第31話 竜別宮捕虜収容所 2
「いや、うちも家内が誘拐されてな」
「失礼しました」
将軍も半年前に捕虜収容所から出所したばかりだった。
領地の大半を売却して身代金を捻出し、帰還する為に出迎えにきた細君が誘拐されたらしい。
机の上のに目をやると、この街の地図と見覚えのある建物の図面だった。
「貴殿等二人には、この捕虜収容所と化したリューベック城より同志達を奪還する為の情報の提供を御協力頂きたい」
「それより人質は無事なのか?」
ウォルフ将軍の質問に男は頷く。
誘拐されたのは後妻であり、一門では蔑ろにされてるにも関わらずに身代金を捻出してくれた。
苦労を掛けたとウォルフ将軍は頭が下がる思いだった中での誘拐だったのだ。
怒りを込めた眼光は、往年の鋭さを見せて睨み付けている。
「もちろんです。
ご不快かと存じ上げますが、人質を捕らせていただければ事が露見した際に我々から脅迫を受けたと言い訳が成り立ちましょう。
御婦人方は丁重に保護させて頂いております」
「何が知りたい」
マイヤーは投げ遣りに呟く。
マイヤーの見るところリューベック城の捕虜の大半は、意外に清潔で文化的な拘留生活で再び日本と戦う気はさらさらない。
おまけに身代金は分割だが支払されている。
そのせいで、ここで脱走して逃げ出せば金を工面してくれている一族の努力を無にする行為なのだ。
彼等にはそれが見えていない。
「リューベック城の兵の数と配置を。
皇国軍でも有数の指揮官だった貴男方なら必ず観察し、脱走の為の算段も講じていたはずだ。
それらのお話も伺っておきたい」
確かにウォルフもマイヤーも頭の中で、脱走や暴動の計画を立案したことはある。
指揮官としては当然の義務だが結論は不可能だった。
「まあいい、やってみるがいいさ」
マイヤーに腕を捻られたスリは、倉庫にほど近い場所に停車したトラックの近くで日本人の男から金貨を貰っていた。
「それで暫く普通に暮らせるだろ。
官憲に捕まるような真似はするなよ」
「旦那達も官憲なんじゃあ?」
「官憲にも色々いるんだよ」
このスリは大陸人で本物のスリである。
石和黒駒一家から紹介された協力者として工作活動に使役している。
スリの協力者を帰したあと公安調査庁新京調査局の調査官平沼はトラックの荷台に入る。
そこは局の移動捜査室だった。
同僚達が聞き入っているスピーカーの前におかれた椅子に座る。
「成功だ。
あのスリは金貨分の仕事はしてくれたみたいだ」
「捕虜収容所の襲撃計画か。
関係部署には通達しよう」
平沢が雇ったスリは、マイヤーと接触した際に小型の盗聴器を仕込んだ銀貨をポケットに忍ばせたのだ。
スリの男からすれば、わざわざ銀貨を相手のポケットに入れる妙な仕事だった。
監視カメラの存在は大陸でも知られている。
その存在で、犯罪行為を抑止することを目的に公表したのだ。
だが盗聴器の存在は知られていない。
平沢のチームは捕虜収容所から出所した者に不穏な人物が接触しないかを監視する任務に携わっていた。
だいたい出所した人物を1ヶ月単位で監視対象としていた。
だがその成果はあまり芳しいものではなかった。
漸く当たりを引いたとマイヤーの盗聴器からもたらされた情報に公安の面々は嬉々としていた。
「連中の戦力も口を滑らせないか。
監視を強化しろ」
必要な情報を聞き出したあとにマイヤーとウォルフ将軍も事が終わるまで軟禁されることとなっていた。
「こっちは人質が取られてるからな。
1週間経っても解放されてなかったら救出してやろう」
「ご、御婦人方は?」
新人の松井が聞いてくる。
「ん?
そうだな女性もいるから五日くらいにしておくか。
うちの実働部隊にも準備させとけ」
「はい、自分が通達します」
竜別宮捕虜収容所
捕虜収容所に収容された『漆黒の翼』副船長だったアルバートは、割り当てられた個室で目を覚ました。
この収容所では捕虜一人一人に個室が割り当てられている。
大部屋の中に二段に積まれた筒状の部屋だ。
管理官達は、カプセルホテルみたいな部屋だと言っていた。
筒のなかには寝具の他に照明灯、換気扇、目覚まし時計、ラジオなどが備えられている。
外部はカーテンで仕切れるようになっている。
アルバートが最初にこの光景を昨夜初めて目撃した時には、都市部によくある地下墓地のそれを思い起こしていた。
だが考えてみれば海軍で軍船での生活も似たようなものだった。
起床は日本から与えられた時計が指している朝7時という時間までに起きるように義務付けられている。
「随分、遅くまで寝かせて貰えるのだな」
すでに太陽が昇っている時間の筈だが、そこまで遅寝していいらしい。
大陸では普通の人間は、日の出と共に起床するものだ。
個室から出ると、部屋の隅のブースで報告書を書いていた大部屋の管理官の遠藤が色々と教えてくれる。
昨日は検査や書類の作成で収容所生活の説明は省かれていた。
大陸語で会話できる管理官が少ないのも原因だ。
幸い遠藤は大陸語を習得しているので、いい機会だと説明してくれる。
「管理官が8時に交代だからな。
朝の点呼が締めの仕事になるように合わせてある。
まあ、刑務所ではないから早く起きてる分には構わないが、まだ寝てる者もいるからなるべく静かにな。
収容者同士のトラブルにはこちらも余り関わる気はない。
起床時間と同時に洗顔、歯磨きに使用する洗面所が開放される。
朝食は九時までに食べてくれ。
午前中に部屋の掃除、日本語の学習が義務付けられている。
午後からは就寝の21時までは自由時間だ。
運動や読書が許可されている」
書籍は日本語学習用の参考書か、管理官が寄贈した検閲を受けた漫画や小説、雑誌、リューベック城に残されていた蔵書である。
「ちなみに仕事を引き受けて貰えれば報酬も出る。
身代金に加算することも可能だ」
「仕事?」
「大陸の書籍の日本語の翻訳だ。
こればっかりはこちらも人手が足りなくてな」
ここの捕虜達は貴族や裕福な士族の出身者が多く、識字率も悪くない。
日本語さえ覚えておけば釈放後も職に困ることはないだろう。
優秀なら日本の専門機関に就職を斡旋してもよかった。
語学に堪能な人間は日本人、大陸問わず貴重なのだ。
「先に日本語を覚えないといけないな。
それと実家に身代金を無心する手紙も書かないとな」
貴族の五男坊として士官学校に入学してから実家にはほとんど帰っていない。
グルティア侯爵領のみんなは元気だろうか?
アルバートは懐かしき故郷に思いを馳せていた。
陸上自衛隊
竜別宮駐屯地
第16即応機動連隊第2大隊
公安調査庁からの情報が伝えられると、大隊長の長谷川三等陸佐は渋い顔をする。
1ヶ月掛かりで駐屯地の装備や住居などを引っ越ししたばかりで隊員達の生活も落ち着いたとは言い難い。
引き継ぎと駐屯地管理の為に重迫中隊をまだ新香港に残しているのが現状だ。
そんな中でも日々の任務は果たさないといけない。
「明日はデモ警備の要請が入っていたな」
「はい、『大陸総督府の勧告で職を失いそうな各教団の異端審問官』により抗議デモです。
デモの規模は200名ほど、第1中隊が担当します」
「変な事覚えてきやがったな」
駐屯地幕僚の魚住一等陸尉の言葉に長谷川三佐は頭を抱える。
デモ隊に対して竜別宮警察署の人員が足りていない。
大陸総督府警察は機動隊の編成も終わっていない。
「第二中隊は害獣駆除で出払ってたな」
訓練を兼ねて定期的な街周辺のモンスターの駆除だ。
ついでに食料調達も兼ねた大事な任務だ。
「第三中隊も西部のエジンバラ男爵領での選挙実施における選挙監視任務で出払ってます」
エジンバラ男爵は親日派の貴族だったが、国替えで3年前に東部から西部に移封されたばかりだ。
だが領内で苛政を強いた為に一揆によって打ち滅ばされてしまった。
新京にいた子弟は無事だったが、後を継ぐべき嫡男が何を拗らせたのか
『新男爵は選挙による投票で決めよう』
等と言いだしたのだ。
これに新京にも一定数存在する日本人の『民主主義推進派』が同調して無視できなくなった。
総督府もあくまで実験的としてこれを認めた。
いや、押し切られたのだ。
男爵領なら人口は一万人程度、影響は少ないとみたこともある。
「爵位の選定とか襲爵とか、王国の仕事だった筈だが完全に忘れられてるよな」
「ケンタウルス自治伯の前例もありますから全くの荒唐無稽というわけではないのですけどね。
あっちは有力者だけの投票ですが」
公平な選挙が行われる為に駆り出される方はたまったものではない。
「第三中隊が非番、本管もここを留守にするわけにはいきません」
「第三中隊の召集で決まりだな。
全く少しは大人しくしてくれんかな、この大陸の連中は。
しかし、公安調査庁の連中もたまにはまともな仕事をするんだな」
その暴言には魚住一尉も大いに同意できた。
竜別宮捕虜収容所近郊
リューベック城は町の外郭に出丸のように本丸が建築されている。
その城壁と水堀が街全体を囲み、周囲は森林が生い茂る。
さらに奥深い森の中に枯れ井戸が放置されていた。
「この枯れ井戸が、リューベック城の地下水路に繋がっている。
城の地下水路からリューベック伯爵専用の厠にある秘密の入り口を通じて城に入ることが出来る」
案内人の男は、リューベック伯爵領内で皇国軍から伯爵家に対する取次役兼顧問としていた赴任していた一人だ。
伯爵家が忠誠の証として皇国に公開していた隠し通路を明かされていた。
本来なら皇帝、軍務尚書、近衛軍司令、リューベック伯爵以外に隠し通路を存在を口外しない誓いを立てていた。
だが今となっては誓いを立てた四者はいずれも存在しない。
そして、帝国復興を志す彼にとっては今がまさに有事の時だった。
見張りを二人ほど残して、一行は井戸から地下水道に入っていく。
全員が汚水による臭さを覚悟したが、思いの外無臭だった。
いや、些かの薬剤特有の匂いは感じられた。
隠し通路に繋がる地下水道は、煉瓦や土壁によって整備されている。
しかし、水が流れていない。
代わりに本来なら水が流れている水路の場所に太い金属製のパイプが数本敷かれている。
床や壁も途中からコンクリートに代わっている。
「これは?」
「日本の連中が道路や建築物に使っているコンクリートというものだな。
地下水道も日本の手が入っていたようだ。
見ろ、電灯も設置されている」
灯りはついていないが、日本側が水道管や電気ケーブルのメンテナンスの為の通路用に設置したものだ。
普段は節電の為に切っている。
釈放されたマイヤーやウォルフからの情報はあくまで内部からのものであり、外部の情報はほとんどなかった。
「侵入に気が付いているなら灯りが着くはずだ。
このまま進もう」
幸い通路自体の方角や距離などは変化してない。
「ここだ。
なんか、鋼鉄の扉がついてるが」
前にみた時は、扉は木製だった。
扉を開けようとノブを回した騎士は絶望する。
「か、鍵が掛かっている!!」
以前は隠してある扉だからわざわざ鍵なんてついてなかった。
元リューベック伯爵専用厠、現在の地下通路メンテナンス扉である反対側では、ニューナンブM60拳銃を構えた20名の収容所管理官達とM16自動小銃を構えた自衛隊即応科1個班が待ち構えていた。
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