


 吐き気を堪えて、自棄っぱちっで背中に背負ったベレッタ 自動式散弾銃を適当に構えて撃ち放つ。

 穴だらけになって倒れた騎竜兵を目撃し、代官所のグルティア兵は降伏した。




門扉が開き、荒木や北村が代官所に雪崩れ込むと真っ先に囚われていた代官所の役人や兵士達が解放された。

 軟禁を解かれた代官エミリオも勝蔵が肩を貸して中庭に出てくると組員や代官所の役人や兵士達が歓声を上げる。

 そこに浅井二等陸尉と調査団の団長である藤井が現れる。


「さあ、あとはあんたの仕事だ、お代官様」

「わかっている。

 王国代官として日本国自衛隊に、よ、要請する。

 この領内を荒らして回ったマッシモ・グルティア率いるグルティア騎竜兵団の撃退と奪われた食料の奪還を!!」

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