第21話 グルティア竜騎兵団 前編

 三日目


 旧子爵邸から発進したドローンは、領邦の端から撮影を始めた。

 空から見れば隠し畑や畑の大きさなどは一目瞭然なのだ。

 そうとはわからない代官所では、日本の役人達が検地の調査にいつ出掛けるのか首を捻っていた。


「どこの村に行くのか予定は聞いていないのか?」

「はい、少数の視察の人間は出ていますが、基本的に書類か、パソコンという魔導具を眺めてばかりです。

 あとは兵士達が何故か、道路工事をしています」

「まあ、あんまり出歩いて貰いたくないから好都合だが、連中は仕事する気はあるのか?」


 代官のエミリオとしては、このまま調査期間が過ぎ去って欲しかった。

 そんなエミリオだが昨日突然恋をした。

 あまりに唐突で、申し訳ない気分である。

 今までにも何度か顔を合わせているが、身綺麗にして着飾った彼女は別人のようだった。


「この想いを詩にして彼女に贈らなければならない!!」


 どうも調査団にたいした動きは無いので、創作に耽る時間が出来た。

 アドバイザーの荒木は詩にも造詣があるらしく、日本で流行っていた歌を教えてくれた。

 昨日まで普通と思っていた彼女が、水着に着替えたら魅力的に見えて恋をしてしまったという歌である。


「水着というものが何かはわからぬが服飾の一種だろう。

 正に今の私にぴったりの状況じゃないか」


 同意を求められた部下達は、困り顔で頷いて早々に退散した。

 当然、邪魔をしちゃ悪いからである。





旧マディノ子爵邸


 浅井は『石和黒駒一家』の件を藤井課長に相談することにした。


「問題ありません。

 本国ならいざ知らず、大陸で自主独立でこちらの意向に逆らわない組織が存在するならヤクザでも構わないというのが総督府の見解です。

 まあ、健全な会社組織に代わってもらうのが一番ですけど、普通の民間人にいきなり武装化と実力行使は無理ですからね。

 彼等に露払いと地均しをしてもらうのは悪くないと思うのですよ」


 浅井としては公務員とヤクザの癒着として問題にされないかを聞きたかったのだが大袈裟な話になって帰りたくなってきた。


「来年から貴方も領地の管理する側になるのですから気を付けて下さいね?

 今の段階では心配する必要はありません。

 彼等は単なるオブザーバーで、代官所が雇用しただけで、我々は単なる客ですから」


 気をとり直した浅井は、自分が担当することになる分屯地の工事現場に来ていた。

 今は民間の業者が重機を入れて作業に当たっている。

 同行してきた施設科の隊員が、調査終了後にこのマディノに残り、細部の工事に携わることになっている。

 浅井も現場監督から工事状況の説明を受けていると、施設の隊員が駆け寄ってくる。


「浅井二尉、街道から武装した一団が騎竜に乗ってマディノの関所を通過したのをドローンが確認しました。

 旗は立ててるので、どこかの貴族の騎士団かと思われます。

 数は40、馬車も多数」

「騎竜のタイプは?」

「中型獣脚類型、デイノニクスです」


 竜にも大小様々な種類がいる。

 ある程度は恐竜にそっくりなので、その分類法や名称が当て嵌められていた。

 獣脚類は二足歩行をするティラノサウルスやヴェロキラプトルのような竜である。

 デイノニクスは中型の獣脚類で、人が背中に乗れるサイズであり騎竜として運用されていた。

 馬よりも繁殖力は低く、維持費も高価であり、これほどの数はなかなか揃えられない。


「代官所に確認を取れ。

 旗を立てて関所を通過したのなら賊の類いではないだろう。

 調査団本部と出張所、連隊本部にも伝えておけ」


 自衛隊の隊員達は拳銃だけで各所で任務に当たっている。


「貴族なら我々と揉める恐ろしさを理解してるだろが念の為だ、全員に小銃の携帯を命令する。

 ドローンで監視を続けろ。

 動きがあれば報告しろ」





リボー村


 見慣れない武装した一団が村の広場に集まっていた。

 村の代表の村長が用向きを伺いに罷り出る。


「村長か?

 我はグルティア侯爵家の竜騎兵団団長マッシモである!!

 所用でマディノの代官所に向かう途中であるが、今宵はこの村に逗留する予定である。

 騎竜兵団40名、歩兵120名の糧食を提供せよ」


 村長は騎竜に怯えながらマッシモに返答する。


「恐れ入りますがこの村は王室天領にして、日本国租借地にあたります。

 お代官様に急ぎ早馬でご許可を頂きますので、しばしお待ちを」

「手続きの問題か?

 ならば心配することはない。

 代官エミリオ・グルティアは我が甥に当たる。

 否と言うはずがない。

 なあに、食糧の運び出しなら兵達に手伝わせよう。

 者共、食糧の運び出しを手伝ってやれ!!」


 その強引な運び出しは略奪と呼ばれた。





 4日目


 調査団の高機動車に乗って、代官エミリオと調査団の藤井、浅井の三人がリボー村に到着したのは明け方のことだった。

 無数の馬車や騎竜が村の広場を陣取、騎竜や馬たちが大量の餌を貪っている。

 兵達は朝食の準備をしている。

 さすがに竜騎兵団団長のマッシモは村長の家に滞在していた。


「マッシモ様はまだお眠りになってますが」

「お、起きたら教えてくれ」


 夜を徹してきたのにあんまりな話だが、明け方に来れば当然と言える。

 申し訳無さそうな顔の村長や脱力しているエミリオを見て、浅井と藤井は顔を見合わせる。


「私らは車で寝てましょうか?」

「そうですね、朝飯は缶詰とパンだけですが」


 朝食の席でエミリオはようやくマッシモと会談が出来た。


「叔父上、先触れも無く、突然の来訪驚きました。

 この村で食料を徴発したようですが、ここは天領にして租借地。

 せめて、私に一声掛けてからにして欲しかった」

「すまんな、兵達の食料も尽き掛けてたのもあるが、騎竜達は二日も食わせて無くてな。

 暴走されても困る。

 兵や村人達を喰わせるわけにもいかんからな。

 まあ、些か強引だったことは認める。

 代官所の方で補償しといてやってくれ」

「あの叔父上、兵糧は如何したのですか?」

「食いきった!

 兄上が過剰に護衛の兵を着けたのでな」


 すなわちエミリオの父親のグルティア侯爵のことである。

 確かに竜騎兵40騎は過剰な護衛戦力だ。


「なにゆえそのような戦力で?」

「最近、この近辺でケンタウルスの軍団による襲撃があったそうだ。

 補給線は大事だとマイラが進言してそうなった」

「ああ、マイラが帰ってたのですか」


 マイラとはグルティア侯爵の末姫であり、エミリオの妹にあたる。

 最近まで新京の学園にいたはずだ。

 何年も顔を合わせてない妹の話にエミリオは思いを馳せているが、マッシモが微妙な顔をしてるのに気がついた。


「マイラが補給について口出しした?」


 ようやく話の妙な点に気がついた。

 政に関わることは十代の貴族の子女に出来ることではない。


「日本の教育を受けて帰ってきたマイラの知識に対抗できる一族や家臣がいなくてな。

 内政を一手に担いだしたのだ。

 なにより恐ろしいのが領内の衛生環境の改善だ」

「衛生環境の改善?」

「新京の清潔な環境を覚えてきたら、領内での悪臭や汚れが我慢ならないらしい。

 流行病や赤子の早死も大幅に防げると主張したのだ」

「悪い話では無いように聞こえますが?」

「手近な改善としてお湯を使った消毒や毎日の入浴が奨励された。

 結果として薪の大量消費による禿げ山や荒れ地となった林が幾つも誕生してな。

 薪の値段の高騰、川や井戸から水を汲み出す重労働の増加など負担が万民に平等に訪れた。

 そして、禿げ山に対する植林事業に対する初期投資が莫大なものになる。

 マイラ曰く、十年百年先を見据えた事業らしいが、先に我々の方が干上がりそうだ」

「誰か止める者はいなかったのですか?

 父上や兄上とか」

「マイラが持ち込んだ髪を洗う液体や歯を磨くクリームに奥方等が真っ先に魅了されて陥落したな。

 領民の女房達の間にうちの女房含めて流行になってて手が付けられん。

 で、これがまた馬鹿高いんだ」

「まさか、ここ最近までうちにタカってたのはそれが原因なんですか!!」

「日本の商人から購入するしかないからな。

 最近ではヨガなる健康法まで流行り出して、スコータイから講師まで招いてる始末だ。

 まあ、そんなわけで今回も頼むよエミリオ、一族のよしみじゃないか?」


 エミリオはそういえばアドバイザーの荒木から提供された『試供品』とやらに村娘達が喜んでいたのを思い出した。


「まさか……」


 背筋が凍る思いを味わっていたが、マッシモの更なる言葉が追い討ちを掛けた。


「あ、いい忘れてたけど、糧食この村だけじゃ足りないから隣村にも接収の部隊向かわせてるからよろしくな」

「叔父上!!」


 人口九百人程度のリボー村に兵員合わせて160名、馬80頭、騎竜40騎の糧食を用意できるわけがない。

 エミリオの大声は扉の向こうまで聞こえてくる。

 紹介されるのを待っていた藤井と浅井は顔を見合わせる。


「盛り上がってますが、私らのこと忘れられて無いと良いのですが」


 藤井が懸念しているとリボー村の村長がやってくる。


「お待たせして申し訳ありません課長様。

 ですが村の方でもマッシモ様の兵団に憤った若者が6人ばかり南側の村に向かったと。

 徒歩ですが、一番近くの村でも夕方には到着するかと」


 浅井は近隣の地図をカバンから取り出す。

 等高線まで書かれた詳細な地図に村長は驚いているが、故意に隠してるわけでは無いので気にはしない。

 マディノの町を中心に北西、北東、南東、南西のほぼ同じくらいの距離に村が置かれている。

 そこから街道が分岐し、東西南北にある外郭の村へと続いている。

 この大陸の領地としては、随分正確に配置されている。

 代々、高名な魔術師を輩出するマディノ子爵家の几帳面な性格と魔力による力押しで開拓した村々だった。

 このリボー村は領地外郭の東に位置している。


「マイクロバスが東のアンクル村と北のノーヴァ村。

 74式特型トラックと高機動車が南のドゼー村。

 出張所と駐在所から借りた車でこのリボー村に調査隊が昨夜から入ってます」

「各村は概ね百から二百戸」


 明日の夜までには、調査が終わるのでそのまま続行。

 終了後はアンクルとノーヴァの調査隊は予定通り北東内郭のギース村に集結。

 リボーの隊は北西のドルク村に移動。

 ドゼーの隊は南東内郭のドーマ村に移動。

 事態の変化を見守りつつ業務を遂行します」


 藤井の指示を浅井が無線機で伝えていく。

 予定は変わっていないが、進行を早めるように指示したのだ。


「代官所のお手並み拝見と言ったところですかな?」

「我々はどうします?」

「この村の調査隊と合流して同行しましょう。

 検地や測量も手伝いますよ」

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