第73話 解放軍

 大陸西部

 ホラティウス侯爵領


 ホラティウス侯爵領は大陸有数の小麦の生産地である。

 農民達が耕す農地の他に、侯爵家が大規模な資本を投資し、大規模な農園を運営していた。

 貴族による豪農や大地主の真似事である。

 畑を耕すのは農奴達であり、僅かな食料を供与するだけで、収益は侯爵家が丸々儲けることになる。

 農園で収穫される作物の多くは商品作物であり、侯爵領はこれを出荷することで多大な利益をあげていた。

 数年前に設立した奴隷特区が隣接し、農奴の調達が容易だったことも利点として大きい。

 この政策は新京に人質兼留学した侯爵家の次男、次女達が日本人の学友達と練り上げたものだ。

 所謂、『サークル』と呼ばれる日本人内政研究会の息が掛かった領地である。

 この領地に火の手が上がったのは深夜のことだった。

 領地の境を守る関所に黒づくめ集団が現れ、兵士達が暗闇の中、次々と射殺されていった。


「て、敵し、ぐわ!?」

「城まで増援を、ガハ!?」


 敵の姿を見ることなく、関所の兵士達が倒れていく。

 それでも二人の兵士が馬に乗って関所を脱出していく。

 間一髪、関所の番所が爆発して周辺の建物に炎が燃え移ったのだ。

 伝令の兵士の一人は後ろから狙撃されて命を落とすが、もう一人は生き延びて城に事態を伝える。

 城からは、城に詰めていた騎竜を駆る騎士を筆頭に、50を越える騎士や200を越える兵士達が後に続く。

 即応性は練度の高さ、装備の良さはこの領地の経済力の高さを示している。

 夜明け前には関所がある森に到達した。

 森を抜ける街道に入ると、プレートアーマーに身を包んだ大男が二人立ちはだかる。

 みるからに装甲を追加した鎧で、普通なら歩くどころか立つこともままならない代物と見てとれた。


「隊長!!」


 部下がこの隊を率いる指揮官に判断を仰ぐ。

 指揮官の騎士は、不審な男達の背後に燃え盛る関所の炎を見て判断下す。


「問答無用、撃て!!」


 相手がこちらとやりあう気なのは、疑う余地も無い。

 銃士達が命令に従い前装式小銃を発砲する。

 その硬い鎧は幾つも弾丸を弾くが、何発かは鎧を貫き肉体に到達した。

 しかし、二人の大男達は倒れるどころか痛がる素振りも見せない。

 それどころかこちらへの歩みを止めない。


「だ、第2射!!」


 銃士達が発砲するより早く、大男達のM60機関銃2丁から毎分550発の弾丸が発射されて薙ぎ倒されていく。

 騎士達も盾を貫かれ、鎧を粉砕されて命を落としていく。


「くっ、退け!!

 森の外に陣地を造り対抗する、急げ!!」


 隊長が命令するが森林に潜んだ伏兵が街道の両端から侯爵軍の兵士や騎士達が射ち殺されていく。

 森を抜け、隊長が振り向いた時には続く者は誰もいなかった。

 街道からは鎧を着た大男達が、森林からは草木に偽装したギリスーツを着た兵士達が姿を現す。

 伏兵達が持っていた銃は、侯爵軍のものと大差が無い王国軍制式小銃だった。


「貴様らは何者だ、地球の軍か?」


 隊長が呼び掛けるが誰も答えない。

 やがて、街道からフォード・Fシリーズの荷台に機関銃据え付けた、即製戦闘車両のテクニカルが姿を見せる。

 その荷台にいた男は、ようやく言葉を口にした。


「我々は『解放軍』。

 地球や大陸の垣根を越えた救世の軍である。

 今回の我々の目的は一つ、『奴隷解放』である。

 不当な搾取で暴利を貪るホラティウス侯爵を討伐する」

「ふざけたことを、貴様等だけで城は簡単には墜ちないぞ!!」


 伏兵として現れた兵士も含めて、『解放軍』とやらは20人足らずしか姿を見せていない。

 これで攻城戦など話にならない。


「人手が足りないのは確かだが、そちらに提供して貰って問題は解決した」


 森の中から死んだ筈の侯爵軍の騎士や軍馬、兵士達が現れる。

 彼等は一様に黄色い光を放っていた。


「紹介しよう死霊騎士団だ」

「グールだと?

 そうか、そいつらはアンデットナイトか」


 鎧を着た大男達の正体は理解できた。

 アンデットナイトに殺された者はグールとなる。

 知識では知っていたが、隊長も見るのは初めてだ。

 彼等を祓う神官の力が必要だった。

 グール化した騎士や兵士達が、隊長に襲い掛かる。

 騎竜の脚力で逃げようとするが、ギリスーツの兵士達の銃撃で地面を転がる羽目になる。

 地面に這いつくばる隊長に、グール達が襲い掛かり斬り刻んでいった。

 ギリスーツに身を包んだ兵士が、テクニカルの荷台に乗った男に話掛ける。


「ホワイト中佐、道が開けました」


 視線の先には隊長の死体が転がってる。

 やがてその死体も起き上がり、グールの群れに加わっていく。


「では進軍を開始しましよう。

 奴隷達が解放を待っている」


 元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトは、トレス砦陥落後に各地で、封建領主達に搾取される農奴達や売られていく少女達の惨状を目に焼き付けていた。

 この大陸全土に拡がる恐慌の原因は、王国が地球系多国籍同盟に支払う多額の賠償のせいと確信していた。

 さらに邪悪な彼等は、西部に奴隷商人達の特区まで造り大陸人の奴隷化を促進していた。

 協力関係にあった皇国軍残党や志ある者達を集め、米国式に訓練を施しようやく形になったところだ。

 現在も北部の廃砦をキャンプ地として練兵を行っている。

 2体のアンデットナイト、『ハイデッカー軍曹』と『モーデル少尉』は、アミティ島からの刺客で、いずれも海兵隊の隊員だった男達だ。

 原形を留め、モノになったのは、トレス砦で失った脱走兵ノートン軍曹を含めて三体しかいなかった。

 大陸人のアンデットナイト化は上手くいかず、グールばかり生み出している。

 このホラティウス侯爵領で大量に遺体を調達は出来た。

 グールに旗を持たせて、凱旋を偽装させて城に接近させた。

 城には留守を預かる部隊と、討伐隊が出撃したことにより、非番だった兵士や騎士達が召集されて詰めていた。


 櫓で警戒に当たっていた兵士が、旗を翻しながら帰還の行軍をしてくる一団を発見した。

 その姿を確認した兵士は、城門に詰めている兵士に怒鳴るように呼び掛ける。


「討伐隊が戻ったぞ、城門を開け!!」

「何で全員徒歩なんだ?」


 まだ、夜が明けたばかりで明るくなった影響もあったのだろう。

 討伐隊の兵士や騎士だった者達の死者として顔やグール特有の黄色い光を確認出来なかったのは致命的だった。

 城内に雪崩れ込んだ死霊騎士団は、そのまま城内の人々を虐殺しはじめた。

 彼等は生前の能力もそのままに武器を使うことが出来た。

 騎士も兵士も使用人も侍女も抵抗虚しく殺されていく。

 増産される死体は次々と死霊騎士団に加わり、数を増やしていった。

 不思議と城外の人間には手を出さない。

 ホワイト中佐の命令が城内にいる人間の殲滅だったからだ。

 しかし、城外に出た人間は解放軍の兵士に射殺された。

 城内ではさすがにホラティウス侯爵やその妻子が籠る城館の守りは固かった。

 嫡男がここにいないのは、館の外で死霊の列に加わっているからだ。

 侯爵家お抱えの魔術師や司祭達もこの館に立て籠り、抵抗を続けていた。。

 彼等の魔術や奇跡はグールにも有効で、死霊騎士団も攻めあぐねていた。

 しかし、陥落は時間の問題だった。


「閣下、申し訳ありません。

 力及ばず、城館に侵入されるのは時間の問題であります」


 護衛の騎士にそう報告されたホラティウス侯爵は、妻と長女の体を抱き締める。


「馬車で突破するのは?」

「今となっては、援軍も領内の各詰め所にすら伝令を送られていません」

「町の人間には手出しはしていないのか、意外だな」


 ホラティウス城に早々に侵入されたのが、結果的に功を奏していた。

 堀に囲まれていることと堅牢な城壁が、町への死霊共の侵入を阻んでいる。

 そこに駆け込んできた兵士が、警告を発する。


「閣下、窓から離れて下さい!!

 奴等は大砲を持ち込んできました」


 侯爵達は警告を無視して、窓から外を見渡すと、グール達が大砲を引き摺っている光景が見えた。

 皇国残党軍が開発し、ホワイト中佐が改良したピョートル砲だ。

 グール達には装填といった細かい作業は無理だが、予め砲弾を装填しておけば、運び、撃つ事は可能だった。

 放たれた砲弾は一発だけだが、封鎖された城館の玄関と、ここを守っていた兵士達を吹き飛ばすのに十分だった。

 城内で最後の抵抗が始まる。

 ホラティウス侯爵も先祖伝来の魔法の剣で、かつては家臣だったグール達を斬り伏せていく。

 味方の護衛の騎士や兵士達、お抱えの魔術師に司祭、神官達が魔剣を振るう度に数を減らしていく。

 ホラティウス侯爵もその胸を衝撃とともに赤く染めていた。

 拳銃を撃ったホワイト中佐は、グールに襲われることなく、館の中を闊歩していた。

 倒れ付した侯爵は、尚も中佐に剣を向ける。


「き、貴様らこんなことをしてただで済むと思うな」

「侯爵、私もこんな派手なことはしたくなかったが、他にやり方を思い付かなくてね。

 独裁者を倒すためには」

「独裁だと、ふざけるな」

「独裁だよ、奴隷達を酷使して、不当な利益をあげてたろ?」


 侯爵は何を言われているか理解できなかった。

『サークル』の忠告に従い、反乱の防止と長く使用する為に農奴は好遇していた。


「日本や王国が黙っていないぞ」

「王国はともかく、日本は西部には無関心ですよ。

 それどころか弱体化を狙っている。

 当分は手出ししてきませんよ」

 西部を縄張りとする新香港は、大陸の四方を拠点とする地球系独立都市としては最も脆弱だ。

 事を秘密裏に処理したい米軍も城の中までは刺客を送り込めない。


「貴方の全てを頂戴させてもらいます」


 二発目の銃弾で侯爵の息の根を止めた。

 館の奥では、侯爵の夫人や侍女達がワイトに群がられて死んでいた。

 さらに奥の部屋では、唯一の生き残りである侯爵家長女のエルナが怯えて蹲っていた。


「これは姫君。

 ご無事で何よりでした。

 グール達は融通が利かないから貴女まで殺したのではとヒヤヒヤしておりました」

「わ、私をどうする気なの?」


 怯える姫に嗜虐心をそそられるが、今は抑えないといけない。


「エルナ姫には私と結婚して頂きます」


 その言葉にエルナは卒倒して倒れた。




 町の者達は城内や関所で何らかの騒動が起きたのは知っていたが、解放軍の兵士が扮する城の兵士達が、皇国軍残党と説明してまわった。

 城の人間が丸々入れ代わったことの辻褄合わせには苦労することとなった。

 城の中で流行り病が発生し、遺体を焼却して荼毘に付したとの苦肉の発表まで行われた。

 それでも納得しない、特に城に勤めていた人間達の家族は密かに口を封じられていった。

 農奴達には自分達の耕していた農園や家畜を育てていた牧場が分配された。

 身分も侯爵家の私財を投じられて平民になっていた。

 全ては病床のホラティウス侯爵に代わり、執務を取り始めた令嬢の婚約者アレプレヒトが政務官として発布した結果だった。

 順調にホラティウス侯爵領が変わっていった。


「いや、変わりすぎだろ」


 この領内は『サークル』の息が掛かっていた領地である。

 当然、連絡役のメンバーが領内に居住していた。

 侯爵家直営で運営されていた里谷実験農場の主里谷孝則は、ホラティウス城に探りを入れるとともに総督府への通報を行った。

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