第22話 グルティア竜騎兵団 後編

 マディノ領

 西南内郭の村リゲル


 リボー村を発った若者がリゲル村に到着すると、やはり大量の食糧を馬や騎竜が食い漁っていた。


「くそう、ここもか」


 即座に村長の家に向かうと、村の有力者達や血気盛んな若者達に決起を促す。

 すでに強引に糧や種籾、家畜まで奪われた直後だけに村民も乗り気だ。


「せめて年頃の娘達がみんな日本の調査団のお世話に出払ってたのは幸いだったな。

 連中なら無体なことはしまい」

「だが竜騎兵なんぞ相手にしていたらあっという間に全滅だぞ」

「その通りだ。

 だが竜に乗ってないなら俺達でもなんとかなる。

 この村にいるの竜騎兵と歩兵50名程度だ。

 明日の夜にでも酒を飲ませて寝込みを襲ってふん縛っちまえ!!」


 若者達は血気盛んだが村の有力者達はもう少し冷静だ。


「他の村にも決起を促す檄文を送るべきだ。

 数を揃えれば危険も少ないし、要求も通りやすいからな」



 5日目


 マッシモの竜騎兵団本隊はマディノの街の代官所まで到着していた。


「明日にはリゲルとドルク村に送った別動隊が合流するが、本隊だけでも食糧の積込みを行いたい」


 マッシモとしては調達出来た食糧を早急にグルティアに持って帰りたかった。

 マディノの民の自分達に対する反感を肌で感じ取っていた。

 逆にグルティアの兵士達も皇国が滅んだ戦犯扱いのマディノ子爵の民達を侮蔑していた。


「さっさと仕入れて、早急に退去する。

 これが双方に取って一番良いと思うのだ」


 マッシモの申し出を同行していたエミリオは渋っていた。

 グルティア側の要求を飲めばマディノの地から食糧の貯えが無くなるのだ。

 当然、商人に売って民が生活を潤すことも出来なくなる。

 日本の調査団が来ている今しかない。


「叔父上、申し訳無いが今回の件は無かったことにしていただきたい。

 いや、今後もだ。

 我々はもう限界なのだ」

「すまんなエミリオ。

 お前の言いたいことは理解しているがこちらも主命でな。

 マディノ兵では我々を抑えることは出来ない、抵抗するな」


 兵士逹にエミリオは拘束され、手首を縄で縛られる。

 マディノの兵士達は各村に派遣されている者達を合わせても100名程度。

 この代官所には50名もいない。

 代官所はすでに内部に入り込んでいたグルティア兵によって制圧されていた。


「準備出来たら早々に引き揚げて拘束も解く。

 エミリオの失点にもなるから王国や総督には訴えるなよ?

 一族が処罰されるのはお前も見たくないだろ?」


 牢に入れられたエミリオをはじめとする代官所の役人や兵士達の蔑みの目がエミリオに突き刺さる。

 だがその視線はマッシモの一言で氷解した。


「お前が我々に逆らわずに食糧を差し出してれば牢に入れられずに済んだんだ。

 民達が食えなくなると抵抗するから」


 役人や兵士達の目は一転してエミリオを尊敬、或いは憐れむ視線に代わっていた。

 マッシモからのせめてもの餞別だった。

 代官所の広場に出ると本隊の兵士達に命令する。

 マディノの兵士や役人達はチョロいなと思った。

 自分の部下達はあんなのでは騙されてくれない。


「さあ、食糧を根こそぎ徴用せよ。

 別動隊が合流すればいっきにグルティアに帰還する。

 もう二度と来ることは無いだろうから持ち逃げするぞ!!」


 貴族の私兵集団としては情けない宣言にマッシモ自身が脱力してやる気が見受けられなかった。

 代官所の倉からは、小麦や野菜の入った袋が持ち出されて馬車に積載されていく。

 さらなる食糧を調達すべく兵士達が代官所から街に躍り出ていった。

 兵士達は飲食物を扱う店や行商人や民達の倉からも持ち出す。

 もちろん旧子爵邸の日本人達には、手を出さないよう厳命されている。

 だが中には羽目を外そうと考える者達もいた。

 騎竜兵が歩兵4名を連れて裏通りを歩いていると、小綺麗な酒場兼娼館の姿が目に入った。


「ちょっと寄っていくか?」

「いいんですか?」

「うむ、酒場を兼ねてるなら食い物もある筈だからな。

 これは客に扮して調査の必要があると思わないか?」

「そうですね、行きましょう、行きましょう」


 騎竜兵と兵士達は店内に入って驚愕する。

 最近はグルティアの女達も綺麗になって、いい匂いをさせるようになっていたが、この娼館の女達は格が違った。

 洗練された薄化粧の仕方、十分な栄養に基づいて育った豊満なボディ。

 仕草の一つ一つが可愛らしく、兵士達は舞い上がっていた。

 自分の財布の中の状況も忘れて


「金が支払えないとはどういうことですかい?」


 一時間ほどでヘロヘロになった兵士達を黒駒勝蔵が視線で威嚇する。

 床に正座させられた兵士達の周囲には、石和黒駒一家に所属する組員や冒険者達が部屋の四方から取り囲んでいる。


「我々はグルティア侯の」

「関係ありませんな。

 代金分の身ぐるみを剥がさせて頂きますね」


 下着姿で放り出された兵士達は、這う這うの体で逃げ出していた。


「あれは仕返しに来ますね」


 荒木が迷惑そうな顔で予測する。


「そうだな。

 女達は子爵邸にお手伝いに行かせろ」

「我々は?」

「自分等のシマを守れなくて何がヤクザだ。

 もともとは一本独鈷でやってた俺達だ。

 余所者にイモ引くわけにはいかんからな。

 チャカとヤッパ、兵隊を集めろ。

 出入りに備えてな」


 嬉々として組員達が酒場を飛び出していくが、冒険者達は勝蔵の言葉がいまいち理解できないのか動きが鈍い。


「え~と、自分達の縄張りを守れなくて何がギルドメンバーだ。

 我々は独立勢力である。

 余所者が怖いと退くわけにはいかない。

 武器と戦える者を集めて迎え撃つぞ、です」


 荒木の翻訳に納得して冒険者達も飛び出していく。

 勝蔵は訳されて照れ臭そうだ。


「まずはお代官さまのご意見でも伺って来るかな?」

「お供しやす兄貴!!」


 武器も集まってくる。

 お馴染みのトカレフ、日本刀、長ドス、ロングソード、棍棒、金属バット、フレイル、弓矢、ボウガン、コルト・ガバメント、ベレッタM92、M1ガーランド、U.S.M1カービン。

 残念だがトカレフ以外の銃は一丁ずつしかない。

 事務仕事や地回りに退屈を覚えていた勝蔵は、久しぶりの喧嘩に高揚している自分に苦笑していた。


「スコータイの連中ももう弾丸の在庫が無いそうです。

 今回の喧嘩が終わったら暫くお蔵入りですな」


 荒木がトカレフとU.S.M1カービンを手に取り呟いていた。






 調査団一行は7つの村の調査、測量をどうにか終えて、マディノの街に戻ってきていた。

 鉱山局の松本が車両を入れた庭先で出迎えてくれる。


「お帰りなさい、あなた方が最後でした」

「状況は?」


 浅井は高機動車から降りて間髪入れずに問いただす。


「グルティア兵と石和黒駒一家が町の各所で睨み合ってます。

 代官所はグルティア兵に制圧され、逃げ延びた兵士や役人がこちらに。

 また、やはり石和黒駒一家が、女性達の保護を求めるとこちらに押し付けてきました。

 現在、市原女史に面倒みてもらってます。

 鉱山街の日本人達は避難所に誘導しました。

 駐在が数名と自警団が警戒に当たっています。

 我々も含めて三勢力がこの町で睨み合ってる状態です」


 松本の言葉に浅井は首をふる。


「4勢力です。

 各村で蜂起した一揆軍800がこちらに向かっています。

 自分はこれより旧子爵邸防衛の指揮を執ります」


 駆け出して行ってしまった浅井を藤井は目で追うが松本が話し掛けて来た。


「藤井課長、問い合わせのあった石和黒駒一家のだが、総督府から連絡があった。

 連中は移民じゃない密航者だ」


 グルティア騎竜兵団と睨み合う石和黒駒一家は、日本人の組員40名、ギルドに加盟した傭兵や冒険者30名を戦力としていた。

 ギルドホームである酒場や娼館や事務所としてのギルド本部、組員寮を街の一角に集めて守りやすいようにしている。


「代官所の役人や兵士達にこちらとの合流を呼び掛けましょう。

 代官が竜騎兵団に拘束されてるのならば連中を仲間に入れれば錦の御旗はこちらのものです」


 荒木の提案に勝蔵は悪くないと思っていた。

 武力はともかく、大貴族の権力と戦うには石和黒駒一家の公的な力はあまり強くない。

 だが代官所の残党の証言があれば十分に渡り合える可能性があった。


「兵士は一緒に戦ってもらうとして、役人に死なれるわけにはいかないからな。

 安全なアジトを提供しよう。

 そのへんは荒木に任せる」

「へい兄貴」


 細かいことは荒木に任せて、区画の入り口に築いたバリケードを視察することにした。

 十数人の組員や傭兵達がここを守っている。


「組長、グルティアの連中に動きは無いです。

 竜騎兵が15人、兵士が50名がこちらと睨みあってますわ」


 若頭、もといサブギルドマスターの北村がここの指揮を取っている。


「誰かギルドマスターって、呼んでくれないかな」


 少々悩みつつも双眼鏡で敵陣を観察する。


「やっぱり連中も銃を持ってるか。

 撃ち合いになったら不利かな?」


「マズルローダー(前装式)ってやつだから、一発撃ったら弾込めに時間掛かるんでしょう?

 でも歩兵の二人に一人、竜騎兵は全員持ってますな。

 はい、これが実物。

 娼館で身ぐるみ剥いだ奴から代金代わりに貰ったもんです」


 グルティアの紋章を付けた前装式弾込め銃を手渡されて観察する。

 そして、銃を持ってない若い組員に渡す。


「一発しか撃てないから大事に使え」

「は、はい!!」


 今から弾込めの仕方なんて教えても意味が無いだろうとそこは割り切ることにした。

 屋根から双眼鏡で、観察していた組員が声を掛けてくる。


「組長、何台かの馬車が街の外に出ようとして戻ってきました!!

 なんか街の外にえらい人数が集まってます。

 兵士じゃないですが、あれは農村の連中です!!

 手に農具や棒きれもって馬車を威嚇してます」

「なんだ一揆か?

 連中も仲間に出来そうか?」

「いや、無理だと思います。

 旗みたいのに打倒代官とか、こっちの言葉で書いてます」


「なんということだ、強硬突破しかないかな?」


 竜騎兵団団長マッシモは追い返された馬車からの報告にうんざりした声をあげる。

 マッシモの目的は戦闘ではなく、商品価値のある食料をグルティアまで送り届けることにある。

 幸い一揆軍は代官所がこちらの一味と思い込んでるので、代官所残党と組む様子はない。

 だが馬車の通れる街道に陣取られてるのは面白くない。

 さらに街中では街の権益を代表する自衛組織がこちらと対時している。


「まったく難儀なことを。

 だが、その程度の戦力で我らを止めることが出来ると思っているのか?」


 

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