第19話 石和黒駒一家 後編

 アンクル村


 勝蔵はジーンが何を言っているか理解出来ない。

 直訴や課長という言葉は理解できるが『課長様に直訴』がどんな一大事か理解できない。

 ジーンのような大陸の村人にとって日本の課長という役職は、貴族の伯爵様くらいの雲の上の人間のような絶対的権力者のような認識なのだ。


「もう少し詳しく、落ち着いて話してくだせぇ」


 だがジーンから聞き出す前に兵士の一団が現れて勝蔵を取り囲む。


「石和黒駒一家のギルドマスター黒駒勝蔵殿だな。

 お代官様が貴公のお力を借りたいとお呼びである。

 御同行を願う」


 兵士達の隊長がそう語りかけてきた。

 勝蔵としても土地の支配者と懇意にすることは悪い話ではない。

 だがジーンが顔を青ざめさせている。

 兵士達がジーンを見てひそひそ話合っている。

 その話を隊長も聞いて頷く。


「娘、今度日本から来る要人の接待役を申し付ける。

 今すぐ同行してもらおう」

「お、お父さんに相談してから」

「娘、逆らうか!!」


 殺気だった隊長の目前に突然刃が姿を現す。


「やめなせぇ

 嫌がってるでしょう」


 勝蔵が屋台に隠していた白鞘の日本刀を突き付ける。

 いつ抜いたのかわからなかったが、隊長は逆らわれたと激昂した。


「貴様も逆らうか!!

 えぇい、斬ってしまえ!!」


 10人ほどの兵士が槍や剣を向けてきた。


「やれやれ余計な殺生はしたくなかったんですがね」


 勝蔵は白鞘の柄と持つ手にサラシを巻いた。

 剣と刀を突きつけあい、二人は共に同じことを考えていた。


『『誰か止めてくれないかな?』』


 黒駒勝蔵としては日本人として大陸で優遇される立場ではあるが、日本に対して些か後ろ暗い立場である。

 せっかく基盤を築いた新天地で、現地の統治機関と揉め事を起こすのは得策では無いのは理解している。

 村長の娘の危機に咄嗟に刀を抜いたが、もっと穏便な方法はなかったのかと後悔していた。


『ま、そんな方法が考えられるようならヤクザなんかやってないか』


 覚悟を決めて刀に構える。

 マディノ代官所アンクル村番所の兵士長リカードも、日本人と事を構えると後々厄介そうなことに気がつき、どうしようかと悩んでいた。

 冷静さを欠いて刃を抜いたが、後ろにいる部下達の手前、引っ込みがつかない。


「お辞めください、こんな往来で物騒な」


 間に村長のモンローが入り込んできた。

 最初にリカードの側に近づくと、銀貨七枚の入った袋を渡す。


「娘がご迷惑を。

 今日のところはこれで御勘弁下さい」


 十分だった。

 銀貨を見せれば部下達も納得する。

 あとでこの金で酒でも奢れば問題は立ち消える。


「ふん、今日は村長の顔を立てて引き下がってやろう。

 だが黒駒の勝蔵、お代官様がお呼びの件には応えてもらうぞ」


 リカードが剣を納めたので、勝蔵も刀を鞘に納める。


「いいでしょう。

 夕方になりますがよろしいですかい?」

「お代官様にお伝えするが、なるべく早めにな。

 あと娘も同行するように、いいな!!」


 再び刀を抜こうかと思った勝蔵をモンローが肩に手をあてて、首を横に振り抑えさせる。

 リカード達がいなくなり、勝蔵はモンロー達に疑問を口にする。


「いいんですかい?

 お嬢さんを日本の役人達に差し出すなんて」


 気の毒そうな顔をして言ってみたが、反応がおかしい。

 まるで勝蔵の言ったことが理解できないみたいだ。


「ああマスター黒駒は、娘が性的奉仕させられると憤っていられたのですか?」

「違うのかい?」

「いや、どうですかね。

 でも日本の方々は村娘どころか、娼婦だって買わないじゃないですか……

 たぶんリカード様もそこまで考えてないと思いますよ」






 事務所にしている酒場に戻る途中で、勝蔵は村長の言った意味を考えていた。


『日本の役人はそこまで堅物な連中だったか?

 むしろこういう場所に出張してきたら羽目を外す連中ならいっぱい見てきたが?』


 本土の石和温泉をシマにしていた黒駒一家は、そういった連中の要望に応える為に歓楽街に綺麗所を集めるのも商売にしてきた。

 だから村長の言ったことがいまいち納得がいかない。

 マディノを新たなシマとしてからも現地の盗賊ギルドを倒し、酒場や娼館の経営に乗り出した。

 勝蔵自身は市場などのショバを守るのを好み、あまり関わっては来なかった。


「あ、組長お帰りなさい」

「おう今帰った。

 そうだ、ちょっと荒木の奴を呼んできてくれ」

「へい、わかりやした!!」


 酒場の若いのに娼館を一手に任せている荒木を呼びに行かせる。

 あまり使わない酒場の奥のオフィスで待っていると、荒木がやってくる。


「組長、お呼びで?」

「おう、ちょっと聞きたいことがあってな」


 荒木は本土ではITヤクザとして荒稼ぎする遣り手だった。

 詐欺や金融サイト関連のプログラム組んだり、書類作成、事務仕事の効率をあげるプログラムの作成。

 メイド喫茶やエロサイトの運営と架空請求など多岐に渡っていた。

 しかし、日本がこの世界に転移すると、第三次産業が壊滅状態となる。

 海外サーバーの消滅や通信の制限、金融の破綻、娯楽への出費の減少などですっかり組の末席に落ちぶれてしまっていた。

 そんな荒木を勝蔵が新天地に招いて辣腕を奮って貰っていた。


「このマディノにもよ、鉱山開発やら自衛隊の分屯地建設やらでそれなりに日本人も住んでるだろ。

 連中は客としてはどうなんだ?」

「うち以外はさっぱりですね。

 たまに来てもリピーターが付きません」

「原因は?」

「女の質です。

 栄養の問題からか、貧相なスタイルの女が多いのはまあいいんですが……

 こっちの人間、あんまり風呂とか入らないでしょ。

 臭いとかきついんですわ。

 化粧もケバいかな?

 あと、衛生状態の問題から病気とか警戒されてます。

 これが新京やリューベックだとまた事情が違うのですが」


 日本人向けのインフラが整備された新京特別区は当然として、大陸人と日本人の商業の最前線であるリューベックも衛生やインフラの設備の整備が進んでいるらしい。

 もう一つの理由として、新京やリューベックに住んでいる、もしくは訪れる大陸人の大半は貴族や商人といった富裕層やその従者達で清潔に出来る余裕を持っている人間達だ。


「衛生管理や十分な栄養、講習によるテクニックや化粧の仕方なんかは日本で蓄積のあるうちの娼館は他を圧倒しています。

 ただ、イメージの問題でやはり日本人客は少数に留まってます。

 日本人はあまりに女を襲わない、口説かない、買わないので、こちらの人間は日本人が性的なことに興味が無いと誤解されていたりします」


 荒木の話に色々と合点がいく。

 失礼と自覚しつつも、先程一緒にいた村長の娘ジーンと比較しても思い当たるフシがいっぱいある。


「どうも俺は話をややこしくしただけだったか?

 いや、あの兵士達は随分余裕が無さそうで焦ってる様子だったが」


 話を聞かされた荒木は心当たりを勝蔵に話し出す。


「組長、それはこのマディノが今年の検地の対象になったからですよ」

「ああ、団体さんが来るって話だったな」



 日本の異世界転移によって、全国にいた暴力団組織や任侠団体、或いは半グレといった連中は一度にそのシノギを失った。

 社会の寄生虫のような生き方をしていた者達は、宿主が病になると真っ先に切り捨てられる立場に変わったのだ。

 戻るところのある者達は組織から離れ、残された者達は少ないシェアを奪い合い血が流された。

 それは、石和黒駒一家も例外では無い。

 困窮した先代の若頭だった勝蔵の兄は、組長だった父に黙って鬼畜に手を染めた。

 当時、石和からほど近い青木ヶ原の樹海では、異世界転移により困窮や絶望を拗らせて自殺が激増していた。

 それらの遺品を漁り、売り飛ばすというものだった。

 それだけなら良かったのだが、新鮮な死体から臓器摘出までやらかしていたらしい。

 最初は鼻白んでいた組員達だが、回を重ねるごとに参加者が増えていき、『青木ヶ原事件』に巻き込まれて大月市で盛大にやらかしてしまった。

 若頭だった長男と主だった組員の大半を失い、残った組員達も逮捕されると他組織が次々と石和に乗り込んできた。

 憤死した父に変わり、組から離れて自衛隊にいた次男が組長になる為に戻ってきた。

 それが黒駒勝蔵である。


「荒木、代官様に呼ばれてるからお前も着いてこい。

 難しい話は苦手だからな。

 任せるかもしれん」

「わかりやした兄貴、任せて下さい!!」



 勝蔵に心酔している荒木は、勝蔵に信頼されてることが判ると、つい昔のクセで『兄貴』と呼んでしまう。

 組の片隅で燻っていた自分を拾い上げてくれた大恩があるのだ。

 帰ったら嫁に報告して呆れられるのが日常となっていた。





 マディノに向かう街道を、4台の車両が走っていた。

 例によって、舗装が土のままの街道では余りスピードが出せない。

 マイクロバス2台に、検地局が派遣した官僚達が分譲している。

 先頭を走る自衛隊の高機動車には、浅野二等陸尉と施設科隊員5名が乗り込んでいる。

 マイクロバスの後方には、樺太から持ち出したロシア製戦闘工兵車IM-3とそれを牽引する74式特大型トラックが走行している。

 IMR-3は、T-72型戦車をベースとしている。

 全長9メートルのIMRには、ブルドーザーのブレードがアタッチメントのある収縮ブームに装着されている。

 ほぼどんな場所でも道路の敷設が可能であり、地雷原でもガンマ線のある場所でも問題はない。

 二名の乗員が車内で3日間暮らすことが可能だ。

 車内では水を沸騰させたり、食べ物を温めたりすることが可能で、トイレも備え付けられてる優れものだ。

 チェルノブイリ原発事故発生直後では、原子炉近くで活動できる唯一の車輌だった。

 あいにく低速しか出せないので、74式特大型トラックに牽引させることなった。

 74式特大型トラックには、施設科の隊員9名が乗っている。


「だが必要あったかな?」


 大陸での自動車のスピードは、時速30キロに制限されている。

 大陸の住民が、車を避けてくれないのだ。

 馬車は使用されているが、自動車はよりスピードが出るのを知らないのだ。

 マディノの地は、新京からは東に約400キロ、王都ソフィアからは西に約1600キロの位置に存在している。

 本当なら新京の総督府本部の連中が派遣されるのだが、連中は神威市創設式典の準備に追われて忙しい。

 そこで王都ソフィア合同庁舎にお鉢がまわってきたのだ。

 汽車で中央部東端の駅があるザクソンまで移動し、食事と休憩のあと、深夜0時発長距離列車に乗り込み18時間掛けてマディノに到着した。

 マディノの駅は大陸鉄道で一番新しい駅で、この駅の完成とともに、マディノの鉱山開発や自衛隊の分屯地建設が始まる。

 列車から車両を降ろし、宿泊先の旧マディノ子爵邸に一行は向かう。


「仮眠時間は残業にならない。

 仮眠8時間、勤務時間8時間、休憩2時間といったとこかな?」

「ここからは残業ですか?

 おっ藤井課長、出番ですよ!!」

「おっと、マイク、マイク!?」


 マイクロバスから漏れ聞こえる演歌の曲と藤井課長の歌声に高機動車に乗り込んでいる浅井は苦笑する。


「まるで慰安旅行だな」


 付近の住民や通行人は、突然流れる曲と藤井課長の歌声に不思議な顔をして振り向いて来るのはちょっと恥ずかしい。

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