第20話 調査団御一行様の到着

 天領マディノ


 子爵旧邸では代官エミリオと兵士や近隣の町や村からかき集められた娘達が総出で出迎えてくれた。

 娘達は何故かメイド服を着ているがデザインは統一されていない。


「いや、もう20時ですか?

 こんな時間に申し訳ない」


 油が貴重な地方都市ならすでに寝静まっている時間帯だ。

 現に兵士や娘達の中では船を漕いでる者が見受けられる。

 本当に申し訳なさそうな顔をする藤井課長に対して、代官エミリオは揉み手をしながら調査団一行の前に進み出る。


「いえいえ、皆様長旅お疲れ様でした。

 ささやかながら歓迎の食事を用意させて頂きましたので、今日のところはごゆっくりお休み下さい」


 この揉み手という動作は日本では歓迎の意を現す作法らしい。

 アドバイザーとして石和黒駒一家から派遣された荒木という男からの指南である。

 荒木はギルドの評議員の一人であるらしい。

 また、荒木は大量のメイド服まで用意してくれた。

 娘達や兵士達には多少見栄えを良くする為に日本製石鹸やシャンプー、洗剤をギルドから提供されて磨かれている。

 これらは大陸の人間には、なかなか手に入らない高価な品ばかりだ。

 調査団には女性もいるので、兵士やエミリオ達にも清潔を心掛けさせないといけないと進言もされた。

 ギルドマスターの勝蔵と違い、気の利く荒木をエミリオは重宝していた。

 調査団一行は、割り当てられた部屋に案内されて館に入っていく。

 その様子を館の離れから見ていた勝蔵は荒木に疑問を口にする。


「なあ、あのメイド服をどうやって手に入れたんだ?

 うちの組の在庫だけじゃ足りなかったろ?

 あとなんでデザインがバラバラなんだ?」

「南部のアンフォニーで代官してる友人が大量に新京に発注してたんですよ。

 自分のところ以外でも周辺貴族に大々的に売り出して行こうと画策しているらしいのです。

 先にちょっとお借りしただけなので、あまり汚さないで欲しいのですけどね」


 調査団の一行は疲労も有り、車両を警備する自衛隊の隊員とお手伝いの市原以外は早々に就寝してしまった。


 一日目の夜はこうして何事もなく終わりを告げたのだった。





 二日目

 アンクル村


 村長のモンローは山の裏手の巨像に祈りを捧げる。

 前マディノ子爵ベッセンが造り上げた神像で、管理はモンローに任されていた。

 代官所の役人どころか、村の人間もほとんどその存在を知らない。

 マディノの危機の際には、動き出して救ってくれるゴーレムとの話である。

 どのようにすれば動き出すのかモンローも知らない。

 マディノの地が危機的状況になった時に動くとしか聞いてない。

 願わくばこの神像が動き出す時が来ないことを……







 旧マディノ子爵邸


  朝食を済ませた公務員達は、車に持ち込んでいたタイムカードをレコーダーに挿入して勤務時間に突入する。


「さて、お仕事の時間ですよ」


 マディノの地には金、銀、銅の鉱山があり、大陸総督府が管理している。

 日本の技術者や作業員が現場を取り仕切ったり、重機の使用を行う関係で、家族も含めた300名前後の日本人がこの旧子爵領に居住していた。

 単純なスコップやツルハシで、鉱脈を掘り起こす作業は大陸の現地住民を雇用している。

 この二日目に出来るのは簡単な事務作業だ。

 普段は鉱山町にいる日本人が、この日は大挙して領都であるマディノの町に押し掛けていた。


「いや、盛況ですな。

 ソフィア合同庁舎検地局第3測量課課長藤井八郎です。

 今回の調査団の団長を兼任させて頂いております」


 藤井は宛がわれた子爵執務室で来客を出迎えている。


「マディノ地区出張所所長の榊原です。

 今回はよろしくお願いします。

 まあ、この機会に予防接種や書類の更新、本国や他地区との情報の取得、娯楽の補給などを済ませてしまおうといういい機会ですからね。

 交代で来てますから明後日には落ち着いていますので」


 百人規模で日本人が住んでるからには、総督府としても出張所を設置して対応していた。

 パソコンやファックスがあるので、書類などはどうとでもなる。

 医師や警察官も常駐しているが、人手不足なので対応は遅く、総督府の調査団はこれらをいっきに解決する為の応援の役割も求められている。


「はっはは、お任せを。

 で、例の件は?」

「はい、こちらがこの地の検地報告書です。

 しかし、代官所の連中が聞いたら怒りますな。

 検地なんてとっくに終わってるんだと知ったら」


 藤井は渡されたDVD-ROMを、ノートパソコンに挿入して内容を目に通す。

 大陸総督府の共有ファイルにコピーして、プリントアウトする。


「大陸の人間に見せる部分の整理が出来たら完成ですな。

 ふむ、年貢率は71%ですが公的には42%、ぼってますな。

 まあ、住民も住民ですな。

 隠し畑の割合も含めると、年貢率は59%にまで下がると。

 我々が隠し畑を知ってることは、代官所の連中には内緒です。

 連中がどの程度探しだして申告してくるか見物ですね」


 報告書に目を通す藤井は苦笑するしかない。


「隠し畑の摘発や開墾の成功で、今年から年貢の増加が出来るようになりましたとの言い訳の材料にするつもりでしょう。

 すでに四公六民法の違反、税収の横領。

 すでに詰んでいるのに御苦労なことです」


 この領邦に限らず大陸東部地域の大まかな検地は完了していた。

 それは大陸の人間には預かり知らぬやり方で、五年掛かりで行われていた。

 出張所の所員による修正も入っている。

 検地局が現場に来ているのは、アリバイ作りと新たに開墾された畑がないか調べる為だけなのだ。





 リボー村


 調査団が書類仕事に追われている間にも、代官所の役人や兵士達は各農村で隠し畑の捜索や即席の開墾を農民に課していた。


「そんな、賄賂は支払ってたじゃないですか」

「やかましい、こっちの首も落ちそうなんだよ。

 お前達もタダで済むと思うな!!」


 農民達も兵士や役人の血走った目に気圧されて、隠し畑を白状する。

 中には抵抗して暴行される者もいるが、ギロチンに掛けられた者はいない。

 労働力の低下を恐れた為である。

 開墾作業は村の広場や空き地を次々と農地に代えていった。

 何を植えるかは、まったく考慮されていない。

 村から連れて行かれた娘達は、調査団に余計なことを言わないよう人質の意味合いもある。

 彼女達は、調査団が連れてきた市原女史の指揮のもと旧子爵邸が調査団が居住しやすいように掃除や料理の指導を受けている。

 親元にいるより好待遇なので、

 不満に思っている者はいない。

 農作業より辛くなく、入浴を奨励され、綺麗な服を着せられて、三食食事つき。

 しかも親元にいるより健康的で美味しい食事が賄いとして与えられている。

 調査団が帰還するのが怖くなるくらいである。





 旧マディノ子爵邸


「本国の若い娘達より素直で扱いやすいわ。

 でも素直なのは階級社会の鎖に縛られてるからと待遇のせいよ。

 だから勘違いしちゃダメよ、浅井君」

「階級そのものな組織の人間に何を言ってるんですか市原さん」


 そんな市原女史まで、何故かメイド服を着ているので浅井は目を背けている。

 ケンタウルスによる列車襲撃事件後に知己となっていた二人は、今回もマディノの地で同行することとなっていた。

 浅井も今日のところは、屋敷と周辺への警備機器の設置作業を監督している。

 監督といっても本職の施設科隊員に口出し出来ることはない。


「ソーラーパネル、通信機器の設置は今日中に終わりそうですな。

 あとはドローンの発着場かな?」

「ドローンなんて何に使うの?」

「このマディノの地の航空写真を作るそうです。

 地図を作る上で必要だとか」


 鉱山町から駅までの道路を造る作業も期待されている。

 戦闘工兵車IMR-3は、そちらに動員されて工事を始めている。


「そうだ浅井君、勤務時間が終わったら近くの酒場に行きたいんだけど隊員さんと一緒に飲みに行かない?」

「ボディガード代わりですか?」

「か弱い女性をボディガードするのは男の甲斐性でしょう?」


 浅井はケンタウルスの群れに矢を放ち、薙刀を振り回して奮戦していた市原女史の雄姿を思い出す。


「か弱い?」

「昔の冒険者仲間がやってる店なの。

 盗賊ギルドを倒して吸収し、冒険者ギルドをこの地に立ち上げた日本人なんだよね。

 一応、マディノで仕事するなら挨拶くらいしとかないとね」


『か弱い?』という疑問の言葉を、華麗にスルーされた浅井はため息を吐いて了承する。

 肉体労働に勤しむ部下達を、アルコールで労う必要もあるからだ。

 ギルドとは商工業者の間で結成された各種の職業別組合のことである。

 領主や代官などの認可のもとに商人ギルド・手工業ギルド(同職ギルド)などに区分される。

 各領地内までが管轄であり、他領のギルドとの横の繋がりはない。

 これが大陸の商業の発展を阻害しているのは間違いないが、商人の力や富の一極集中を恐れた皇国は、ギルドを保護する政策を行っており王国も引き継いでいた。

 盗賊ギルドは各領地の闇経済を取り仕切る公的なマフィアである。

 冒険者ギルドは、冒険者の相互扶助や情報収集などを行うための拠点であり、依頼された仕事の斡旋を取り仕切っている。


「ようするにハローワークですね」


 この大陸では身分制度が確立しているので、転職という行為はほとんど行われていない。

 武装した自由人を統率、管理する為の組織が冒険者ギルドになる。

 ところがこのマディノの冒険者ギルドに60人近くの日本人大規模パーティーが登録を行った。

 前領主のやらかしもあるが、冒険の地としてマディノは不向きである。

 これまでの冒険者は多い時期で30名程度であり、ギルドは半年で乗っ取られてしまった。




 酒場の扉を開けた市原とお供の一行は、冒険者達の注目を浴びる。


「聞いてたほど日本人はいませんね」

「みんな冒険にでも出てるんじゃない?」


 4、5人の職員がいる程度だ。

 冒険者の日本人は見当たらない。

 カウンターにいる職員に市原女史が話し掛ける。


「ギルドマスターの黒駒勝蔵君いる?

 市原が来たって伝えてくれる?」

「黒駒勝蔵?」


 名前を聞いて浅井の方が戸惑っていた。


「お久しぶりですな、市原さんと……

 浅井二等陸尉?」


 執務室に通された市原は、意外な成り行きに浅井の方を見ている。

 部下達は酒場のホールのテーブルでビールを飲ませている。

 ちなみにこのビールは当然密造酒である。


「お久しぶりです、黒駒陸曹長。

 習志野以来でしたか?」


 勝蔵は日本転移後に自衛隊を除隊した変わり種である。

 浅井にとっては、習志野での空挺レンジャー課程の時に助教をやっていた先輩でもある。

 自衛隊増強の為に元隊員の再雇用でも『実家の稼業の都合』で戻ってこなかった。


「まあ、実家の稼業ってやつがこれでしてな?」


 そういって、壁に立て掛けられた代紋を見せてくる。


「挨拶に来ただけだったのにびっくりよ。

 大袈裟な部屋に通されて」


 市原は呑気にお茶菓子にかじりついているが、浅井は公務員がヤクザと交流を持つことが後々何か言われないか気になっていた。


「まあ、今回の調査団の接待はうちがアドバイザーとして絡んでるから今さらなんですだけどな」

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